75 エピローグ
俺はみんなにミユが転生者だと話す事にした。
ミユのプライベートな事なので、話すべきではないとは思ったが、少しでもミユが元気になる方法が見つかればと話したのだ。
ミユが静かな寝息を立てているのをみんなで見守る中、ミユの正体を明かした。
「そうだったのね……。ミユちゃんが転生者なら、これは女神である私の領分ね。だけど転生者だったなんて、まったく気づかなかったわ」
最初は自分の正体を隠していたリグミナだが、今はそんな余裕はない。
他のみんなも敢えて気にしていないし、随分前から正体に気づいていたのだろう。
「じゃあ、リグミナの力でミユを助けられるのか!?」
「私とは違う世界の神が関わっている可能性が高いから、なんとも言えないわ……」
「どうにかならないのか?」
「ごめんね。私の権限だとこれ以上は関われないの。多分これ以上踏み入ると、女神の資格をはく奪されると思う」
「……そうか」
流石にリグミナにリスクを負わせられない。
女神の資格をはく奪されたなら、リグミナは力を失って普通の人間になってしまうのだろう。
仮にリグミナが協力してくれたとしても、ミユが助かるのか分からない。
この件に関して、リグミナに無理強いするのはどうかと思う。
「私もミユさんのために霊薬と呼ばれる物を集めてきましたけど、全て効果がありませんでした。やはり、ミユさんがこの世界の存在では無いのが原因なのかもしれません……」
エーシャが悲痛な表情を浮かべている。
彼女もあらゆる伝手を使い、金銭を惜しまずにミユのために霊薬を集めてきてくれたのだ。感謝しかない。
「ねえ、ガイラさんならミユちゃんは助けられないの? ドラゴンの力でどうにかならないの?」
「無茶を言うな、ルネイアナ。どうしてもと言うなら、ミユの体に仮初めの魂を入れて動かす事は可能だが、邪法である上、それは既にミユではない存在になってしまう」
ルネイアナとガイラさんも悔しそうだ。
「ミユお姉ちゃん……元気になってください……」
マナシエが嗚咽を漏らしながらミユに抱きついている。
アイニとフィルデの二人も泣きながら、それを見守っている。
何もしてやれない自分が悔しい。
代われるものなら、ミユと代わってやりたい。
万が一、ミユが死んでしまったら後を追ってしまおうか……。
「ソウジ、ミユちゃんにもしもの事があったら、後を追おうと思ってない?」
俺の考えなんて、リグミナにお見通しらしい。
「後ろ向きな考えをしては駄目よ。そんな事をしたらミユちゃんが悲しむわ。それに、私達だってソウジがいなくなったら悲しいんだから」
「……そうだな。変な事を考えてしまった。すまん」
みんなが悲しそうに俺を見つめている。
間違っても、ミユの後追いなんてしたら駄目だな。
一時の気の迷いを振り切っていると、突然リグミナが頭をかきむしり始めた。
「ああもう! 仕方ないなあ!! ちょっとこの世界の神に問い合わせてみるから!!」
「どういう意味だ?」
「言葉通りよ。私も一応女神だから、この世界の神にミユちゃんの転生に事や諸々を聞いてきてあげるって言ってるのよ!」
「そんな事をしたら、女神の資格をはく奪されてしまうんじゃないか!?」
「今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ! じゃあ行ってくるから!!」
リグミナがそう言い残して消えてしまう。
いきなりだったので、その場の全員が止める間も無かった。
「リグミナ様は、本当に女神様だったのですね……」
フィルデがポツリと漏らすと、エーシャとガイラさんも頷く。
「私、実は彼女の事を妄想癖の強い女性だと思っていました」
「我は正直、あれの事をペテン師だと思っていたぞ」
二人とも、流石にそれはひどくないか?
呆れていると、アイニとルネイアナも続く。
「私は異世界人だと知っていましたが、女神というのは誇張だと思ってました……」
「私も。ソウ君が頭の残念な子って言ってたからね~」
君達もそれなりに失礼だよな。
……って、俺もそうか。
「わたしは、リグミナさんが女神様だって信じていましたよ」
やっぱりマナシエは天使だよ。
ほら、君達もこの子を見習いなさいよ。
「おとうさんが一番信じてなかったんじゃないですか?」
「確かにな。ソウジはいつもリグミナの扱いがひどかったしな」
「ソウジ様、女神様に対して不敬ですよ」
「クラタさんが本当に女神様と思っていたら、親戚の子なんて扱いをしませんよね」
「女神すら適当に扱うなんて、ソウ君らしいわね~」
え? 今度は俺が責められる番なのか?
それは納得いかないぞ!
「クラタさん、駄目ですよ」
マナシエまで!?
