コンパクトはコンパクトでも、これはあんまりじゃ……①
▶ アシュレイside
バリンッ!!
大きなものが窓ガラスに叩きつけられる音が響く。
小さな悲鳴が聞こえてきたが、大きな騒ぎになるような雰囲気はなく、どことなく張り詰めた空気が漂っていた。
「どういうことだ」
周囲を圧迫する威圧感と、殺気混じりの低い声がその男の執務室に響いた。
彼の執務室にいた草食系の文官達は、その殺気に震え上がると部屋の片隅に身を寄せていた。
「グレイ、お前がいながらどういうことだ?」
彼の怒りに火をつけた執事長グレイは、顔色を変えることなく、淡々と事実をもう一度言った。
「ヴォルガ様と街に出掛け、ルティア様が行方不明となりました」
簡潔に述べると、グレイは深々と頭を下げた。
「私の不手際でございます。関わった者全てを拘束し、尋問しております」
怒りを押し込めるようにアシュレイは両手を握り締めると、呼吸を落ち着けると同時に拳を開いた。
「首謀者は?」
頭を下げ続けるグレイを一瞥し、執務机の前にあるソファにドカッと音を立てて座る。周囲の文官達はそれにビクリとし、そそくさと執務室を出ていった。
「ヴォルガ様の側付きのマールです」
くっとアシュレイは嘲笑するとグレイに頭を上げるように言う。
こちらを見つめ返したグレイと視線を合わせた。
「あの、ズル賢い烏か。ヴォルガも結局人の忠告を聞かなかったな」
ヴォルガの側付きのマールは、元々南方にいた侍従ではなく、ただの下働きとして小遣い稼ぎに来ていた孤児だった。
それのどこを気に入ったのか、突然ヴォルガが側付きに召し上げ、なんの下処理(グレイの審査、指導)もなく、いきなり身の回りの世話をさせた始めたのだ。
小遣い稼ぎにくる孤児はよくいるので、そんなに目くじらを立てる様なことでもなかった。
そのため、知らぬうちに側付きとして側にいたマールに周囲は戸惑いを隠せなかった。
しかし当主であるアンネリーゼとセルリウスが何も言わなかったため、そのまま放置されたのだ。
特に身の回りの世話だけで、公爵家に関わる仕事をやらせていなかったため、周囲も許容したようだった。
だが兄姉である三人は、腑に落ちないことが時々起こり始めたのを機に、彼を疑っていた。
初めはほんの些細な事だった。
倉庫で保管していた備品の数が合わなかったり、孤児院へ下賜される予定の衣類にあった宝石類が数個紛失。
公爵家にとっては大した被害額でもないので、騒がれることも、事件になることもなかった。
グレイが目を光らせるとピタリとそれは止み、次はヴォルガの横柄さが目立ち始めていた。
家族の前ではあからさまなことはしなかったが、怒鳴り付けている場面に出くわすこともあった。
子供たから意気がっているだけだろう、と軽く窘められてはいた。
毎日そんな状態が続いていたわけてはないので、見かける度に上が窘める。という構図が出来ていた。
それが数年続いていた。
学校に行っている間は特に問題を起こすこともなく平穏に過ごしているが、帰ってくると不安定になる。
しかしヴォルガの感情に波があるため、上の兄姉達は訝しみ、少し様子を伺っていると、側付きのマールがいることで不安定になっていることが判明。
即、彼を解雇しようとしたが、ヴォルガがあまりにも反対するのでしばらく様子を見ていたのだ。
そんな矢先の事だった。
「で、奴は何と言っている?」
アシュレイはソファで軽く腕を組みグレイに問いかけた。
「ヴォルガ様の意に添っただけだと」
「ヴォルガは?」
「よく覚えていない、と」
「どういうことだ?」
「正確には、ルティア様を街へ誘ったのは覚えているが、街に付いた後の記憶が曖昧だと」
「……」
沈黙の後、アシュレイはグレイを見る。
