62 私、益々おじさまの事が気に入っちゃった~
ミユとフィルデとエーシャが暴れてくれたおかげで、俺の出番はまったく無かった。
楽と言えば楽なのだが、なんとなく不完全燃焼である。
とは言うものの、例の盗賊がこんな簡単に討伐される訳が無いだろう。
フィルデとパーティーを組んでいた連中だ。油断はできない。
「おとうさん、そろそろみたいですね」
「ああ、そうだな……」
探知魔法に四人組の反応が現れた。
これは……只者じゃないな。今までにない気配を感じる。
ガイラさん程ではないが、可能ならやり合いたくない相手だ。
捕まっていた四人組を端にどかしていたミユとフィルデに視線で合図する。
二人とも無言で頷いた。
「あらあ~? 私のかわいい下僕が全滅じゃない~?」
何も無かった空間を切り裂くようにして最初に姿を見せたのは、フードを目深に被った露出の激しい服装の女だ。
こいつが『沈黙のエルダ』なのだろう。
「……ふむ、風の精霊が騒がしいな」
続いて現れたのは、目つきが鋭い長髪のエルフの男だ。
こいつが『風牙のロヴェン』か。
「へへっ! 久々に歯応えのある奴だといいな! 男も女もすぐ壊れちまう!!」
お次は熊みたいな獣人の大男だ。
いかにも脳筋って感じだが、恐らく『圧殺のオーグ』だろう。
「うぷぷぷ! ケモ耳美少女がいるじゃないか! ボクちんのストライクゾーンにど真ん中!」
最後はなんか太った眼鏡の男だ。
消去法からすると、こいつが『眼鏡を指でクイっとするガリベン』なのか……。
なんというか、ノーコメントである。
「あらあらあら~、誰かと思えばフィルデじゃない! あなた生きていたの~? 奴隷に堕ちて男達の慰み者になってたと思ってたのに~」
沈黙のエルダがフィルデを見下すようにケラケラ笑っている。
随分と饒舌だが、沈黙の二つ名は嘘なのか?
「ふむ、この私をコケにした獣人女か。丁度いい、ここで始末してやろう」
「ぐへへへ! 俺が抱きしめてやるよ! 背骨ごとへし折っちまうけどな!」
「うぷぷぷー。ボクちんのオモチャになってくれるなら、命だけは生かしてやらない事もないよー!」
他の三人の男も大概だな。
フィルデがパーティーを抜けられて良かったよ。
そのフィルデの反応なのだが、呆気ないものである。
「ええっと、騙された恨みはあるのですが、正直あなた達の事をよく憶えてないのですよね……」
これには紅一点の沈黙のエルダが表情を一瞬引きつらせる。
「……っ!? ふふん、きっとあまりのショックで記憶を失ってしまったのね~。可哀想に。だけど、嫌でも思い出させてあげるわ。……そして、再び奴隷に堕としてあげるから」
「そう言われましても、私はどうでもいい事はさっさと忘れるタイプですので、きっとあなた達の事はどうでも良かったのでしょう」
うわあ……この子、素で煽ってるよ。
煽りの才能があるんじゃないか? 他の三人の男もブチ切れ寸前っぽい。
そんな事を考えていると、突然エーシャが攻撃魔法を発動させた。
「──風月刃!! 乱舞の舞!!」
エーシャが凄まじい数の風の刃で四人を攻撃する。
一応は相手が名乗るまで待ってやれよ。
四人が無残に切り刻まれるかと思ったのだが、何か様子がおかしい。
「……やはり、この程度では通じませんか」
エーシャが風の刃の乱舞を睨みつける。
その風の刃が段々と数を減らしていくと、次第に無傷の四人が姿を現した。
「雑種は礼儀がなっていないな。お前みたいな雑種が純血種のエルフに敵うと思っているのか?」
風牙のロヴェンが杖を掲げると同時に、俺達は地面を蹴ってその場から離れた。
その直後、俺達のいた場所は滅茶苦茶に切り刻まれていた。
あれが無詠唱魔法というのか?