くそ、こんな時はいつもミユがフォローしてくれるのに……。
詮無い事を考えていると、いきなり光の粒子が降り注ぎ、リグミナが姿を現した。
あまりの神々しさに、その場の全員が呆然としてしまう。
「あのさあ、今の全部聞こえてたからね! みんな、私の事をなんだと思ってるのよ!!」
女神様は大変にご立腹である。
しかし、今はそれどころではない。
「リグミナ、ミユの事は分かったのか?」
「いきなりスルー!? まあいいわ。この世界の女神エルファルドってのに会ってきたわ」
「それで、その女神はなんと言っていたんだ?」
「ええっとね、腐れ縁の使徒と連絡がつかないって機嫌が悪かったので、彼女の愚痴を聞いてきた」
「こんな時にふざけてるのか?」
「ふざけてなんかないわよ! というか、私も女神なのよ!? 少しは敬ってよ!!」
「すまん、悪かった。ミユについて情報を得られたのか?」
「ミユちゃんを転生させたのは、女神エルファルドも知らない異界の神だって」
「それはどういう事だ?」
「女神エルファルドでもどうにもならないって事。そして、もう一つ分かったのは、ミユちゃんは転生させた神と契約していたみたいなの」
「契約だって?」
「猫だったミユちゃんが転生して人の姿でいられるのは、自分の恋心が相手に伝わるまでの時間という契約なんだって。願いが叶って契約が終わったので、いずれ猫の姿に戻ってしまうんだと思うわ」
なんという事だ。
俺がミユの気持ちに応えたから、ミユが人としての姿でいられなくなってしまったのか!?
「しかも、それは契約が終わるのと同時に思い出すんだって。随分とえげつない事をする神よね……」
ミユは自分が転生者だという事を思い出したと同時に、人としていられる時間が終わったのを理解してしまったのだ。
どんなに嘆いても、俺達にはもうどうする事もできないのだろうか……。
それから俺は可能な限り、ミユと一緒にいるようにした。
ミユはもう目も開けられなくなり、言葉も話せなくなってしまったが、それでも話し掛ければ僅かに微笑んでくれている気がする。
「ミユ、今日は天気がいいな……」
ミユを抱きかかえ、彼女のお気に入りだった縁側で日向ぼっこをする。
もう返事をしてくれないし、瞳を閉じたままだが、わずかに嬉しそうな反応を示してくれる。
他のみんなは、俺とミユに残された時間を優先してくれていて、感謝してもしきれない。
何も語らないミユを抱きしめると、自然と涙が零れ落ちる。
ここで俺が泣いては駄目だ。ミユが悲しんでしまう。
涙を拭っていると、ふと目の前に人の気配を感じた。
「あ、すみません。ちょっと通り掛かった者でして……」
気づくと、青年がそこに立っている。
いつの間に現れたのだろうか。まったく気づかなかった。
「ええっと、俺は怪しい者じゃないです。ちょっと娘達の様子を見に来ただけでして……」
青年は、ばつが悪そうに頭をかいている。
とてもじゃないけど、娘がいるような年齢には見えないけど、できちゃった婚とかの可能性もあるな。
その一方、見た目の年齢にそぐわない気配が青年から漏れ出ている。
何か得体の知れぬ恐ろしさを青年から感じ取り、背筋が寒くなった。
多分だけど、この青年は人間ではない。
一体何が目的で、俺の前に姿を現したのだろう。
こんな時に限って、エーシャやガイラさん達がいないなんて間が悪いな。
動揺を覚られないように、務めて明るく返す。
「娘さんは、近くのセービルの町に住んでるのですか?」
「あ、ああ……そんな感じですかね。遠くからですけど、元気そうな顔が見られて良かった」
「直接会わなかったのですか?」
「元気な様子が分かっただけで充分だからね」
娘さんに会えない事情でもあるのだろうか。
離婚して親権が無いとか?
……って、そんな事を俺が詮索しても意味が無いな。
「それはそうと、その子はあなたの大切な人ですかね?」
青年は俺の腕の中で眠るミユに興味を示した。
年頃の少女を抱きかかえているので、不審な男と思われたのだろうか。
「ええ、この子は俺の大切な存在です」
言外に犯罪じゃないぞという気持ちを含ませておく。
「そうですか……。余計なお世話かもしれないけど、本当の想いは言葉にしないと通じない事もありますよ」
「……どういう事です?」
「いえね、想いを言葉にすれば奇跡だって起きるんじゃないかなあって……」
この青年は何を言いたいんだ?