「魔力の残滓はあったのか?」
「ヴォルガ様に話をお伺いする時、違和感がありましたので、別途調べさせました。その日使用していた装飾品に仕込まれていたようです」
「それはどこで購入されたものだ?」
「不明です。購入記録に無いものだった装飾品を発見し、調べようとしたら跡形もなく消えました」
「マールが持ち込んだものか」
「はい」
すぐにでも自分が締め上げて吐かせたい衝動に駆られるが、グレイの事なので思い付く限りの手は打っていると理解はしている。
だが、自分の大切なツガイが拐われたのだ。何もかも振り切り自身で捜しに出たい。
しかし情報がまだ足らない。闇雲に捜したところで早く見つかる訳ではない。マール一人で出来たとは思えない。背後に誰かがいる筈だ。
頭の片隅で冷静に考えている己が嫌になる。
焦燥感はあるが、感覚的にだがツガイが無事だという安堵感。
これがもし、彼女と婚姻を結んでいたら、気が狂うほどの怒りに満ちていただろう。
当然周囲を巻き込み、嵐のように猛然と捜し回っていただろう。
婚姻は結んでいないが、微かに彼女の魔力を感じる事ができる。
これは彼女が豊富な魔力を持っているため、開花していないにも関わらず微弱だか感じるのだ。
しかし彼女は魔力訓練を始めていなかったため、正確な位置がつかめない。
魔力を操る力が付いていれば、伝達魔術も出来ただろうし、居場所も把握できていた筈だった。
全ては後手に回っている。
彼女がどういう状況なのか分からず心が軋み、それがアシュレイを苛む。
落ち着けるように大きく息を吐き、グレイに指示を出す。
「マールの処罰は任せる。俺はヴォルガに会う」
「畏まりました」
一礼してグレイは執務室を去っていく。
ソファの肘掛けをコツコツ、と指で叩く。
ツガイに関しては各公爵家に連絡は行っている。
だが、彼らがツガイの大切さを知らぬわけがない。
外部の者か、もしくは内部に裏切り者がいたか。
アシュレイはソファから立ち上がり、伝達魔術の鳥を二羽創る。それに一言、二言伝言を頼むとフッと消えた。
そのまま執務室を出ると、扉付近で固まっていた文官達に目が行く。
「このまま公爵家に行く。後の仕事はキーファに頼んだ。決裁、その他諸々は彼の指示に従ってくれ」
こくこく、と無言で頷く彼らに少し申し訳なさそうにアシュレイは苦笑すると、一人の肩を叩いて「頼んだぞ」と言い残し、彼は颯爽とその場を去っていった。
アシュレイが去った後、文官達は大きな溜め息をつき、その場でしゃがみこんでしまったのは、致し方ないかもしれない。
中央部隊の特殊部の棟を足早に去りつつ、アシュレイの背後にはいつの間にかカイルアが付き添っていた。
二人無言のまま、馬屋の方へ向かうと既にヴィルダとルツェルが待ち構えていた。
近くに来た二頭の手綱を持つと、ヒラリと彼らに騎乗し南方公爵家の方へ駆け足で向かう。
軍馬の足にかかれば、通常四時間は必要な距離が半分になる。ましてや、二頭は軍馬の中でも抜きん出た実力を持つ馬達だ。彼らを妨げるものはない。
先に出た筈のグレイの馬車に追い付く。
車窓からは彼は部下と話し合っていたらしく、アシュレイ達に気付くと窓を開けた。
「アシュレイ様。先ほど新たな情報があり、西の方へ向かった怪しい馬車があったそうです」
ヴィルダを車窓近くに寄せると、そうか、と頷く。
「ヴォルガにもその方向を聞いてみる。玄鵺達はもう向かったか?」
「はい、先ほど向かわせました。また情報を精査し、何かあればお伝えします」
「わかった」
カイルアに合図を出すと、アシュレイは車窓から離れ、速度を上げて駆け出していく。
数分後、公爵家へ到着するとヴィルダ達を侍従達に任せ、足早にヴォルガがいる部屋へと向かった。
