遠回りな準備はもうお終い
最終話です。これで完結です。
短編から読んでくださった方も、新規で連載版を読んでくださっている方も本当にありがとうございます。なんとか完結にこぎつけました(笑)
最後までどうぞお付き合い下さい。m(。>__<。)m
遠回りな準備はもうお終い
バッチーン
「……いったーーーい!! 何するのよっ!?」
なんとも場に相応しくない言葉が響いた。往復ビンタが僕の足下に尻もちを突いた女にかまされたところだ。
容赦ないなぁ、クリスティー様。
だいぶ鬱憤が溜まっていたのだろうか? 溜まっていたのだろなぁ。
打たれた女の殺意をいい事に僕は彼女の見える位置に、王都謹製の鈍らナイフをそっと忍ばせた。彼女はそれを掴んで足取り悪く近衛騎士に襲いかかった。
あ~あ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、出陣と参りましょうか?」
ザッと騎士たちが姿勢を正す。左右に別れ、彼女がレッドカーペット沿いに並んだ騎士たちの槍のアーチに近づくと、傍から順に騎士が槍を垂直に持ち替えて行った。寸分違わず揃った動きは圧巻。この国最強の騎士団の洗練された動きは見るものを魅了する力がある。
その中を凛とした姿勢で悠然とカーペットを歩いていく婚約者は王妃のオーラを纏った女傑に見えた。
開かれた両開きの扉で待つ私の目の前に来て、目が合った。彼女は少しだけ口端をあげてから公爵城の玉座にいるガンフォール公爵へ振り返る。
「お父様、行ってまいります」
洗練されたカーテシーをキめ、そっと姿勢を戻す。美しい所作だった。
公爵は目を細め、満足気に頷いた。途端に獰猛な目はこちらにやってくる。居住まいを正した。
「クレイスハルト殿、頼んだぞ」
私は大きく頷いたあと、右手の拳を左胸へと持っていくことで返事をする。騎士の挨拶だ。その瞬間に公爵家の騎士は公爵へ向き直り、私と同じ動作を入れた。
「行け!! 我が騎士たちよ!! 公爵家に仇なす愚か者共に鉄槌を!!」
ガシャン!!
騎士たちは石突を地面に打ち付けることで応えた。まるで地鳴りのようなそれは、なんの狂いもなく、同じタイミングで響いた。練度の高さが伺える。
二人並んで公爵城の城門を抜けると、我が辺境伯領の騎士達が整列して待っていた。私の後ろにはジェイリーが、シェリーレイ嬢の後ろにはクリスティー嬢が、近衛騎士としてピッタリついていた。
目指すはルーガンダリア王国王都。
準備は整った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お互いの騎士達はやっと打ち解けてくれましたね、長かった……」
「……ほんとに」
ため息混じりの私の言葉に、やはり婚約者も同じ思いだった。お互いを見て笑う。幾度も重ねた模擬戦で、それはもう激しい戦いが繰り広げられたと聞いている。この国最強を誇る公爵家騎士団と辺境伯領の精鋭騎士達は訓練だというのに殺し合いをしているようだったと。
練度を誇る公爵騎士と実践に強い辺境伯騎士。団体戦では公爵騎士が、個人戦では辺境伯騎士がやや有利という状況だったのだけれど、回を重ねる毎にその差は均されて昇華したという。陣を敷いての公爵騎士の練度の高さ、乱戦での辺境伯騎士の立ち回りの上手さ。見事に土地柄の強みをお互いに引き出していた様で。
対人戦の訓練をとことん突き詰めている公爵騎士団と魔物や蛮族と実践で戦い続けている辺境伯騎士団がそのプライドを全力でぶつけ合っていたのよね。
そうこうしているうちにお互いのチームを混ぜ合わせて、混合チームを作り、訓練を重ねた結果、距離が急に近くなったとか何とかで。上手く纏まったみたい。
そんな中、父である公爵は騎士限定個人戦のトーナメント形式の武術大会を開いた。見事優勝を飾ったのは目の前のクレイスハルト様だ。私の婚約者。学園で三年連続一位は伊達ではなかったみたい。公爵家きっての天才騎士も本気で悔しそうにしていたから、実力は本物だった。あの者の悔しそうな顔は本当に初めて目にしたのよ。いつも涼しい顔をしていたから。彼も今以上に強くなるのかしらね。
「【蒼き剣】は健在でしたね」
「フッ……鍛錬を怠ったことはないよ」
「流石です」
