96 おまけ 温泉へ行こう・17
「これどうするんだよ……」
ガイラさんとエーシャの父親に誘われて彼の客室で飲んでたら、この世界の主神という女神エルファルドが、リグミナを連れて乱入してきた。
そんでもって、四人で飲んでたのだが、勝手に三人とも酔い潰れてしまったのである。
流石にこのまま雑魚寝状態で放置はできないよなあ。一応は女神とその使徒だ。
色んな意味で何かあったらマズいだろうし。
仕方ないので布団を敷いてやろうと思ったのだが、布団は二組しかない。
リグミナは連れて帰るとして、この二人の分は敷いておこう。
敷いた側から、寝ながら器用に布団に潜り込む二人。
片方は神なので、一柱と数えるべきなのだろうが、今はどうでもいい。
「そんじゃ、俺達は帰るとしますか。よっこらせっと」
リグミナをおぶって部屋を後にする。
背中のこいつは、ミユ達かガイラさん達の部屋に放り込んでおくとしよう。
本当に世話の焼ける女神だな。
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◆◆◆
ソウジがリグミナを連れて部屋を出て行って、しばらく経った頃。
寝息を立てていた女神エルファルドと、その使徒が同時に目を開けた。
どうやら、寝たふりをしていたらしい。
「あの彼、意外と気が利くタイプみたいですね」
「まさか、布団まで敷いてくれるとはな」
「もしかしたら、彼に寝てるところをイタズラされるかと思って、緊張しちゃいましたよう」
「緊張するってタマかよ」
「なによう! 少しぐらい私の事を心配してくれたっていいじゃないのよう!!」
「いてえ! いきなり蹴ってくるなよ!!」
「あなたが、私の事を構ってくれないのが悪いんですう!」
「まったくもう。俺はどうすればいいんだよ?」
「じゃあ……こういうのはどうです?」
「いきなり俺の布団に入ってくるなよ!?」
「ふへへ、たまにはいいじゃないですか~」
「いやいや、立場的にも色々マズいだろ!」
「これだけ長い付き合いなのに、今更それを言うのですか?」
「あのなあ、あんたは女神で俺はその使徒なの。その辺りの線引きはしっかりしてくれ」
「プライベートな旅行なのですから、ワガママ聞いてくれたっていいじゃないですか」
「だからって……うお、胸を押し付けるな!!」
「まったく、変なところで真面目なんですから。あなた、おぼえていますか? 以前、私があなたに対価を求めたでしょう?」
「対価? なんの話だ?」
「ひどい! 忘れたのですか!? 前に、言霊による呪詛が王都に蔓延した際、解決のヒントを授けたじゃないですか。その対価ですよ」
「ま、まさか、あんな大昔の事をおぼえていたのか……!?」
「言ったじゃないですか。私は絶対に忘れませんって。だから、これはその対価ですので、観念してください」
「ちょ、待って!! それはマズいって!!」
「良いではないか~」
「いやーーーーーー!!」
◆◆◆
◆◆◆
参ったな。背中におぶったリグミナが想像以上に柔らかくて、ちょっと変な気持ちになりそうだ。
早いところ、部屋に放り込まないと。
そんな事を考えてると、背中のリグミナがモゾモゾ動き出した。
「……ねえ」
「起こしちまったか。このまま部屋に連れて行ってやるから大人しく寝てろ」
「ねえったら」
「なんだよ?」
「どうして、お姫様抱っこじゃないのよ」
「はあ?」
「こういう場合って、お姫様抱っこが定番でしょ。背負われてるとか意味分からないんだけど」
こいつ、まだ酔っ払ってるのかよ。
「はいはい。大人しくしてなさい」
「ちょっと、子ども扱いしないでよう!!」
「いでででで!! 髪を引っ張るな!! 禿げちまうだろ!!」
おっさんの毛髪はデリケートなのだ。
「多少は大丈夫よ」
「大丈夫じゃねえ!!」
まったくもう。だから酔っ払いは嫌いなんだよ。
仕方ない。ご希望通りにしてやるか。
「ほらよ、これで満足か?」
「う、うん……。なんだか緊張するわね……」
「自分でやれと言っておいて、なんだよそれは」
「だって、こうして抱きかかえられて、ソウジの顔を見上げるなんて、今まで経験ないし……」
ぐぬぬ。そう言われると、こちらまで意識してしまうじゃないか。
廊下の窓から差し込む月の光に照らされたリグミナの表情は、いつもより大人っぽく見える。
「ねえ、月が綺麗ね」
「そうだな」
「このまま庭の散歩に行かない?」
「抱きかかえたままでか?」
「当たり前じゃない」
なんて傍若無人なのだ。
コケて地面に叩きつけられても文句を言うなよ。
結局リグミナのワガママを聞いてやる事にした。
宿の庭園に向かう途中、妖狐の仲居の子に出くわしたが、意味深な笑顔を浮かべて見送ってくれる。変な気を使わんでくれ。
それよりも、女将に見つかったら大変な事になりそうな予感しかしない。
リグミナをお姫様抱っこしたまま、庭園を散策する。
池に落ちないように気をつけないと。二人して落ちたら洒落にならんだろうな。
それよりも、リグミナだけ池に落としたら、それはそれで面白いかも。
「ちょっと、変な事を考えてないわよね~?」
