番外編5.帝国の一輪華、バダンテール王妃とともに権力をほしいままにする
後世の史籍は語る。
「帝国の栄えある美姫が、バダンテール王妃とともに権力をほしいままにする」
アルレットは今やバダンテール王妃の懐刀とまで称されるようになった。
「表のジスラン、奥向きのアルレット」とは、前者が宰相となった後に言われたことだ。
ふたりは実は恋仲であるという噂も流れたが、その実、アルレットはジスランの好敵手であり、共闘者でもある。
クリステル妃の前では陽光に照らされた繊細なガラス細工のように、きらきらと虹色に輝く様子を見せるジスランは、敵、特に妃殿下に害なす者には薄刃のような危険な光を発する。
(ゾクゾクしますわあ)
アルレットは間近で鋭い切れ味を目の当たりにしてうっとりする。
ジスランだけに限らず、その他大勢の廷臣とともにクリステルの寵愛を競い合うと目されている。事実は少し違う。アルレットは輪から外れて彼らを眺めるのをこよなく好んでいるという点だ。
さて、ジスランを宰相位に就かせるには少々てこずった。宰相にその地位を譲ろうと言われても、固辞し続けたのだ。
「わたしは妃殿下の補佐官ですから」
しかし、宰相も宰相補佐もずいぶん高齢だ。
「老い先短い者どもを哀れに思うてくだされ」
「わたしよりもよほど爵位の高い適任者がいくらでもおられますでしょう」
「誰も彼もジスラン卿を怖がって———処理能力に恐れ入り、宰相位に就きたがらないのです」
「さようさよう。あまりに的確なご指摘ゆえに、いっそジスラン卿を宰相にして、采配を仰ぐ方が良かろうとなりましてな」
爵位が下なら地位も下のジスランにスパスパ切り付けられるくらいなら、最初から指示される側に回った方がましだと判断したのだという。
結局、宰相と宰相補佐に泣きつかれたクリステルがジスランに打診したところ、あっさり受けた。
「最初から妃殿下にお願いすれば良かった!」
と言ったかどうかは定かではない。
クリステルがアルレットを頼りにするのを見習い、クロードやトマ、ジュストも王妃を頼りにするようになった。心得ている彼らはクリステルの負担にならないちょっとした頼みごとをするようになった。
「あらクロード卿の妹御の婚礼の支度について? もちろんよろしくてよ。喜んで相談に乗らせていただくわ」
「トマ、あなた、また見合いを断るの? 仕方がない方ね。次期建設大臣の打診を受けていて忙しいと言っておしまいなさい。内々とはいえ、知っている者も多いのですもの」
「王都の視察? カフェをお巡りになるの? ジュストならば同伴者に名乗り出る方はたくさんいらっしゃりそうなものなのに。あら、こんな茶菓子が人気なのですのね」
クリステルの興味を惹くことに成功した三人は彼女と楽しいひとときを過ごした。
公務で忙殺される国王と王弟、王妃補佐官は後からその話を聞いて大いに悔しがったという。
さて、懐刀となったアルレットは王妃によってバダンテール王家に代々伝えられる宝珠を紹介される。
『なんや、なんや! ずいぶん久しぶりやん! ようやくわしの紹介かい!』
「まあ!」
「訛りのきついおっさんの声」にアルレットは青ざめる。
「アルレット、大丈夫? 顔色が悪いわ。さあ、こちらにお座りになって」
クリステルがつないでいた手を優しく引いて、長椅子に座らせる。
『その子、どうかしたん?』
「あなたの言葉遣いに中てられましてよ」
そう、アルレットは未知との遭遇をした。おっさんぶりに中てられ、得体のしれない恐怖のどん底に叩き落されたのである。
年配の異性との接触は多くあった。けれど、いずれも高位貴族で礼節を弁えていた。バルバストル帝国の姫だからこそである。
免疫のない「訛りのきついおっさんの喋り」は彼女を大いに戸惑わせた。
しかし、そこは大国において社交を渡り抜く実力の持ち主である。
次第に慣れたアルレットはなにかをつかみ取る。こうして訛りのきついおっさんへの耐性を持った彼女は、地方からやってきた年長の役人や周辺諸国の物慣れない外交官にもにこやかに対応するようになる。
中には若い美人が愛想よくしてくれるのに調子づく者もいる。
「まさしく帝国の華! 旦那さまは奥さまが可愛くて仕方がないでしょうなあ」
「いや、実に可愛らしい。旦那さまは十歳も年上なのですか。そうですか、そうですか。年上の男性の包容力というものがお好きなのですね。いかがです? わたしなど、その条件に当てはまりますよ」
「旦那さまは交易で留守がちだとか。なに、黙っていれば分かりませんよ」
おっさんのセクハラに対して、クリステルが怒り庇おうとすると、若い美人に嫉妬しているとにやにや笑い、反省もしなければ態度も改めない。