軽くノックをすると、一呼吸置いて応えが返る。
「……はい」
どこか気の抜けた声が返ってきた。
アシュレイとカイルアは顔を見合わせると小さく頷く。
「ヴォルガ、アシュレイだ。入るぞ」
少し待つとどうぞ、という声が聞こえた。
扉を開けると目の前にある一人掛けの椅子にヴォルガが座っていた。二人が入ってきても、立ち上がり出迎えることもなく、ぼんやりと外を眺めていた。
近くまで二人は寄ると、彼の視界に入る様にそれぞれソファへ腰かけた。
「なんの用件で来たか分かるな?」
アシュレイは単刀直入に聞く。
彷徨っていた視線がゆるゆると彼に向き、ヴォルガは静かに瞬きをした。
「はい」
視線がアシュレイに向いているのを確認すると問う。
「マールから何か聞いていたのか?」
グッと眉根を寄せて何かを思い出そうと軽く首を振る。ヴォルガは何かを振り払うかのようにそのような動作を何度かすると、アシュレイを見る。
「……いいえ、特に。ただ彼からアッシュ兄上にツガイが出来たと聞いて、訳もなく焦りと苛立ちが湧いて……」
視線を下に向けると、自分の握り込んだ両手を見つめた。
「でも、彼は俺の事を考えてくれるから……。側にいるというのが当たり前で……」
言葉をそこで区切ると、もう一度軽く頭を振る。
「そう、当たり前で……。なぜ、彼が周囲に疑いを持たれるのかが分からず。そう、分からない……」
ヴォルガの言葉はどこか要領を得ず、どこか覇気がない。
アッシュとカイルアは顔を見合わすと彼に視線を戻す。
「マールは罪を犯した。それは分かるか?」
その言葉にビクッと肩を揺らすと、下げていた頭を恐る恐る上げて、ヴォルガは二人を伺うように見る。
「……兄上のツガイの行方に関与していると、グレイから聞きました」
「そうだ。ルティアを外出に誘ったのはお前か?」
少し殺気を感じてヴォルガは身を竦めると否定をする。
「……いいえ。マールが彼女の気分転換に外に連れていったらどうか、と言われて……。その時は兄上に許可を貰ってからの方が良いと言ったのだが、彼が俺が一緒に行くのだから取らなくて良いと」
そこで言葉を区切った。
「だからグレイに俺が一緒に行くから大丈夫だと……いや、兄上に許可を貰ったと聞いた?」
どこか曖昧な内容になってきており、ヴォルガはもう一度頭を振った。
「準備はできているから、街へ行けると……?」
誰に言われた?とそう呟くとヴォルガは沈黙してしまった。
アッシュはカイルアに目配せをする。それに頷くとカイルアはヴォルガの前に跪き、下から彼の顔を仰ぎ見た。
ヴォルガの目の前で手を振ってみるが反応もなく、ただ口を閉ざしているように見える。
その様子を見て、カイルアは考えるように視線を上げると振っていた手を一度戻し、空中に何かを描くとパチッと指を鳴らした。
すると突然、糸が切れた人形の様にヴォルガがガクッと前に倒れてきた。それを受け止めると、カイルアはアッシュを見て頷いた。
「やはり催眠がかかっていたか」
予想していた通りになったな、とアッシュは独りごちると溜め息をついた。
マールを疑っていたが、そこまで才覚があるわけではない。小手先は効くのかもしれないがそれまでだ。
不明な装飾品、ヴォルガの精神不安定。
疑い出したらキリがないが、きっかけはマールだろう。
昔のヴォルガはもっと素直で家族みんなを慕い、人の嫌がるような事は許せない性質だった。それが徐々に感情の波が現れ、思春期だからあり得るか、と見過ごしていた事もある。
まさかその隙を突かれるとは。
しかし、自分のツガイが現れることは誰にも予想できない筈だ。
マールがヴォルガに付いたのは数年前。
その頃から計画的に動いていたのなら、何か自分の知らない未知が働いていたのか?
