わたしは何者?②
あれだけ緊張感したアッシュとの就寝だったが、特に何も起きることなく、体の疲れも精神的なものもあったせいかぐっすり眠ることができた。
ただ、起床時にベッドの端で寝た筈が、思いっきりアッシュにくっついていたので、起きた時の衝撃は凄かった。
美麗で見慣れないものが目の前にあると、人って固まるのね。息すらするのを忘れてたわ……。
これもロマンス小説でよくあるハプニングの1つよね、着実にあるあるフラグを立てている気がする。
そんなことをもだもだ考えながら、モソモソと動くと目の前の美形の睫毛が揺れて、ゆるりと目蓋が上がった。少し潤んだ琥珀色の瞳がこちらを捉えるとアッシュは少し掠れ気味の低声で挨拶をくれた。
「おはよう」
ビクッとなったが、朝日が射し込んでいるわけではないのに、美形が眩しいってホントにあるんだね……。
思わず細目になりながら、返事を返した。
「お、おはようございます……」
そっと後ろへ体をずらそうとしたが、長い腕に阻止される。
「あ、えっと……。すみません……。何か寒かった?みたい?で、くっついてしまって……」
怪しい言い訳を?を付けつつ言うと、彼はにこりと笑うとさらに近くに引き寄せられてしまった。
「!!」
「寒いならもっとくっつけ」
いやいや……別にくっつきたいわけではなく、離れたいのですが……。
心の声が聞こえているわけではないのに、ポンポンと背中を軽く叩かれて、何故かあやされてしまう。
なぜ……?
「あ、いや、その……お、起きようかとおもうので……」
ちょっと焦りつつまた体を離そうと、少し腕の伸ばしてみる。
アッシュはちらりと視線を外すと、何かを確認し、再びこちらを見つめた。
「まだ起きるまでに時間はある。今日はそんなに急いで起床する必要はないから、寝ててもいいぞ」
せっかく距離が出来て起き上がろうとしたのに、また抱え直されて、ポンポンとあやすように背中を叩かれた。それが一定のリズムで緩やかに、囲われた腕の中が暖かいのもあり、最初は抵抗していたが、次第に目蓋が重くなってきてしまい二度寝してしまうことになった。
それからどれだけの時間が過ぎたのか不明だが、周囲のざわめきが自然と耳に入り、人が活動し始めた音が聞こえてきた。
ぼんやりとしながら目が覚めると、目の前の顔面圧力な美形は居らず、広い寝台で一人で寝ていた。
体を起こすと体を伸ばし、筋肉を動かす。あの木の下で寝ていた時よりも、ちゃんとした寝台で寝たからか、何となくスッキリしている。
ご飯もマトモな物を食べたのもあって目覚めが良いのだろう。ググッと腕を伸ばし、回りを見渡すと寝台の横の小さなテーブルに服が置いてあった。
淡いパステルブルーのAラインのワンピースは、開きすぎないスクエアカットの襟元に小さな黒レースの縁取りが付いていて、膝下から濃い目のブルーのフリルで、それに二枚重ねの黒レースが付けられていた。
上からスッポリ被る簡単な服だったので、一人で着られて楽だった。サイズ的に少し大きめだったため少しブカブカする。そこに一緒にあった、ストラップの付いたローヒールの柔らかい布で作られた靴を履く。
変なところが無いか左右確認して、出入口であるテントの幕を上げると、外では隊の人達が出立の準備をしているようで慌ただしそうに見えた。
キョロキョロと周囲を見ていると、誰かが知らせたのか、アムラがこちらに向かってきていた。
「おはようございます。還り人様」
朝からきっちりと軍服を着こんだアムラは柔らかく微笑むと、もう一度、テント内に入るように誘導された。
寝台の近くにあった椅子に座らせると、髪を解かしてくれた。どうもコームが軍服の中にあった様子。
「ご気分はいかがですか?」
聞きながら軽くハーフアップにまとめてくれるらしく、髪を結い始めてくれた。
「うん、思ったよりゆっくり寝られました」
「それは良かったです。今日はお聞きかと思いますが、神殿と時間が合えば城の方へ行かれるかと思います。慌ただしい1日になるので、ゆっくり体を休められたのは良かったですね」
はい、出来ました。と、アムラが言うと小さな手鏡を見せてくれた。
そこには、両サイドを緩く三つ編みをし、後ろで団子状にまとめてくれて可愛く仕上げてくれた。
「わぁ、アムラさん、器用ですねー」
左右、後ろを何度も見ながら、可愛い仕上がりにテンションが上がる。
