この戦争──「Z包囲戦争」の開幕
歴史です
この世界で、ミサイルはすべて禁じられているわけではない。
機銃や無誘導ロケットと同じ近距離で使う赤外線誘導ミサイルは、早くから航空隊に受け入れられた。
「白槍」に代表される初期のIRミサイルは、敵の後方へ回り込み、発射可能な角度と距離まで接近しなければならない。
射点へ入る技量が必要で、発射後も敵には回避の機会があると考えられた。
「赤槍」に代表されるセミアクティブ・レーダー誘導ミサイルも、近距離兵器として発達した。
母機が命中まで敵をレーダーで照射し続ける必要があり、発射した側も機動を制限され、危険を負う。
強い天然磁気と海面反射のため実用射程が短かったこともあり、IR誘導とレーダー誘導の選択は、兵器思想の違いというより飛行士の好みに近かった。
忌避されたのは、目視外から発射され、発射した者がその後の攻撃に関与しない兵器である。
当初、中距離の撃ち放しミサイルへ反対したのは、主にエースと騎士道維持派だった。
敵を認識せず、危険を共有せず、名乗りもなしに倒す兵器だという理由である。
しかし、それだけなら飛行士の美学を巡る論争で終わっていたかもしれない。
規制を決定づけたのは、カルト宗教団体による民間航空機連続襲撃事件だった。
軍の保管施設から多数の中距離IRミサイルが奪われ、民間機へ向けて相次いで発射された。
攻撃者は標的へ接近する必要がなく、発射地点の特定も、発射後の攻撃中断も、意図した標的を追っているかの確認も困難だった。
問題は騎士らしいかどうかではなくなった。
誰が発射したのか。
途中で止められるのか。
軍用機と民間機を区別できるのか。
誤射したとき、誰が責任を負うのか。
以後、中距離以上の自律誘導兵器には、所有者と弾体番号の登録、発射権限の管理、攻撃中断機能、発射者を特定できる記録、民間航空路周辺への配備制限が求められた。
妥協として開発されたのが、有線自爆信号式の中距離IRミサイルである。
弾体そのものは赤外線で標的を追うが、発射母機から極細のケーブルを通じて作動許可信号を受け続ける。
ケーブルが切れるか、発射者が送信を止めれば、ミサイルは自爆する。
電波妨害を受けにくく、攻撃を続ける責任を発射者へ残せる一方、母機の機動と射程を大きく制限する。
さらに遠い大陸へ自律的に向かう弾道ミサイルや、発射後に自ら標的を選ぶ複合誘導兵器は、通常弾頭であっても禁制兵器とされる。
視認、応答、降伏、停止、戦闘員の識別をまとめて失わせ、生物・化学兵器を搭載している疑念まで生むためである。
ミサイル忌避とは、誘導そのものへの恐怖ではない。
攻撃する人間だけが危険と判断から離れ、弾体だけが戦争を続ける状態への恐怖である。
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開戦二年前、ゼア第13ジオフロントで地磁気補正型の戦略長距離誘導弾が完成した。
国際社会は研究凍結と施設査察を要求した。
ゼア政府は配備を認めず、研究停止を命じたが、地下施設の全面公開も拒んだ。
ゼアの技術者たちには、別の景色が見えていた。
自分たちの誘導技術だけが航空騎士道を損なうとして封じられる。
その一方で、他国も同種の兵器を秘密裏に研究している。
事故の責任は設計者が負い、成功の名誉はエースが得る。
不満は、各国も同じ査察を受けるべきだという要求へ変わった。
各国が拒否すると、一部の技術者と軍人は、自分たちで禁制兵器の有無を確かめると決めた。
ゼア政府の停止命令を無視し、ゼア軍の標章をつけた部隊がレイ第1領と周辺国の研究施設へ侵入した。
名目は、禁制兵器拡散防止のための国際査察代行作戦。
国際社会はそれを査察ではなく侵略と呼んだ。
開戦直後、ゼア政府は過激派を軍事反乱と認定した。
レイ軍、周辺国連合軍、ゼア政府忠誠軍が、同じゼアの標章をつけた部隊と戦った。
だが過激派は、政府と連合軍の通信へ偽の座標と識別情報を流した。
忠誠軍の基地が連合軍に誤爆され、ゼア国内には裏切りの映像だけが広まった。
本土攻撃を受けた政府は非常事態法を発動する。
脅威情報と敵味方判定を作る部署へ過激派が入り込み、政府の画面に映る戦争そのものを書き換えた。
違法な武装査察は、やがて先制防衛だったと正当化された。
存在しなかった包囲を恐れて始めた攻撃が、周辺国を本物の包囲網へ結びつけた。
後にZ包囲戦争と呼ばれる戦争の幕開けだった。
結局どういうこと?
空戦観察ゲームとして近接戦闘しかしない自然な歴史を作ろうとした結果、
決闘とか航空騎士道法が生えてきた。
スパロー(ミサイル)とか持ち込んだらこの世界では違法です。




