バトラーさんからの補足
さぁ、やるぞと張り切ってはみたものの、冷静になってみると寒いしひもじい。裸のうえに無一文ときたものだ。服はどこかの洗濯物を拝借して手に入れるまでは透明状態で過ごして、食べ物は……。手っ取り早いのはやっぱりお金? 泥棒も仕方がないよな? この世界のお金をまだ見たことないけど。だけどなぁ……。
モラルと現実の狭間で悩んでいると、脳に情報が直接流入してくる感覚に襲われた。
--さぞ、お腹が空いていることでしょう。
バトラーさんの書き置き的なメッセージだ。
--右の方の繁みに赤い実がありますよ。
経験者はかく語りき。言われた方を見ると、腰の高さくらいの繁みにリンゴの様な実が数個実っていた。
空腹の俺は食欲をそそる色と形に抗えず、それを一つ捥ぎ取った。歯槽膿漏ではないはずなので、齧っても大丈夫だろうと、一気にかぶりついた。
「いてぇーーーー‼」
思わず叫んでしまった。果物を齧った瞬間に、酸味を通り越した強烈な刺激を感じた。間をおかず骨が溶けるかのような激痛に襲われる。そして、手にも焼けた鉄の棒を握ったかのような激しい痛みを感じた。たまらずに果物を慌てて放り捨てた。
--おそらくは手遅れだと思いますが、その実は強酸性であり、私達人間には食べることが出来ません。
先に教えろ、この確信犯! 俺はメッセージに悪態をついた。
--どれほどの強酸かと申し上げますと、果汁が付いた手を見てください。
言われるがままに先ほどまで果物を持っていた右手を見てみる。って、なんじゃコリャ!
皮膚がボロボロというレベルではなかった。肉が焼けただれ、所々で骨が見えている。中指にいたっては、その骨さえも侵食されて、根元から溶け落ちてしまいそうだった。
--いい機会なので能力の事、私の事、あなたの事をキチンと説明しておきましょう。なにせ、この能力を把握しない限りはこの世界の人達に対して全くの無力ですから。……今、どこか痛いですか?
中指が溶け落ちそうなのに痛くないはずが……あれっ? 痛くない。
--一定以上の痛みを感じる時空コンピュータ及びナノマシンが痛覚を遮断するそうです。
思い返すと松尾さん達のリンチに遭った時もクロウに殴られた時も痛かったり、苦しかったりしたのは最初だけだった。っていうか、クロウの時には痛覚遮断って出ていた気がするな。
--お嬢様との訓練の時に飲ませていたカプセルは私の血液を入れた物です。そうやってナノマシンを摂取させていたので、鞭で叩かれても痛みは直ぐに消えたでしょう?
なんて物を飲まさせられてたんだよ……。あっ! 中指が落ちた!
--限界を超えた時に痛みを遮断するそうです。痛覚の完全遮断は人間性の保持の観点から出来ないようです。全く持って残念ですが、仕方がありません。痛みで竦まない様に精進してください。
いや、それどころじゃないって! 指が落ちちゃったんだって!
--次にナノマシンの回復能力ですが、あなたが思っているよりも遥かに強力です。それこそ安寿様の治癒魔法でさえも比較となりません。
だから指……って、なにこれ! キモッ! 中指が根元から再生してきた! ボロボロだった手の平も映像を逆回転させたみたいに戻っていくし!
--お嬢様との訓練の時に僅かに摂取したナノマシンで鞭での傷は完治、首の骨が折られても問題がなかった原因はこれです。大抵の怪我なら平気です。むしろ死ねません。スペック上は、時間がかかるものの、髪の毛一本、フケ一つからでも再生するそうです。
キモッ! ってか、髪の毛から再生しても同一人物って呼んでいいのか?
--ちなみに虹色軟膏も私の血液を一滴混ぜた軟膏です。
そういえば、ルゥが七色草だけじゃ作れないって言っていたな。武闘会の時に五月女の足が弱っていたのはナノマシンが地球人である俺の体に合わせて修復したからなのか?
