7.火が命を祝う日
月が欠け、また満ちた。忌みを明けて産屋から表へと出たイワナは、少しやつれた顔をして見えた。しかし、その目は、これまで以上に力強く輝いていた。
イワナは自身で織った絹の布に包んだ赤子を、そっと夫に預ける。ヲトヤは恐る恐る受け取った。小さく、か細い体は少し力を入れると壊してしまいそうで、どう扱っていいのかヲトヤは戸惑いを覚えた。
「ヒミクヮオウとイワナ以外に、クヮクチヒコを従える者が、もう一人増えたぞ」
ヒタリの声に一同は大きく笑った。
ヲトヤは恥ずかしさを覚えながらも、言いようのない感情が込み上げてくるを感じていた。胸に抱いた幼子の温もりが、触れあった肌を通して自分の中に流れ込んでくる。
ヲトヤは新しく墨を入れた腕で、息子を微かに抱き締めた。むずがって泣き出した息がヲトヤの耳をかすめていく。若く瑞々しい溜むす火の存在を感じた。
「ヤヒ。お前の名はヤヒクヮヤだ。セヤとヲトヤの名を継ぐ、一の子だ」
ホト穴の石が入った袋を赤子の小さな胸に落とし、ヲトヤと子を包み込むようにイワナは腕を回した。三人の熱が溶け合う。
「ヤヒクヮヤ。よい名をもらったね。名を汚さぬよう父のように大きく育ちなさい」
ヤヒは大きな声で泣いた。風が、原の隅々まで声を運ぶ。声は雨の明けた青い空にまで響いた。
「イワナ。産屋に火を放て」
セヤが言った。
赤い領巾を身にまとい、首には大振りな青緑の勾玉と狭海から集められた白玉、ワダクチの島からもたらされた水凝石で作られた首飾りをつけている。腕と耳にも虹を帯びた貝で作られた飾り。腕を振るうと貝がぶつかり、カチカチと音を立てた。
イワナはヒミクヮオウから火のついた竹を受け取った。そして二月を過ごした産屋に歩み寄ると、産屋のそばに積んだシュロと枝に火をつける。パチパチと小さく燃え始めた火は、すぐに葦の屋根へと移っていった。
炎となった産屋にヒミクヮオウが竹を放る。クヮヤの民も次々と竹を投げ込んでいった。炎に炙られた竹が破裂していく。
ヲトヤは離れていてなお、産屋の燃える熱を肌に感じた。飛沫のように飛び散った火の粉が、ふわりと父子のもとへ飛んでくる。ヤヒに触れる瞬間、ふっと火の粉は消えた。
「新しいクヮヤの子を迎える祝いの音だ。ヲトヤとイワナの子ヤヒクヮヤよ、よく生まれてきた。竹の如く健やかに、クヮの如く猛々しく、岩の如く末永く育て」
弾ける竹の音に負けない声で泣くヤヒの額に、ヒミクヮオウは朱の印を置いた。
「我らの子に祝福を!」
ヒミクヮオウの声に呼応するかのように、狭海に浮かぶクヮグの山が低く地鳴りを発し煙を噴き上げた。クヮグの民は揃って祝いの歌を歌った。舞を舞った。竹笛を奏で、太鼓を打ち鳴らした。
新しい命を迎える祝いで、これから来たる不安を打ち消すように。
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翌日、ヲトヤは選び抜いた五十の強者たちと共に原を発った。ワダマトへの使者が大陸から到着し、大海に入ったとワダツマに置いたものから連絡が来ていた。
その人数から大きな脅威になることはなさそうだったが、大陸の人間の考えることはワダマトや北以上に分からない。万全を期して途中の村々でも参加を募って向かった。
かつてワダマトと争った、クヮラの山の端。ソの民の尽きる地へ。




