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 竜舎から少し歩けば、小さな崖がある。そこは飛竜たちの離発着場となっている。

 大勢の飛竜たちが一斉に羽ばたくと、竜巻が起こるのではないかという強靭な風が奔った。


 次々に飛び出し、上昇気流に乗って舞い上がっていく飛竜たちの姿を、壮行のために集まった者たちが仰ぎ見る。鋭い爪の上を陽光が滑り、まばゆく反射する。飛竜たちの背に乗った竜騎士たちは高高度を危なげなく無造作に飛ぶ。


 青空を突っ切って行く姿は勇壮で、まさしくこの国を守護するに相応しい頼りがいを感じた。

 そして、飛竜たちの一群は魔の森へ吸い込まれるようにして飛んで行った。竜騎士たちはミアズママスクもつけずに魔の森へ突撃した。




 クィンとウォルターが群れの先頭を飛ぶ。

 竜騎士の意思をよくよく飲みこんでいる飛竜たちだから、彼らの感覚に任せる。

 魔の森に突っ込んだ二頭は連携を取りながら、目につく魔獣たちを狩って行く。混乱に陥り予測不能な動きをする魔獣を、後続のイーズテイルが無造作にほふって行く。

 唐突に現れた飛竜たちに、好戦的なはずの魔獣たちは面白いほどの動揺を見せ、逃げ惑う。

 ほかの飛竜たちが背後から回りこみ、あるいは横手から食らいつく。不意を突かれた魔獣たちはやすやすと飛竜のあぎとの餌食となった。


 クィンとウォルター、そしてイーズテイルというくさびを反転させたような陣形から少し遅れて、残りの飛竜隊が森の上空を飛ぶ。そして、イーズテイルたちによっていいだけ翻弄された魔獣たちを狩って行く。


 林立する樹木に激突して自滅する魔獣もいれば、木立の隙間を上手くすり抜ける者もいるが、油断して足を止めた瞬間、狙いすましていた飛竜が急降下して食いつく。それを隙とみて取った別の魔獣が背後から飛び掛かるも、しなる尾が鈍い音をたてて空を切り、強かに打ちのめす。振り向きもせず、後ろに目が付いているのかというほど、無造作な一撃だ。


 背に乗る竜騎士も心得たもので、予備動作ない急激な動きに即座に身体をよじってバランスを取る。彼らは手にした剣や槍でときに跳躍して飛びつこうとする魔獣を切り伏せる。竜騎士は一流の騎士であることを最低条件として要求される。


 魔の森の裾に陣を展開するのはウルフスタンたちだ。逃げ出てきた魔獣を討ち取るのが彼らの役割だ。近くの集落を襲うことを阻止する大切な役目である。だから、ウルフスタンたちはウィングフィールドの貴族たちには蛮族と呼ばれるが、領民たちからはおおむね好意的に受け入れられている。

 荒れ地に住む対魔獣の傭兵のような位置づけだ。


 飛竜隊が消耗させた魔獣を狩るウルフスタンたちはカールが指示した場所から飛び出して来るのに、驚きを隠せないでいた。

「こりゃあ、驚きだな」

「ああ。こうも狙い通りのところへ魔獣がくるとはな」

「いつもこれくらい楽だったら良いのにねえ」

 口々に言いながらも、彼らは魔獣の動きに合わせて引き、あるいは踏み込み、隙を狙って切り込む。

 しばらくは戦闘に集中していた飛竜隊もウルフスタンたちも、響き渡る笛の音にはっと我に返る。笛は長短入り混じった音で飛竜騎士団団長カールの意思を伝える。今のは「定期討伐成功。すみやかに撤退を」という意味合いだ。

 太陽の傾き具合からしても、常にない短時間で終了した様子だ。


 集中が途切れれば、一気に疲労感が押し寄せて来る。

 定期魔獣討伐隊は油断することなく、警戒しながら撤退をし始める。


 飛竜が飛びあがろうとする際、身体の中でもっとも柔らかそうに見える腹に食いつこうとする魔獣がいた。気配を察知していたものか、飛竜は身を傾げて避ける。しかし、狭い森の中のこと、梢が腹を擦る。魔の森の樹木もまた、瘴気ミアズマに侵されている。竜騎士はすぐさま着陸して傷を確かめたいのを堪え、隊に合流する。後から確かめてみたところ、こすったような少々の汚れがある程度で傷はついていなくてほっとした。