「ふふふ、ありがとうございます。妹にやってあげることが多いので、多少手慣れてるのかもしれません」
嬉しそうに微笑みながら、そう彼女は言った。
見終わって手鏡を返すと、外に出るように促される。
周囲を見渡すと撤退作業が進んでいるようで、夜に見た大小のテントがほぼ片付けられていた。
「還り人様の朝食は簡易的で申し訳ないのですが、フルーツサンドをご用意しましたので、こちらへどうぞ」
アムラに案内された先には、簡易椅子の上に布が被せられたお盆が乗せられていた。
そのお盆を持ち上げ、そこに座るように勧められ、掛けられた布を取ると、そこには大人の手のひら位の丸パンに、フルーツらしきものが生クリームと共に挟まれていた。横には飲み物が入ったコップも一緒にある。
有りがたくそのパンを頂戴すると、ほんのり甘い生クリームと、イチゴの様なラズベリーの様な酸味のある甘酸っぱい果物が挟まれていた。生クリームがくどいかと思ったが、アッサリしたクリームでペロリと食べきることができた。それと共にレモン味のサッパリとした飲み物を飲み干す。1個だけでも腹持ちがよく、朝食として十分だった。
そんな感じで、朝食を終えると、その間にアッシュと使用していたテントがあっという間に分解され、様々な用具類や家具が荷馬車へ積み込まれていた。
はやっ。
朝食の時間として5分から10分も経っていないのに、あれだけしっかりとした設備があっという間に収納されてる。
軍人って迅速さも求められるんだろうなぁ……。
と、呑気にそちらを眺めていると、先に起きて指示を出していたであろうアッシュがこちらへ歩いてきた。
「ちゃんとご飯は食べられたか?」
こちらもきっちりと軍服を着込み、朝から元気そうだ。その後ろから、キーファとカイルアも付いてくる。
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
頷きながら感想を言うと、それは良かったと、頷き返される。
椅子から立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
「寝過ぎてしまったみたいで、すみません。もしかしてご迷惑をお掛けしてませんでしたか?」
起きたら撤退作業が始まっていて、寝過ごしたのではないかと聞いてみると、キーファが手を振って大丈夫と言った。
「気にしないで良いよー。時間的に押してる訳でもないから」
その横でカイルアも頷いている。
「作業事態は、そんなに時間は掛からないから、気にする必要はない」
「そーそー。隊員達も手慣れたものだから」
ニッコリ、と細目になってキーファは屈んで目線を合わせる。またか!と体を引くと彼は楽しそうに笑う。
「!……それなら、良かったです」
少し引き気味に体を反らすと、キーファは上体を戻す。
「かーわいいねぇ~」
上から下へと眺めるとキーファはうんうんと一人で頷く。
近くに来たアッシュもそれに同意の頷きを返しながら、軽く背を押した。
「サイズが心配だったが、色も似合っていて良かった。ああ、それと今日は軍馬に乗って神殿へ行くから、そちらへ案内する」
押されるままに作業をする隊員達を横目に、少し進むとそこには青毛、青鹿毛、栗毛、芦毛、黒鹿毛と、艶やかで立派な体躯の骨太な軍馬が整然と揃っていた。
驚くことに、どの軍馬も周囲の木を括り付けられておらず、自然体でそこにいた。
「え?放し飼い??」
唖然と見つめていると、面白そうにアッシュはこちらを見た。
「彼らは契約しているから、逃げることはない。野生馬ではない限り、彼らの中での指示系統がしっかりしている」
「ええっ」
ってことは、この軍馬の中にリーダーがいるってことだよね。
「ヴィルダ!」
アッシュが名前を呼ぶと、群れの中から一頭の立派な青毛の馬が走りよった。
近くで見るとデカイ!見上げないと視線の先は足しか見えない。青みがかった艶のある漆黒。あまりの迫力にあんぐりと口を開けて見ていると、ヴィルダと呼ばれた青毛の馬は頭を下げるとこちらを見つめてきた。
大きく深い黒曜石の様な瞳で見つめられると、何かを探られているようでちょっと居心地が悪い。
体が何となく引き気味で馬を見つめ返すと、ブルルッと唸ると彼?は頭を上げた。
「認められたみたいだな」
少し苦笑しながらアッシュはヴィルダの首を軽く叩き優しく撫でると、もう一度ブルルッと唸った。
「えっ?え??」
どこに試験要素があったのか全く分からん!