こんなにも強い方が私の婚約者で、そして遠征の指揮者。
ルーガンダリア王国への独立宣言後の使節団としての挨拶と交渉を兼ねている。
国の名は。
辺境伯の名を取った、グランドダリア王国。
初代国王陛下は婚約者の父、リーンハルト・ウォード・グランドダリア一世。宰相に父ガンフォール。軍務卿にはスライアン子爵が伯爵に上がって就任。娘のクリスティーと号泣の再会を果たした。救出された事を知った子爵が、目を真っ赤にして忠誠を誓ったとか。
王都の南門から入城を果たす。寂れたスラムの様相に痛む心を鬼にして真っ直ぐ城を目指す。人々は公爵家の旗と、新王朝グランドダリア王家の旗を見て湧いた。彼らは"救いを我らに!!"と声を合わせて何度もコールしている。凱旋パレードさながらの様子に婚約者と困惑の表情で見つめ合った。
王都には人の声という地鳴りが響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
商業ギルドのマスター執務室。
僕が入るのは初めてだ。だいたい父が交渉役だったからね。だけど、マスターとは顔見知りだ。よく来てたからね、うちの事務所に。
「お久しぶりです、マスター」
「フレイル君、本当に久しぶり」
マスターと握手を交わす。いくつかの雑談を交わしながら、王都の商いの様子を尋ねると、マスターは少しだけ苦い顔を向けた。
「良くはないよ、悪くなる一方だね。君達が言っていた通りの展開だよ。まさか本当に市場をコントロールしているとは……。これが求められていた資料だ」
会話の最中に立ち上がったマスターは執務机に一旦戻ってから、引き出しから紙の束を取り出して僕にビシッと手渡してくる。丁寧に受け取って、中を検めた。
「ありがとうございます……アッカマーク商会はヨーノワール商会に統合ですか、へぇ、あそこも閉鎖して合併。だいぶ動きがありますね」
「そりゃ、あれだけ派手に売っぱらったんだからそうだろう? 当事者が何を言ってるんだか」
マスターは両手のひらを上に向けて首を傾げる。呆れられたようだね。アンドレッド商会の夜逃げ敢行時に、うちの店舗や倉庫を買い付けた商会名簿とその後の様子を知るために、マスターに依頼をかけていたんだよ。大枚叩いてね? この王都で生き抜くためには先立つものも必要だし、まともな人材が王都に一人もいないのでは動き辛いから、マスターに目を光らせて貰っていたんだ。対価はちゃんと出しているからウィン・ウィンの関係だよ。
破竹の勢いで急成長を遂げていたアンドレッド商会は、ここ王都での商売の弊害、邪魔、妨害などなど色々嫌がらせを受けながらも跳ね除けつつ渡りをつけてきた。苦い思いをした商会もあっただろう。手を広げたおかげで、城下町の地価が上がっていたのも要因の一つかもしれない。"アンドレッド商会を追い出せるかもしれない"という噂を流したおかげで、店舗や倉庫、事務所が売れに売れた。結託すれば何とか資金を調達できて、それでいて商売敵を追い出せるチャンスが巡ってきたともなれば、まぁ食いついてくれたよね。
その後は彼らが勝手に主導権争いをして自滅なり、合併統合なりをしながら、ここまで来たと、そういう感じだね。麦の高騰をそのままに任せ、ワインなど酒類の搬出を制限した。王都に流れないよう統制を取りつつ、北からの搬入に委ねる。
北のリーゼンフォールや最北のソランダリアの商人たちはここぞとばかりに麦や酒類を高値で卸した。だいぶ儲かっただろうね。王都は目立った産業が無くて、染物や彫刻、芸術関係が強かったからそれらの在庫を何とか捌いてやりくりしているようだけど、趣向品は流行り廃りがあるからそれで食べていくのは難しいだろう。
そして商人たちにとって最悪な事に、公爵家の"炊き出し"だ。北以外の城門付近で行った民への救済策。食事の無料提供によって、一時期商売が成り立たなくなっていた。この時ばかりは食物を安くしない訳にはいかなかった。売上が少ないうえに、高く買った穀類を買い叩かれる状態に。公爵家に逆らう訳にもいかないし、民は喝采している状況だ。アクションを起こせば自分たちが今度は悪評を得ることになる。