クリステルとアルレットの側につくフレデリクが笑顔で阻止しながら、アランや王妃の側近たちに事細かく事情を告げる。
バダンテールの中枢は激怒した。その怒りはすさまじく、セクハラ外交官のせいであわや戦争が起こりそうになる。戦費は魔法のように捻出され、優れた工人が兵器開発に着手し、将軍と次期宰相が軍略を整える。国内へは国王が、国外へは王弟がそれぞれ協力を呼びかける。
怒り心頭の国王と廷臣たちをクリステルがなだめるが、今度は向こうが逆手にとって戦争を仕掛けて来ようとする。
(まあ、なんてこと! 社交において男女問わずうつくしさは武器。若くて任を得たのはその者の資質と運。だというのに、役割に目を向けず、うつくしく若いということだけを見るなんて。女性は自分を楽しませるだけの存在としかみなしておられませんのね)
アルレットは伝手を使って方々に働きかける。
こういうときのために、コネクションにまめに手紙を書き、彼らの好むものを金に糸目をつけずに手に入れ贈っている。帝国にいたときは姫としての予算を使い、今では鷹揚な夫の財力を用いて。
これらのコネクションによって、ランベールの交易の幅も広がっている。「わたしは素晴らしい賢妻を得た」と喜々として妻が求めるものを買い与えるが、事情を知らぬ者からすれば、浪費妻であるとして陰口をたたく。
セクハラ外交官の国の中枢のみならず、隣国からも圧力がかかり、戦争は回避された。のみならず、かの国を大いに震え上がらせたというが、どういう出来事が起きたのかは定かではない。かの国は黙して語らない。
「これが根回しの極意でしてよ!」
婉然と微笑むアルレットに、クリステルは丸投げの極意を見た気がした。
こうして、クリステルとアルレットの尽力により、戦争は回避された。穿った見方をする者たちはふたりの女性がバダンテールにおいて権力をほしいままにしたという。
また、一時、大人しくしていた反国王派が浮足立ち、世継ぎが幼いうちにとばかりに、第二王位継承権を持つフレデリクとアルレットを娶せ、帝国の後ろ盾を得ることを夢見た。奇しくも、アランがフレデリクに提案したのと同じことを夢想したのである。こちらは実に自分たちの都合の良い考えからではあるが。
「あら、わたくし、すでに夫がいる身ですわ」
いち早く察知したアルレットは早々に自分をこよなく愛する夫と結ばれている。
しかも夫は商才豊かで伝手を維持することへの重要性を熟知していることから、妻の消費を単なる散財だとせず、好きにさせてくれる。なにより、アルレットの嗜好への理解だ。
「君はバダンテールにおいてこそ、最もうつくしく咲き誇るからね」
ランベールはそう言って、王宮近くの一等地に立派な屋敷を建て、アルレットの好みの調度品を揃えることに腐心している。
そして、アルレットは今日もまた胸を高鳴らせる。
「君、どこぞの姫君に熱望されているらしいじゃないか。もう婿でもなんでもいっちまえよ」
「兄上こそ、側室や愛人のみならず、一夜を共にするだけでもとすがられておられましたでしょう?」
「クロード卿、いい加減、髪はご自身で整えて下さい」
「そうですよ。放っておけば妃殿下がまた気になさってしまうではないですか」
「まあ、それを狙っているんだろうな」
「クリステルさまはおやさしい」
バダンテールの王妃を取り巻く才長けた桁外れにうつくしい男たちは相も変わらず彼女をめぐってやり合っている。
これはこれで仲が良いのだろう。
彼らを見つめるアルレットは足に力が入らなくなることすらある。
(ここで崩れてはいけないわ。胸を張りなさい、わたくし!)
濃密な甘美さが胸に滴る。
(ああ、なんてこと!)
アルレットは扇で笑み崩れそうになる顔を隠す。思考はとめどなく駆け巡る。
なんて、なんて麗しい環境。バダンテール王妃と妃殿下を取り巻く者たち。
永遠なれ!
『なんや、わし、最後の最後でちょろっと出てきただけやん!』
『しかもなんか、ディスられてなかった?』
『セクハラ外交官、戦争回避できてよかったで。やりおうとったらぺんぺん草も生えんくらいになったと思うで』
『にいちゃんら、実はねえちゃんを口実にやり合うのが楽しいだけちゃうん?』
『なんかあっても、アルレットちゃんがコネを使いまくってくれるわ』
『これでバダンテールは安泰やな!』
『わしも出番を奪われてあとがきにおいやられた甲斐が————あるわけないわっ!』
『なんなん?! なんなん?!』
『最後くらい、もっとこう、さすがは宝珠!みたいな感じにならへんの?』
『わしに出番を! みんな、応援したってや!!』