ボケッと見ていると、キーファがクスクス笑う。
「ヴィルダは、ここにいる軍馬達のリーダーで、もちろん乗り手はアッシュ。ただ、相棒のヴィルダは気に入らない者は老若男女問わず蹴り倒すからね」
「は?け、蹴り倒す??」
なんて暴力的な軍馬!それも老若男女問わず!
暴君か!
「彼の仲裁役は、私の相棒のシリックとカイルアのルツェル」
え?仲裁役?なぜ?馬なのに仲裁役なんているの?!
「ヴィルダは相手の気配を探って善悪を判断するみたいで、それがまた当たるんだよね~。で、ちょっと不協和音を感じると力でねじ伏せに行くタイプでね」
は?力でねじ伏せるって、脳筋か!
「相手が白旗上げるまで徹底的にヤるから、シリックとルツェルが止めに入る迄が毎回の恒例」
今の「ヤる」は絶対「殺る」って言葉だ、きっと。
そんな、恒例行事みたいな言い方!馬なのに、それも仲裁役が出来るなんて!
「え、そこに人が介入しないんですか?」
普通止めに入るよね、そんなことがあれば。
それに首を振るキーファ。
「いや、介入すると余計に拗れる」
「は?止めに入るだけですよ?」
「止めに入ると巻き込まれるんだよねー。これが。邪魔するな!と相棒なのに蹴られる」
「蹴られる……」
人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて……。じゃなくて、馬の争い邪魔するやつは、馬に蹴られるんだ……。
「まあ、噛まれることもあるけど」
「噛む……」
恐っ!
「彼らに任せておけば、長引かずに治まるから、手を出さないことにしてるんだよ」
「へ、へぇ……」
恐いな、馬……軍馬世界。脳筋集団か。
「ちなみに、あそこの青鹿毛が私の相棒のシリック。で、その隣の芦毛がカイルアの相棒ルツェル」
キーファが指した方向に、これまた立派な体躯のヴィルダに劣らない青鹿毛と芦毛の軍馬がこちらをじっと見ていた。何となく、こちらに来たそうなソワソワ感がある。そっち行ってイイ?イイかな?っという感じで少し首を振っているのが分かる。
それに対し、キーファとカイルアは笑っていた。
「シリック!」
「ルツェル」
二人が呼ぶと嬉しそうにこちらへ駆けてきた。
それぞれが馬の首を撫でると嬉しそうな声を上げる。
ぐいぐいと馬面を彼らの胸に押し当てるとハハハ、とキーファが笑い、カイルアは仕方なさそうに溜め息を付いた。それに首を傾げて見ていると二人ともこちらを見た。
「どうも相棒達が紹介しろと言ってるみたいだから、挨拶してもらえるかな?」
キーファがそう言うと、二人は体をずらしその間から、シリックとルツェルがこちらへ首を伸ばした。
かなり大きい馬面は、ちょっと迫力があって恐いがペコリと頭を下げてみる。
「初めまして、よろしくお願いします」
シリックは分かった、とでも言うように瞬きをして少し首を上下した。ルツェルは馬らしくないクルッと高めの愛らしい声で挨拶を返してくれた。
二頭とも二人に首を軽く叩かれると、満足したのか元いた場所へ戻っていった。
「ず、ずいぶん、賢い馬ですね……」
おっかなびっくりしつつ、そう答えると二人は笑った。
「普通の馬と違うからね。割りと人の言葉を理解しているよ。意思表示もハッキリしているしね」
「確かに……」
この世界の馬事情を何となく理解できたような、できたのだろうか……。あまりにも元の世界の馬と違いすぎで驚く。
そんな馬世界の話を聞いていたら、出立の準備が出来たらしく、紺色の髪の青年がアッシュに一言声を掛けに来ていた。それに頷くと各自へ指示を出す。
持ち場へ戻る者達と、軍馬に乗ってきた者はそれぞれの相棒を呼び寄せていた。
長身の獣人達と、体格の良い軍馬達。何度見ても迫力がある。
乗馬経験の当然ない私は、アッシュの相棒ヴィルダに相乗りさせてもらう。
スカート着用なので横乗りだ。乗馬も初めてだけど、横乗りも初めてだから、体がなんとなく不安定で怖い。
ふらふらしていると、アッシュが片腕でしっかり固定してくれる。
