11
飛竜はなんでも食べるが基本的に自身が狩ったものを食べる。そして、匂いに敏感だが、これほどまでに特定の植物に興味を示したことはない。
「王女が王宮で特定の植物を育てることを義務付けられていることには何らかの意味がある?」
考え込むカールに、スザンナが頷く。
「そうですわね。となれば、定期的に王室の血筋を降嫁させていたというよりは「薬草を丹精していた王女」をこの辺境の地に遣わせていたと考えられますわ」
カールは自身の居室でスザンナとふたりで話し合っていた。
飛竜についての件は辺境伯領のみならず、エルドレッド国はおろか周辺諸国に強い影響を持つ案件である。国防の重責を担う辺境伯領ならばこそ、王室の血筋を入れ、枷をはめてきたのだと思っていたが、もしかするともっと別の事柄が隠されていたのかもしれない。
「クラリスさまはなにもご存知ではない様子だ」
「そうね。オリアーナさまはどうかしら」
カールは唸って黙り込む。たとえ質問したとしても、あの祖母が素直に知ることを語ってくれるとは思えない。スザンナも同じ考えのようで、ため息をついた。
「マーティンも関心を抱いているようだった」
王女が王宮で薬草を育てることを義務付けられていることは、王女とその周辺および辺境伯とその配偶者にのみ明かされている。
しかし、飛竜たちがその王女の薬草に顕著な反応を示した。
「いずれはほかの竜騎士たちも「王女が丹精した薬草」に飛竜が興味を持つのだと思いいたるだろう」
カールもどういった仕組みなのか、大いに興味があるところだ。
「ともあれ、クラリスさまはもはや辺境にとってなくてはならない方となりつつありますわ」
「こちらにいらした王女殿下が彼女で良かった」
あの華奢でなんにでも興味を持ち、くるくるよく働き、だからこそ体力がなくならないか心配になるクラリスのことを考えると、カールとスザンナの気分が持ち直す。
スザンナはノーラから、カールがクラリスの薬草園へよくやって来てなにかと声を掛けていると聞いている。関係は良好だ。けれど、なかなか先へは進めていない。母親として内心やきもきしていた。
「あなた、クラリスさまとの間柄はどうなの?」
スザンナに聞かれ、カールはかすかに顔をしかめる。プレゼントしようにも、ドレスや小物たちは母たち女性陣が十全に整えてしまっている。
女性へ贈るものの定番と言えば花だが、毎日薬草にまみれているいわば専門家のようなクラリスになんの花をプレゼントできようか。
しかし、スザンナが言わんとすることは違ったようだ。
「ライナスやヘレナが心配していたわよ。辺境伯夫妻の寝室はまだ別なのかと」
思わぬことで、カールはむせた。
「まだその辺りには達していないのかしら」
呆れたスザンナはクラリスをデートに誘うように息子に迫る。
「働き者の妻を労うのよ!」
母の言い分は尤もだ。それに、カントリーハウスの敷地内から出ないクラリスに、領都を見せてやるちょうど良い機会だとカールは思った。
クラリスを領都見物に誘うと、喜んだ。
朝から飛竜隊の薬草便を用意する。竜舎に運び込む薬草配達のことをいつしか「飛竜隊の薬草便」と呼ばれるようになったのだ。
持ち回り制で竜騎士がクラリスが用意した荷車を引っ張って行く。薬草便が始まっても、たまにクィンは薬草園にやって来て、あちこち匂いを嗅いで気に入ったものをもらっていく。イーズテイルは二日に一度はやって来て、水汲み、水撒きなどを手伝う。
薬草園の仕事を朝のうちに済ませ、クラリスはカールと共に街へ出かけた。
馬車で大通りを走り、広場の近くで降りた。広場には露店がぎっしりと並んでいる。その隙間を人々が行き交う。賑やかで活気にあふれていた。
「人通りが多いのですね」
エルドレッドの片隅の領地は西に魔獣が住む森が、北には隣国が、南に平原が広がっている。東へ行けば王都にたどり着く。
「南の平原には狩猟民族が住んでいるのですよね」
「そうです。彼らもこの街にやって来ますよ」
エルドレッドのほかの都と物資が行き来するほか、他国の商人も多く訪れるという。
布で作ったひさしの下にさまざまな物品が陳列されている。時には布を支える棒までからぶら下がっている露店もある。鶏、豚、羊、牛の肉、多様な形の野菜や果物、色とりどりの布や服、日用品などがあった。
人通りが多く、カールとクラリスの歩幅の差が大きい。しかもクラリスはあちこち見るのに忙しい。だから、カールはきょろきょろするクラリスの手を繋いだ。
クラリスは温かく硬い皮膚のカールの手を見る。とても大きく、厚みも違う。
先だって、薬草園でシャベルの柄を掴もうとしたら、カールにスコップを渡された。シャベルはカールが使った。カールとクラリスの各々にちょうど良く、そのくらいの体格差があった。
