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わたしは何者?①

どれくらいの時間が過ぎたのか、熟睡していたようで分からなかったが、知らぬ間にアッシュ達は獣体を解いて、人型になっていた。

それに気付いたのは、ふんわり暖かな毛並みが消えて、しっかりと抱えられながら、微かな振動とざわめきが聞こえたからだった。

縦に抱えているので、頭がアッシュの肩に乗せられていた。身動ぎして頭が動くのに彼が気付き、足を止めた。

「起きたか?」

ぼんやりとした眼で、何度か瞬きする。背中を撫でられアッシュが抱え直すように位置を調整する。

意識が幼児戻りしているようで、むずかるような動きをしてしまう。

その様子に周囲から微笑ましそうな笑い声が聞こえた。その中には、女性の声が混じって聞こえ、思わず顔を上げて不明瞭な視界で周囲を見渡した。


視線の先には、四角いテントの様なものがいくつか点在し、中央らしき場所には、火がくべてあった。


よくよく見ると日が落ちて夜になっており、空には星が無数に瞬いていた。自分が住んでいた夜空より、もっと明るく感じるくらいの星が輝いて、丸い月がこの世界にも存在していた。


慌ただしく動いている人達は、食事の準備をしているようで、その中には、先ほど聞こえた女性の姿もあった。

迎えに来た人員が男性ばかりだったのもあり、野営地にいる女性が物珍しく映る。


瞬きをしながら辺りを見渡していると、こちらに駆け寄って来る女性がいた。服装は騎士が着るような装飾の少ない簡易的なもので、色は黒だが縁取りが緑色だった。緩く癖の付いた亜麻色の髪を後ろで高く結い上げていた。

近くまで来ると、アッシュに軽く一礼して腕に収まるこちらに目線を向けてきた。

「初めまして、還り人様。私は第三部隊所属の治療士アムラと申します」

にっこりと笑顔で彼女・アムラはそう言うともう一度笑顔を見せる。

「入浴と着替えの準備がしてあるので、私と一緒に行きましょうか」

アッシュに目配せすると、彼は軽く頷きアムラへと抱き上げる役を交代する。

「俺はこれから少し打ち合わせをしてくるから、彼女、アムラと一緒に身なりを整えてくるといい」

そう言うと、他の人達と共にどこかへと足を向けて去って行った。

ぼんやりとそれを見ていると、アムラが私の背を軽く叩くとニッコリと微笑んだ。

「じゃあ行きましょうか」

抱え直すと彼女はゆっくりと歩き始めた。


辺りを見回すと、テントの数はたぶん十から十五くらいあり、大小あるが各要所に分かれているようだった。


荷馬車の近くに馬なのだろうが、馬には見えない、これまた巨大な動物がいた。

色は黒、茶褐色、灰色。しかも、足が太い!私が知る馬の3、4倍はある!鬣は変わらないが、4本の蹄には何故か後ろにもう2本鋭い爪のような物が生えている。


え、馬だよね、あれ。


おまけに後ろの尻尾が炎を纏っていたり、氷のように固まって尻尾の形を象ったり、風がないのに尻尾がユラユラ揺れている!