「揺れるから、口を閉じて、俺の方にもたれ掛かって体を任せてくれればいい。落とさないから安心しろ」
ニヤリと笑うとグッと体を引き寄せられた。
わっ、と引き寄せられた拍子にアッシュの上半身に勢い余ってぶつかってしまったが、体幹がしっかりしている彼は全く揺るがないし、動揺すらしていなかった。
「何なら両腕でしがみついていてもいいぞ」
不安定な感じだった私の背中を軽く叩くとそう言った。
確かに乗馬は初めてだから、どうしていいか分からず、ふらふらしていたので、遠慮なく腕を回したが、両腕が届かない程アッシュの上半身に厚みがあったため、ギュッと両手で服を握り締めた。
それを確認したアッシュは、出立の用意が出来たかぐるりと周囲を見渡し号令を掛けて出発した。
隊員の一部を筆頭に荷馬車、その中間にアッシュ、キーファ、カイルアと部下らしき数名、そして荷馬車、殿の隊員と順番に進んでいった。
進行中に商人達の団体や、旅行者等とのすれ違いはあったものの、特に障害もなく二度ほどの休憩を挟みながら進むと、城郭都市となっているのか、岩のブロックが高く積み重なり幅を利かせ横にのびていた。その入り口となる大きな門扉が見えてきた。
幅が大人が手を伸ばし10人以上並んでも余裕で入れる程の大きな鉄の門の前には、検問待ちの人達で行列が出来ている。
昼過ぎともあって、鉄の扉は開いたままらしく、数人の兵士が確認しながら、出入りの検問、誘導していた。
先頭の隊員の一人が先に走り、検問の兵士に何かを見せると仲間の兵士達に何かを通達し、交通整理をしつつ門の出入りの人達を横に避け始めた。出入りする通路が半分開くと、そちらに誘導するように槍を上げて合図をしていた。
それに従うように、アッシュ達の隊列はそちらへ進み門を潜った。
岩の門の上には物見やぐらがあり、監視も兼ねているようだった。
その門を通り過ぎると、大きな広場のように開けた場所へ出る。先には賑やかな声と、やけに幅広い街道が見えた。周りを見ると何となく空間が広く取ってあるようで、一つ一つの建物も大きいような気がした。
ここは広範囲に住居や商店街などがあり、なにげに普通のサイズではない。城らしき建物も多分あれだろうな、という感じの物が少し傾斜面を上がったところにあり、距離的にかなり先に見えた。
全体に違和感を感じつつ、眺めていると、広場でキーファとカイルアが隊員達に指示を出していた。荷馬車や先頭、殿にいた隊員達はどうやら別行動を取るらしく、軽くアッシュ達に一礼しながら各々の場所へと向かっていくようだった。
その様子を眺めながら、先程から感じる違和感に首をか傾げていると、アッシュがこちらを見て話した。
「これから神殿に行って、還り人の報告をする。その後、城に行く予定だが、君の様子を見つつそこは適宜変更する」
軍馬の進行方向を変えると、正面に見える道ではなく、左側の方向へ進んで行く。
「変更?」
何を変更するのだろうと彼を見上げると、サッと目の端を何かが通り抜けた。
「ん?」
アッシュが答えようと口を開き掛けると、また何かやけに大きなモノが視界の隅に映った。
「は?」
「どうした?」
さっきから間抜けな声を出す私に、アッシュが尋ねてくるが、視界に映ったものをもう一度しっかり見ようと横に顔を向ける。
そこには普通に熊やウサギ、虎やらリスが歩いていた。それもサイズが二倍。
「えぇーっ!」
思わず声を上げるとその動物達の視線を集めたが、彼らはこちらを見たものの、首を捻り、そのまま通り過ぎていった。
これだ!さっき広場から見ていた時に感じた違和感は!
何か動物がいるけど、何となく遠近法を無視したかの様なサイズの動物諸々が闊歩していたから。
始めは目が疲れているのかな?
長旅に近かったから、疲れも出てるのかも?なんて思っていたのに!
違った!実物大だった!
ふっつーに歩いてる。肉食、草食系関係なく。
そして良く見るとケモ耳、しっぽ有りの獣人さん達もいた!
なんだ!このもふもふ、ケモ耳パラダイスは!
