「二度目の青春の、その先へ」
あれから数ヶ月。
季節は巡り、タワーマンションの窓から見える街並みも、少しずつ色彩を変えていた。
「真紀、無理はするな。こちらに座っていろ」
「もう、蒼馬さん。安定期を過ぎて、だいぶ体も楽になったんですよ?」
キッチンで夕食の支度をしようとした真紀は、後ろからそっと抱きしめられ、そのままダイニングチェアへとエスコートされた。
相変わらずの過保護っぷりだが、今の真紀にとって、その温もりは生活の一部となっていた。
「……今日は特別な日だ。君と、僕と、この子にとっての」
蒼馬は慣れた手つきで、お気に入りのコーヒー豆を挽き始めた。
コーヒーの香りがリビングに広がる。
かつて真紀が一人で味わっていたあの香りは、今や二人で過ごす穏やかな日常の象徴になっていた。
「昔、君に言っただろう。僕たちは二度目の青春を生きているんだって」
蒼馬は真紀の分も淹れた、たっぷりのカフェインレスコーヒーをテーブルに置いた。
「仕事に慣れて、恋なんて二度とできないと思っていた32歳。でも、君と再会して、僕はまた、あの中学生の頃みたいに、誰かを想ってドキドキする感覚を取り戻した。……真紀、僕と結婚してくれてありがとう」
「私の方こそ。……恋愛の仕方を忘れていた私を、こんなにも愛してくれて、ありがとうございます」
真紀がそっと手を差し出すと、蒼馬は迷わずその手を握り、指先に深く口づけた。
お見合いの失敗から始まった、最悪の出会い。
利害の一致による、冷徹な契約結婚。
そして、17年越しの初恋の告白。
山あり谷ありの時間は、すべて今のこの平穏な幸せに繋がるためのピースだったのだと、今は心からそう思える。
「……もうすぐ、この家に新しい家族が増えるな」
蒼馬は愛おしそうに、ふっくらと膨らんだ真紀のお腹に手を当てた。
その瞳は、かつての氷のように冷たい専務のそれではなく、一人の父親として、そして真紀を深く愛する一人の男の優しい眼差しだった。
「名前、まだ決まってないですよね」
「ああ。君と一緒に、ゆっくりと考えたい」
窓の外には、夕焼けに染まる街が広がっている。
かつては一人で見るのが寂しかった夜景も、今は隣に愛する人がいることで、こんなにも温かく輝いて見える。
「真紀。これからもずっと、僕の隣にいてくれないか」
「はい。……死ぬまで、ずっと」
真紀が微笑むと、蒼馬は穏やかに目を細め、優しく唇を重ねた。
仕事に慣れ、恋を忘れかけていたあの日々。でも、もし二度目の青春が訪れたら――。
その答えは、今この瞬間の温かい食卓と、これから始まる新しい命との物語が、何よりも雄弁に物語っていた。
二人の、甘く、時に苦く、そして何よりも愛おしい。
大人の青春ロマンスは、これからも末長く続いていく。
「~完~」




