はじめてのブリーフィング
ミサイルの知識レベルの設定上、艦長を異世界転生してきたことにしています
ブリーフィングルームは人で埋まっていた。
この艦が航空母艦として再就役して以来、最初の任務となる。
目の前に並んでいるのは、統一された一個航空隊ではない。
所属章は複数に分かれ、年齢にも大きな幅がある。
頬に傷を残した者もいれば、まだ新品らしい飛行装具を抱えた者もいた。
同じ制服を着ているはずなのに、肩章も飛行帽も微妙に違う。
革の飛行帽を机へ置く者の隣で、別の者は使い込まれた手袋を握っている。
急ごしらえの混成部隊という言葉が、人間の姿を取って並んでいた。
そして、その視線が一斉に新任艦長である俺へ向いている。
好奇。警戒。無関心。
そんな者たちを前に、俺は緊張していた。
落ち着け。
声は出るか。最初の一声で裏返ったら、艦長として先が思いやられる。
この連中は、何にでも二つ名をつける。
今日ここで声を裏返せば、明日には「裏声艦長」だ。
下手をすれば、俺が退役するまで残る。
それだけは避けたい。
一度、咳払いをした。
「出航直後で悪いが、哨戒任務を発令する」
俺の声を聞いて、ざわざわとした喧騒が止んだ。
少なくとも、声が裏返ることはなかった。
それだけで今は十分だった。……まずは安心した。
出席者――いや、全員パイロットのはずだ。
視線を浴びながら、名簿を読み返す。
少なくとも、そこにはそう書かれている。
だが、所属章を見ても、誰がどの部隊から来たのかまでは判別できなかった。
彼らは俺の話を黙って聞いている。
問題は、名簿の名前と目の前の顔が、一人も結びつかないことだった。
緊張のせいで忘れたわけではない。最初から結びついていない。俺は悪くない。
それを証明するのが先ほどから俺が持っている名簿だ。
名前は名簿で読んだが、顔を合わせるのは今日が初めてだ。
この空母へ配属された航空隊は、出航に間に合わせるため各地から急遽かき集められた混成部隊だ。
その艦長として俺が立っていることには、多少の罪悪感がある。
もっとも、顔には出さない。
艦長として当然の技能だ。
なぜ、そんな俺が彼らの前で堂々と艦長を名乗っているのか。
理由は単純だった。
俺が「転生者」だからだ。……正確にはおそらくそれはきっかけだ。
士官課程の途中で前世の記憶を取り戻してから、前世の知識を大いに利用させてもらった。
もっとも、役に立ったのは座学に限る。
しかし、その中でも航空機の先入観や知識は大いに役立った。
こうして今艦長として抜擢されたのはその影響もあると踏んでいる。
答案用紙の上では、前世の知識は頼もしい味方だった。
だが、現実の空母に乗り、名前も知らない人間へ出撃命令を下す段になると、答案用紙は何も答えてくれない。
俺は手元の名簿に挟んだ資料へ視線を落とした。
もちろん、カンニングペーパーではない。
哨戒区域、出撃可能機、識別手順、救難待機、航空騎士道法による交戦制限。
どれも士官課程で学んだ。だが、人命を預かる命令として口にするのは初めてだった。
「今回の哨戒区域は、本艦の北東――」
説明を始めながら、俺は顔を上げた。
相手の顔を見て話す。
これは前世でも重要視されていた、基本的なコミュニケーション手段だ。
少なくとも、知らない固有名詞を延々と読み上げるよりは効果があるはずだった。
さて、どう哨戒させるか。敵がいるのか、いないのかも分からない空域を飛ばすのだ。
「北東哨戒線の外縁まで進出。異常がなければ反転し、第三航路を通って帰投する」
資料から顔を上げる。
「ゼア機との接触があった場合は?」
一人が尋ねた。
「生存を優先しろ。情報を持ち帰ってこい」
「一番槍が相手でもですか」
部屋の空気が、わずかに変わった。どうやら、その名前は俺以外の全員が知っているらしい。
一番槍。名前からして、先頭に立って突っ込んでくる類いだろうか。
……エースか。ならば、まず重要なのは先に発見することだ。
「目がいいと自負する者は?」
パイロットたちは互いの顔を見合わせた。自薦しづらい質問だったらしい。しばらくして、一人の手が上がった。
「誰もいないようなので」
立ち上がった男は、俺が名前を尋ねるより先に名乗った。
「偵察飛行隊所属、エルド・ハーゼン少尉です。遠距離視認には自信があります」
助かった。
「ではハーゼン少尉を先行させる。ただし、敵影を認めても接近するな。位置と進路を報告し、本隊の到着を待て」
「了解しました」
「ほかの者も同様だ。単独で追跡しない。可能な限り、隊形を崩すな」
そこで、先ほど一番槍について尋ねたパイロットが眉を寄せた。
「名乗りを受けた場合も、ですか」
出た。資料にあった、航空騎士道法に基づく名乗りの慣習。
「そうだ。応答のために接近する必要はない。今回の目的は敵機の撃墜ではなく、哨戒と情報収集だ」
沈黙。さっきまでとは違う。迷いではない。明確な反発だった。小さな囁き声が、部屋のあちこちから聞こえた。
「……艦長」
ハーゼン少尉が、上げていた手をゆっくり下ろした。
「確認してもよろしいでしょうか」
「許可する」
「決闘の禁止はまだ分かります。名乗り返すこと自体を、禁止されるのですか」
俺には、その決闘の方もいまひとつ理解できていない。
決闘。航空騎士道法に色濃く残る、飛行士たちの慣習。航空戦の最中に一対一で決着をつける、前世でいう中世の一騎討ちに近いものらしい。
「任務の妨げになるならば」
その一言で、部屋全体の空気が険しくなった。はずれを引いたのか。理由が分からない。敵へ自分の所属や名前を知らせるなど、危険を増やすだけではないのか。
「その選択は、長期的には生存率を下げます」
ハーゼン少尉は慎重に言った。
「なぜだ」
俺が尋ねると、今度は部屋の何人かがこちらを見た。艦長が知らないことを不審に思ったのかもしれない。だが、知らないものは仕方がない。
「名乗りは、決闘のためだけに行うものではありません」
少尉は続けた。
「誰が、どの部隊の命令で飛んでいるのか。それを互いに記録するためのものです。名乗りに応じる部隊であれば、降伏信号も、救難信号も信用されます」
「応じなければ?」
「次からは、警告なしに攻撃される可能性があります」
別のパイロットが口を挟んだ。
「救難者を回収してもらえないこともある」
「捕虜として扱われない可能性も」
「艦長。名乗らないというのは、正体を隠すことではありません」
ハーゼン少尉が言った。
「航空騎士道法の保護を、自分から捨てるという意味です」
なるほど。俺は手元の資料へ視線を落とした。そこには確かに、名乗りの手順が記載されている。だが、それが救難や降伏の扱いまで左右するとは理解していなかった。いや、そう書かれていたのかもしれない。俺が、儀礼の項目だと思って読み飛ばしただけで。
「命令を修正する」
囁き声が止まった。
「名乗りには応じろ。ただし、隊形と任務を優先する。決闘の要求があっても、独断で離脱するな」
今度の沈黙は、先ほどよりいくらか穏やかだった。
「それなら問題ありません」
ハーゼン少尉が答えた。どうやら、最初の命令で艦長としての信用を失う事態だけは避けられたらしい。
たぶん。




