8.語られし火、見えざる敵
高原の野の西端から峠を越えて、すぐの地にハの山はあった。その裾には野が広がっている。かつては高原の野へは行かない一部の集落の民が利用するばかりだった。だが、ワダマトから高原の野を追い出されて以降、ハの山の裾野はソの民の大事な野となっていた。
田畑を作り、蚕を飼い、穀物を貯めておく。いまでは五つの村が出来、ワダマトに奪われぬよう強者と武器も揃えていた。
ヲトヤは村々の代表を集め、事情を説明した。
「手を出されるより先に、討つべきではないか?」
固く強張った空気の中、一の村の長が言った。彼は一番の年かさで、ワダマトとの戦いにも参加していた。
「大陸から来た人間は二十、三十ばかりらしい。我々と直接戦うためにきたわけではないのだろう」
ヲトヤの言葉に、長は苛立ちを見せた。
「あのときも、そうやって甘い考えで戦うことになったのだ。ワダマトとは古い付き合い、命を奪い合うようなことまではないだろう、とな。だがどうだ。我々は多くの犠牲を払うことになった」
「分かっている。だが……」
「いいや、分かってはおらん! 奴らは変わってしまった。もはや、かつての親しいワダマトではない。禍々しく、我らを飲み込もうとする大波そのものだ!」
長は戦いで兄弟と息子を失っていた。悲しみと怒りは収まることなく、いまだ彼の中で燃え盛っている。ヲトヤは、そのことを強く感じた。
多くのものたちも同じ気持ちであることは、その表情から明らかだった。
ヲトヤは言った。
「大陸の人間の真意が分からない。海も山も見えぬほど広い野があり、人は数え切れないほどいると聞く。我々とは違う目で物を見、違う耳で音をを聞き、違う考えで動く。使者を送ったからと、ワダマトの意に従うとは限らない」
「敵意が判明してからでは手遅れになる!」
東が海に開けたワダマトだが、北と西を山に阻まれ他へ抜ける道は数少ない。安全に、楽に西と行き来するには高原の野を通り、そこから流れ下る大川に沿った道を使うしかなかった。それ故、ハの山の裾野はワダマトにとっても大事な地だった。
裾野に暮す民たちは、大きな争いのあともワダマトと幾度となく小競り合いを経験していた。クヮクチヒコとなる前からヲトヤも救援に駆けつけ、戦いを経験したことが少なからずあった。
それ故にヲトヤは、ハの裾野の村人たちが恐れる気持ちも、よく分かっていた。
しかし、相手の目的が分からぬまま戦いを仕掛け、仲間を失うことも避けたかった。
一同は夜を徹して話し合いを続けた。ヲトヤは長たちを説得できない自分が歯がゆかった。セヤなら、ヒミクヮオウなら、なんと言うだろう? 何度も自分に問いかけた。答えは出なかった。それが情けなくもあった。
結局、引き連れてきた八十の強者の内、四十を裾野の村の守りとして置いて行くことに決まった。村々からは糧と武器を分けられ、ヲトヤは四十の強者を連れて裾野から続く、奥の野へと向かった。
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高原の野から流れ下った大川が、小山の間を抜け西へと流れゆく。その先、山が途切れ、広く野が開ける地は古くから多くの集落が作られ、大なる住処、大住と呼ばれていた。木々を払い、火を入れて畑を作り、川から水を引いて作られた水の田も数多くある。収穫した穀物を納めておく背の高い屋も方々に見えた。
久しぶりに目にした風景に、どこか北の地をにおいを感じ、ヲトヤは複雑な思いを抱いた。
オホズミの民はソの民ともワダツマ、ワダマトの民とも交流があり、どこに肩入れするということもない。それは、つまり敵ではないが、味方でもないということ。
協力は望めないと見做し、ヲトヤは四十の強者を四つに分け、大住の地に分散、配置することにした。川に沿って上、中、底とハの裾野に向かう道筋に三つを置く。ハの裾野に近い場所に底の分けを、大川がオホズミを流れ出る端近くに上の分け。その間に中の分け。
残り一つは先へと進み、大陸の使者を探しに向かう。
見張りの分けに誰が入るか揉めた。ヲトヤは自分が行くべきだ、と言い張った。
なにがあるか、なにをしているか、なにを求めているか、よく見聞きしなければ、正しい判断は出来ない、と。しかし、ヒタリや他の強者は、クヮクチヒコになにかあっては困る、と底の分けで残るよう迫った。
ヲトヤは苛立ち、声を荒げた。
「お前たちは、目も耳も塞がれ、なにも知らないクヮクチヒコの判断を信用できると言うのか?」
ヒタリは、なおも反論しかけた。けれど、熾火を宿したようなヲトヤの眼差しに言葉を飲み込んだ。
四十の中から特に弓と力に優れたものを選び、ヲトヤとヒタリを加えた十人で行くことに決まった。
食料と武器を分け、それぞれの配置へと向かう。
大陸の一行とかち合わないよう、ヲトヤは慎重に西へと下る道を進んだ。
大陸の使者を連れた一行を見つけられたのは、夕暮れに立ち昇る一塊の煙のおかげだった。