目が思わずキラキラしてしまい、ウキウキしながら周りを見ていると、グルッと唸り声が聞こえた。その発信元を見上げると、アッシュが眉間にシワを寄せていた。
「ど、どうしたの?アッシュさん」
ちょっと引き気味に聞くと、横からキーファが笑っていた。
「気に入らないんだよ~。君の関心が他所に向いたから」
「えっ?周りを見てただけですが」
焦ってそう言うと、キーファはやれやれと首を振る。
「ツガイを見つけた雄は心が狭いんだよ」
ええーっただ見てただけなのに、狭すぎない??
だって珍し過ぎるもん!ケモ耳だよ!
自分の世界にはいない、憧れの天然ケモ耳なんだよ!
但し、動物のサイズは違和感が否めないけど……。
「私の世界にはいないなら、つい見てしまうのです。珍しいのもあるから、そこは許容してほしいです」
何となく文句じみた言葉が出てしまう。
むー、と唇を尖らせると、上から溜め息が。
「わかった」
渋々、といった感じの声色だったが、どことなく不服感を醸し出していた。
獣人って、ツガイに対しての独占欲ってホントにあるんだ。いまいち、自分の世界にはなかった感覚なので、 その感覚が分かりにくい。
一応、私も鳥人間っぽいから、獣人らしい?んだけど、その性質?特性を掴みかねていた。
エセ獣人なのかな?私……。
そんな不機嫌そうなアッシュに周囲はニヤニヤしていた。カイルア曰く、珍しい反応だそうだ。アッシュは何に対しても不服そうな表情を出すこともないし、あまり固執することがなく、割りとおおらかなんだそう。だから、ツガイが現れた途端、ツガイ持ちらしい行動を取ったことで、驚きはあるものの、獣人らしさがあって微笑ましいのだとか。
微笑ましいのかー。
独占欲、嫉妬心、執着心の三拍子が揃って当たり前のツガイ持ちの行動。
当然の行動、心境なのだから、それに対する羞恥心は一切ないのだそうだ、獣人は。
だから、微笑ましいのだって。
ええーその感覚、分からん。
いや、一歩譲って、嫉妬心はまあ、好きな人が出来たら持ちそうな気持ちだからいいとしても。
独占欲かぁー。執着心も恋愛低レベル者には上級者編だなぁー。徐々に分かるのかな?たぶん。
そんなことをウダウダ考えていたら、また視界が開けた場所に到着していた。
噴水広場の開けた場所の奥に、少し灰色がかった白い建物には扉はなく、幅の広い入り口が訪れる人を迎えていた。横に広い二階建ての建物で、大きめな窓の上部には、所々色ガラスを使用して華やかな感じだった。
軍馬を神殿の横に設置されている、囲いのある専用の馬屋に預ける。これまた放し飼いで、ヴィルダ達は好きなように散策用に設けられている林へ駆けて行ってしまった。
自由だなぁ、ここの馬達。
この馬屋も出入口を管理する担当者がいるだけで、馬の世話をする、という感じてはないそうだ。なんと、この世界の普通の馬も賢いらしく、放し飼いでも大丈夫なんだとか。楽だな、馬屋番。
そして、歩いて行こうとした私をアッシュに確保され、片腕に乗せられて縦抱きのまま神殿へ向かうことになってしまう。唖然としてしまった私に、カイルアが諦めろ、とこっそり言ってきた。
え、幼児じゃないし、小学生位の体格なんだから、歩けるのに。
有無言わさずのアッシュは、キーファにニヤニヤ笑われ腕をパシパシ叩かれていた。
鬱陶しそうにキーファを一瞥していたが、特に何も言い返さず、アッシュはそのまま歩を進めた。
なんだかまだご機嫌が治ってないらしい。
カイルアに言われた通り早々に諦めた私は、スンとなってしまった。仕方ないよね、ちょっと恥ずかしいんだけどさ。仕方ない。
大きな出入口を潜ると、その先には広く間隔を取られた受付所のような場所があり、用途に分かれているようだった。
何か市役所みたい。神殿って、教会みたいなものだよね?キリスト教会みたいなものかと思ったら、意外と実用的な場所になっていた。
その一角へとアッシュ達は向かうと、「神殿長に面会を」と伝えると、くりっとした猫目の女性がニコリと微笑み頷くと(絶対猫獣人だ)、手元にあった四角い板に手を置きそれがホワリと光った。
「わぁ……」
思わず零れた声に、気付いたお姉さんはふふふと笑うとアッシュに応える。
「二階の神殿長室へお越しください、とのことです」
えっ?喋ってないのに、応答が終わってるよ?