「なに、あれ……」

思わず言葉に出してしまうと、アムラが気付き見ている方向に顔を向けると面白そうに笑った。

「ふふふ。あれは還り人様には珍しい生き物ですよね。あの魔馬は、魔獣の馬なんですよ」

何て事ないようにケロッと言っているが、魔獣って言ったよね。驚きで目を真ん丸にするとアムラを見た。

「え、魔獣なんですよね?襲って来たりしないんですか?」

単純に魔獣=恐ろしいもの、という図式ができているので、恐々聞くとアムラは首を横に振った。

「いいえ、あの魔馬は品種改良されたもので、胆力、体力、知力共に優れた生き物なんですよ。特にこのような遠征が入る時には、彼らは欠かせません」

そう話しながら、彼女は魔馬の近くに寄っていく。

「遠征に必要な1台の荷台に対し、普通の馬が4頭要るのに、魔馬は1頭で事足りるのです」


凄い怪力だ。


近くに来ても、魔馬達はこちらに敵意がないのを分かっているのか、我関せずといった感じで黙々と草を食んでいる。

「あと、尻尾を見ていただければ分かると思いますが、多少の攻撃にも自分で対処できる馬です。戦う馬ですね彼らは」

意外な特性を持った馬に驚き過ぎて、あんぐりと口が開いてしまう。

「軍馬も居ますが、彼らは私達と共にある相棒ですね。魔馬とは少し違います。軍馬も魔獣と掛け合わされている品種改良種なので、彼ら並みの脚力と知力、胆力もあり堂々としてますよ。私たち獣人は威圧や魔力の関係で普通の馬では耐えられないのです。軍馬と魔馬は似て非なる進化版なのですが、お互い仲が良くないので、私達の軍馬は違う場所に待機しています」


へ、へぇ……相性もあるんだねぇ……。


馬にこんな種類が存在しているとは、ますます異世界感が強く出てきてる。

少し魔馬達を眺めると、アムラは目的のテントへ向かう。大きなテントの隣にそれの半分位のテントが鎮座していた。

そちらに入ると木で出来た湯船があり、ゆらりと湯気が立ち上っていた。

衝立てが左右にあり、左側の内にチラリと椅子とタオル類が見えた。右側の衝立てが半分以上を湯船を隠し、左側より長く衝立てが連ねてあった。そちらは脱衣所にしてあるようだ。

アムラは右に行くと小さな背もたれのない椅子に私を座らせると、入浴の準備を始めた。

その様子をボンヤリと眺める。

ああ、本当にここは異世界なんだな……。驚きの連続だけど、さすがに疲れてきたかも。

アムラが布と鋏、ブラシを持ってきた。

「還り人様、まずは散髪しましょう。ご希望の長さはありますか?」

私の後ろに回ると膝をつき、適当に縛ったヘアゴムをアムラが丁寧な手付きで外しにかかる。

「あら、こちらの紐は弾力のある物なんですね」

ゴムがこちらに無いようで、不思議そうに髪ゴムを触っている。

「ゴム、と言って、私達の世界にある髪を縛るための物です」

「まあ、そうなんですね。伸縮性があって良いですね」

物珍しそうにしながらも、大仰な態度を取らない。アムラは絡まった髪をほどきながらゴムを外した。

そして髪をとかしながら、再度長さの希望を聞かれる。

「えぇっと、どうしようかな。こちらの女性の長さの基準ってあるんですか?」


異世界あるある、女性は特に髪が短いと犯罪者、奴隷、等々の理由でケチをつけられることがあったな、と思い出す。郷に入れば郷に従え、とよく言うよなぁと。

「そうですねぇ。平民は短くても長さは肩くらいが主流です。大体は背中半ばか、腰辺りが標準ですね。騎士や軍に関わる女性は、短い方がいますね。短いからと言って罰則があるわけではないので大丈夫ですよ」


