第10話:亡命者
急ぎ王都に向かった。
俺とリュウ、シュタインと総勢5名ほどの騎兵で向かった。途中馬を変え、通常では2週間ほどかかる王都への旅程をなんと4日で走破した。
「何があったんだろうなあ」
なんめんどくさいことが起こったんだろうなあ。迷惑だけど仕方ないなあ。
「とにかく急なことですね」
「馬に乗りながら話すと舌を噛むぞ、とにかく急ごう」
王都に着き、急ぎ王城に参上した。
王都の城門を駆け抜け、大通りを城に向けてはしった。
「王都はでっかいですなあ」リュウがあきれたように言った。
城の正門で守備兵に来意を告げると、すぐ城門が開いた。
俺たちは馬を降り、守備兵に預けると歩いて城門に入った。
王の間にいたる廊下は両方の壁が大理石でできており甲冑や彫刻などで飾られていた。ところどころにはランプがあったが全体的に薄暗かった。赤い絨毯をしいた長い廊下のさきにある王の間の扉の前に至った。
「ハン子爵様ご来場」
そう呼ばわれながら、王の間に入った。
扉があくと、中に入り、片膝をついた。
「ハン子爵ここに」
遠くに玉座があり、そこにこの国の王が座っていた。
「大義であった、極北の地より良く参った。他の北部軍の将はもう参っている、即刻申し渡すべき義がある。皆のものよいか」
「ははー」皆かしこまった。
「グロッサー、始めよ」
「では、まず私から。数日前、ランド王国より亡命者が参りました。そのものはスチュアート侯爵の遺児、ビクトリアと名乗っております」
全員が息をのんだ。スチュアート侯爵と言えば、この間の戦で、戦死されたランド王国の名の知れた将軍ではないか、その遺児がなんで亡命してくるのか。いったい何があったんだ。前の戦が関係しているのかなあ。でも戦で負けたうえ、家族が亡命とは、あの国はいったいどうなっているんだ。
「皆、状況が分からないであろう。ここは本人に話をしていただこう」王様が振り向いて合図した。
俺たちが入ってきた扉とは反対側にある扉が重々しくあいた。そこには一人の少女が現れた。その背後には家臣と思われる騎士が数名侍っていた。
「私はランド王国の貴族、シュチュアートの娘であるビクトリアと申します。なぜランド王国を見限りブルク王国に亡命したのかをお話したいと思います」
その少女は12歳くらいで、金髪碧眼の美少女だった。しかし、その言葉には凛とした響きがあった。相当の覚悟があるとおもわれた。
女の子が一人で亡命、本当にいったいなにがあったんだ。俺は混乱した。周りを見渡すと、みな状況を把握できないようで、微妙な顔をしていた。
少女が、前を向いて、意を決したように話し出した
「私の父は、この戦争には反対しておりました、しかし王が無理やり戦に駆り出したと聞いています。それというのも王が母に懸想し、父のいない間に母を後宮に入れようとしたのです」
みなが愕然としたのが察せられた。そんなことするか、ふつう。
「母がむりやり後宮に入れられ、私にまで後宮に入れとの命令が入りました。それで、心あるものが、私を連れ出し、亡命させてくれました」少女がハンカチを握りしめて、絞り出すように語った。
「それでは、お母上が大変なことになっているのでは」
エーデルが気遣うように尋ねた。顔が怒りで蒼白になっている。
そりゃそうだ、娘が逃げ出したら、母親がいじめられそうだ。ひどいことになっていないといいが。
しかし、事態はそれ以上にというか、以下になっていた。
「母上は自害いたしました」少女は、涙をこらえながら、両手を握りしめて絞り出すように言った。
みな息をのんだ。
あー、あの王様は前から馬鹿だ馬鹿だと言われていたが、ここまでとは思わなかったよ。自分とこの将軍の嫁を求めるなんて、どんだけ馬鹿なんだ。だれもついてこなくなるぞ。
俺がそう思っているとき。
近衛兵が入ってきて、グロッサー男爵に何か渡した。
