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 クラリスはカールや飛竜の人気ぶりに驚きながら、領都見物を楽しんでいた。

 見るものすべてが珍しく、そして、領民や商人たちの温かさに感じ入った。


 獣の皮を身にまとった集団が歩いているのに目を止める。

「ウルフスタンたちです。南の狩猟民族ですよ」

 向こうもカールに気づいた様子で片腕を上げる。

「よう、辺境伯」

「お、そちらはもしかして都から来た奥方か?」

 カールがクラリスをウルフスタンたちに紹介する。

 彼らがまとうのは獣の皮ではなく、魔獣の皮だった。そのため、臭いがいっそうきつい。


「都の人には珍しいか」

 見上げるクラリスにウルフスタンのひとりがにやりと笑う。

「あ、いえ書物で読んだ通りだと思って、その、焼き印の紋様が」

 ウルフスタンには焼き鏝で体に紋様を残す習慣がある。むき出しの腕には挿絵にあったものと同じ印があった。


「へえ、都には俺たちのことについて書いた書物まであるのか」

 ウルフスタンたちは王都からやってきた貴族は必ず、自分たちが近づけば臭い臭いと言って顔をしかめたり鼻をつまんだりするのに、嫌な顔ひとつしないクラリスに好意を抱いた。貴族どころか、彼女は王室出身の貴人中の貴人だ。そんな彼女の純粋な興味を示して小首を傾げる姿が、野の小動物を彷彿ほうふつとさせる。


「こんなに細っこかったら、イーズテイルの旦那も肉を食わせようとするだろうなあ」

 魔の森と隣接する敷地を縄張りにしているウルフスタンは、ウィングフィールドの飛竜隊と手を組んで魔獣討伐を行う。だからこそ、彼らは飛竜隊の勇猛果敢さを知っていたし、飛竜たちの獰猛どうもうさを目の当たりにしていた。そして、飛竜の噂については領民と同じくらい敏感なのだった。


「イーズテイルが背に乗せてやろうとしたのだが、クラリスはもっと太らなければ無理だと言ったからな」

 それで張り切ってクラリスにたくさん食べさせようとしているのだと知った、ウルフスタンたちは目を見張る。

「へえ!」

「あの誇り高き飛竜の長が自ら背に乗せてやろうってのか!」

「そいつぁ、豪儀だ」

 完全に、「都からやって来た高貴なだけに鼻持ちならないかもしれない奥方」の可能性が消え、「飛竜の長に認められた素晴らしい辺境伯夫人」に評価が翻る。


「イーズテイルにもカールさまにも、ほかのみなさまにもとてもよくしていただいています」

 などとクラリスがにこやかに言うものだから、いかつい顔つきの男たちがつられてにこにこする。


 彼らはウィングフィールドの戦友である一方で、ほかのエルドレッド国民、特に貴族たちからは蛮族と蔑まれている。痩せた土地は農耕も放牧もできず、狩猟のほか、強奪によって生計を立てているからでもあるし、臭いのきつい魔獣の皮を身に付けているからでもある。