スマホよりスゴくない?魔法って便利!
軽く頷いたアッシュは、一度私を抱え直すと、そのまま両側に壁に沿うようにある階段の左側へ向かい、これまた幅広い階段を上がっていく。
全体がクリーム色の内装は落ち着いた感じで、神殿と言うより、シンプルな内装の高級ホテルっぽい。
天井の高さがあるためか全体的に大きく感じる。そして広めの踊り場があり、そこには控え目に花と絵画が飾ってある。正面から見ると両側の階段の中間地点に踊り場、二階には通路中央に一階を見下ろせる一画が設けられていた。
二階へ上がると左側廊下へ進み、各部屋の扉の上には分かりやすく用途別のネームプレートが設置してある。それを見るともなしに場所分かっているのか一番奥の突き当たりへと歩いていった。そこが神殿長室らしい。
コンコンとノックをすると、中から扉が開けられる。
開けてくれた人は、深い緑色の髪を後ろに撫で付けた細身の人で、眼鏡をかけた優しい感じの初老の人だった。アッシュと比べると身長は低めだが、それでも高い方だと思う。
「いらっしゃいませ。どうぞ、中へ」
大きく扉を開けて貰うと、その部屋はかなり広く、少し先にはローテーブルを囲むように長椅子が前後に置かれ、左右には一人掛けの椅子があった。
そのさらに奥は執務机があり、そこには白いホワホワした頭毛と、ふさふさした髭を蓄えた好々爺なご老人が座っていた。
ヒツジだ!
見た感じが羊以外の何者にも見えず、わあーとマジマジと見てしまう。
ワアワアしている私をキーファがクスリと笑う。
その羊のご老人は椅子から立ち上がると近くへやってくる。
「よくぞ、いらっしゃいました還り人様。私はこの中央神殿の長をしております、ミゲルと申します」
にこにこと微笑みながら彼は歓迎の意を表した。
深緑色の初老の人は、神殿長ミゲルが執務席側の長椅子に座ったのを確認すると、アッシュ達に着席を促した。
アッシュの右側にキーファ。左側にカイルアが座る。
他の部下四名は出入口側の壁に並び警護するように立った。
これまた何故か私はアッシュの膝の上。
いやいや、これ失礼じゃない?
身動ぎをしてアッシュの膝の上から退こうとするが、ガッシリと腹の辺りでホールドされてしまい動けない。
それでも何とかキーファとの間に座ろうとグイグイ動かすが、頑として外してくれない。
アッシュの方を見上げるが、素知らぬ顔をされる。
その攻防に正面に座る神殿長ミゲルは、朗らかに笑い声をかけてくれた。
「よいよい、良いのですよ。還り人様。おそらく黒狼の方とツガイなのでしょう?」
全く気にしていないようで、そのままで構わないという。
ツガイの常識が適用されたのか!