武具関係も芳しくない。質の落ちた武器防具に、騎士団や兵士たちはクレームをつけるし、鍛冶屋はプライドが傷つけられて取引を中断したり、鍛冶協会ギルドがストライキを起こしたりで散々だった。防具屋は素材が無い故に作成拒否、素材持ち込みはオーダーメイド価格を付けてくる始末。何から何までが悪循環だった。
「それで、アンドレッド商会はいつ戻ってくるの? そろそろ来てくれないと、この土地自体が価値を無くすよ?」
ギルドマスターの懸念は最もだ。だけど、アンドレッド商会は既に見切りをつけた土地でもある。ここに拠点を置く意味と利点を大いに削ぎ落としただけに、魅力ある土地とはお世辞にも言えなくなっているんだよなぁ。
「そうですねぇ……、いらないかな?」
僕の返事にギルドマスターは絶句した。帰ってくるものとばかり思っていたのかもしれない。そのための調査だったのではないのか? そんな顔を僕に向けていた。
「もし、マスターが何かされるのでしたら協力はします。お世話になりましたから。だけど……」
「だけど?」
「最早"片田舎になる"この土地に果たしてどれだけの価値が残るんでしょうね?」
青ざめたマスターを執務室に残して、僕はギルドを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「グランドダリア王国王太子クレイスハルト、建国の挨拶に参った」
騎士の混成部隊と共に今ルーガンダリア城、城門にいる。私の宣言で大きな門がゆっくりゆっくりと開いた。全開された門の向こうにはルーガンダリアの騎士達が整列して迎えてくれたが、その目は怯えと威嚇が綯い交ぜになっている。
公爵家の騎士団が右にいるシェリーの後ろに並び、辺境伯騎士団は私の後ろ、左側に整列して、足並みを揃えた。少しのブレもない行進に、城内の動揺した空気を感じる。物々しい殺気が後ろから飛んでいるからだ。ため息を堪えるのに苦労する。確かに喧嘩を売りに来ているが、今はまだやめて欲しい。
無駄に広い謁見の間に、総勢23名の使節団が通された。各騎士団10名と私、シェリーレイ嬢、近衛騎士のクリスティー。もう一人は城に入った瞬間から私から離れて消えた。
ルーガンダリアの王が王座に座る。
新王と新宰相が位置に着いた。騎士達は膝をついたが、私とシェリーレイ嬢は立ったままだ。無礼を承知で礼は取らない。怪訝な顔をするルーガンダリア陣営だったが、誰も発言する者はいなかった。
「グランドダリア"辺境伯令息"クレイスハルト殿の直答を許します」
宰相が声を上げた。なるほど、国とは認めないと、そういう事か?
後ろからの殺気がさらに大きなものになった。
「此度は何用か?」
鷹揚な態度を崩さない宰相へゆっくりと視線を移す。目が合った瞬間、宰相は即、目を逸らした。おい、気合いが足りないのではないか?
「お送りした宣告の通り、ルーガンダリア辺境伯領はもう存在しません。今はリーンハルト・ウォード・グランドダリア一世が統治するグランドダリア王国の大使としてご挨拶に参った」
「そのような事は認められん!!」
激高した宰相が唾を飛ばしながら吠える。ならばお応えしよう。
「どなたの許可がいるのだ? 許可は必要としていない、我らが独立をしたまでだ。ルーガンダリアの南東西の貴族の名代としてグランドダリア王国王太子クレイスハルトがここに宣言しよう!! "グランドダリア王国は貴国との国交を断絶する"。我らは隣町スルシェータに二日滞在する。以上だ」
交易遮断の宣言に場が静まり返る。何を言われたのか理解できなかったのかもしれない。
新王フェリキス・ウォード・ルーガンダリアは驚愕の表情で静かに凛と立つシェリーレイ・フォン・ガンフォール公爵令嬢を見ていた。これが貴様が手放した王国の宝珠だ、見納めておくがいい。これ見よがしに彼女の手をとってエスコートしながら出て行ってやろう。
呆然とする者もいれば、青ざめる者、怒りを静かに堪えている者様々だ。ここにいる理由はもう無くなった。踵を返して謁見の間を抜け、即座に城門もくぐる。威圧が高すぎて、何人の邪魔も入らなかった。拍子抜けだな。
交渉をもう一つの目的としてはいたものの、計画通りである。宿場町スルシェータに誰かが遣わされてくるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あまり気は進みませんけれど、清算を致しましょう。