グロッサー男爵が、ビクトリアの前にそれをもっていった。
「スチュアート伯爵は、我々の兵が本陣に入っていいったときには、すでに亡くなっておりました。わが将兵皆に聞き取りを行いましたが、誰も侯爵を打ったものはいませんでした」
ビクトリアは、凛としてそれを聞いていた。
「それから、これは侯爵の遺髪と剣です。戦場であり、これ以上は持ち帰ることができませんでした。お許しください」グロッサー男爵はそう言って頭を下げた。
「お心ずかい、痛み入ります」ビクトリアは、それを受け取り、胸に抱いた。
「実は、もうひとつ」グロッサー男爵は背後に合図した。
近衛兵が、もう一つのものを持ってきた。
「これは伯爵の上着です、みてお分かりのとおり、致命傷と思われる傷は、背中にありました。側近と思われるものも、同じところに傷がありました、つまり・・・」
「父は、敵に後ろを見せる武人ではありません」その声は悲鳴のようだった。
「お確かめを」
グロッサー男爵より上着を受け取ったビクトリアは、それを確かめた。
「お言葉のとおりです、ああ父上」
今まで気を張って頑張っていたのだろうが、この意外な事実をしらされて我慢がきれたように、上着を抱きしめて、静かに涙を流しはじめた。
あちこちから嗚咽がもれた。
あー、ここまで馬鹿だったのかよ、味方の有力な将軍を、妻欲しさに、裏切って殺すかよ。なんぼなんでもないだろー。
うわっエーデル男爵がものすごく怒ってるよ、涙流しながら怒ってるよ。こぶし握りしめてブルブル震えているよ。そりゃ俺も怒ってるけどさあ。少し冷静になろうよ。
それより後ろからの圧が凄いんですが。シュタインは子供好きだからなー。子供虐待した兵士を半殺しにしてるしな、あーあれはもっと死んでるかも、四分の三以上死んでたな。
リュウは愛妻家で、もう少し年下の娘がいて、溺愛してるものなあ。婦女暴行の犯人の首をあっさり落としたことあるもんな。すんごく怒ってんだろうな。
グロッサー男爵はめちゃめちゃ悪い顔をしているよ。そりゃカモがネギしょって、鍋かついできたようなもんだからね。隣国侵攻の、大義名分と、きっかけが転げこんできたんだから、笑いが止まらんよね。でもここで笑っちゃだめだよ。
王様とシュバルツ様は、流石に感情を表に出すことはなかったが、でもシュバルツ様右手握りしめていますが。
ここでうれしがっちゃあ悪いんだけれど、うちの国の人ってみんな怒っているよな。ここで怒れるような、いい人ばっかりで俺はうれしいよ。
「グロッサー、この話を、ランド王国に広める準備はしているか」
「まあ、すでに手のものが各地に散っております」
「ならば良い」
そりゃそうだよね、この話が広まれば、庶民も憤激するだろうし、貴族の忠誠心も揺らぐだろうしね、スチュアート侯爵の親戚なら寝返りもありだろうしね。こっちにはデメリットなしで、メリットだらけだよ。本当に敵が馬鹿だとやりやすいよね。こりゃあ冬が過ぎて春になったら攻め込むんだろうなあ。
「エーデル、ビクトリア様の世話を頼めるか」王がエーデルに向かって言った。
「喜んで」涙をあぬぐって、ビクトリアの脇に向かい、手を取って、扉の向こうに消えた。
なんかビクトリアには聞かれたくない話が出るんだろうな。
「来年春にはランド王国に攻め込む。皆準備するように」
「それについてですが、その前に私に策があります。後ほど文書で奏上いたしますので、ご検討ください」シュバルツがにやりと笑って言った。
「ほう面白い、シュバルツの策なら、さぞや面白い策なんだろうな」
「はい、冬の間に少し相手の兵を減らそうかを思っております」
「面白い」
「そこで、ハン子爵に頼みがあるんだが」シュバルツ様に突然ふられて俺は驚いた。
「後で話そうぞ」
「承知いたしました」なんの話が出るんだ、なんか不安だぞ。そして冬になんかすると言ってなかったか。冬装備の話かなあ、それならいいんだけど。