F・L(3)
「はぁ……」
電気もつけず、薄暗い特注の教室でフェリンは深く、溜め息を零す。先ほどクイスに放った言葉に罪悪感を抱き、陰鬱な気持ちになっていた。
フェリンは決して間違ったことは言っておらず、たとえクイスと結ばれたとしても、幸福は一瞬で失われてしまう。高校を卒業するまでに災厄と心中するのだから、それは避けられない未来だ。
だが、自分を好いてくれる人間を突き放すのは、偽りなく辛く悲しいことなのだ。
「……違う。私は本当は、独りでいたくない……」
幼き頃、離れ離れになった両親を思い出す。
二人はフェリンのことを、とても大切に想っていた。あまり感情的にならない彼女を心配し、代わりに目いっぱい甘やかしてあげよう……と、常にサプライズなどを考えていたり。
決して泣いたり、怒ったりすることのなかったフェリンだが、二人の優しさに触れて行くことで、笑顔だけは表に出すようになっていった。
──フェリンが小学二年生に上がる頃、別れは唐突に訪れることとなった。
守神の存在を気に食わないとする、同世代の災厄・『祀威滝イリア』から人知れず放たれた攻撃により、両親が大怪我を負ってしまう。
その頃フェリンは小学校で授業を受けていたのだが、母は火事に巻き込まれ、父は電車の事故に遭い、致命的な重症を負った。当時のフェリンは守神として覚醒しておらず、その存在すら知らなかったため、不運だと思い込んでいる。
そして両親はまともに立つことも叶わなくなったため、現在までずっと、介護センターで暮らしているのだ。
「私だって、独りは寂しい。けど、独りの方が苦しまずに済む……最期に悲しむことなんて……」
フェリンは言葉を言い切れず、窓に目を向けた。
──そして、絶句する。
「……っ」
気がついて、ようやく激しくなる鼓動。これほどまでに接近されなければ、その姿を見なければ、反応することも出来ないなんて……と、悔しくなった。
窓に反射したその、不敵な笑み。フェリンは意を決して、感情を振り切るように彼女の方を向いた。
「守神と違って、感知は出来ないのね……っ!」
完全に敵意剥き出しのフェリン。本心は取り乱している彼女の心境を見抜いたのか、その少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「それはそれは、いいことを聞いた。闇討ちでもしたら我々の勝利だな……と言いたいが、何故かな。それは許されないみたいだ」
女性にしては低い声で、余裕を露わにする少女。瞳は血のように赤く、肩まで伸びた髪は艶の目立つ漆黒。青白い肌は、本当に生きているのかを疑いたくなるほどだ。
「『御霊ヴェル』──災厄の一人ね」
守神と災厄は、世代毎にではあるものの、面識はなくても生まれた時から互いを知っている。名前も、相手が守神なのか災厄なのかも。
簡単に言えば、直感で分かる感じだ。初対面であれ、何故か知っているのだ。
ヴェルはニッと口角を上げると、ポツンと置かれた机に腰をかける。
「ご明答。君は唖杉フェリンだね、当然知っているよ。生まれた時からね」
「そこはお互い様よ。それより、一つ確認をしたいのだけど、いい?」
「どうぞ?」
小馬鹿にした様子のヴェルに若干の恐怖を感じながら、フェリンはモバイルを操作。鳩の時にも使用した、刀を右手に出現させる。
「わざわざ私の前に現れたということは、封印されに来たってことよね?」
殺意を込めた威圧的な目で、ヴェルに剣先を向けた。しかしヴェルは、微塵も臆せずにクスクスと楽しげな笑い方をする。
「いいや、違うな」
机から、ヴェルは跳ぶように立ち上がる。パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、フェリンの目と目を合わせる。
そして、微笑む。決して優しくない笑みで、フェリンのメンタルを刺激する。
「私は君が目障りだ。せっかく生まれさせてあげた可愛い可愛い災厄を、一瞬にして片付けてしまうのだからな」
「……それが私達守神の使命。災厄は、全て防ぐわ」
言いながらも、フェリンはツナを思い浮かべる。唯一、消滅させていない災厄を。
そしてまたしてもヴェルは、フェリンの心を見透かしたように、鼻で笑った。
呆れか。バカにしているのか……そんな表情で。
「我々災厄にも使命がある。人間を苦しめるという使命がな」
「貴女達の運命は決まってる。守神と共に封印されることよ」
「不公平なものだ、守神は災厄に絶対負けない……なんてルールは」
「そうね。分かっているなら、大人しく心中でもする……?」
「ハッ……」
苛立つヴェルの、深紅の瞳がフェリンを捉える。心臓を鷲掴みにされるような恐ろしい感覚が、強制的に流れ込んで来る。
ヴェルから次の言葉が飛び出す前に、フェリンは刀を振り上げた。
「──ごめんだね」
「……っ!!」
──窓ガラスが割れ、ヴェルを守るように突風が吹く。フェリンを吹き飛ばすほどの、強烈な風だ。
「あくまで抵抗するつもりね……!」
壁に衝突するのを脚で防ぎ、直ぐに刀を構える。フェリンの瞳には、先程までのヴェルの姿は映らない。
皮膚は焼け爛れているようにゴツゴツしていて、上半身はほぼ露出。背中からは真っ黒で大きな翼が生えた──悪魔を彷彿とさせる姿。
ヴェルは笑うのではなく、射殺すような目をフェリンに向けた。
「死んでもらうよ、守神」