--生体エネルギー炉についても話しておきましょう。君はこれを光線が出る程度のものと思っていることでしょう。
光線が出る程度って……それでも十分な気がするのだが。
--生体エネルギー炉とはナノマシンと時空コンピューターの連動によって、あらゆる原子の核融合、核分裂を自由自在に起こす機能です。光線の類は、エネルギー炉のエネルギーを時空コンピューターが調節して放つもので本質ではありません。
俺の体の中では核融合やら核分裂やらっていう、おっかない事が起きているってこと⁉
--当然のことながらエネルギー的には不足する事態は存在せず、極端に言えば食べなくても生きていけます。しかしながら空腹感も人間性の維持とやらの為になくなりません。
知らない間に人間を辞めさせられていた感じなのか、これは?
--爆発的エネルギーで王都を焼き尽くすことも簡単にできますが、そのような事は君も望んでいないはずです。君が生きていくにあたり、この能力で重要なのは、原子核の融合や分裂で新たな原子を作り出せることなのです。
もしかしたら、宇宙人来訪後の地球って自爆テロで核爆発が起きるヤバイ世界なんじゃないのか?
--消滅回避の為に君に食べさせていた豆も生体エネルギー路を利用して原子レベルから合成していった物です。
メッセージの所為か、バトラーさんは俺の疑問に答えることなく淡々と一方的に情報を伝えてくる。
--他にも猛毒ガスなども生成して吐きだせますが、あまりお勧めは出来ません。広範囲で思わぬ被害が出る上に、ガスの発生源にいる自分自身が苦しいです。そして死ぬほど苦しくても死ねません。他にも遺伝子組み換えで細菌兵器も作れますが、生物関係は制御不能になるので不必要に手を付けない方がいいでしょう。
息をするように毒ガスを吐く未来の地球人……。夢のない未来社会である。いや、むしろ浪漫がある未来なのか? 通行人がビームを放ったり、核自爆したり、毒ガスを吐いたり……。そして、それでも死なないユートピア。そんな未来型社会。
--なぜ、今になってその様な事を教えるかと言いますと、以前に存在していた馬野骨造の一人がお嬢様を殺されたショックで故意に核爆発を起こしたケースがあったからです。過去に遡れるタイミングは限られているので、その時は再生を開始した右腕にタイムマシンを括りつけて強引に過去に飛ばしたそうです。
ん? 以前に存在していた馬野骨造?
--自分が何番目なのか気になるでしょう? 知りたいと思ってみると良いでしょう。
言われるまでもなく、知ってみたいものだ。
Ver.148
視界の右上に何か見えた気がした。
--148という数字が出たはずです。時空コンピューターに慣れれば様々な情報を直接感じることができますが……まだ、そこまでは習熟していないので数字が出たのです。
時空コンピューターに慣熟すると情報を感じられるようになるらしい。ニュータイプだな。
--カウントを始めてから148代目が君ということです。伝えるまでも無く私はVer.147、147代目です。もっとも、何代目かと数え始めたのは途中からなので、正確な数字ではないようです。
えっと、一代45年だから、それを147で掛けると……
6615
なんか数字が思い浮かんだけれど、うん、6615年。しかも数え始めてからで。頑張り過ぎだろ、俺。それだけの時間を費やしても無理だったなら、どうやっても無理なんじゃないの? 昔見たアニメが八月を繰り返しすぎてうんざりさせられたが、あれだってそんなには繰り返していなかったはずだぞ?
--この世界の単語を一つ一つ登録して、生体エネルギー炉やナノマシン、時空コンピューターの活用方法を少しずつ蓄積し、様々な試行錯誤をしながら、消滅防止に自分自身の肉体の物質を完全に入れ替えて新たな瀬野悠馬を迎え入れて次代に引き継ぐ、そうやって我々は望みを繋いできたのです。
この世界には既に先代の俺がいたのに新しく来た俺が消滅しなかったのはそういうことなのか。とはいえ、牧場で目を覚ましたばかりの頃はなんだかぼんやりとした思考になっていた。もしかしたら脳の一部が消滅していたのかもしれない。……あれ? だけど……おかしいな? どうやって情報の引き継ぎをしているんだ?
