第17話 冬の戦い5
その結果を得て本陣の大天幕で軍議が行われた。
「ドーバー城は奪取し、敵1万人は全て死亡。わが軍の大勝利です」
「損害も、わずかな凍傷者のみ、死亡したものはおりません。完勝といってよいかと」
「でも、敵の損害が多すぎるように思います」エーデルが沈痛な表情で言った。
俺も言わずには居られなかった。
「意見具申します。私が冬季装備を充実したのは、味方の損害を抑えるためで、敵のこれほどの損害を与えるためではありません。これは、あまりにも敵に酷と思いいます」
「これは戦争なのだぞ、味方の損害がなく、敵を殲滅したのだ、誇ってよいと思うが」
「誰もハンを責めてはいいないがな、むしろ功労者じゃろ。もう少し胸をはっても良いと思うがな」老練なアンゲルが慰めてくれた。
「そう、あなたは悪くないわよ。悪いとしたらシュバルツ様よ」エーデルがシュバルツ公を睨んだ。
「まさか、これほどとは思わなんだ。二度としないから許してくれないか」シュバルツ様が俺に頭をさげた。シュバルツ様も多少動揺しているように見えた、まさか全軍が凍死するとは誰も思えなかっただろう。
「そうまでされては、何も言えません」俺も頭を下げ、ひきさがった。
「よかろう、今回は大勝だ。本日は宴会を許す、そして明日は故国に帰るぞ」
周囲から歓声があがった。俺は意気が上がらず、そのまま天幕をでた。エーデル男爵が心配そうにしているのだけが慰めだった。
一万人が死んだ。戦争だから仕方ないともいえる。前世ではもっといっぱい死んだ戦いもある。だが今回は、俺の献策を利用されて、敵が凍死したのだ。もちろんシュバルツ様に責任であるのはわかっている。が、俺もそれに関与している。どうしても罪悪感がぬぐい切れない。
ドーバー城内は、あちこちに盛大にかがり火が焚かれ、石のカマドの上では大量の肉が焼かれていた。キッチンカーでは、肉と野菜が大量に入ったスープが作られていた。
酒もあるだけ出されていた。本日は無礼講となっていた。
あまり泥酔されると凍傷者が心配なのだが、今日あたりから気温が上昇しており、凍傷者の心配は余りないであろうと思われた。
「大将暗いですぜ、勝ち戦なんだから、パーっと行きましょうよ」
酔っぱらったシュタインに絡まれた。夜は酒も出て宴会となっていた。ああ、こいつみたいに気楽に生きられれば楽なんだろうな。
「偉い人は大変なんだ、少しそっとしておいてやれ」
「へいへい、分かりましたよ。じゃあ肉でも食ってくるか」シュタインはフラフラと食べ物があるところに歩いて行った。
「大将、悩みならききますぜ」リュウはいつでも気配りができる。
「有難う、だが自分でも、どう整理したらわからないんだ」
「何を悩んでいるかは、分かる気がしますが、あまり自分を責めない方が良いと思いますよ」
「わかっているんだがね」
「心がどう収まるのかは、時間がかかることがありますからね」
「うん、心配してくれてありがとう、もう少し自分で考えてみるよ」
一万人の命、一万人の男、一万人の夫、一万人の父親、一万人の息子、一万人の未来、一万人の幸せ。
これがあの平原で凍死したのだ。
俺の心も凍ったままだった。
翌朝、ドーバー城に300の守備隊を残し、全軍が陣を払い、帰還の途にでた。