よ、良かった。ここの世界が寛容で。

まあ、この世界に来た時に、あまりにも髪の長さがあったので、ロングじゃないといけない理由でもあるのかと思ったわ。


「じゃあ、背中半ばくらいの長さにして貰っても良いですか?」

「分かりました。では、その長さに合わせて全体を整えますね」

ブラシで全体をとかすと、アムラが少しずつ髪を切り始めた。サクサク、と軽快な音ともに頭が軽くなっていく。鋏の音が止まると、ブラシで丁寧にすかれた。


「では、次は体に傷や体調に異変がないか確認しますね」

切り終わった髪を掃除すると、アムラが前に移動して両膝をついて目線を合わせた。

「服はそのままで大丈夫なので、手だけを全体にかざしていきますね」

にこりと笑うと、彼女は頭部から左右全体へと移動して、手のひらをかざしていった。アムラの手が通った辺りはほんのり温かくなり、眠気を誘う。


痛みもなく数分で終わると、うつらうつらと眠りの船を漕ぎ始めた私を軽く揺すると入浴しますよ、と声を掛けられた。

「次は入浴介助しますね」

「え!」

風呂は1人で入れないのか。おたおたすると、アムラが首を傾げた。

「どうしました?」

「あ、あのお風呂は教えてくれれば自分で入れます」

パチパチと瞬きをしたアムラはもう一度と首を傾げた。

「遠慮なさることないですよ?」

「いやいや、小さな子供でもないので、自分1人で大丈夫です」

ぶんぶん首を横に振ると、両手を前に出して遠慮を示す。

「え?」

今度はアムラが驚く。

何に驚く要素があるのだろうか?瞬きして、彼女を見つめ返す。

「お風呂に入るのに、何か難しい事でもあるのですか?」

ふと、アムラは口を噤むと考えるように頬に片手をやった。

何か作法でもあるとか?また、シャンプーリンスとかの扱いが面倒だとか……。


すると、アムラが私の両手を取ると目線を合わせ真剣に問いかけた。

「還り人様、今、ご自分は何歳ですか?」

妙な問いかけなだな?と思い首をかしげて答える。

「34歳?かな?」

何でこんなこと聞くのだろうと不思議に思いながら答える。

その答えを聞いて納得、と言うようにアムラは頷くと握った両手を軽く振る。

「いいですか、還り人様。こちらに来る時は、以前の容姿(・・・・・)ではありません」

真剣に見つめるアムラの言葉にハッとする。

「詳しい説明は、この後行く神殿にて聞かれると思いますが、取りあえずはご自分の容姿が変わっている事を意識してくださいね」


確かにそうだった、どうも普通に会話をしていると、向こうの世界の自分、という意識があるため、今の自分が幼い容姿になっていることがどうも抜けてしまう。思考力が以前のまま、というのが、身体の誤作動を招いているようだ。


ここに来るまで、1人で動き回っていたのと、自分の姿を捉えきれてないため認識が薄いのと、抱えられた移動だったため余計に感覚がおかしくなるみたいだ。

「こちらに用意してある湯船は、成人者用の物ですから、1人で出入りするのが難しいのと、こちらの世界に不馴れかと思いますので、日用品の扱いも分からないかと思います」


そうだ、確かに目には普通の湯船(・・・・・)と認識しているが、実際いまの自分は子供の身長しかない。

おまけに、ここは成人者が使用する野営設備しかなく、子供がいることを想定していない。

ましてや何もかも大きいのだ。この世界が初めての私には真新しい事ばかり。教えて貰っても何となくは理解できるだろうが、上手く扱える自信は多分ない。


「ですから、お嫌かと思いますが、私に手伝わせていただけないでしょうか?」

控えめにアムラが尋ねると、沈黙したまま考えに沈んでいた私はハッとした。

「……ちょっと、恥ずかしくて……」

人に見られるのがなんとも言えず、ましてや手伝って貰う等、何十年前の話だ。大浴場に行ったと思えば良いのだろうが、きっとそれだけでは済まされなさそう。

ああ、と云った感じでアムラは微笑む。

「大丈夫ですよ。慣れです」

可愛らしいとでも思われているのだろうが、どうも30越えで入浴を手伝って貰うのは羞恥心が勝る。

簡単に慣れ、と言われているが、慣れるのには一苦労しそうだ。

アムラは私が落ち着くまで待っている構えの様だか、そうしている間にお湯が冷めそうなのが、気になり始める。ううっっ、と唸ると勢いだ!と頭を下げて、アムラにお願いした。