況してや『還り人』はいつに姿を現すか等、神殿ですら予想できない筈だ。予知という稀有な能力が顕現した等聞いたことがない。
思考の波に落ちていると、カイルアがアッシュを呼ぶ。ヴォルガを寝室へ運び終わったようだった。
「ありがとう、カイルア」
礼を言うと彼は頷き、少し考えると口を開いた。
「ヴォルガはしばらくの間眠ると思う」
「どれくらいだ?」
うーん、と無表情で唸ったカイルアは一本指を立てる。
「?一日か?」
違うと否定して首を振るカイルア。
「一週間」
「……長いな」
アッシュの答えにカイルアは頷くと水を払うかの様に手を振った。すると手から薄墨色と銀色が混ざった光がキラキラと宙を舞った。
「コレ、たぶん相手の魔力の残滓」
その残滓に目を細めると、カイルアと向かい合いソファに掛けた。
「あまり見たことのない色だな」
それに同意するようにカイルアも頷く。
「催眠術自体は複雑なものじゃなかった。たぶん、疑心と嫉妬あたりかな?ある条件で発動するようになってた」
カイルアは精神系の魔術を得意としており、ありとあらゆる呪い系や精神系の解呪を難なくやる。
「条件?」
「そう、自分の大切な人、敬愛する者に会うと発動するっぽいかな?」
「……俺達家族か」
こくりと頷くカイルア。
確かに中央の訓練校にいる時は、特に問題を起こさず周囲とも上手くやっていると聞いていた。
こちらに戻ってくると不安定になる。
家族に八つ当たりや目立った行動はしないが、昔と様相が違っていたのも確かだ。ヴォルガがマールと一緒にいると落ち着いているのに、家族と会うとそれとなく不穏な空気が漂うこともあるにはあった。
カイルアが言うように、複雑でないものは単調に見えるため、区別がつきにくい。
掛けられた本人の性格まで大きく歪めるものでもないからだ。
それが徐々に広がり、ゆっくりと何かに侵食されていくような余韻を残すのだった。
▶ルティアside
少し長風呂だったルシアは、整えられた寝台に倒れるように崩れると、そのまますやすや眠りに入っていった。
羽布団をルシアに掛けると、テーブルの整理を少しして部屋を出た。
彼女が大体睡眠をしている間は、ルティアの自由時間だ。華人達は時間帯関係なく呼びつける事もあるにはあるが、ルシアはそういうことをあまりしない。
身の回りの事はほぼ一人でしてしまうからだ。
もともと付き人を好まなかった彼女は、手伝いが必要な時に限りフリーの付き人に来て貰っていたらしいが、基本自分で動く。
そのため、ジルさん(様付けしたらよそよそしい、と寂しがられ、呼び名候補であったお兄様呼びをするよりは、と、さん付けで呼んでいる。ルシア姉さんは様付けなのに!)が大抵来る時は、疲れ果てているので、その後は一日空く。起きたとしても、その日は呼ばれることはないため、翌々日から仕事となる。
ここに来た時に宛がわれた部屋は、1LDK程の個室だった。アイランドキッチンは独りには十分な大きさで、浴室、洗面所、トイレも別々で広々だ。
リビングも三十畳程あるのではないかという面積。
部屋もそれくらいある。浴室もゆったり寛げる広さがあり、こんな1LDK、都心部で借りたらウン十万しそうだ。
驚きは洗面所にクローゼットがついているのだ!
六畳近くある広さだったので普通に部屋でしょ、という感想が思わず出たくらいだ。
しかし聞くところによると当たり前の広さらしい。これでもまだ狭い方だというから愕然とした。
狭い部屋で慣れている自分には、この広さは落ちつかなった。
でも確かにアッシュに連れてかれた部屋も、この倍はあったなぁと世界の違いをまざまざと感じた。
家具は備え付けの物があったので、それをありがたく使用している。飴色の家具は、淡いクリーム色と薄い浅葱色の混じった壁紙と馴染み、落ち着いた雰囲気なので気に入っている。
取りあえず汗を流すために浴室に行き、湯を張った。
この後は仕事はないので、自由時間だ。
部屋から着替えのリラックス用として愛用しているAラインの長袖ワンピースを出す。
空色に淡黄色のグラデーションが入ったシンプルなワンピースだ。色も気に入っている。
その他に必要なものを揃えると、浴槽を覗き、湯が溜まったのを見て蛇口を止める。
この世界にも入浴剤があって、湯に溶けるものから香袋(サシェのように作られた布袋)を浮かべるタイプまで様々だ。
最近良く使うのが、柑橘系とハーブの爽やかな香りの香袋だ。リラックスと頭がスッキリするから好きだ。
鼻唄をしながら、掛け湯をし、まず全身そして髪を洗い簡単に髪をまとめると湯船に浸かった。
オッサンみたいにふーっ、と息をつきながら肩までしっかり湯船に沈めると、身体をグッと伸ばす。
足を伸ばしても付かない広い湯船は贅沢だった。
何もかも大きいのは、獣人のサイズがそもそもデカいのだ。横にも縦にも広く作ってあるので、お湯も半分位で十分だった。