--6000年以上。気が遠くなる時間に感じるはずです。しかし、残念なのか幸いなのか、個としての活動期間は45年であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
想像の範疇を超えているからか、時空コンピュータが教えてくれることはなかった。伝言であるバトラーさんからのメッセージも当然ながら俺の疑問に答えることなく、情報は送り込まれ続ける。
--6000年以上かかっているのには理由があります。我々は無茶さえしなければ次の瀬野悠馬に託すことが出来るからです。従って強引な手段を試みなかったのと、その必要性が未だに生じていないのです。また、些細な行動によって周りの人物の人格形成に大きな影響が出る場合があります。その結果……例えば、怠け者のお嬢様、お姉言葉の松尾、花代体形のベアトリクス、頼まれれば誰であってもヤらしてくれると評判の女菩薩安寿、山猿ではなくゴリラな五月女、泣き虫なルゥ、童貞を拗らせたリチャード、厨二病のピエール……そんな例があったそうです。そんな世界は嫌でしょう?
嫌だけど、興味のある世界でもある。特に女菩薩安寿とか……あっ、美味しい思いをするのは次代の俺じゃないか! うん、全く興味がわかないね。
--何を考えたのか想像が出来ますので追記しておきますと、その時の馬野骨造はビッチオーラに気圧されて目を見て話すことすら出来なかったそうです。貴方ならわかるでしょう?
うん。わかる。
--無念も残っていたようで、彼の残してくれた記録には事あるごとに『あの時、もう少し勇気を出せば』と出てきます。時空コンピューターを使いこなせるようになった折には覗いてみるのもいいでしょう。閑話休題、歴史はそのように繊細に出来ているかと思えば、強力な補正力とでも称すべき様な復元力を持っていたりもします。例えば、スチュワートを途中で殺したとしても、スチュワートに類似した役割を持った人物が似たような行動を起こします。あるいは、ある人物が生まれなかったとしても、その役割を担う人物が似たような役回りを演じることで同様の流れとなるのです。誰が主役で、誰の為の歴史で、何が歴史の本流なのか、大きな問題点ではあるのですが、そこを見極める様な博打は我々にとっては無意味にして危険なので調べていません。
確かにお嬢様達を助けたいのに、お嬢様達が生まれてこない世界じゃ意味がないな。だから、バトラーさんは未来を知っていても常に後手に回り、しかも小手先の対応しか出来ず、無理もしなかったのだろう。
--そして6000年かかっても解決しない最大の理由は、無理をしてイレギュラーが発生した結果、万が一でも引き継ぎが出来なくなってしまう事態を避けるためです。そうなってしまってはお終いです。ようするにリスクが高すぎて無理はできなかったし、次代に任せば良い以上はリスクを冒す意味もないのです。
うん? だけどそれぞれが独立した個人なんだよな? それなら、その個々の俺、瀬野悠馬にとっては唯一の経験じゃないか。 失敗したらその個人にとってはそれでお終い。後の誰かが成功しても見返りがないよな? 精々がどこかに幸せなお嬢様がいる未来が待っていると想像する自己満足か? 個人としてはリスクを冒す意味もある気がするんだけど……。
--最後に時空コンピューターについてお伝えしておきます。
当然ながらバトラーさんのメッセージは俺の疑問に答えてくれない。そして最後と言われると何だか寂しい。
--時空コンピューターが何なのかはわかりません。どこにあるかもわかりません。もしかしたら実体のない存在かもしれません。あるいは、ありとあらゆるところに遍在しているのかもしれません。少なくとも時間という存在に囚われずに、どこに居ても、どんな状態であってもアクセスが可能である。それだけは事実です。時間に囚われないというのは、歴代の我々の行動が……その時点からすると未来の出来事、未来に知ったことでも情報を閲覧可能ということです。45年遡っても147代目として45年後に残した私のメッセージを読んでいることからもなんとなくわかると思います。
要するに何もわからないけど、未来から過去への情報の引き継ぎは出来ているということか。
--時空コンピューターには私達には想像も出来ない情報が貯め込まれています。下手をすれば我々が知覚していない未来の情報までも刻まれているのかもしれません。技術情報だと君が先ほど使ったタイムマシンもその一つです。もっとも、時空移動の大部分は時空コンピューター任せで、使った腕時計状のあれは羅針盤とエネルギーの補助装置の様なものですが。