「よろしくお願いします!」

あまりの勢いにアムラはパチクリと目を瞬かせると、ふふふ、と笑みを溢し、承りました。と言ってくれた。

それからは、ほぼ目を閉じて無心の状態を保つのに苦労するのだった。

結果的に言えば、もの凄く丁寧に彼女は洗ってくれて、久しぶりにお風呂に入ったのと、気持ちいいのでウトウトと寝てしまいそうだった。


そういえば、アムラは背中のなんちゃって羽根の事に関してはなにも言わなかったな……。


そんなことを考えていると、アッシュ達が打ち合わせを終えたので、食事を取ろうという話になった。

自分で歩こうとしたが、何故かまたアムラに抱えられて移動となった。中央部らしき所に、篝火が設けられており、その周辺が食事処の様になっていた。簡易的な木の長椅子や長机がそこかしこに置いてあり、思い思いに座って食事を取っているようだった。


「こっちだ」

アッシュが軽く手を上げて招くように手を振る。周囲には、あの狐獣人と白熊獣人の2人もいた。

白熊のカイルアは襟足短めで全体にスッキリとした髪型で銀色がかった白髪のこれまた美形の男性だった。静かにこちらを見る澄んだ青色の瞳が印象的。

他にはチラホラ見たような人達が、こちらを何となく伺いながら食事をしていた。


簡易テーブルには、サラダっぽい野菜が5、6人分くらい皿に盛り付けてあり、その周りにも丸く引き伸ばした薄焼きのパンが籠に入っている。牛肉なのか、豚肉なのか分からないが、甘辛い香りがするので、甘辛炒めをした薄焼き肉がこれも大皿にモリモリに盛られている。


同じような料理か各テーブルに置かれており、好きなように食べていた。陽気な声が聞こえるので、酒精もとっている模様。


アムラは私をアッシュの元へ連れていくと、何故かそのまま彼の膝の上に乗せられ、抱っこ状態となる。

「???」

首を傾げていると、ニタニタ笑っているキーファが目に入った。彼はサラダをツマミながら、木製の杯を飲んでいる。

思わずアムラを振り仰ぐと、微笑まれて軽く手を振られると、彼女は知り合いらしき人達が座るテーブルへと去っていった。

えっ、えっ?と思っている間に、アッシュは適当に取り分け皿へといろいろ入れていた。

そして薄焼きパンに野菜と肉を軽く乗せて巻き付けると、ほら、とアッシュに渡される。

「肉に味が付いてるから、野菜も美味しいぞ」

両手に乗せられたトルティーヤもどきとアッシュを見比べていると、どうやって食べたら良いのか分からないと思われたらしく、手早く少し太めのトルティーヤもどきを作ると、こうやって食べるんだ、と見本を見せるように噛りついた。


いやいやイヤイヤ……。食べ方は分かりますがな。


問題はナゼ、私があなたの膝の上に??


モグモグと美味しそうに食べるアッシュを見ながら、目が遠くなる。それを見ていたカイルアが、飲み物を置いてくれた。喉が乾いていると考えたらしい。

少し首を傾げてキラキラした青い瞳でじっと見られる。


無表情だけど、なまじ顔が整っているから、変に可愛い!


