3.話していたこと、話さなかったこと
「ところでクヮクチヒコよ。お前さん、どうしてまた十日も村を空けていた?」
夕暮れに染まる空の下。焚火を囲んで食事をしながら、スヒナカが思い出したように聞いた。しかし、その目は火に炙られて脂を滴らせるシシ肉に吸い付けられている。
焼けた石に肉から滲み出た脂が落ち、小さな音を立てて消えた。煙が一際、芳しい匂いを放つ。ヲトヤは十分に焼けた肉の串を取り上げ、スヒナカに差し出した。
肉にかぶりついたスヒナカが、熱い! と悲鳴を上げる。そのくせ冷めるのを待つことなく、またかぶりつく。ヲトヤは笑い、焼けた石の上に貝を並べた。
「石を取りに行っていた」
「石? お前もか。なんとも石好きな兄弟だな」
少し鼻で笑うようなスヒナカの言い方に、ヲトヤはムッと顔をしかめた。
「俺の石は特別な石だ。ホトの山の石だからな」
「ホトの……?」
スヒナカは怪訝そうに呟いたが、すぐ思い出したように続けた。
「クヮムアソの神のホト穴か。しかし、なんでまた、そんなところの石を?」
「もうすぐ子が産まれるんだ」
ヲトヤは少し気恥ずかしそうに答えた。
「それで無事に子が産めるよう、妻のイワナのお守りに取ってきた」
「ほー、そうか! それは目出度いな! 知っていれば祝いの品を持ってきたものを」
スヒナカはシシ肉の脂でべたついた手で、渦巻く風の墨が入ったヲトヤの肩を叩いた。
「それより、無事に子が生まれるよう祈ってくれ」
「ああ、もちろんだとも。しかし、子が生まれれば、クヮクチヒコとは違う苦労が始まるな」
スヒナカは面白そうに、それでいてタメ息の混ざった声音で言った。ヲトヤはスヒナカの真意を測りかねて、聞き返す。
「スヒナカの子は、どうなんだ? 俺と、そう変わらぬ年だっただろう」
「そうだな……。息子には、ファコトの地の娘が来ることになってる」
「ファコト? 北の端の水門じゃなかったか? なんで、そんな遠くから」
ヲトヤが驚いて言うと、スヒナカは静かに答えた。
「いろいろとな、アケの海の周辺も賑やかなんだよ。その波がウィトの海まで押し寄せてきている」
アケの海で起こった波がウィトの海に押し寄せ、その先にある大海にも迫っている。クヮムアソの民と遠い祖先を同じくするワタの民たちの海にして、クヮの大地を取り巻く海神の領域。
ざわざわと虫が蠢くような感覚が、ヲトヤの腹に湧いてきた。
「求めていたものも、息子の契りと関係あるのか?」
スヒナカは肉を食べ尽くした竹串を焚火の中に放った。
「娘のひとりがクィクチに行った」
クィクチ。その名を聞いた瞬間、ヲトヤは反射的に腰へ差した黒石の刃を掴んでいた。
「揃えろと言ったものは、ワダマトへ流すつもりなのか!?」
ヲトヤの怒声に、他の焚火で食事をとっていた村人たちも、しんと口をつぐんだ。十数の男たちが立ち上がり、ヲトヤとスヒナカを遠巻きに見つめる。幾人かはヲトヤと同じように黒石の刃を手にしていた。
スヒナカが連れてきた従者たちは、息を殺して身を寄せ合った。
薪の爆ぜる音だけが迫る闇の中に響く。
「馬鹿を言え」
ばかりと開いた貝をつまみ上げ、器に落としてスヒナカは言った。淡々とした声音。焚火に照らされた横顔にも感情は見えなかった。
「そうなら矢じりなど持ってこん。なにに使うかまでは知らんが、あれはワダマトが求めたものではない」
「確かか?」
ヲトヤの刺すような問いかけに、スヒナカは軽く笑って答えた。
「ワダマトなら、わざわざ、よそに頼まんでも自前で揃えられるだろう」
確かにそうではあるが。ヲトヤは頭で納得しながらも、気持ちは上手く収められなかった。クィクチは、ワダマトと北を繋ぐ陸路の要所にある。ワダマトへと続くオオアソの守護者にして、北へ南を結ぶアケの海の監視者。
これまで北の地の人間は、クヮムアソとワダマトの諍いに口出ししてくることはなかったが、いつ、どんな変化が現れるのか、まるで分からない。そんな時を迎えていることを、ヲトヤは強く感じていた。
それでも感情を飲み込み黒石の刃から手を離すと、男たちへも小さくうなずきかけた。男たちが腰を下ろし、食事が再開する。しかし、話し声が戻ることはなく、一人去り二人去り、村は静かな眠りへとついた。