普通に湯を溜めてしまうと溺れてしまう。
一度やってしまい焦った記憶も新しい。
ゆっくりと湯に浸かり、体が温まったところで出て体を拭く。洗面所の大きな鏡からこちらを覗く自分が写る。
変装したメイク、髪の色がすっかり元通りになり、相変わらず見慣れない美少女がこちらを見ている。
腰まである艶やかなプラチナブロンド。緩くカーブした眉にバサバサの長い睫毛。薄い桃色がかったオパール色のぱっちりした瞳。卵形の輪郭にスッと通った鼻筋。お風呂上がりなので、上気した桃色の頬。
プルンとした吸い付きたくなるような淡い紅色のぷっくりした唇。
まだまだ幼さは残っているが、確実に美女に変貌しそうな容姿だった。
そんな自分の今の顔に思わず苦笑しつつ、肌の手入れ、髪を乾かしていく。この世界にはドライヤーはないが、魔術のかかったタオルの吸水力が良くて、軽くポンポンとしているだけで乾いてくる。
結構早く乾くのでこれは便利。キューティクルを傷めないしね。
着替え終わり、キッチンで飲み物を作る。
カップを持って、リビングのソファへ座り乾いた喉に爽やかなレモン水が通っていく。
ふう、とローテーブルにカップを置くと、ゆったりと背もたれに体を預けた。
なにげに窓に目をやると、澄んだ青空がその先に広がっている。今いる階は三階で最上階だ。周囲の建物も高い建物でも四階建てだ。点々と住居が広がっており、一般の家庭では平屋の一階が多いらしい。
自然も多く、この窓から見るだけでも、緑に囲まれた人家が多かった。
ボンヤリと眺めているとベランダの手摺に小鳥が留まった。淡い薄紅色の珍しい小鳥はこちらの視線に気付くと、窓へ近寄り黄色の可愛らしい嘴でコツコツとノックした。笑いながら窓を開けると小鳥はローテーブルに降り立った。
この小鳥は最近良く来るようになって、足に魔術のかかったリボンを付けていた。それに触れると可愛らしい色とりどりの飴に変化するのだ。
初めは怪しんでそれを捨てていたが、ルシア姉さんに聞くと、ここに来るお客が意中の人に魔力で作った小鳥にお菓子や小物を届けてさせていたらしい。
しかし手違いで他の人が受け取り、それが意外と好評だったのとそれをやるとカップル成功率が高くなった。
それから他のお客が意中の人を射止めようと始めたのだが、意外と魔力で小鳥を作り、リボンに魔術をかけ物を仕込む、というのが難しいそうだ。
そのため、練習を兼ねてお菓子を運ぶ小鳥達があちらこちらへと訪問するようになったのだとか。
特に害が無いため、この街に住む住人達はまた来たか、くらいの感覚でばら撒きの無料お菓子だからとすんなり貰うようになった。
大概この魔術を使うのは裕福層なので、遠慮はいらないそうだ。宝飾品だったら考え物だが、消えものなので構わないらしい。
無償の贈り物感覚でこの小鳥達を飛ばす者もいるため、すべての小鳥が華人達目的でもない。
これを聞いて日本のある地域であった菓子まきや縁起菓子を連想させた。
今日もその贈り物の小鳥のようだった。たまにルシア姉さん宛に贈ってくるお客もいたが、迷って自分のところに来ることもあった。
薄紅の小鳥はコツコツとテーブルをつつく。
催促されているようで慌てて足に結ばれた赤茶色のリボンに触ると、スルリとリボンがほどけ茶色の飴玉に変わる。
それと同時に小鳥はふわりと消えていった。
「あ、今回は茶色だ」
たまに前の世界の飲み物の味がする飴玉に巡り会うことがあり、ついつい楽しみにしてしまう。
茶色はあの炭酸水の味に似ている。シュワシュワした感じがするのだ、この飴。
それを口に入れ舌で飴を転がしながらベランダへと出る。
冬を感じさせる少しひんやりとした風が吹く。
この世界にも四季があり、月日も十二ヶ月で春夏秋冬はキッチリ三ヶ月毎だ。曜日はなく、一月が三十日。
四分割に分かれてはいるが、急に季節が変わるわけではない、今のように少しずつ変化していく。移ろい始めたな、と体感的に感じるのは一週間ほど。それを過ぎると次の季節へハッキリと変わる。
今は秋の終わりなので、あと三日程で冬に変わる。
ここに来たのは夏頃だったが、湿気がない分、爽やかでカラッとした暑さだった。湿気が無いだけでこんなに過ごしやすい夏があるのか!と驚いたくらいだ。夜も過ごしやすかったし。
そんなことを考えながら飴を舌で転がしていると、ふと、違和感を感じた。
最初はシュワッとした炭酸水の甘い感じがしていたのに強炭酸に変化したかのようにピリピリし始めた。
呑気に今回の飴は炭酸を強調してみたのかな?と思っていた。
不快になる程ではなかったから余計だ。
次に中にカプセル型になっていたのか、パリッと割れて甘味の強いシロップが流れ出てきた。
「うっ、あまっ!」
スイーツは好きだが、これはちょっと甘すぎるのでは?