宿場町スルシェータに滞在中、男爵令嬢アイリーン様を呼びつけ、宿で待つことしばし。彼女はノコノコとこの場へやってきた。高級宿に来るのが楽しみだったのかもしれない。宿泊させる気は全くありませんけれど。
最上階に部屋を取っているけれども、彼女と会うのは同じフロアの大会議室だ。王都の景気低迷の煽りを受けて、この宿場町の最高級宿も閑散としていた。かつては最高の給仕を提供する王家御用達の宿も、価格を下げたプランを用意せざるを得ず、客層の質が落ちたと代表者が嘆いていた。
大会議室は謁見の間の様なセッティングを施している。
両サイドの壁際には騎士団が整列して綺麗に並んだ。玉座に見立てた小さなステージ、真っ赤なセンターラグの真ん中に豪華な椅子が二脚。左にクレイスハルト様、右に私が座る。後ろにはクリスティーが控えた。
当然、男爵令嬢の席は無い。
「シェリーレイさんと【蒼き剣】のクレイスハルト様ですかぁ!? お久しぶりですぅ」
頭痛がしますね。
両サイドの超高圧の殺気にもめげないメンタルは一体どこで鍛えたのでしょうか? 昔から変わりませんね、空気を読まないこの感じ。脱力致します。この空気感が、殿方をダメにしてしまうのでしょうか? いずれにしても私には到底真似できそうにありませんわ。
学園の頃から身分差に疎いとは思っていましたが、ここまでとは……。でも騙されてはいけません。クリスティーは明確な悪意を向けられていたと言っていましたから。どこまでが演技なのかと戦々恐々といたしますね。
「ここは学園ではない、貴女の身分は男爵令嬢だ。許可も無く発言をするとは……。名前呼びも許した覚えはない」
クレイスハルト様の背筋の凍る声音で出された発言に彼女はハッとして口を両手で押さえた。理解はできているらしい。それなのに改めようとして来なかったのがすぐにわかりました。残念です。
「ここに呼ばれた理由はお分かりになって?」
今度は私から水を向けた。
「同窓会ではないんですかぁ?」
そんな事だろうとは想像していましたが、メンタルどうなっているのでしょうね? どなたか理解出来て? 私にはさっぱり分かりませんわ。匙を投げたいところです。
「違います」
そう言って私はわざとらしく後ろのクリスティーに目を向けた。すぐに顔を元に戻す。
「うそ……」
死んだんじゃ……そうつぶやく声もしっかり聞こえた。驚愕に目を開いて固まっている彼女を私は冷めた目で見据えた。誰が死へ追いやったと思っているのでしょうか?
「彼女が気になりますか? スライアン伯爵令嬢クリスティーです。ご存知でしょう?」
「伯爵!?」
ああ、彼女の記憶では子爵でしたか。
するつもりはなかったが、彼女がわかるように噛み砕いて、小さな子供に教え聞かせるくらい丁寧に彼女のこれまでを教えてあげた。死罪に値する蛮行を。スライアン伯爵のお怒り具合と、男爵家のこれからを。お取り潰しになるかは分かりません。他国の貴族ですからね。しかし、訴えは必ずルーガンダリア王国へされるでしょう。そんな醜聞を残した男爵家を王国がどうするのかも私には興味がありませんわね。
「そんな!? そんなそんなっ!?」
漸く理解いただけたでしょうか? ご自分の罪深さを。いや、きっと男爵家の未来とご自分の将来が暗いものになったと知って、絶望? ないですわね、ショックを受けたのでしょう。
「男爵令嬢、そなたはまだ理解していないようだから言うが、ここにいるガンフォール公爵令嬢への罪もしっかり意識するべきだ」
クレイスハルト様は学園時代のかつてのフェリキス王子とのやり取りの事を語った。大いなる醜聞であったこと、公爵家に仇なす行為、不敬罪一直線の愚行。
「ァァァァァァ」
彼女はくず折れた。これまでしてきた悪行の数々を少しでも理解してくれたのなら良いのですけれど……。
卒業後のルーガンダリア王国での彼女に関するこれまでの報告を聞く限り、事が良く運んでいるとは言えない。王子と面会する機会はほとんど無かったらしい。王子のお忍びで一緒に出かけた事は何度かあったようだけれど、前王の不調の知らせが届いた後はパッタリと交友が無くなったと聞いている。
しばらく見守っていると、彼女は突然笑いだした。
「フフフフフフ……あはははっ」
怖いですわね。
気が触れたのでしょうか?
