F・L(END)
──グラウンドの一ヶ所。僅かな範囲に、煙が立ち込める。
中身のないワニの死骸が大量に転がる中、全校生徒の視線はその一点に釘付けとなっていた。
「……」
冷めきった目を向けるのは、クイスに掌を向けたままのヴェル。
煙の外で尻もちをつくクイスは、大きく目を見開き、声も出せずにいた。
「……戻ってと、言ったでしょ……?」
──膝から崩れ落ちるのは、つい先程、クイスを庇ったことで爆発を受けた守神。フェリンだ。
「あ、唖杉さん!!」
震えていた身体を起こし、倒れかけるフェリンを支えるクイス。小さなものとはいえ爆発は強力であり、フェリンの身体はまともに動く様子もない。
迂闊に接近した自分が招くことになった悲劇に、クイスは動揺を隠せない。倒れ込むフェリンの顔を、恐る恐る確認する。
「唖杉さん……ご、ごめんね! 僕が……僕が出て来たから……!」
「……だから言ったの。私に、近寄らない方が、よかったでしょう……?」
「でも……!」
フェリンは決して、クイスの所為にしようとはしない。自分に近づいたためにクイスが危険な目に遭ったと、そう思うのだ。
今の光景を見て、そんなことを言う人間などいない。全てはクイスが悪く、狙われたのは自業自得であり、その所為で守神が致命傷を受けた。それが事実だから。
「守神を好きになっても、いいことなんてない……」
だとしても。そんな事実があるとしても。
フェリンにとっては、一般人を危険に晒した自分が、何よりも憎い。
「私のことを想って、出て来てくれたんでしょう……? 紐滝くんは、純粋で、優しいから……近くで私を応援しようと、そう思ってくれたんでしょう……?」
「そ、そうだけど……でも」
「ありがとう。凄く、嬉しかった。私に生きていていいって、言ってくれたの。本当に、嬉しかった……」
フェリンは震える手に力を込め、地面を押す。クイスを優しく手で離し、微笑みながら立ち上がった。
そして、苛立ちを顔に出すヴェルへと、身体を向ける。
「……」
深呼吸をして、悲鳴を上げる全身を落ち着かせる。焼くような熱さも無視し、もう一度災厄と対峙する。
「これで、理解出来た? そんな攻撃でも、守神は殺せない。諦めなさい、ヴェル」
ズタボロでも凛々しい佇まいで、上空に飛ぶヴェルを見据える。その姿を見る人々は、息を飲むだけ。
ただ一人、彼女が倒れないことを鬱陶しく思う、災厄だけは違う。
「私や、イリアでなければここで諦めるだろうね。いや、そもそも守神を葬ろうとも考えないだろう」
「そうね。災厄の目的は災いを呼び人間を脅かすこと。勝てない守神に対抗しようなんて、基本的には思い浮かばない筈」
「ああ、詰まらないことにその通りだ。だが私は違うぞ。守神には絶対勝てないとしても、抗ってみせる。この、町を滅ぼすつもりで──」
「無駄よ」
フェリンの制服が、光の粒子に変わり弾ける。腰に巻かれた長いリボンが地に触れることなく靡く、派手目な巫女姿となった。
これが守神の真の姿であり、手に持つ御札塗れの棒は彼女達のアイテムである。
──そしてこの姿で出来ることは。
「貴女を今から、封印します。御霊ヴェル──!」
災厄を、自分と共に封印することだ。
封印が始まれば、災厄に為す術はない。消耗していなければ封印されることはないが、ヴェルはこの短時間で複数の災いを呼んだ。条件は揃っている。
ただし、災厄を封印するということは……
「いいのか? フェリン。君はこの世に未練がありそうだったが、本当に私を封印出来るのか? そこの男子が言っていたように、今はまだ……という風に考えなくていいのか?」
「……バカね」
フェリンの心を見抜いていたヴェルの言葉に、フェリンは小さく溜め息を吐く。
──全く迷いのない瞳で、清々しい笑みを浮かべて。
「未練なんて、もうない。私を想ってくれる人がいてくれたんだから、もう寂しくないの。お父さんやお母さんに『さようなら』を言えないことは少し気がかりだけど、この機会を逃すつもりはないわ」
自分を独りにしないでいてくれた、クイスに……背を向けたまま、心の中で感謝を伝える。
そして、棒の先をヴェルに突きつけた。
「封印──!!」
掛け声と同時に、フェリンの身体が神々しい光を放つ。あまりの眩しさに殆どが目を塞ぐが、至近距離のクイスは、決して閉じようとしない。
「唖杉さん!」
「紐滝くん、感謝の言葉よりも伝えたい言葉があるの。きっちり、終わらせられるように」
フェリンの身体を、光の鎖が縛りつけて行く。鎖はヴェルまで伸びて行き、同じように巻きつく。
横顔が見えるように、フェリンはクイスに目を向けた。
「さようなら、紐滝くん」
満面の笑みを見せたフェリンは、鎖によってヴェルの元へと引き寄せられて行く。
そして最後は、二人を纏めて鎖が巻きつく。
──そんな二人の間に、ピョンッと、一匹が飛び込んで来た。
「ツナ……!?」
「いやぁ〜、ツナもヴェルから生まれた災厄だからにゃ〜。こうなるべきかと思ってにゃ」
「……その巾着袋は?」
「フェリンに貰った首輪と、ミートボールをパック詰めした物が入ってるにゃ!」
「えー……」
「おいおい、君らは封印を何だと思っているんだ?」
「……私もなの?」
「ふー! ドキドキするにゃー!」
賑やかに笑う二人と一匹は、また強く眩い閃光と共に、姿を消した────。
──エピソード・フェリン。
了。
フェリン編終了致しました!
次は『ENDガールS・M』第十三回に名前が出た、『エリカ』のお話となります!
フェリンとはまた違った境遇で、違った「終わり」を迎えるので、ご興味ありましたらぜひ、お願いします!
ありがとうございました!