と思うくらいの糖度だ。
全てが溶けたのだが、舌に残るあまりの甘さに飲み物が欲しくなった。
急いでキッチンの保冷庫からレモン水を取り出すと、テーブルに出してあったカップに注ぐ。
それを一気に飲み干すと、突然全身にピリピリっとした痛みが走った。
「!!」
持っていたカップを落としてしまうが、拾うところではない程の痛みが全身を襲う。
体を抱き締めるように両腕で自分を抱き締めると、立っていられなくなり床にしゃがみこんだ。
あまりの痛みに唸ってしまうと、唐突にパンッと頭の中で何かが弾けるかのように目の前が真っ白になった。
たぶんそれから気を失っていたのだと思う。
血の気が引くようなサーッとした嫌な感覚で目が覚める。
怠さの襲う体を起こそうとするが、上手くできない。
手を付こうと腕を伸ばしてみるが、バサッと音がするだけで起きた感覚がしない。
上半身を起こしたつもりで体を上げてみたが転がってしまう。まだ眩暈が酷くて目がなかなか開けられない。
気持ち悪くて声が出てしまう。
「チッ『ウッ』」
ん?なんか別の音が聞こえたような。
体の怠さが徐々に取れてきたのか、気持ち悪さも少しずつ治まってきた。
よし、ゆっくり眼を開けて体を起こそう。
心の中でカウントを取って、ゆっくり目蓋を開ける。
視界が霞んでボヤけてしまい、何度か瞬きを繰り返してみる。しばらくして視界が開けてきたな、と目の前に現れた大きな木が視界に映った。
え?こんなデカイ木なんて無かった筈。
良く見ると他にも何本か似たような木が見える。
あと、毛足がこんなに長いラグ敷いていたっけ?
自分が埋もれてるんだけど……。
でもなんか、この色味、記憶にあるような……。
右手を付こうとして、腕を上げたつもりなのに、バサッとまた聞こえて、目の前を白い羽根が横切る。
「???」
気を取り直して、体を起こしつつ腕を付いたつもりが、またバサッと音がして今度は両サイドから白い羽根が視界に入った。
「チー『んー?』」
言葉を発したつもりが、明らかに高音の音が自分の口から漏れていた。
おかしい、どうしても視界に白い羽根が映る。
体を起こそうとすると、自分の腕を動かしているのに違うものが過る。
もう一度体を起こしてみよう。
えいっ、と勢いをつけて腹筋をするように上半身を起こした。
が、どう見ても視界が低いように感じるし、周囲の物が大きいように見える。
そして一番気になるのは、バサッバサッと先程から聞こえるこの音。
自分の心境を表すかのように動くのだ。
まさか、まさかだと思いたいが……。
上を見上げると見慣れた天井。
左右を見ると、どう考えても部屋が巨大化している。
羽根、と来れば、私の背に付いていた中途半端な白い羽根。
そして、獣人、というこの世界。
思いきって、グッと腕を伸ばし【飛ぶ】イメージをして上を見上げ腕を振ってみた。
バサッ、バサリ……
一気に視界が上がり、無意識でも飛行が出来ていた。
自分の部屋の周囲をぐるりと回ると、姿が映りそうな場所を探す。そして窓ガラスへと近寄った。
先ほど開けたままになっているベランダの窓ガラスへと近づけば、反射して映っているものがいた。
そこに映っていたのは、真っ白な羽根をホバリングしてクリッとした薄紅色の瞳をした小鳥が見つめ返していた。その小鳥の頭の後ろから尾羽にかけて、薄く淡い黄色が伸びていた。
「チーッッ!!『なんじゃこりゃー!!』」
思わず某名台詞が口から出てしまった。
自分の名残といえば、ピンクっぽい薄紅の瞳と後頭部から尾羽にかけて伸びる淡黄色くらいか。
形としては雪の妖精と言われるシマエナガに似ている。
こじんまりしてコンパクト過ぎる!