そんな風に思い出すクラリスは、スザンナが竜騎士はなんでも飛竜と結びつけて考えると言うのと同じように、なんでも薬草や薬草園と結びつけて考えていた。
カールと言えば、手を握ったクラリスが、見上げてはにかんで笑う姿に、可愛いと思っていた。飛竜も小さく脆い人に対してこんな感情を抱くのだろうか。
さて、カールは領地でも人気が高い。
勇猛果敢な飛竜隊を立派にまとめ上げている。なにより、飛竜の長イーズテイルに認められた団長なのだ。歴代辺境伯の中には、イーズテイルに認められなかった者もいる。
そんなイーズテイルが王都からやってきた辺境伯夫人をも気に入ったという噂は街にも届いていた。領民たちにとって、飛竜は憧れの存在だ。
カールが街を歩けば、あちこちから声をかけられる。
「おや、伯、クィンの調子はどうですか?」
「これ、美味しいよ! 味見してみな!」
あれよあれよという間に串焼きや果物、焼き菓子などたくさんもらう。
クラリスはひと口ふた口食べ、残りはカールが片付けた。
「いろんな味があるのですね」
「あちこちから集まってきますから」
香辛料の種類も豊富で、甘味ひとつとっても、砂糖や蜂蜜、果糖などがある。蜂蜜も花由来のものや樹木由来のものなど様々だ。
「おや、お嬢さん、お父さんと領都見物かい?」
屋台の異国風の商人がにこにこしながらクラリスに流暢なエルドレッド語で話しかけて来る。まるで、仲が良い親子だね、とでも言わんばかりだ。
「おい、辺境伯だぞ!」
「え、ウィングフィールドの辺境伯は子持ちだっけ?」
慌てて隣の露天商が言うと、異国風の商人は目を見開く。
「おいおい、まだ御歳二十四歳だぞ!」
周囲からどっと笑い声が起きる。
「辺境伯ってつい先だって結婚されたっていうじゃないか。だったら、浮気しているってのか?!」
「ばか! 奥方さまだよ!」
訳が分からないとばかりにカールとクラリスを見比べる異国風の商人に、周囲から声が飛ぶ。気安い辺境伯はまだしも、王都から降嫁された高貴な人の気分を損ねたら大変だ。しかし、異国風の商人は驚きのあまり、ついつい正直に漏らしてしまう。
「えぇ?! まだこんなにも幼いのに」
「十八歳だ」
カールはそう言いながら、そっとクラリスの様子をうかがう。幼子扱いされたクラリスは店員や買い物客といっしょになって笑っているので、ひそかに安堵する。
クラリスはカールと親子と間違われても全く気にならなかった。カールの頼もしさはとても好ましく思える。
「「「「えぇー?!」」」」
カールの傍にいる十五、六歳にしか見えない少女が実は十八歳だと知り、周囲から驚きの声が漏れる。
「その、ずいぶん細くていらっしゃるので、」
「ああ、そうだよなあ。流石は都人。華奢でいらっしゃる」
気を使って痩せぎすなどとは言わず、婉曲的な表現をする当たり、客あしらいに長けた商人たちである。
「イーズテイルがクラリスにたくさん食べさせようとせっせと狩りをしているんだ」
「へえ! イーズテイルさまがねえ」
「ずいぶん、気に入られなすったもんだ」
カールがさり気なく言うと、飛竜が大好きな領民たちは素直に感心する。獰猛で自由気ままな飛竜は、好き嫌いが激しいのだ。どれほど身体能力に長けていても、飛竜に認められなければ、竜騎士にはなれない。
「ウィングフィールドの料理はどれも美味しいですわ」
「そりゃあ、良かった」
「これも食べてみてください」
クラリスが言うと、みながイーズテイルと同じことをしようとする。
しかし、もらいすぎて食べることができなかった。
「イーズテイルたち飛竜や竜騎士のみなさまにお渡ししますわね」
と言ったら、一層過熱して渡そうとするものだから、カールは大荷物を抱えることとなった。なお、もらった物は飛竜たちが喜んで食べた。仲間の飛竜たちがクラリスとカールが差し出す物に興味津々なのにつられて、クィンもいくらか食べた。
「卵を孕んだ飛竜が領都民の差し入れを食べた」という噂はすぐに街を駆け巡り、街の者たちの頬を上気させた。
「また辺境伯と奥方さま、いらっしゃらないかなあ」「また飛竜に差し入れしたいなあ」などと言い合っているという。
飛竜は辺境領民の憧憬の存在なのである。
「ギュギュワギュワギュワギュワギュワギュワ。(カールとクラリスがね、マチ(※街)に行っていっぱい食べ物をもらったからって僕たちにもくれたんだ)」
「ギュワギュワギュワギュワ。ギュワァ。(ニンゲンは不思議な匂いや味がするものを食べるんだね。面白いなあ)」
「ギュワギュワギュワギュワ。(クラリスが楽しそうにマチのことを話してくれたよ)」
「ギュワギュワギュワ。ギュワギュワ。(クラリスが嬉しいと僕も嬉しい。カールも嬉しそうだよ)」