ジト目のリグミナが首に抱きついてきやがった。
俺の考えを読むとは、流石だな。
それはそうと、酒臭い。まだ酔ってるらしい。
「あ、見て見て、ホタル!!」
リグミナが子供のようにはしゃぎながら、ふわふわと飛ぶ光を指差す。
しかし、あのホタルになんとなく違和感が……。
「わあ、あそこにもこっちにも!!」
「おい、暴れるなって。暴れるなら降りろ」
「いや! ちゃんと抱いてて!!」
まったくワガママな女神だな。
実年齢は知らないけど、女神としてまだ若いらしいので、子供っぽい部分が抜けきってないのかもな。
「あのね。私、ホタルって初めて見たの。私の住んでた場所って、自然が全然なくて……」
「そうなのか? まあ、俺も野生のホタルは一度しか見た事ないけどな」
あれは幻想的だったな。
弱々しい光がふわりと漂っているのに目を奪われた。
しかし、目の前のホタルらしき光は、大き過ぎる気がするんだけど……。
リグミナはホタルだと信じ込んでるので、わざわざ指摘する事はないか。
そのリグミナが静かになったと思ったら、寝てしまったみたいだ。
まったく世話の焼ける奴だ。
そう思って抱え直してると、前方に人影が見えた。
その人影の周囲に沢山の光が舞っている。
思わず見惚れていると、人影がこちらに気づいたみたいだ。
「あら、クラタ様じゃないですか」
まさかの女将である。
その女将の視線は、俺が抱きかかえている物体に釘付けだ。
「あ、いや、こいつ酔っ払ったみたいで介抱してたんですよ」
何もやましい事は無いはずなのに、思わず言い訳っぽい事を言ってしまう。
「そうですか」
微笑む女将の目は笑っていない。
俺が一体何をしたんだよ!!
とにかく話題を変えよう。
「そ、それよりも、女将はここで何をしてるんですかね?」
「私ですか? 狐火を操る練習ですよ」
「狐火?」
「ほら、これですよ」
女将の手の平から小さな炎が発生し、それが小さな狐の形になって踊り出した。
なんとも幻想的で、思わず見入ってしまう。
「凄いですね……」
「ですが、私は妖狐としては下級ですので、狐火の扱いはまだまだなのですよ」
「これで、まだまだなのですか?」
女将の周囲の光が全て狐の形になって、一斉に踊り出している。
どう見ても、下級の妖狐の力とは思えない。
「元当主様である大女将の足元には、到底及びません」
「まあ、あの人は別格でしょうよ」
俺の焼肉を勝手に食べ尽くし、お礼に煎餅をくれた、恐ろしくも美しい妖狐を思い出す。
「ですので、こうして私は修行を続けているのですよ」
「月並みですけど、大変ですね」
「慰めてくれるのですか? でしたら、言葉じゃなくて行動でお願いしたいですね」
なんだか女将がグイグイと来るのですが。
狐の獣人だし、肉食系なのだろう。
って、冷静に分析している場合じゃない。
「いやいや、両手が塞がってますし。ちょっと無理そうですね、あははは……」
「その荷物を置いたらどうですか?」
遂には荷物扱いかよ!?
しかし、女将の詰め寄りは止まらない。
彼女の目は、明らかに獲物を狩る者の目だ。
「す、すまない!! またの機会に!!」
「ああ、クラタ様ぁ~~~」
俺にはミユという大切な子がいるんだ。
背後から悲し気な女将の声が聞こえるが、心を鬼にしてその場を後にした。
「はあ、はあ、はあ……危なかったぜ……」
どうにか女将から逃げ出せたが、息も切れ切れである。
そりゃ、リグミナを抱えながら浴衣姿で走るなんて、無茶もいいところだ。
「へえ、ソウジの事をちょっと見直したわ。私を見捨てないで守ってくれるなんて」
「なんだよ、起きてたのかよ」
リグミナが俺の腕の中から、ヒラリと地面に飛び降りた。
「あの女将の妖気にあてられて、寝てなんかいられないわよ。何が下級よ。彼女、相当な実力の持ち主よ」
逃げずにあの場所に留まっていたらと考えると、思わず身震いしてしまう。
「だけど、残念だったな。さっきのが本物のホタルじゃなくて」
「仕方ないわね。でもいいわ。いつか本物のホタルを見つけるんだから!」
腰に手を当てて踏ん反り返るリグミナの前をふわりと緑色の小さな光が横切った。
「おい、今のって……」
「ホタルだわ!」
歓喜の声を上げるリグミナの周囲にいくつもの小さな光が飛び交う。
今まで隠れていたのだろうか、あちこちから飛んでくる。
その幻想的な光景に、お互いに言葉を失ってしまう。
「本物を見られて良かったな」
「ええ。ありがとね、ソウジ!」
リグミナの笑顔は、年相応の少女の笑顔であった。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
「うん、お休み。ソウジ」
リグミナを部屋まで送り届けた。
俺はどこで寝ようかなあ。仕方ない。アルジットとトルゲの部屋で寝るか。
そう考えて廊下を歩いてると、背後から恐ろしい気配が。
「クラタ様。ようやく見つけましたよ」
「お、女将……!!」
「さあ、私の犬歯を愛でてくださいな」
「ひいぃぃぃ!!」
美人女将だが、何故か殺気まで纏ってやがる!
俺が一体何をしたんだよ!!
結局、その晩は朝まで女将から逃げ回ったのであった。




