6.恋は大胸筋が教えてくれた
軽度の残酷表現があります。
「お前のせいで家族を失った!」
「私の人生を返せッ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せッ!!」
「ーーーヒッ!」
シフノス王子が目を覚ますと、そこは暗い牢獄だった。
自分が夢を見ていたことに気づき、鈍い痛みに覚醒する。殴られた箇所はまるで火傷をおったように痛み、苛立ちと無事なことに深いため息を吐く。
だが、それは夢ではない。
「死刑!」
「死刑!」
「死刑!!」
怒号が鳴り響き、体を震わせる。辺りを見回すが、そこには誰も居ない。
カツン
カツン
階段から靴音が微かに聞こえる。
視線を向けると、王と妃が侮辱の目を向けて見下ろしている。
数多の民衆の命を背負っている者の目だ。
「お前は聡明だと思っていたが、見込み違いだったな」
「まさか、魔の物まで使って誘拐を企てるとは……事態の重さを分かっているのか!」
「若気の至りではすみませんよ。貴方は、私の、私達の顔に泥を塗ったのです。」
他に子供はいるが、全員妾の子。妃とは血が繋がっていない。唯一の肉親はシフノス王子だけ。
跡を継ぐ、次の王は妾の子の誰かになる。
妃の怒りは想像を絶するものだろう。
「弁明はあるか?」
いつものように罪をなすりつけようと口を開くが声が出ない。
まるで、餌をねだる金魚のように、口をパクパクと動かすしかなかった。
それを見て、また深いため息を吐き、踵を返す。
「もうここには来ることはないだろう」
2人は振り向くことなく後にした。
シフノス王子は涙を流し、鉄格子の音を立てて揺らす。
生ぬるい感触をした手がそれを止める。
反射的に振り向くと、人の形をした泥がそこにはいた。
一体ではない、シフノス王子を取り囲むように泥人形達は恨み言を呟く。
「返せ」
「帰して」
「助けて」
「許さない」
「殺してやる…!」
大声をあげて助けを呼ぼうとするが、泥人形は口を塞ぐ。
口の中に泥が入り込み、不快感と窒息の苦しさでもがき苦しむ。
意識を失いかける寸前で手を離され、泥を吐き出し空気を取り込む。
「死刑」
「死刑」
「死刑」
「死刑」
泥人形達は呪詛のように、自分たちの欲求を口にする。
「やめろ、やめてくれ、誰か……誰か助けてくれ!俺が、俺が悪かった!謝る!謝るから!
すまない、すまな……ごめんなさい、許して、許してください!土下座しますから、お願いします!やだ、ヤダァッ!!!!」
その謝罪は誰にも届かない。
泥人形達はまた口を塞ぎ、死ぬ一歩手前で解放する。
叫ばなければ口を塞がないが、それ以外は隣でずっと呪詛を呟く。
「少しは借りを返せただろうか」
魔の物がいなくなり、行動範囲を広げることが出来た地母神は薄く微笑む。
言葉を封じたのも、泥人形の幻影を見せたのも神の仕業だ。
神は加護を与えるだけではない。罰を与えるのも勤めなのだから。
私の復讐は終わりを告げた。
あの後、王様とお妃様の正式な謝罪と王位剥奪が通達された。
上司は気がおかしくなってしまい、死刑、終身刑、国外追放で意見が割れているらしい。
私は、自分の恨みは果たせたが、被害を受けた家族のことを考えると、どうした罰が適切かは分からない。
死んで欲しいとまでは思わないが、せめて被害者達が望む刑は与えられて欲しい。
「ルナ様!」
アンリちゃんが嬉しそうに駆け寄る。
私達は学園でようやく平穏な生活を送ることが出来た。
アンリちゃんはまともに学校に行ったことがないが、主席合格のため、特待生として授業料は免除されているらしい。
そのせいか、学園で授業を受けること、友達と話すこと、部活に入れたこと全てが初めてで、凄く楽しそうにしている。
私は、学園は楽しいが……授業はここでも苦手だ。
「お兄ちゃんが話したいことがあるって、良かったら学園の裏庭に来ていただけませんか?」
「オルトさんが?うん、分かった!」
私の返答にアンリちゃんは一層楽しそうに笑った。
アンリちゃんはこれから学園生活をもっと謳歌して、攻略対象のキャラクターと恋を育むのだろう。
私もそうしていきたい。
ようやく、私は自分の人生を始めることが出来たのだ。
オルトさんに呼ばれた裏庭に、足取り軽く向かう。
「よ!」
「はーい!ご機嫌うるわしゅう」
わざとらしく声を上げて、お辞儀する。
その様子に吹き出し、機嫌良さそうに笑う。
「少し話がしたくてな、時間いいか?」
「勿論!」
「それは良かった……あれからもう大丈夫か?」
「ええ、無事に婚約破棄できたの。
今は、被害者家族のケアのために先生達をお呼びしているわ。
小さなお子さん達が居る所は、先生が両親と話している間に、私やアンリちゃんが遊び相手になってるの」
爪痕は深かった。
元凶を捕まえたからと言って全てが好転するわけではない。
早く良くなるようにと、学園の他の子達も協力してくれている。
「オルトさんのほうはどう?」
「建物や壊れた備品なんかは、男連中で大分片付いたよ。
弁償代金も王家の連中達に突き出したら、あっさり金が降りてな、上はまともだったのが救いだな」
「それは良かったわ!