「これをやろう」

 ウルフスタンのひとりが懐から取り出したものを差し出して来る。

「これは?」

 思わず手に取ったクラリスは、大きな獣の牙ではないかとまじまじと見つめる。

「狩りの獲物の牙だ」

「まあ、大事なものなのではないのですか?」

 返そうと牙を掲げるクラリスに、ウルフスタンの大男はもらっておけと笑う。

「そうだ、俺たちは狩りの獲物の一部を身に付けることで守護を得るんだ」

 クラリスはなるほど、だから魔獣の皮を身に付けるのだな、と得心が行く。


「きっと、奥方のことも守ってくれる」

「クラリス、いただいておきましょう。ウルフスタンの気持ちです」

 カールにそう言われてしまえば受け取るほかない。

「ありがとうございます」

 クラリスが礼を言うと、にかっと笑った。


 ウルフスタンたちが手を上げてきびすを返そうとするのに、クラリスは言おうかどうか迷っていたことに、言及することにした。

「あ、あの!」

「なんだ?」

「ウルフスタンのみなさま方で使われている薬草ですが、あの薬草、根に毒があるんです」

「え?!」

 クラリスはとにかく伝えようと気が急いていたので、端的な物言いとなり、ウルフスタンたちは面食らう。


 一行はカールの誘導によって広場の片隅に移動した。

「クラリス、先ほどの話を詳しく教えていただけますか?」

 カールに促され、クラリスはウルフスタンが薬事や祭事に用いる薬草の特徴を述べた。

「おお、良く知っているな。そうだ、俺たちはその草を使っている」

「それも都の書で知ったのか?」

「学者さまみたいだなあ」

 ウルフスタンはすっかりクラリスのことを信用して耳を傾ける姿勢を示す。クラリスは知らぬことだが、それもみな飛竜の長が認めたからだ。


「あの薬草は毒がありますが、正確には正しい手順で修治すれば、根も薬ともなるのです」

 修治とは、植物を湯通ししたり蒸すことによって毒性を減弱させることを言う。

「へえ、詳しいんだな」

「ただ、修治は薬草によって加減が必要となります。なので、根は使わない方が良いでしょう。茎から切れば、また生長しますから上の部分を使ってください。それと、採取と調剤のとき、手袋をしてください」

「分かった。いや、助かるよ。実はな、具合が悪くなるやつもいないではなかったんだ」

 ウルフスタンたちはクラリスが彼らのことを思ってした助言を有り難く受け取った。


「でも、痩せた土地だから育つ植物自体が少ない。だから、分かっていても使うほかなかったんだ」

「魔獣の素材は頑丈だが、とかく臭いからあまり高値では売れないからなあ」

「俺たちにゃあ、生計を立てる術が少ないのよ」

「だから、魔獣狩りでは辺境伯の傭兵となるって寸法さ」

 そうやって命を賭けた戦いを行い、給金を得ているのだ。




 飛竜たちはほかの動物と同じくなんでも匂いを嗅いだ。そして、クラリスが丹精する薬草の香りを好んだ。薬草ごとに違うそれぞれ好みの香りがある。

 特に、胎に卵を宿したクィンは日ごとに好みの香りが変わった。ずっと飲まず食わずで機嫌が悪かったクィンは好みの香りを嗅げば気分が持ち直した。薬草の葉や根を煎じた茶を飲ませれば、具合も良くなった。


 肉の香草焼きのほか、香草入りのオムレツやパンも作ってみたところ、食べた。

「ギュワ!」

「食べられるだけ食べると良いですわ。あとは運動も必要ね」

「ギュワワ」

 今やクラリスは飛竜妊婦の乳母のような立ち位置となった。それでも人とは違う大きな獣だ。いつどういったきっかけで機嫌を損ねるか分からないので、カールはクラリスがクィンと接する際には必ずイーズテイルをつけた。竜騎士ならばこその慎重な差配だ。

 そうやって辺境伯夫妻は協力して飛竜妊婦の面倒をみた。


 いよいよ卵を産み落とす気配があれば、竜舎に赴いて薬草を絞った水で身体を拭いてやったり、撫でて励ましたりした。

 もちろん、騎竜の主マーティンも率先して世話をする。

 そうして、クィンは無事に卵を産んだ。

 飛竜隊ばかりでなく、ウィングフィールドの領地全体にこの喜ばしいニュースは駆け巡る。


「ギュワギュワ」

「ギュワワ」

 飛竜たちも嬉し気に騒ぎ鳴く。


「ギュワァ」

 大仕事を終えたクィンはクラリスに大いに甘えた。

「よく頑張ったわね」

 言いながら、クラリスはせっせとクィンが好きな香りの匂いをつけた水を飲ませたり、布で身体を拭いてやる。クィンがうっとりと目を細める。


「おいおい、奥方さまのほかに俺もいることを忘れるなよ!」

 クィンが目を閉じたまま、ぶふふんと鼻息を漏らす。

「ほらほら、奥方さまはクィンにとって乳母のような存在なんだから、焼きもちを焼かないの」

 ノーラが夫を諫める。


 クィンには続く仕事が待っている。卵を温めることだ。竜舎にこもるようになったので、マーティンはせっせと毎朝クラリスが用意した薬草各種をクィンに選ばせる。好みの香りづけした水を飲ませ、薬草を擦り込んだ肉を食べさせる。そのお陰もあって、クィンはひどく消耗することなく、三日後に卵から幼竜が生れた。




「ギュワ、ギュワギュワ!(とうとう、クィンが卵を産んだよ!)」

「ギュワギュワギュワ。ギュッ。ギュワギュワギュワ。(クィンにクラリスを取られちゃった。ちぇ。ちょっとだけなら許してやるよ)」

「ギュワギュワ、ギュワギュワギュワ?(クラリスはいつ、カールの卵をお腹に宿すんだろうね?)」

「ギュワギュワァ。(楽しみだなあ)」

「ギュワギュワギュワ。ギュワワ!(みんなも、早く見たいよね。応援よろしくね!)」


※注:イーズテイルがそう思っているだけで、「人間が番の卵を宿す」という設定はございません。



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