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クラリスの要請に応じて、水撒きをしたことからも分かるように、飛竜は気が向けば、魔獣討伐以外のこともしてくれる。岩などを運び、土砂や水をせき止めたり、災害復興なども行うようになった。
そして、ウィングフィールドの南に位置する草原でも一役買った。
カールの要請に応じて、植物学者と地質学者とが共に南方の荒れ地を巡った。護衛付きでフィールドワークができると意気揚々と出かけた彼らは、食べられるウリ科の多年生草本植物が自生しているのを発見した。
「根が数十メートルも地下に伸び、そこから地下水を吸い上げます」
その果実は非常に美味でみずみずしいのだという。
「ならば、ウルフスタンたちの良い食料となろう」
「しかし、網状に広がった茎がトゲを持つのです」
しかも、そのトゲが瘴気を帯びているのだという。
話を聞いていたウルフスタンたちは、荒れ地でも食べられる植物がないかと調べてくれた植物学者と地質学者、そしてそれを依頼したカールに感謝した。
「なあに、俺たちゃ、魔の森にまで魔獣討伐を繰り出すくらいなんだ」
「いくら鋭くても止まっているんだから、怖くはないぜ」
逸るウルフスタンを押し留めたカールはアスチアンと相談して一計を案じた。
飛竜たちで荒れ地の上空を飛び回り、件のウリ科の植物を見つけたらトゲの網をバリボリと噛み砕いた。ついでにひとつふたつ、ちゃっかり果実も食べた。
「全部駆除すると、植生が断たれるから、半分は残しておこう」
「十分だ」
「ありがてえ」
何度となく救いの手を差し伸べたウィングフィールドに、ウルフスタンたちは非常に協力的だ。
ウィングフィールドを挙げての新事業でも大いに役立っている。その事業は軌道に乗った。
ウィングフィールドの貴族たちにも協力要請が出た。
忙しいのだから、いがみ合っている場合ではない。みなでやり遂げるのだ。できることをできる者がする。
ウィングフィールドでは様々な人間たちの思惑が入り乱れている。その上で、有事には協力して乗り越える。誰一人見捨てないという信頼があればこそ、見て見ぬふりをしない。自分だけが助かろうとしない。自分ができることをする。
そんな善いこと悪いことが明滅するような要素を含んだ薬草がたくさん育てられ、飛竜たちを虜にしている。
そして王宮では薬草を育てることは、義務ではなくなった。時折、自ら育てる王女が現れ、連綿と引き継がれていく。
辺境伯に定期的に降嫁するという決まり事も撤廃されたが、こちらも王女が辺境に嫁ぎたいと申し出ることがあり、中央と辺境は強固に結びつくのだった。
アスチアンは言った。
「王宮で育てられていた薬草が含むのは、魔の森の瘴気とはまったく別物ではないのかな、と思うのです」
人が発する妬みや恨み、憎悪といった様々な悪感情と、愛や慈しみといったいわば善の感情が渾然一体となっているもの。
「悪いだけでもなく、善いだけでもない。飛竜はそういったものを好んだのかもしれないと思うのです」
アスチアンは全く、勝手な想像なんですけれどね、と言って照れ笑いをした。
「そうかもしれない」
カールは、アスチアンが言うことが真実かもしれないと思った。
飛竜はそういったさまざまな感情が入り混じったものを含んだ薬草をこそ、好んだのだ。
人は嫌がらせをする一方で手助けをすることもある。悪行をした直後に善行をなすことがある。飛竜はそんな人間の性を面白いと思ったのかもしれない。傍らにいて観察しようと思ったのかもしれない。
同時に、カールはアスチアンがそんな風に想像できるようになれてよかったと思う。
人の善性を知り、信じることができたのだ。
捉え方によって世界は千変万化する。この類まれなる頭脳を持つ者が歪んだ見方をせずに済んだことを、感謝したいと思った。きっと、彼は今後のこの世界に必要となる人物なのだから。
後の研究により、人が発する瘴気と魔の森から生じ魔獣が纏う瘴気は別物であると判明する。
前者は飛竜が欲するもので、いわば、植物が光合成に必要とするのと同じである。後者は逆に、飛竜の精神を狂わせるものであり、本能的に忌避するものだ。
太古の昔、飛竜は人とともに暮らした形跡がある。人が発する気体を、飛竜は必要としたからであろうとされている。
けれど、いつしか、飛竜とは暮らさなくなった。その原因は分かっていないが、そうなると飛竜は生きる上での必要成分を補えなくなる。
そんな折、とある国へ舞い降りた飛竜と人との間で約定が結ばれた。
メカニズムを知らぬまま、奇妙な共生が誕生し、連綿と続いた。決定的な滅びは避けられたものの、緩やかに絶滅へと向かう最中、その秘密に接近した者たちが現れた。飛竜は個体を増やし、再び人と共存するようになる。
ウィングフィールド辺境伯カールと辺境伯夫人クラリスは子供を四人持った。男子ふたり、女子ふたりである。
その全員が竜騎士となり、飛竜に乗って空を舞った。
ウィングフィールド史上初の女性竜騎士が誕生した。
驚くことはそれだけではない。
四人ともがどの飛竜にも乗れた。生まれたばかりのころから飛竜たちが強く興味を示し、親しみを覚えていたことから、飛竜たちの子と呼ばれた。そのため、ウィングフィールドでは驚きはするものの、疑う者はいなかった。
そうして、四人の子供たちは病気やけがでしばらく騎竜できない竜騎士の代わりを務め、あるいは竜騎士を失った飛竜の一時的な主となった。
カールの統治時代を境に、ウィングフィールドは様変わりした。そのため、後の世では、カールとクラリスは中興の祖と称されることとなる。
女性竜騎士誕生と並んで、女性である夫人がそう称されるのは非常に稀なことであった。
こうして、いないもの扱いされた王女は、飛竜飛び交う辺境伯領へ嫁ぎ、目覚ましい成果を挙げ、その名を残したのである。
「ギュワァ、ギュギュワワ!(えー、僕、今日はカールの気分じゃない!)」
「ギュワ。ギュワギュワ。(わたしも。サイラスがいいなあ)」
「ギュギュワ!(俺、末っ子!)」
「ギュワ? ギュギュワ? ギュワギュワ。ギュギュワギュワ。(クラリスは? 竜騎士じゃない? そんなの関係ないよ。だって、クラリスは特別だもん)」
「「「ギュワギュワギュワギュワ!(飛竜みんなが大好きなニンゲンだものね!)」」」