もっと大きめな鳥類かと思っていたのに!
鷹とかの方がカッコ良かったのに……。
あの鋭い眼、スラリとした肢体。それに攻撃力もありそうだし。
何となく自分が想像してた鳥類と違っていて、微妙にショックを受けていた。昔からカッコいいものに憧れてたから余計に。
パタパタとベランダの手摺に降り立つと、人間味有りすぎる溜め息をつく。
いや、可愛いよ、シマエナガ。
まあ、ありふれた雀、とかじゃないし。
可愛いんだけどなんだろ、鑑賞物になった気分。
あ、でもシマエナガって可愛い見た目に反して、意外と空中戦とかアグレッシブって聞いたような……。
「チ、チチッ『ふ、なんかなぁ…』」
茫然と見るともなしに部屋を眺める。
たぶん、あの飴だよなぁ、原因。
ちょっとおかしかったもんね、刺激と味が。
獣化なんて教わってもいないし、中途半端なあの羽根のせいもあってか、出来るとも考えもしなかった。
謎な飴を誰が仕掛けたのか、全く不明。
この贈り物は、突然始まった訳でもなく、以前からあったことだし、なんなら飴も自分だけじゃなくて、ルシア姉さんも一緒に食べてたこともあるし、他の華人の人にも分けていた。
ランダム過ぎる。
はぁ、と鳥が付くものではない溜め息を吐くと、どうしようか困ってしまった。
取りあえず、ルシア姉さんに相談するか。
困った、迷った時はルシア姉さんに相談するように口酸っぱく言われているから、そうした方が良いだろう。
このベランダから、彼女の部屋へはそんなに距離が離れていないから多分行ける。
扉を開けることは出来ないから、窓からの侵入になるけど、まあ、許してくれるだろう。
よし、行くか、と翼を動かそうとしたら、大きな黒い影が視界いっぱいに広がった。
ん?と上を見ると、逆光で暗く見える大きな鳥が翼を広げこちらへと降り立った。
横の手摺に着地すると、それはかなり大きな鷲を象った鳥だった。近くで見ると黒と言うより深い紺色様な色合いで、うっすらと銀色がかって見える。
この世界の獣人達の色味は、普通の動物色が適応されてないのよねー。
自分もそうだけどさー。
こちらを見つめる鋭い眼は体と同じ色をしていた。
しかし恐いと言う感じが全くせず、物怖じなくその鷲を見つめ返した。
そのラピスラズリのような濃紺の瞳が優しく細められたかのように見えた。
「クゥクワッワッ……『やっと会えた……』」
少し高めの鳴き声と共にその鷲は大きく翼を広げる。
「チ、チー?『え、どういうこと?』」
疑問符が浮かび首を捻っていると、鷲の大きな翼に囲われる様に覆われた。
そして重力を感じさせないかのように優雅に飛び上がると、去っていくかと思いきや、その大きな鉤爪を開き私を鷲掴みにした。
「クワッ『一緒に行こう』」
そう言うとグンッと体を上昇させ一気に上空へと羽ばたいていった。
「チー、チッチーッッ!!『えぇ!ワケわかりません!!』」
ろくな説明もなく、鷲に掴まれた鉤爪から抜け出すことも出来ず、またもや連れ去られてしまうのだった。
「チーッ!チッチチーッ!『いやぁ!もう誘拐は勘弁してよー!』」
所詮、小鳥の鳴き声は誰にも咎められることもなく、少し日が傾きかけた空へと、その声は消えていくのであった。