呆れてしまった私を気遣うように微笑むと、ミゲルは軽く頷いた。
「幼いうちは膝の上で構いませんよ。成人なさると隣へと場所は変わりますが、密着度は変わりませんので」
それとなくツガイの有り様を伝えてくれる。
「早々にツガイとなる方を見つけられたのは僥倖です」
我が事のように嬉しそうに頷くミゲルに首を傾げる。
「何故ですか?」
質問すると少し改まった表情をしてミゲルは答える。
「そうですな、まずは何故あなたがこの世界に来たのかお話することから、そこに繋がりますかな」
語り部の様にゆったりと説明を始めた。
ミゲル神殿長曰く。
『還り人』とは、もともとこの世界の獣人で生まれる筈が輪廻を外れてしまい、彷徨って別の世界へ行ってしまった者を言うらしい。
しかしこれまたこの世界の不思議で、突然何かのきっかけで戻ってくるという。
その姿はもともとこの世界で生まれ持っていた容姿で、現れる時の年齢は様々だと。何が理由でその年齢で還って来るのかは不明なのだそうだ。
還り人の特典、と言うわけではないらしいが、高確率で保護しに来る特別部隊の中にツガイがいると言う。
だから還り人が現れたと言う啓示があった時は、隊員の特別部隊への編成選抜争いは苛烈を極めるらしい。
私を迎えに来た隊員達は本当の精鋭部隊と言うことだ。
例えツガイとなれなくとも、この特別部隊のメンバーに選ばれると、もれなく聖霊樹の加護が半永久的に与えられるため、隊員達にとっては垂涎の的なのである。
聖霊樹の加護とは、身体強化と、小さな幸運を生涯を通し貰えるそうだ。
但しこの加護にも条件があり、犯罪を犯すと消えてしまう。
あと、還り人は通常獣人の持つ魔力容量が倍増されて還ってくる。その増加された魔力をどの獣人にも分け与える事が出来るらしい。普通は相性や属性が合わないと出来ないらしいが、還り人はほぼ全ての人に分ける事ができ、分け与える者の容量が少なくとも増大させることが一時的に出来る。これも還り人の特典と言えよう。
が、ここで還り人の稀少性が上がるのだ。
誰にでも分け与えられるため、それを狙った者達から拉致される確率がドンと上がる。魔力容量が大きければ大きい程、無理が効くと言うことだ。昔に現れた還り人達は、ほぼ奴隷のように魔力を搾り取られ続け、早世してしまったらしい。
そのため数百年前に特別部隊が編成され、不可侵と呼ばれる中央神殿で保護されてきた。その過程で、精鋭と言われる特別部隊は、還り人を守ることが出来る程の実力者、有能者が多かった。そのためか彼らの中に、還り人とツガイになる者が多いと云うことが分かってきた。
運命の巡り合わせか、還り人の不幸を嘆いた神の慈悲かツガイという形で救済者として現れたのか。
そういう経緯もあり、特別部隊の中からツガイがすぐに見つかるのは、神殿にとっても安心出来るらしい。
ツガイが見つからなくとも、神殿が保護し、より良い環境を探してくれるそうだ。
ここで一区切りすると、ミゲル神殿長はアッシュを見てから私を見た。
「こちらのアシュレイ殿は、保護者としてもツガイとしても申し分ない方だから、神殿としては文句をつけようがありませんな」
ホホホホ……とミゲル神殿長が笑う。
「え?そんなにすごい人なんですか?っていうか、アシュレイ??」
驚きながら、アッシュを指しているだろうなとは思いつつも、アシュレイの名前に?になってしまう。
「アッシュは愛称だ。アシュレイが正式名」
アッシュがそう付け加えると、横からキーファが補足してきた。
「そうそう。アッシュの正式な役職と身分は、特別精鋭部隊 隊長で、南方公爵家 白黒狼一族の次男様」
更に驚く私をキーファがニマニマ笑ってそう告げた。
「こ、公爵家……」
そこで、ふと気付く。
「特別精鋭部隊 隊長??これって、還り人が現れたからの限定の部隊じゃないの?」
隊長っていうのは、ここまで来るまでに部隊を仕切っていたのを見ていたから分かるが、特別精鋭部隊は限定のものではないのか?
それにはアッシュが返答してくれた。
「特別精鋭部隊は、その名の通り、特別な任務に携わる事がある。ただ、難易度の高い指令を受けることが多いから、少数精鋭だな。今回は還り人を迎えるための特別編成を行っているから、他の部隊の隊員もいる」
「そうなんだ……」
呆けたままで、アッシュの説明を聞きつつも、公爵家というのが面倒そうな響きだ。
精鋭部隊は大変そうだな、と思いつつも自分がやるわけではないのでそこのところは横に置いとく。
先ずもって身分が高いってのは面倒、という認識がある。
読んでいたラノベの公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の身分階級。なかなかに面倒そうな仕来たりやら、マナーやら勉学等々が思い浮かぶ。
ピラピラドレスもコルセット付きだよね、綺麗だけど、お腹を締め付けるあれは頂けない。
アッシュのツガイってことは、私も公爵家に入らないといけない?
え、やだなあー。
悶々と考えていたら、眉間にシワが寄っていたようで、横からまたまたキーファが構ってくる。
「可愛いお顔が台無しだよー」
そう言いながら、私の眉間のシワを人差し指でグリグリしてきた。
いたいわ!とキーファの手を叩く。
「なに悩んでんの?」
手を叩かれたのに懲りずにまた眉間を触ってくる。
今度はアッシュがキーファの手を叩く。
「いっ!」
アッシュが結構強く叩いたらしく、キーファが真面目に痛がっていた。
「どうした?何か心配事でもあるのか?」
横でブツブツ文句を垂れているキーファを無視して、アッシュが尋ねてきた。
「あ、えーっと……」
身分が高いと分かったアッシュに、何もない私の身分は平民になるわけで、我が儘言って良いのだろうかと迷う。
チラチラとアッシュを上目遣いで見ると、彼はウッと口元を手で覆い隠した。
え?そんなに見られない顔だった?