なんか、視線が集中してて、反応しづらい……。

「あ、ありがとうございます。いただきます……」


取りあえず両手に乗せられたトルティーヤもどきを左手で握り、右手で目の前に置かれた少し小さめの手付きのないコップを持ち上げると中身は水のようだった。

一口水を飲むと、それをテーブルに戻し、トルティーヤもどきを両手で掴んで、噛りついてみた。

少し自分の口には大きかったらしく、パンと少しの肉、野菜しか噛れなかった。いつもの感覚で大口開けて食べてたら確実に食べ物と衝突してぐちゃぐちゃになってたな……。

モッチリとしたパン生地と、甘辛い肉としゃきしゃきしたレタスのような野菜が口に合って美味しかった。

もきゅもきゅと小さくなってしまった口で必死に咀嚼する。ふと視線を感じて食べ物から顔を上げると、これまた視線大集合にビクリと肩を揺らしてしまった。

やはり嫌な視線ではなく、微笑ましげに見られている。それと若干、生暖かい視線がチラホラと……。

ゴクリ、と口に入っていたものを飲み込むと、アッシュを見上げた。

彼は彼で嬉しそうに微笑んでこちらを見ていた。


「……えぇーと、なんか可笑しかったですか?」


視線を前に戻すと、まずカイルアが首を横に振っている。

「……いや、なにも変じゃない。可愛いなと」

無表情が常態なのか、でも何となく瞳が温かい。

カイルアの前の皿にはてんこ盛りのパンと野菜、肉が盛られて、次々と減っていく。

体が大きいからか、消費量がスゴい。

キーファはクフッと笑うとアッシュへと視線を向けている。

「まぁー、なんて言うか、アッシュが面白くて」

彼は大量の肉をパンに挟んで食べている。狐って肉食系だったっけ、確か。白熊こそ肉食系なのに、野菜もモリモリ食べてるカイルアが珍しいのか、獣人だから珍しくないのか。

「お前に面白がられることはなにもないんだが」

私が必死に1つのトルティーヤもどきを食べている間に、アッシュは3つか4つ目に突入している。こちらはバランスよく食べている模様。

この日まで、桃モドキしか食べていなかったから、それ以外の食べ物が新鮮に感じてとても美味しい。

やっと1つのトルティーヤもどきを食べ終わると、水を飲んで喉を潤す。

それよりも……。


「あのー、なぜ私はアッシュさんの膝の上で食べているんでしょうか?」


膝の上に乗ったまま食べきった後に言うのも何だけど、気になるったら気になる。

「私、1人で椅子に座って食べられると思います……」

当然の事を言ったつもりなのだが、カイルアは「?」と言う顔をしてこちらを見ているが、その横で食べていたキーファは、顔を背けている。

あれはきっと笑ってる……。

そして、膝に乗せているアッシュといえば、私に渡すであろう2つ目のパンを包んでいる途中だったようで、ピタッと動きが止まっていた。


「…………」


このテーブルには、私を含め、アッシュ、カイルア、キーファの4人しか座っていないのだが、隣の席とも距離感が近いので、周囲が聞き耳を立てているのも何となく分かった。そして、キーファと同じように肩を震わせている獣人達が数名、目の端に映った。

その他は「えっ?」って顔でこちらを見ている。


え?こちらこそ、え?なんだけど。

何か変なことでも聞いた?聞いてないよね??


キョロキョロ周りを見ていると、咳払いが背後から聞こえる。見上げると、作り笑いをしたアッシュが瞳のトーンを無くした目で遠くを見ていた。


え?どういうこと?


それにとうとう噴き出して笑い出したキーファが、カイルアの肩を組んでバンバンそこを叩いた。


痛くないのかな?カイルアさん……。


「あーっ、もう無理!先走って囲うアッシュが面白すぎて、静観を決めてたんだけど……ふっふっふふ!」

ひーひー言っているキーファに、カイルアは大丈夫か?と言う視線を向けている。ちょっと美形が台無し。


囲うとはなんぞや?


疑問に首を傾げてキーファを見ていると、ふー、と大きく息を吐いた彼は姿勢を戻した。

「あー、ごめんね~。こんな出会って短時間に細ーく、広ーく威嚇を放つアッシュが珍しすぎて……面白すぎっ」

くっ、とまた笑うと、ニコリと目を細めてこちらを見た。


威嚇?って、あの、動物がメンチ切る時に放つアレ?

ん?それは威圧か?


どっちだ?と首を捻りながら考えているとキーファが話し出す。

「ふふふふっ、ごめん、君にはまだ分からないよね。」

まだまだ笑い足りないようで、キーファは口もとに笑みを浮かべたままだ。

どうも彼は笑い上戸のようだ。


「ふー、普段見られない姿を見ると笑いたくなるよねー」


いや、それは意地が悪いだけでは?


そんなことを思っているとキーファと視線が合う。

「そんなことないよ?」

「?なにがです?」

「底意地悪いって思ったでしょ?」

「え?」

「顔に書いてあるよ?」

思わず顔を触ってしまうと、更にキーファは笑う。

「ふふ、何となく分かっただけだけど、図星かな?」

「そ、そこまでは……」

何故か焦って言い返すと、彼は手を振る。

「気にしてないから、いーよ。ホントの事だから」


ホントなんかーい!