思わず訝しんでしまう。
「おっと、もう時間ですかね」
青年が視線を向けた方を見ると、町の方からエーシャとガイラさんが帰ってくる姿が見えた。
「それじゃ、後悔の無いようにね」
気づくと青年の姿が消えていた。
それにしても、今の青年が言っていた事はなんだったのだろうか。
『後悔の無いようにね』
最後に聞いた青年の言葉が妙に印象に残る。
本当の想いとはなんだろう……。
ふと、考えてみる。
「……ミユ、愛してるよ」
すると、自然と思った事が言葉になって口から出た。
次の瞬間、ミユの瞳がうっすらと開く。
「クラ……タん……」
「ミユ!?」
今まで喋る事もできなかったミユだが、弱々しく言葉を口にした。
だけど、息も絶え絶えで苦しそうだ。
「あ……のね……、おねがいが……あるにゃ……」
「ああ、なんでもお願いしてくれ!」
ミユは優しく俺の顔を触れ、小さな声で呟いた。
「分かったよ」
俺はミユの手を優しく握り返し、瞳を閉じたミユにそっと唇を重ねる。
「クラタん……ありがとうにゃ……」
それだけ言い残すと、握っていたミユの手が力なく落ちたのだった。
◆◆◆
あれから一年後。
俺は縁側で日向ぼっこをするのが日課となっていた。
膝の上では、キジトラの猫が気持ちよさそうに眠っている。
撫でると喉をゴロゴロと鳴らした。お前は本当に日向ぼっこが好きだよなあ。
「ソウジよ、ここはお前の畑だろう。サボらないで手入れをするのだ」
目の前に広がる家庭菜園の手入れを手伝ってくれているガイラさんに文句を言われてしまった。
なんだかんだ言って、ガイラさんも意外と面倒見がいいんだよな。
正体が地竜なので、土いじりが性に合っているのかもしれない。
麦わら帽子も似合ってるし。
さて、俺もそろそろ働くとしますか。
膝の上で眠る猫を優しく下ろすと、『うにゃあ』と不機嫌そうな鳴き声で抗議してくる。
まったく、お前はマイペースだなあ。
「今日は雑草抜きを頑張るとするか」
以前、エーシャに除草剤をもらったのだけど、逆に雑草が凄まじい勢いで成長してしまった苦い経験があるので、あいつの出す物は信用しない事にした。
「しかし、抜いても抜いても生えてくるとか、どんな嫌がらせかよ」
「フフフ、我が耕した畑だからな。そんじょそこらの土と違って、栄養も豊富だぞ」
そんなに胸張って言う事じゃないだろうよ。
確かに肥料要らずの畑で凄いけどさ。
文句を口に出さずにブチブチと雑草を引き抜く。
これは地味に重労働かもしれない……。
「やっぱ面倒くさい!!」
「黙って働け、ソウジ!!」
またガイラさんに怒られてしまった。
はいはい、真面目にやりますよ。元々俺がやりたかったスローライフなんだし。
「クラタん、頑張るにゃ! アタシも頑張って雑草抜くにゃ!!」
先行して雑草を抜いていたミユが励ましてくれる。
ミユに励まされたら頑張らないといけないな。
「ようし、ミユのために頑張るぞー」
「クラタん凄いにゃー」
「……おい、我の前でイチャつくのは嫌がらせか?」
「雑草を抜いてるのがイチャついて見えるのかよ!?」
「むふふ~、アタシとクラタんのラブラブ雑草抜きにゃ~」
「ほら、やっぱり我に対する嫌がらせだろう!?」
「ミユもあんまり調子に乗るんじゃないの」
「クラタん、アタシの事を愛してると言ったにゃ!」
「それ今は関係無いだろう!?」
「お主達、どれだけ我に嫌がらせをするつもりなのだ!?」
結論を言うと、あれからミユは急激に回復していったのだ。
リグミナやエーシャ達も首をかしげるばかりであったが、ミユ自身からその理由が語られた。
なんでも、ミユが人の姿に転生するために契約した内容だが、自身の恋心が相手に伝わった後、本物の愛が生まれたら転生は完成されるとかなんとか。
早い話、ミユにとっての王子様のキスで人の姿のままでいられる事になったらしい。
そんな訳で、俺は随分と周囲からいじられたものだ。
ミユはその話をする度に嬉しそうに抱きついてくるので、文句が言えなくなってしまったのである。
そのミユは、最近髪を長く伸ばして、すっかり大人っぽくなった印象だ。
下世話な話だが、体つきも随分と大人っぽくなって、色気が増したというか……。
「ところでソウジよ、我との約束を覚えているか?」
「……約束?」
「忘れたとは言わさんぞ!! 我が各地の領主に魔物の件を周知させる際、破壊行為をするなと言ったであろう!! 我はお主の言いつけを守ったぞ!!」
言ったかもしれない。
そして、約束を守ったらご褒美をあげるという、とんでもない約束をした記憶がある。
「さあ、そのご褒美をしてもらおうか」
「なんで今頃それを言うんだ!?」
「おのれ! ミユの事があったから一年も待ってやったのだぞ!? そんな優しい我に冷徹な仕打ちをするなんて、ソウジは残酷非道な男だな!! ソウジは嘘つきだって町中で言いふらしてやる!!」
「分かった、分かったから!! それはやめてくれ!!」
まったくもう、ガイラさんもすっかりワガママになってしまったよ。
思わず溜息を吐いていると、肩をポンと叩かれた。
「クラタん、ドンマイにゃ」
俺を見上げるミユの笑顔が眩しい。
……俺の求めていたスローライフがようやく手に入ったので、これはこれで良かったのだろう。