「おとうさん、あいつは私が相手をします。……雑種と言われて、黙ってる訳にはいかないですからね」
エーシャが飛び出すのと同時に氷柱や火球で攻撃を仕掛ける。
「私の風の護りの前には全てが無力化する!」」
風牙のロヴェンの周囲に見えない障壁でもあるのだろうか、エーシャの攻撃が全て防がれてしまっている。
「あらあ? よそ見はいけないわ。素敵なおじさまは私の相手よ~」
咄嗟にショートソードで防御すると、沈黙のエルダの短剣を弾いた。
「うふふ、いい反応ね。殺すには惜しくなっちゃった」
「そいつは嬉しい申し出だな!!」
横薙ぎに斬りつけるが、ひらりとかわされてしまう。
やはり、一筋縄で倒せる相手ではないか……。
「じゃあ、俺はこの猫の小娘を相手するか。すぐに壊れてくれるなよ?」
「うにゃあ! 暑苦しいやつにゃ!」
ミユは襲い掛かる圧殺のオーグの拳を自身の拳で受け止めるが、圧倒的な体格差で、弾き飛ばされてしまう。
「うにゃあ!? なんて重いのにゃ!?」
「ぐへへ、お嬢ちゃんのパンチは痛くもかゆくもないぜ?」
「うぷぷぷ~。ボクちんの相手はフィルデか。ラッキー! ボクちんの事を散々バカにしやがったけど、その無駄に大きい胸を揉ませてくれたら、少しは優しくしてやってもいいけどね」
「お断りします。気色悪くて反吐が出そうです」
「……くっ! ボクちんが下手に出てれば調子に乗りやがって! 土槍撃刃!!」
眼鏡を指でクイっとするガリベンの周囲の地面から無数の鋭い槍がフィルデに襲い掛かる。それをフィルデは爪剣で全て切り裂いていく。
あれをしのぐとは流石だな。
「あらあ? 私がいるのに、またよそ見なの~? いけないおじさまね!」
「しまった!」
エルダが身を屈めて急接近してきた。咄嗟に身をひねったが胸元を切り裂かれて鋭い痛みが走る。
今のは危なかった。避けなければ、あやうく首をかき切られていたところだった。
「ふうん? おじさまって中々やるわね。ところで、私の二つ名って知っているかしら?」
エルダは楽しそうに瞳を細める。
その瞳の色は宝石のように紅い。
「戦闘中に無駄話とは随分と余裕だな……。二つ名って『沈黙のエルダ』ってやつか?」
「あらあ! 知っててくれたのね! 私、益々おじさまの事が気に入っちゃった~」
「そうかい。俺は君みたいなお嬢さんは、ご遠慮したいんだが……」
この間にも、エルダが凄まじい速度で斬りつけてくる。
切り傷もどんどん増えていた。
なんとか反撃に持ち込みたいのだが、防ぐのだけで精一杯だ。
……他の三人は大丈夫だろうか。
「風の精霊よ、我の呼びかけに応じてこの雑種を切り裂け──」
「きゃああぁぁ!!」
エーシャが魔法で押し負けているだと!?
しかも、彼女が得意としている風魔法だなんて……。
「お嬢ちゃんよう、ちょこまかと逃げるな!! おらぁ!!」
「うにゃあ!!」
ミユがオーグに殴られ地面に叩きつけられてしまった。
すぐにでも助けに行きたいが、エルダがそれを許してくれない。
「ほらあ、よそ見は駄目って言ってるでしょ?」
今度は左腕を切り裂かれた。
くそ、フィルデは大丈夫だろうか……。
「うぷぷぷぷ! ボクちんの雷槍撃刃と氷槍撃刃と火槍撃刃、ついでに毒沼臭気のお味はどうかな? フィルデは遠距離攻撃と魔法耐性が弱いからね! 頭脳派のボクちんの勝利!!」
「く……あなたみたいなのに、こうまで翻弄されるとは……」
フィルデもボロボロだった。攻撃を仕掛けようにも魔法で反撃を受けて、手も足も出ない状況のようだ。
あのガリベンが言うように、絶対的に相性が悪い。
俺はともかく、あの三人がここまで苦戦するとは思わなかった。
正直、俺以外の三人がいれば楽勝だと思っていたのに、それがこんな事になるとは……。
Aランクの力量を軽んじていた結果がこれなのか。
ギルドで心配する冒険者達に対して、対策を考えてるから大丈夫だなんて大口を叩いた事が恥ずかしい……。
「あらあら~。ここまで耐えたのって、おじさまが初めてよ~。 どう? おじさまが私の下僕になったら、命だけは助けてあげるわ~?」
こんな奴の下僕にだって?
そんなのはお断りだ。こうなったら最後の手段、ブースト強化だ。
短時間だが全ての能力が数倍になるスキルだ。これで一気に片をつけるぞ。
「君みたいなお嬢さんは、遠慮すると言っただろ?」
「ふうん。そうなの。つまんない」
……?
おかしい。ブーストスキルが発動しない。
一体どういう事だ?
「うふふ。さっきの私の二つ名の話の続きだけど、私の前では誰もが沈黙するしかないの。私の前では全ての魔法、スキルが使えなくなって、みんな黙り込んでしまうから。……だから『沈黙のエルダ』っていうの」
駄目だ。これは勝てない。全身から力が抜けてしまった。
ガイラさんがいてくれたら、こんな事にはならなかっただろう。
リグミナやマナシエ、それにアイニとルネイアナ達も悲しませてしまうな。
今更後悔しても遅いって、こういう事なのだろう。
紅い瞳を輝かせながら笑顔で斬りかかってくるエルダを前にして、何もできない。
そのまま全てをあきらめようとした時だった。
「おじさま、楽しかったわ。さような────ウボァァ!!」
突然、エルダが吹っ飛んでいった。
何が起きたんだ!?
「あーあー、こんな奴らに苦戦してるとか、まだまだ修行が足らんぞー」
「ちょっと、姉さん! いきなり不意打ちで頭突きは可哀想でしょ!?」
「うるさいなー。こういうスキル封じを使う奴は直接攻撃が一番なんだよ」
射的の店で勝負したエルフ姉妹が何故ここに?
「おい、あんた無事かい?」
「あ、ああ、俺はなんとか無事だけど……」
ミユ達の方を見ると、妹さんが魔法陣から召喚したごついゴーレムで、オーグとガリベンを地面にねじ伏せていた。
「おうおう、エーシャよ。こんなクソみたいな男に苦戦してるのか?」
「母さん!? どうしてここにいるんですか!?」
なんですと。
あれがエーシャの母親だと……。
「お前がこの雑種の母親なのか? お前みたいに人間の男にすぐ股を開く女がいるからエルフの品位が落ち────ウボァァァァァァ!!」
エーシャの母親がエルフの男に頭突きをして吹っ飛ばしていた。
あれ魔法すら使ってないよなぁ。