全く気にした様子もなく、ヘラヘラとキーファは笑っている。

「あはっ。まー、私の事はいーの。君、獣人の特性であるツガイって分かるかな?」


あー!獣人世界のツガイ!唯一無二の伴侶の事だね!


うんうん、と頷いていると、理解していると解し、キーファは話を続ける。

「声に出してないけど、君が多分考えてる通りかと思うよ。一応答え合わせね」

にっこり笑う。

「ツガイは獣人にとっては、唯一の存在てあり、幸せの形であり、呪いでもある」


……ん?「呪い」?恐いワードが出てきたぞ。

ええぇー、ライトノベルで獣人モノだと、唯一無二の伴侶で、出会えると一生大切にして貰える存在だよね?


私が驚いた顔をすると、キーファはアッシュを見た。

「君の世界ではツガイは、動物だけの生態だと思うけど、こちらの世界は獣人が存在しているから、人としてのツガイもあるんだよ」

一度言葉を区切るとキーファは視線を私に向けた。

「ツガイに出会えることは、この世界では半分にも満たない位の確率かな?さっき、呪いと言ったけど不運であれば、ってだけで、そんなに深刻にならないでね」

少し困ったかのような顔で笑うと、そうそうと両手を合わせる。

「詳しい事は、神殿に行った時に教えて貰えるよ。ただ、出会えるのに凄く時間が掛かる。でも、すぐに発覚することもある」


……おや?ん?って事は……。


「現れる還り人が誰かのツガイである確率が高いから、神殿ではその窓口を担当している。でも今回は早くに発覚したみたいだけどね~」


にまにま笑うキーファに、横で頷くカイルアが見える。ここまでくると、否応なしに分かる。


「まさかですけど……私が、その、アッシュさんのツガイって認識で合ってるでしょうか……?」


恐る恐るアッシュの方を振り返ると、キラキラした美形が嬉しさいっぱいの顔でこちらを見ていた。

そして彼が重々しく頷くことで、アッシュのツガイと云う認識で合っているらしい。


なんと!自分ではツガイの感覚が分からないが、転移?転生してすぐにお婿さんを見つけてしまった!


喜んで良いのか、感動していいのか、なんとも複雑な気持ちで彼らを見るが、楽しそう?嬉しそうで何よりだ……。


ん?それと、膝上抱っこでの食事と何か関係するの?


「えーっと、ツガイっていうのは、まだ私には感覚的に分かりにくいんですが、それとこの膝上抱っこと食事に関係はあるんですか?」


また、キーファが楽しそうに笑い始める。

「これはまだ執着とまでいかないけど、庇護欲強めの独占欲ってところかな?膝上に乗せてご飯を食べさせるのは求愛行動の給餌に当たるね」

「えっ」


執着って、ちと恐い言葉が出てきたけど、まあそれは置いといて。

き、求愛???ま、まだ私、多分幼女寄りの少女?何だけど……。早くない!?


「あの、キーファさん、求愛って、年齢制限ないんですか?」

すると間髪を容れずに返答が。

「ないな」

「関係ないな」

「ないねぇ~」

アッシュ、カイルア、キーファの同時で回答が。

「へ、へぇ……」


ロリコンありなの!?


またそこで勘のいいキーファさんの突っ込みが。


「幼女趣味とかは、ツガイには関係ないからね。ちゃんと成人した15歳で婚姻するから」


コワッ、なんで分かんの?キーファさん!


「顔に出てるよ」

「ヒッ」

また読まれた!と思わず悲鳴が小さく出る。


「で、でも15歳って早くないです?私のいた世界では18歳で成人になるんですよ」

するとキーファが「あー」と訳知り顔で頷いている。

「それは、ツガイを見つけた獣人が耐えられないから」

「へっ?」


耐えられないとは、なにごと?


