表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

1.初めの揺らぎ

 ヲトヤクヮヤは村の境に入ると、木々のざわめきの中に、ふと気配を感じた。足を止めて辺りに目を配る。青々と茂る樹木の足元を覆う笹がザっと鳴り、数人の子供たちが飛び出してきた。


「ヲトヤ!」

「おかえり!」

「ねー、おみやげは?」


 頭に巻いた絹織りの額飾(ぬかかざ)りが、子らの動きに合わせて大きく踊る。魔除けに縫い付けた海で産する赤玉がぶつかり、カチカチと小さく音を立てた。


 「こら! ヲトヤではなく、クヮクチヒコと呼ばないか!」


 ヲトヤの供をしていたヒタリクヮヤが、眉を吊り上げ怒鳴る。それでも子供たちは笑いさざめき、ヲトヤやヒタリ、他の従者にまとわりついた。彼らが背負っていた竹籠を引っ張ったり、覗き込んだり。子ザルのように木の枝からぶら下がって手を伸ばす子もいる。


 ヲトヤは笑って子供たちを退け、言った。


「慌てずとも土産はたくさんある。ほら、先に行って他の連中も集めてこい」


 子供たちは歓声を上げると、競うように村へ続く坂を駆け上って行った。

 と、小さな子の手を引いた娘が思い出したように振り返り、告げる。


「そうだった。クヮクチヒコにお客さんが来てるよ」

「客? 誰だ」

「ソゾのスヒナカ」


 その名を聞きヲヤトは眉根を寄せた。ヒタリへと視線を向ける。ヒタリも険しい顔でヲトヤを見返す。

 ヲトヤは娘にうなずくと、腰に下げた革袋を手にした。幼子の手を引いて駆けていく娘の背中を見送りながら、袋を強く握り締める。中にある小さな固い塊が手のひらに食い込んだ。


*****


 ヲトヤは村に入ると背負っていた竹籠を置き、広場へと向かう。石を組んだ焚火台の近くに、背を丸めて座る男がいた。結わった髪を赤く染めた鹿角のかんざしでまとめ、赤い糸を織り込んだ肩掛けを羽織っている。

 相手をしているのは村の年寄りだ。なにを話しているか、大きな笑い声が響いてきた。


「スヒナカ」


 ヲトヤが声をかけると男は振り返った。その顔を見てヲトヤは面食らった。両目の下から口にかけて、下唇から顎にかけて、朱で模様が描かれている。男が笑みを見せると、模様もぐにゃりと歪んだ。(いさな)の歯と管玉で作られた首飾りまでかけている。


「ようやく、お帰りか。会えないまま帰ろうかと思ったところだったぞ」

「そんな洒落た格好をして来て、なに用だ?」


 ヲトヤは腰に巻いたシシの毛皮を引き寄せると、尻に敷いてスヒナカの隣に腰を下ろした。


「なに、ちょっとした頼みがあってな。礼儀を取って飾ってきたんだ」


 明るく言うスヒナカへ、ヲトヤは怪訝な眼差しを向けた。


 スヒナカはウィトの海に面したソゾに暮らす、ヒナカの長だ。ヲトヤの暮らすソの地からは十日ほど離れた場所で、ほとんど直接的な交流はなかった。ヲトヤがスヒナカと会うのも、クヮクチヒコを継いだ祝いの日以来のことだった。


「頼みとは、なんだ?」

「なめしたシシの皮と竹を揃えてほしい」

「どれほどだ?」

「皮は(もも)。竹は矢を作るものが、ひとまず五百(いほ)。あとは、(あけ)なる(とき)までに()が欲しい」


 ヲトヤは眉間に深く皺を刻ませ、スヒナカを睨みつけた。


「そんなに揃えて、なにをするつもりだ? 狩りのためではないだろう」

「さぁな。俺も知らん」


 スヒナカは牙と波を表した紋の入った肩をすくませて答えた。


「北の連中からの頼みだからな」


 ヲトヤは苦々しく舌打ちした。


「なにを考えてるんだ、あいつらは。食いものも着るものも住処も、十分すぎるほど持ってるだろう。運べないものを、あれ以上抱えて、どうするんだ?」

「そうは言っても、俺らも恵みは受けているからな」


 スヒナカは苦笑いを浮かべて言うと、自分の腰に下げた袋を探って黒く輝く(くろがね)を取り出した。放り投げられてヲトヤは反射的に受け取る。握り込んだ手のひらにチクリとした痛みが走った。

 手の中にあったのは鉄で作った矢じりだった。


「鉄の矢じり三十(みそ)と釣り針を(とを)、持ってきた。十分、交換に値するだろう?」


 ヲトヤは険しい面持ちのまま、矢じりを見つめた。


「……ヒミクヮオウと相談してから」

「セヤはおらんぞ」


 口を開いたのは、黙って二人の話を聞いていた爺だった。

 ヲトヤが目を向けると、爺は焚火の中に薪を放り込み言った。


「一昨日からクヮグの島に行っとる」

「なにか予兆があったのか?」


 ヲトヤは不安を覚えて聞き返した。しかし、爺は首を振って答えた。


「浮き石を取りに行った」

「浮き石なら下の浜辺にもあるだろう?」

「ついでに(たかなむ)を採ってくると。あそこのは、味が違うからの」


 ヲトヤは唖然とし、込み上げてきた怒りをぶつけるように拳を地面に打ち付けた。


「遊びに行くため、俺が戻る前に村を空けたのか? あのバカ兄は!」


 スヒナカが声を上げて笑った。


「クヮヤの村は、なんとも長閑でいいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