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 人は邪悪から遠ざかるため、聖なる陣営に属することが望ましいとされた。魔獣を憎む要因は枚挙にいとまがないため、こちらも疑いを差し挟む余地はない。そして、聖に属する陣営の運営として「神殿」が生まれた。神殿では困窮した者の救済などを行うようになり、一層、人々の心のよりどころとなった。

 邪悪からの守護や今生での困窮の援助、死後の安寧といった三つの要素において、神殿は人々に必要とされていた。


 そして、邪悪の象徴である魔獣の特徴と言えば、瘴気(ミアズマ)を持つということだ。その瘴気こそが人の精神を狂わせ、病に陥らせる。説話として瘴気によって人が魔獣化したという荒唐無稽な話すらある。


 瘴気もまた邪悪の象徴であった。それらの魔獣や瘴気から守る存在が聖であり、人々にとっての守護者である。それらを失えば、魔獣に蹂躙され、殺傷され、生活基盤を破壊される。

 神殿が繰り返し伝える事柄である。


 改めてアスチアンから聞きながら、カールはそんな瘴気を薬草が内包しているというのは、やはり無理があるのだろうかと考える。


「魔の森の植物が瘴気を含むと言うが、それは人が扱えるものだろうか?」

「分かりませんが、魔獣の素材とて瘴気抜きをすればウルフスタンのように身に付けることは可能です」

 では、クラリスにも扱えるということだろうか。カールも魔獣討伐をする飛竜隊の一員であるから、瘴気抜きの必要手順を知っている。クラリスに薬草の扱い方を聞けば、それが瘴気抜きの手順と合致するか分かるだろう。


 アスチアンにクラリスの薬草についてカールの所見を話す前に、まずそちらを試してみようと思った。事は王宮が絡む。おいそれと思い付きを話すわけにはいかない。


 カールは会談後、約束通り、飛竜の子供を見せてやるためにアスチアンを竜舎に案内した。

 夜会で飛竜を邪悪だと言ったも同然の学者は、竜騎士たちから冷たい視線を浴びて居心地悪そうにする。すぐに竜舎の造りなどに注意を惹かれてカールにあれこれ質問する。


 クィンの子、クィルターはたっぷり遊んでいっぱい食べて、クラリスからもらった薬草を抱えて眠っていた。

 アスチアンは口をふさいで感激の悲鳴を堪えていた。

「腕を齧られても間近で観察できると喜々としていそうだな」

 などとカールは自分の飛竜好きを棚に上げて想像した。




 オズワルドはクラリスを私室に送り届けた後、カールの執務室を訪ねた。

「ご苦労だった」

「いや、楽しい仕事だった。クラリスさまはどんどんふっくらされてきたな」

 竜騎士たちはイーズテイルが自らクラリスを背に乗せてやろうと示して見せたことを知っている。カールが意識的に話した。そうすることで竜騎士たちはクラリスのことを認めるだろうと考えたのだ。それは現実のものとなっている。


 同時に、竜騎士たちはクラリスが華奢過ぎて飛竜の背に乗ることは無理だと言うこともよくよく分かっている。だから、彼女がふくよかになることをある意味好ましく受け入れている。

 それを知るカールはオズワルドがそういった意味合いで言っているのだと思ったが、違った。


「街中で男どもの視線を集めていたぞ」

 クラリスが異性の秋波を浴びていたと聞き、カールは思わず眉をひそめる。

「ありゃあ、美人になるぞ」

「今でも十分うつくしいだろう」

「だから、それ以上にさ」

 友人が自分に焼きもちを焼かせようとしていると悟り、カールはため息をついて、内容が頭に入って来ない書類を放り出した。


「あと、屋台で買った串焼きを一本丸ごとは食べられなかった」

 分量的に食べられなかったのではなく、齧りついて食べるのを難しそうにしていたのだという。

「残りはどうした」

 カールが歯の隙間から唸るように言う。

「エルシーが食べた」

 ならば良いとばかりに頷く。


 オズワルドはおかしそうに笑う。カールはオズワルドがクラリスの食べ差しを片付けることを嫌ったのだ。それはオズワルドだからではない。ほかのどの男でも嫌がっただろう。

 今まで飛竜や領地のことで手一杯だった友人が、本当に好きな人と出会えたことを密かに喜んだ。

 だから、それ以上は突かずに違うことを口にした。


「そろそろ定期討伐だな」

「ああ。マーティンがクィンも出動できそうだと言っていた」

「行けるのか? 卵を産んだばかりだろう?」

 カールの言葉にオズワルドは目を剥く。

 卵を孕んだと分かったときには、みなが直後に行われる定期討伐にはクィンは参加できないと思っていた。


「ああ。だが、すでに狩りに出ている。その感触から、マーティンが大丈夫だと判断した」

「クィルターの面倒もあるから、いっしょに留守番するのが良いと思うがねえ」

 魔獣討伐を行うに際して、副団長であるマーティンが参加するに越したことはないが、とにかく竜騎士は飛竜たちのことを第一に考える。それに、オズワルドは自分とカールがいれば、副団長不在の穴を埋めて通常の定期討伐程度はこなせるという自負を持っていた。


「クィルターは十分に運動させて食事を摂らせた後、気に入りの薬草を与えればぐっすり眠るだろうということだった」

「留守番組の竜騎士たちでなんとかなるってことか。これもみんな、クラリスさまのお陰だな」

 降嫁した元王女がもたらした薬草によって、飛竜たちは大分、扱いやすくなった。落ち着きができ、今までむらがあった傾聴が改善された。


「それぞれ好みの香りがあるというところが面白いよな」

「クィンが参加するとなれば、ウォルターも張り切るだろう」

 ウォルターはクィンの番の飛竜であり、オズワルドの騎竜でもある。

「俺としちゃあ、卵を産んだばかりの番のことを気にしすぎやしないかと心配するぜ」

 肩をすくめてオズワルドはそんな風に言うものの、クィンとウォルターの連携は見事で、二頭が先陣を切り、魔獣たちを混乱に陥らせた後、イーズテイルが良いだけ蹂躙し、逃げ惑う者たちを残りの飛竜が各個撃破するのが飛竜隊の得意戦法である。


「ははは。ウォルターも卵を孕んでいたときのクィンが飲まず食わずなものだから、随分心配していたからな」

 けれど、日替わりの気に入りの薬草を擦り込んだ肉を食べたことから、ウォルターも安堵していた。もちろん、クィンが食べた肉はウォルターが狩ったものだ。

「番(ウォルター)も竜騎士(マーティン)もそっちのけでクラリスさまに甘えるクィンを見たときの、やつらの顔といったら」

「ああ、そっくりだった!」

 わざと真面目腐った顔つきで腕組みするオズワルドに、カールが吹き出す。

 その後、二、三仕事の話をしたカールは、街でどのように過ごしたかをクラリスの口から聞こうとするのだった。




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