「見つけたツガイは早く囲い込みたい、自分だけのものにして、誰にも取られたくない。そういう気持ちが抑えられない、という衝動に駆られるらしいよ。あまり待たせると暴走するって。だから、身体が成熟する15歳で婚姻が可能になったんだよ」


暴走……。


「まだ幼いうちは、余程の事がない限り、庇護欲が強めに出てるから、暴走の片鱗は少々で抑えられるってさ」


え?それでも少々なの?ゼロじゃないんだ。

どんだけ重いの??


チラリとアッシュを振り仰ぐと、にこりと微笑み、なに?と首を傾げている。否定しないんだ……。


「本能的なものと種族もあるから、獣人全てにとは一概に言えないんだけどね」

うーんと悩ましげに言うキーファは、チラリとアッシュに視線をやった。その隣のカイルアは、あれ程あった山盛りの食べ物が二順目に入っているようで、マイペースに食事を続けていた。


え、我関せずなの?健啖家だね、カイルアさん……。


「まあ、君が俺のツガイであるのは事実だと思うが、一応、神殿で確定してもらうつもりだよ」

今まで黙っていたアッシュが、ハッキリと断言している。


それにこれは副声音で、逃がさないよって言ってる?

雁字搦めが標準装備なの?獣人世界のツガイって……。


「まあ、周囲の獣人達もツガイの大切さを大概理解している。幼くても誰かのツガイと確定したら、大人達が協力して守ってくれる。全く悪意に晒されないとは言えないけど、余程の事がない限り大丈夫だよ」


悪意もゼロじゃないんだー。そうだよねー。

変なフラグさえ立たなければ、大丈夫。

え、大丈夫だよね……。


何となく不安になりつつも、どのみち神殿には行かなければならないので、そこで確実になったらまた考えよう。自分を納得させるように下を俯いてブツブツ言っていると、アッシュに声をかけられた。

「もう少し食べるか?果物が欲しいか?」

先ほど作りかけたトルティーヤもどきを、もう一度作り直すようだった。小さめだったので、もう一つ位は食べられるかなと、頷くとアッシュは楽しそうに作り始めた。

その様子をニヤニヤが標準装備になりつつあるキーファは、自分の皿に肉だけを盛り付けると、あ、と思い出したようにこちらに体を向けた。

「君の今晩の寝床だけど、アッシュと一緒で構わないよね?彼のベッドは割りと広めだから、窮屈感はないと思うよ?」

「は?」


私、さっきから「は」とか「え」とか、一文字しか言ってないような気がする。

「そ、それは……」

そこへすかさずアッシュが答える。

「俺のベッドは、君くらいの大きさなら余裕で楽に寝れるから大丈夫だ。安心しろ」

作り終わったトルティーヤもどきを私に差し出すと、それを素直に受け取りつつ、でも……と粘ってみる。

体は子供サイズだか、精神的には大人なのだ。

ましてや、相手は容姿端麗な男性。精神年齢は30超えだけど、恋愛経験低レベル……。

「明日は、神殿のある街へと一気に駆け抜けるから、しっかり寝て体力を温存した方がいいぞ」

貰ったパンをもそもそ食べていると、アッシュが私の顔を覗き込んできた。びっくりして軽く体が揺れると、面白そうにくっ、と笑われる。

「成人するまで待つから大丈夫だ」

何をと言えず見つめ返すと、微笑ましそうに口元を上げアッシュはさらりと頭を撫でる。最後にポンポンと軽く叩いた。


……じゃ、じゃあいいのかな?


「なら、アッシュさんのベッドの片隅をお借りします」

少し照れながら、アッシュに頭を少し下げてお願いをした。それに軽く頷いた彼は、自分の食事も再開した。

その様子をゆるーい感じで周囲に見られていたのは気づかないまま。

キーファは楽しげに、カイルアは食事に夢中でそれぞれの晩ご飯を進めるのだった。


そしてここまでで分かったことは、狼獣人であるアッシュのツガイだと言うことが判明。

もう一つの疑問である中途半端な翼の判定は、明日向かう神殿で教えて貰えることを待つことにした。

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