顔を背けられたことに何気にショックを受ける。
がーん、と下を俯くとアッシュが慌てて頭を撫でてきた。
「違う違う!勘違いするな!あまりに可愛い顔で見つめられると、直視出来なかっただけだ」
うわ!突然ドストレートに褒めてきた!
恥ずかしくて顔を両手で覆う。
どこが可愛いのよ!顔面偏差値高い人に言われても納得いかないわー。
「いや、本当に可愛いと思ってる」
言葉に出してないのに野性的な勘で答えてきた。
「ほら、こっちを見ろ」
スルリと大きな右手が私の頬を撫でる。
ビクッとすると、アッシュは早業で私の体の向きを変え、向かい合うように座らせた。
対面して、アッシュを跨いでいる形だ。
えっ、と両手を離した隙に、大きな両手で頬を包まれて、くいっと上を向かされる。
「うん。良く見える」
納得したように笑みを浮かべたアッシュは琥珀色の瞳を細めた。
ぎゃぁぁぁーー!
美形が過ぎる~!!
半分涙目でアッシュを見つめると、彼は頬に触れる親指で愛しそうに撫でる。
「何が心配だ?」
感触を楽しむようにずっと親指で頬を撫で続ける。
て、手を離してぇー!
半分パニックになりながら、首を横に振る。
「嫌なのか?」
首を横に振ったことで拒絶されたのかと、寂しそうにアッシュが聞いてきた。
「……む、む、」
「む?」
アッシュが首を傾げる。
美形で野性的な男が首を傾げると、なんでこんなに無駄な色気が出るのー!!
すると横からキーファの爆笑が聞こえた。
「はっ、あーはっはっはっ!」
そしてパシッとアッシュの肩を叩くとまた笑う。
「はっ、ふっふっ!!……アッシュ、顔が近すぎる!傍目から見ると、少女に無理強いして襲ってるように見えるよ!」
ゲタゲタ笑いながら、キーファはそう告げる。
それにアッシュはハッとして、やっと顔と手を離してくれた。
「悪い、辛かったか?」
え、何が辛いと?
全部ですが……。
申し訳なさそうにこちらを見つめるアッシュに、呼吸を整えながら、私は恨めしそうに彼を見つめた。
そして隣で静観していたカイルアの方に体を向けると、アッシュの膝上から滑るように下りると二人の間に体を滑り込ませて、ややカイルア寄りに体をくっつけた。
それにアッシュはショックを受けたような表情をして、またキーファの爆笑を拐っていた。
身を寄せた私に、カイルアは優しく頭を撫でてくれた。彼なりの慰めだろうか……。
それを見ていたミゲル神殿長はふぉっふぉっふぉ。と愉快そうな笑い声をあげ、話を先に進めてきた。
「まあまあ、還り人様がこちらの感覚に慣れるのには時間がいるでしょう。焦らずともなるようになりますよ」
どこか面白げな様子が窺えるが、特にからかう様子がないので、良しとした。
「さて、次は還り人様の種族ですな」
あ、それは常々疑問でした。
それに頷くようにミゲル神殿長が柔らかそうな顎髭を撫でながら、静かに横に佇んでいた深緑色の初老の男性に何かを持ってくるように指示していた。
少ししてから、その人が持ってきたのは受付所で見た四角い板をもう少し大きくしたものだった。
前のローテーブルに置かれるとミゲル神殿長は私を見た。
「こちらは種族判別をする魔石板でな、手の平をこの板にくっつけた数分後に、種族の種類についての情報が浮かび上がります」
見た目は普通の石板に見えるが、ほんのり光っているので魔石と判断できる。
「さあ、還り人様、こちらに片手のどちらでも良いので乗せて貰えるかな?」
とうとう、私の種族が分かる!
ワクワクと緊張が半分ずつ。成長途中の鳥人間なのか、はたまた全く別の種族か、混血なのか。
ゆっくり深呼吸すると、静かに石板に手を乗せるのだった……。