情報だけでタイムマシンを作るとは……さては俺は天才か⁉
--知る事さえ出来れば、時空コンピューターのオートモードで、ナノマシンと生体エネルギー炉を利用してタイムマシンだろうが10式戦車だろうがスペースシャトルだろうがF22だろうが作れます。しかし能力を過信しないようにお願いします。なぜなら『知る事が出来る』までが大変なのです。時空コンピューターに存在している情報であっても、君自身が想像も出来ないことや、想像もしたくないことは教えてくれないのです。ですから、たとえ先ほど言った様な我々が知覚していない未来の情報を時空コンピューターが所有していたとしても引き出すことはできないのです。
戦車を作れるなら、それでお嬢様を送迎すれば良かったんじゃ……。
--例えば、『最強の戦車』を知りたいと思っても教えてくれません。茫漠としているのもあると思いますが、未来を含めた時代や宇宙人の技術等々を勘案すると、こちらの想像の外だからでしょう。逆に『10式戦車を作りたい』と望めば詳細な図面・材料の情報が与えられると共に作成が可能となるのです。
メッセージだから仕方がないが、相変わらずお構いなしの情報垂れ流しである。漠然と『タイムマシンを作りたい』でも作れたのかな? いや、作れたから俺はここにいるんだろうけど。
--それ以外についても、例えば……『二月十四日』について知りたいと思ってみてください。
何事かと思いながらも、一応は考えてみる。
2/14……『煮干しの日』、『ふんどしの日』
そんな情報が脳内に流れ込んできた。214か。色々と考えるな。214こっちは強引だなぁ。……だけどこれがどうしたのだろう?
--幾つか記念日が出たと思いますが、何も疑問は浮かびませんでしたよね? それが答えです。ついでに『チョコレート』についても考えてみてください。
チョコレート……カカオを加工したカカオマスを主原料とする嗜好品。二月十四日になると母親がくれる。
そういえば、くれたなぁ。
--微妙に情報が歪められたりするので注意も必要ですが、注意しても気が付けません。それを留意して取り扱ってください。
さっきからのメッセージが意味不明だ。気付けないならどうしようもないではないか。
--それと、さきほど戦車や戦闘機を作れると伝えましたが、安易にそれに頼るのはお勧めしません。ここの人達は怠け者なだけで無能ではありません。その気になれば、人間など問題にしない体力と知力、それに加えて魔法という不思議パワー、魔晶石というミラクルエネルギー源--タイムマシンの補助に使ったのも特殊な魔晶石--で、地球文明を容易に凌駕してきます。10式をベースに魔法等で様々な工夫をした車両が数千両で屋敷を取り囲んだり、ICBMが雨あられと降り注いだり、魔法でコントロールされた超音速機が数万発の精密誘導弾を撃ち込んできたりとか……実際にあったそうです。
ここの人達怠け過ぎだろ……って怠けるのが国策なんだっけ。ってか、その時はどうなったんだ? ……皮膚片からも再生するから俺の方も死なないのか。
--とりあえず、私が伝えられる事はそんな所でしょうか。時空コンピューターに慣れてくれば必要に応じて必要な分の情報が自然に流れ込んでくると思いますので、一日も早く慣れてください。無理をせず、次代に任せるつもりでお願いします。焦る必要はありませんが今度こそ我らの6000年以上に渡る悲願を果たせるように健闘を祈っています。
なんともやる気が無くなるような健闘を祈られてしまったが、どうするかね。説明を聞いて益々この未来アイテムは便利な様で無能な気がしてきたな。
怪我は直ぐに治る、食べなくても平気。ただし、痛いし、お腹も減る。ここの人達よりも弱いけれど本気を出せば関係のない人達を含めて皆殺しに出来る。超知識を蓄えてはいるが知ることができるのは一部。知ることができればそれを具現化できるけれど、すぐにここの人らに不思議パワーを+αされて量産される。う~ん……やっぱり微妙。っていうか、帯に短し襷に長しっていうのはこういう事をいうのだろう。ここの人達のスペックがいけないんだ!
それでも、なるようになるか。なんとなれば次代の俺に任せればいいんだし。
いつしか俺は、この時代に来た時とは真逆の様な足取りで歩いていた。