「ワタシが何をしたって言うの!? 王子と仲良くなって、一緒に過ごしたいって思って何が悪いって言うのっ!? みんなワタシが悪いのぉ!? 王子が寂しそうにしてたから、誰も分かってあげないから!! ワタシが寄り添ってあげただけじゃないっ!!」
ダメでしたか……。わかってはいましたが、仕方ありませんね。
市井にいて、民として過ごしていたのなら、その考えでも良かったのでしょう。でもね、貴女は貴族なのです。
「そうだわ!! シェリーレイ様、取り成してください!! 王子とお会いできるように」
ここへ来て"様"ですか……。いや、突っ込むところそこではありませんでしたか? 取り成す? いや、彼はもう王子では無いですよ? どれから言うべきでしょうか? そもそもどう取り成しても会えませんってところかしら?
どう答えようかと考えていたら、彼女は私に近づいて触れようとした。
パッシーーーーーン
大きな音にハッとして目を上げると、私の目の前にはクリスティーの背中があった。右手を振り切った姿勢で。彼女の腕と脇の間からスローモーションで男爵令嬢が吹き飛ばされている光景が目に飛び込んでくる。
わぁ。飛びましたわね。
あっ。
フレイルったら何やってるのかしらっ!?
騎士の最後尾に変装したフレイルがしゃがみこんだ。アイリーン様の近くにキランと光るナイフをそっと置いている。チラと横に座るクレイスハルト様を見れば、彼は額に手を当てて困った顔をしていた。
「シェリーレイ様に近づくな!!」
クリスティーの一喝が部屋に轟く。私やクレイスハルト様まで姿勢を正したのには笑えましたわね。
「……いったーーーい!! 何するのよっ!?」
アイリーン様の左頬にもみじマークが付きましたわね。痛そう……。
何を思ったのか、アイリーン様は目に付いたナイフを両手で握りしめて、フラフラとクリスティーの元へ駆けてくる。
遅いですわね。
クリスティーは半身を逸らして彼女の手を手刀でトン。
カランカラン……。
そして。
パッシーーーーーン
男爵令嬢の右頬ももみじマークが付きましたわね。
顔に血化粧でもした様な、なんとも言えないお姿に……。
「そこまでにせよ!!」
クレイスハルト様が慌てて止めた。騎士のうち、一番若い順に二人が男爵令嬢を拘束して、私たちの前に立たせる。
「この期に及んでナイフを向けるとは、そなたはどこまで罪を重ねるつもりだ!?」
「っ!? 殴ったのはこの女じゃない!!」
「記録は?」
「しっかりと」
クレイスハルト様は男爵令嬢の言葉を無視して、辺境伯騎士の最前列の騎士に尋ねた。阿吽の呼吸で騎士は記録とペンを持ち上げてみせる。
「罪状を書いて王城へ送れ。宿の者に引き渡せばいい。こちらから出向く必要も無い。この国の者に裁かせればよかろう。どうなろうと構わん、捨ておけ」
元々彼女をどうこうするつもりはなかったし、私も異論はありませんけれど、あれだけ吹き飛ばされて……。"どうなろうと構わん"と言われても説得力ないですわよね? クリスティーに至っては結構ノリノリで往復ビンタしてましたし……。彼女はアイリーン様によって死に追いやられそうになりましたから、少しは溜飲が下がったでしょうか? 往復ビンタでは割に合わなさそうですけれど……。
後で聞いたのですけれど"スッキリ"したそうですわ。もう彼女の事はキレイさっぱり忘れるのですって。考える時間がもったいないとの事。恨みつらみはずっと持っているのも疲れますものね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
グランドダリア王国第一年。
リーンハルト・ウォード・グランドダリア一世即位年。
辺境伯領から公爵領の城へ遷都。
第二年。
北のリーゼンフォール公爵家を味方につけ、ソランダリア辺境伯の領地を平定。
瞬く間にかつてのルーガンダリア王国の貴族領を我がものとする。
ルーガンダリアの王都のみ、抵抗を続けていた。
第三年。
ルーガンダリア王都をグランドダリア王国の軍が取り囲む。民の内乱によってあっさり街は開門され、陥落。
フェリキス王は自ら地下牢へ。そして病気と聞いていた父、前王が幽閉されていたことを知る。ショックのあまり生きた屍のように思考を停止させた。