「どうしたんだ?」

「いや、飛び立つ前に襲い掛かられて体勢を崩し、梢に引っかかったような気がしたんだがな」

「ああ、クラリスさまが精油を塗って下さったから、それで滑ったんじゃないか?」

「そっか、それでか!」

 竜騎士ふたりが腹をまさぐりながらああでもないこうでもないとやるものだから、飛竜がうるさそうに鳴く。

「ギュワギュワッ」

「ああ、分かった分かった。今、水をやるから」

「ギュギュワッ」

 違うと鳴くものの、いそいそと水を取りに行ったから静かになり、それでよしとした。




 クラリスはカールたち飛竜隊が出発するのを見送った後、カントリーハウスでスザンナにお茶に誘われた。

「落ち着かないものですわね。でも、大丈夫ですわ」

「そうですわ。急襲があったわけではないのですもの」

「定期討伐は慣れたものなのです」

 カールのすぐ下の弟ライナスの妻ヘレナと下の弟ルイスの婚約者ローラもいっしょだ。三人はとても落ち着き払っていて、クラリスひとりがやきもきするのをなだめる。


 竜騎士たちは性別ではなく、もはや人種が違うのではないかというほどクラリスとは体格が違う。見上げるほどの大柄であっても、彼らは素朴で気さくだった。それはクラリスを辺境伯夫人だとみなし、丁重に、けれど親しみを持って接していたからだ。


 魔獣討伐に赴く彼らの様子は一変した。全く様相が異なっていた。忙しく動く大きな体躯からは緊張感が発せられ、威圧される。きっとそれは、魔の森の瘴気に負けぬように内側から気力を満たしていたのだろう。

 飛竜に乗って飛び立つ様は圧倒的な存在感があった。

 いつもと違う様子に、クラリスはなにも手が付かず、右往左往しそうになった。


 スザンナたちのお陰でいくらか落ち着きを取り戻したクラリスが薬草園に向かっている際、アスチアンと出会った。夜会以降、時折竜舎やカントリーハウスで見かける。カールに連れられてクラリスの薬草園にもやって来たが、ちょうどイーズテイルはどこかへ飛んで行っていたので、水汲みや水撒きを見ることができなくてがっかりしていた。


 アスチアンは礼儀正しく辺境伯夫人に対する挨拶をした後、興奮を隠せない様子で話し始めた。

「飛竜隊の出陣を拝見しました。素晴らしい統率力です。あれほどまでに力ある存在に指示を守らせることができるなどとは!」

 言われてみれば、飛竜は人よりも強靭な身体、甚大な力、飛翔する術を持ちながら、人を背に乗せてなにかと協力してくれる。


 クラリスがそう言うと、アスチアンが飛びつかんばかりの勢いで言う。

「そうなんです! わたしもそれがかねてから不思議に思っているのです」

 アスチアンは子供のようになぜ、どうして、という疑問をたくさん抱え、それらの原因をひとつずつ探っているのだという。

「とにかく、飛竜一頭でも相当な戦闘能力を有します。それが複数体、協力し合うなどとは!」

「だからこその魔の森からの防衛を担っていられるのでしょうね」

「そうですね。ウルフスタンたちが辺境伯、特に飛竜を崇めているのは、そのせいなのでしょう」

「ウルフスタンたちが?」

 聞き返すクラリスは、やはり彼らが住む平原も魔獣の被害に遭っているのだろうと思った。

 その考えは当たっていたが、もっと苛酷な理由があった。


「辺境伯夫人はご存知でしょうか。ウルフスタンらは以前、魔獣の侵略を阻むために生贄を出していたのです」

 クラリスはあまりのことに絶句する。独立不羈とはなにものにも支配されないということだが、逆に自分たちの力でなんでもやらなければならないのだ。


「それを知った当時の辺境伯が共に手を取って定期的な討伐を行おうと申し入れたのです。それによってウルフスタンは生贄の習慣を廃止することができた」

 それを可能にしたのが、飛竜の強さだ。定期的に見せつけることで、魔の森から出てこないように封じ込める。

「ウィングフィールドは国防だけでなく、他国の安全も担っているのですね」

 アスチアンの言葉に、それほどまでにウィングフィールド辺境伯は大きな役割を持つのだとクラリスは考えた。



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