再起
何時からここで、こうしていたのかわからない。
永かった様な一瞬であったような。ありとあらゆるものが現実感のあるものとして受け入れられなかった。
目の横から何か温かいものが伝わった。それが涙なのだと理解するにはかなりの時間が必要だった。そして理解するのと同時に驚いた。まだ泣くことができるものだと。
滲む視界とは裏腹に徐々に正気を取り戻す。今、俺はどこにいるのだ? あれは瞬間移動でもさせる物だったのか? そんな俺は地べたに寝そべっている様だ。ぼやけた景色は森だろうか? そして、風や草が自分の地肌を直接に刺激する。もしかしたら何も着ていないのかもしれない。知らない間に追い剥ぎに遭っていたのだろうか。それならば、いっそ俺の命も持って行ってくれていたのなら、どれほど楽だったことだろうか。
今まではこうして寝そべっていると、誰かがどうにかしてくれたものだった。安寿だったり、ベアトリクスさんだったり、松尾さんだったり、五月女だったり。時には目を開くとお嬢様が覗きこんでいたなんて事もあった。
あの時は、時として迷惑に感じたものだが、今となってみれば如何に恵まれていたのだろうかと思う。立ち上がれとの矢印すら出てこない。いや、その方が正しい。いっそ獣でも出てきて、俺に苦痛を与えながら臓物を喰いちぎってくれないものか。ああ、そうだ。いっそ、このまま餓死しよう。なにも出来ない俺が何もしないまま何の意味もなく死ぬ。これ以上、俺に相応しい死に様はないだろう。むしろそれさえも甘えなのかもしれない。俺は何もできないどころか原因だったのだから。俺がここに残らなければよかったのだ。
目を瞑ると、この惑星に来てからの思い出が甦る。あの時、地球に帰っていたら……。両親や弟は喜んだし、皆を巻き込んでしまうこともなかったのでないか。お嬢様、松尾さん、今井さん、藤井さん、バトラーさん、ベアトリクスさん、盾になったゴブリン達、他にも皆……心の中で何度も謝る。そして瞼に焼き付いた様々な光景。
そんな時、暗い視界に文字が浮かんだ。
連絡:バトラーより
バトラーさんから連絡⁉ 一瞬「そんな馬鹿な!」と思ったが、あの人ならあり得る。俺がその内容を知りたいと思うと同時に、大量の情報が自分の脳に流れ込むのを感じた。
--君がこの情報に触れているという事は、お嬢様の救出に失敗し、森の中でボタンを押したという事でしょう。
--今、君は自分を責めているところだと思います。しかし、むしろ責められるべきは私であり、君に謝らなければならないことが多々あります。
--色々と説明したいのですが、一度に情報を送り過ぎると様々な混乱が生じますので大枠のみを伝えておきます。
--現在の場所ですが、先ほどと同じ場所です。ただ、違うところは45年前という事でしょうか。
--これが君にしか出来ないことと伝えた理由です。なぜなら、同一の特定物としての原子は同時に存在出来ません。時間移動してきた過去の世界と個々として同一の原子は消滅します。ですから、通常は時間移動と同時にその物体は消滅するのです。しかし、地球に居るべき本来の君は時空の狭間に消えているので、君と重なる原子・物質は宇宙上に存在しません。従って、君は消滅を免れることが出来たのです。
--そして、これは謝らなければならないことなのですが、君に食べさせていた豆の水煮ですが……非常に不味かったことと思います。あれはタンパク源としての役割以上に、消滅回避の為の食事だったのです。と、言うのも、あの豆は原子の重なりを避ける為に、私が原子を再構成して作った物なのです。人間が食べる様な物ではないのも道理でしょう。
--君の能力に関しても謝らなければなりません。
--矢印で行くべきところを示したり、数値化出来たりと便利だったと思います。しかし、まことに言いにくいのですが……あれは私がやりました。正確に言えば、普段は私の能力を貸与しつつ、たまに干渉していました。ふざけた表記になる時は私が近くに居たでしょう?
--それに関連して謝らなければならないことがあります。数字が出ていたと思いますが、強さとか感情は……あれは適当です。君も模試の結果を前に『数字なんてあてになるかよ』と呟いていたのではないですか?
--そうそう、地球に帰れる時に出ていたあの矢印。あれも私がやりました。
--言葉が通用したのも私の能力の一部を貸与していた影響です。単語がマッチしすぎて変に感じた事もあったと思いますが、君に合わせて、私の方で勝手に付けたのですから当然の結果なのです。ちなみに『使用人』の様に『物』扱いされる『人』として適当な漢字二文字の単語があったのですが……それにすることによる武闘会への影響等諸々を勘案して『使用人』としておきました。
--これも伝えなければなりません。君をここに召喚したのは私です。時空の狭間に漂っていた君をここに着地させました。個体データは持っていたので、捜索網にかかるのを待っていたのです。
--なぜ君のデータを持っていたのかも言わないといけませんね。これは私が自分の能力の一部を君に貸与できたこととも関連するのですが……私の名前は『瀬野悠馬』。ようするに『私は君』なのです。時空コンピューターの一部機能とナノマシンを君に移植していたのが能力の正体です。
--私が失敗した時の保険に君をこの世界に留め、鍛えていたのが私の真意です。
--私の真意に従って生きるか、別の生き方を探すかは君の自由意志に任せます。……が、君も私であるのならば、必ずや無念を晴らしてくれるものと信じています。
--以上
しばらくの間、意味が解らなかった。そして内容を理解すると同時に大笑いをしてしまった。
「……これは騙された」
一通り笑い終えた俺は、苦笑いと共に独り言を零してしまった。
今度は俺がバトラーさんに成る番ってことか。
納得いかない部分もあるが、とりあえずはそれを目指すのも悪くないだろう。なにより、お嬢様達に借りを作ったままというのも据わりが悪い。
そうとなれば、何時までも寝そべっている訳にはいかない。誰も手を差し伸べてくれないのなら自分で立たないといけない。
緩々と立ち上がると、自分が酷く空腹であることに気が付いた。そして腹を擦るとある事実が気になる。
「ああ、その前に服を何とかしないとな」
二度目の独り言を漏らすと、あてもないまま、せめて心はと犀の角の様に一人歩き始めるのだった。
これにて第一章は終了です。ここまでを第一部の最終回にしようかとも迷ったのですが、キスで最終回という古典派なので、こちらに回しました(これから必死になって頑張る動機でもありますし)。