こうしてルーガンダリアは滅亡した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
グランドダリア王国首都ダリアパレス城前庭は、刈り込まれた緑が素晴らしい。
空は快晴。
ハート型の池にはダリアパレスが逆さに映し出されている。
兵士の音楽隊によるファンファーレが鳴り響いた。
いよいよか。
色とりどりの紙吹雪が舞っている。風に舞うキラキラした紙片がフワフワ流れていく。民衆は今か今かとざわついて、興奮状態だ。
今期最大のお祭りに人々は酔っている。
ダリアの花を胸部にあしらった騎士鎧に身を包んだ精鋭たちが姿を表す。民衆は湧いた。
この国の力を示す彼らの存在は、民に勇気を与え続けるだろう。
彼らが出てくるまで少し時間がありそうだ。
かつてルーガンダリア王国だった王都の話をしようか。
牢番に変装した【辺境の剣聖】トライティーがどうなったかってお話だけどね。彼は王に仕える暗部『ペンタス』を全員"のしちゃった"らしい。王を牢屋から救出しようとしていた『ペンタス』を事情を聞いた上で返り討ちにして、完膚無きまでに叩きのめしたらしい。彼らを引き連れて、今ではグランドダリアの暗部になっているんだって。自分も"暗部かっけぇ"って首領になったとか。壊滅させといて剣聖の肩書きより暗部がいいんだって。
グラキス王は北のソランダリア辺境伯領で養生している。フェリキス王はそのまま幽閉だ。もう精神がおかしくなっていて、再起不能だそうで。男爵令嬢アイリーンは王国法に基づいて処刑されたそうだ、真相はわかっていない。情けで生きていることもあるかもしれない。
キャサリン嬢はファナザイルで意気揚々とブティックを経営しているよ。時々人形アートを出展して自身のデザインドレスを同時お披露目している人気デザイナーだ。
もう一人の牢番、ジェイリーはクレイスハルト様の近衛騎士に扮して、ルーガンダリアの牢番トライティーへの伝言を頼んでいたんだ。任務をしっかりこなして古巣の傭兵団へ帰っていったよ。妹さんはすっかり快気。
あっと、もうすぐ主賓が出てくるかな?
ファンファーレが一段とけたたましく鳴り響いた。
城のバルコニーに姿を現した王への歓声が地鳴りとなる。王が片手を挙げるとさらに湧いた。人気が凄いね。
王の演説が始まる。
「民よ」
一声で会場が静まる。王のカリスマが発揮されているのか、人々は聞き漏らすまいとしっかり傾聴していた。
「グランドダリアの民よ。今日という日を迎え、余は本当に幸せである」
ドカンと会場が歓声で盛り上がった。
民への感謝、民への労い、これからの目標、目指すべき指標を熱く語る。演説は終盤に差し掛かった。なんで知ってるかと言うと、セリフを監修したのが僕だからだ。ガッカリさせて済まない。民衆は感動しているからいいんだよ、きっと。本番はここからだから許して。
「今日の門出をどうか祝福してはくれないか!!」
ファンファーレが鳴り、純白のドレスに身を包んだ王太子妃シェリーレイと我が友クレイスハルトが登場した。
爆発的な拍手と歓声が、晴天の中城を包んだ。
王国の至宝シェリーレイ。
王国の宝剣クレイスハルト。
美男美女がバルコニーから民へ向けて手を振った。
それだけなのに、この幸福感はなんだろうか。
単なる婚姻ではない。こんなに他者を幸福にする結婚があっただろうか?
二人の未来は王国の未来だ。
新王国と共に、どうか幸せに。
祝福する民衆の顔は皆幸福感に満たされている。
どうかこの幸福に満ちた民の顔を忘れないでほしい。
君たちがもたらした幸福を、掴んだ夢を、決して忘れないでほしい。
幾多の困難もきっと乗り越えて行くのだろう。
二人ならきっと正しい道を選び取っていくのだろう。
それが仮令……。
『遠回りに思えても』
脳筋騎士のビンタからスタートでした。
ざまぁは商人も負けていません。
状況をおっとり冷静に解説するシェリー様(笑)
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
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