ひと段落したら、どこか遊びに行きましょう!私、学園に来てから全然遊んでないから、たまには羽を伸ばしたくて!」
そう提案すると、オルトさんは固まった。
すぐに意識を取り戻し、咳払いをする。
「……あー、そんなこと言って良いのかよ?
婚約破棄できたとは言え、ルナお嬢様は貴族のご令嬢だろ?
すぐに新しい婚約者が出来ただろ?
そうなっちまったらよー……俺なんかと一緒に遊んでたら誤解されるだろ……」
「あー……その件については大丈夫よ。
政略結婚の道具としてしか私を見てなかったけど、頼りの王子は最悪だったし、その証拠を見つけたのは私だったから、婚約者の相手には慎重になっていてね。
周りには馬鹿にされているみたいで、もう疲れたから隠居するなんて言い出して、絶賛放置状態!
だから、まぁ、婚約者なしのお嬢様ね!」
自分で言って思わず吹き出す。
この事件をきっかけに英雄扱いされた私宛に、沢山の婚約者候補を紹介されたが、両親は見抜く自信を失って、私が全て断っているのが原因なのだが
私の言葉にどこか安堵したようにオルトさんは笑った。
「ルナお嬢様……」
「何かしら?」
「好きだ」
え?
「初めて会った時、俺は獣人の姿で酷い対応をしたのに、貴方は普通に接してくれた」
「そ、それは大変そうだったから……!」
「初めてだよ。モンスターからも人間からも俺はそんな普通の対応をされなかった。
妹を助けてくれた。貴方に相応しくなろうと魔術で人間に変身できるようにした。
……すぐにバレちまったけどな」
「私のために……?」
「強い貴方を守れるように、政治も学び、武術も学び筋肉もつけた」
「私のために!!!??!」
「そうだ」
え?
じゃあ、その筋肉は私のために鍛えられたの?私が育てた?私のもの?
「貴方を愛している。
婚約者が居ないのなら、俺と結婚を前提に付き合って欲しい」
心臓が早く脈打つ。
攻略対象にいなかったし、アンリちゃんの実のお兄さんだから、私と結ばれても誰も傷つかないよね?
それに、権力にも怯まず立ち向かうし、アンリちゃんや、被害者の為に動いてくれる優しい人。
私のことを好きだと、愛していると真正面から言ってくれる。
何より私のために筋肉をつけてくれる人なんて、そんな人好きになるしかない!!
それに……。
「私も、オルトさんが好き。私を助けてくれてありがとう……」
ブラック企業で働いていた時、悪役令嬢として転生した時、誰も私のことを助けてくれなかった。
オルトさんは、私が没落したら助けると約束してくれたのだ。
もう、この時点で私は彼を好きになっていたのだろう。
私を、私の心を救ってくれた彼と一緒に歩みたい。
オルトさんは私を優しく抱きしめてくれた。
腕の温もりと、筋肉の締め付け具合が心地いい。
この人とこれから一緒に生きていくんだ。
しかし、筋肉にくるまってると邪な心がわいてくる。
あの時、初対面で、本当にしたかったお願いを忘れることが出来なかった。
「え、あの、腹筋とか大胸筋とか触ってもいい?」
「は?」
「私のも代わりに触って良いので……」
「別にそれはいいけど、ダイキョウキンってどこだよ」
「胸のところだけど」
「め、滅多なこと言うもんじゃねぇ!!」
なぜだか分からないが怒られてしまった。
不思議に思って彼の大胸筋を見ると、あの時に渡したネックレスが服の間から見えた。
大事そうにしている。
きっと、これを見られたくなかったのだろう。
言葉遣いや、物腰柔らかになったが、根っこの不器用さは変わらないようだ。
私は笑みが溢れた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次何を書くかまだ決めていないので、良かったら新作の読みたい話や、感想など教えてもらえると嬉しいです。