最終話 好きなら、言ってよ。
# 最終話 好きなら、言ってよ。
春が来ていた。
窓の外には、やわらかい陽射し。
新入社員らしいスーツ姿が、会社の前を歩いていく。
一年前。
自分たちも、あんなふうに緊張しながらここへ来た。
「にちか〜」
間延びした声。
振り返ると、かずまがコーヒー片手に笑っていた。
「またぼーっとしてる」
「……してません」
「いや、してた」
自然に隣へ来る。
前と同じ距離。
でも、今はもう意味が違う。
「そういえば」
かずまが机へ寄りかかりながら言った。
「俺、東京の話断った」
にちかは目を瞬かせる。
「……いいんですか」
「うん」
かずまはあっさり頷いた。
「だって、好きなやつ置いて行きたくなかったし」
その言葉に、胸が静かに熱くなる。
前なら。
きっと何も返せなかった。
嬉しいのに、怖くて逃げていた。
でも。
今は違う。
にちかは小さく息を吸って。
ちゃんと、かずまを見る。
「……ありがとうございます」
「うん?」
「残ってくれて」
かずまが少しだけ目を細めた。
「にちか」
「……はい」
「今、ちゃんと嬉しそう」
その声が優しくて、少しだけ笑ってしまう。
かずまは、そんなにちかを見ながら、小さく呟いた。
「最初からそうしてくれれば、俺あんな苦労しなかったんだけどな〜」
「……すみません」
「ほら、それ」
かずまが吹き出す。
「でもまあ」
少しだけ真面目な顔。
「ちゃんと伝えてくれて、よかった」
胸がぎゅっとなる。
伝える。
たったそれだけなのに。
自分には、すごく難しかった。
怖かった。
嫌われるのが。
変わってしまうのが。
失うのが。
でも。
言葉にしなかったら、届かない気持ちもある。
ちゃんと伝えたから。
今、こうして隣で笑えている。
昼休み。
いつもの外階段。
春の風が、静かに吹いていた。
かずまは缶コーヒーを開けながら、小さく笑う。
「なあ、にちか」
「……はい」
「今なら言える?」
にちかは少しだけ首を傾げる。
すると。
かずまが、昔みたいな顔で笑った。
「好きなら、言ってよ」
その瞬間。
にちかは、思わず吹き出した。
「……言ってるじゃないですか」
「もっと」
「欲張りですね」
「恋人なんだからいいだろ」
そんなやり取りが、嬉しかった。
にちかは少しだけ恥ずかしそうに笑って。
でも今度は、逃げずにちゃんと言った。
「……好きです」
かずまが、幸せそうに笑う。
その顔を見た瞬間。
にちかは思った。
ちゃんと伝えてよかった。
この人を、好きになれてよかった。
そして。
“好き”は、ちゃんと言葉にしないと伝わらないんだと。
春の風が、二人の間を優しく通り抜けていった。




