# 第六話 ずるい
# 第六話 ずるい
午後の仕事は、ほとんど頭に入らなかった。
“俺、にちかに避けられると普通にへこむ”
その言葉が、ずっと残っている。
パソコンを見ても、文字が頭へ入ってこない。
ミスしそうになって、慌てて深呼吸した。
「大丈夫?」
隣から声がする。
かずまだった。
「顔、死んでるけど」
「……平気です」
「ほんとに?」
近い。
また自然に距離を詰めてくる。
にちかは反射的に椅子を少し引いた。
その瞬間。
かずまの表情が、ほんの少しだけ曇る。
しまった、と思った時には遅かった。
「……あー、うん」
かずまは小さく笑って、自分の席へ戻る。
その背中を見て、胸が苦しくなった。
違う。
嫌だったわけじゃない。
むしろ嬉しくて、耐えられなかっただけなのに。
終業後。
にちかは一人で資料整理をしていた。
今日はかずまの方が先に帰った。
珍しい。
いつもなら「帰ろうぜ」と待ってくれるのに。
自分が傷つけたからだ。
そう思うだけで、胃が重くなる。
「……最悪」
小さく呟く。
その時。
スマホが震えた。
【まだ会社?】
かずまからだった。
胸が少しだけ軽くなる。
嫌われてはいない。
その事実だけで安心してしまう。
【まだいます】
送ると、すぐ既読がつく。
【無理すんなよ】
それだけ。
でも、その短い言葉が優しかった。
にちかは画面を見つめたまま、小さく息を吐く。
どうして、こんなに好きなんだろう。
会社を出ると、夜風が冷たかった。
駅へ向かいながら、何気なくスマホを見る。
するとまた通知が来る。
【ちゃんと飯食えよ】
思わず立ち止まりそうになる。
そんなの。
好きな人しかしないみたいじゃないか。
いや、かずまは誰にでも優しい。
きっと自分だけじゃない。
そう思うのに。
期待してしまう。
【食べます】
短く返す。
数秒後。
【よし、えらい】
その返信を見た瞬間。
にちかはスマホを握ったまま、顔を覆った。
……ずるい。
そんなふうに優しくされたら。
もっと好きになるに決まってる。




