48 聞き覚えすらないのですが……
翌朝、朝食を食べようと食卓に着いたら、ガイラさんが顔を両手で覆ってうつむいていた。
「昨晩の自分を殴りたい……なんであんな事を言ってしまったのだろう。我のバカ、バカ……!!」
多分、あれだ。
昨夜に自分の体を自由にしていいとか酒場で豪語してた件だろう。
しかし、我が家の食卓は相変わらずカオスだなあ。
先日はフィルデがいきなり土下座してたり、今日はガイラさんが自己嫌悪に陥っている。
そんな光景を見慣れてるのか、マイペースなのかは知らないが、ミユは既に食べ始めてるし。
リグミナも呆れながら朝食に手をつける一方、フィルデが心配そうに尋ねてくる。
「あのう、ソウジ様。昨晩はガイラ殿に何があったのですか……?」
「気にするな。フィルデも早く朝食を食べなさい。マナシエも気にしないでいいからな」
困惑するフィルデとマナシエは、顔を見合わせつつ食卓に着く。
相変わらずガイラさんが両手で顔を覆って嘆いているので、ちょっと面倒くさい。
そんでもって、覆った手の指の隙間からこちらをチラ見してくる。
このまま無視したら余計に面倒になるのは火を見るよりも明らかだ。
仕方ない。一応フォローしておくか。
「あー、昨日は俺も酔ってて何も覚えてないんですよねー。ガイラさんと何を約束をしたのかサッパリだなー」
我ながら棒読みもいいところだ。
しかし、ガイラさんはパッと顔を上げる。
「そ、そうか! 何も覚えてないのだな! それは重畳、さあ朝餉を頂くとするか!!」
単純って素晴らしい。
これでようやく落ち着いて朝食を食べられると思ったのだが……。
「え? 本当に覚えてないの? ソウジが盗賊を討伐したら、ガイラが一晩ソウジに自由にされてもいいって約束してたじゃない?」
多分わざとなのだろう。リグミナが蒸し返してくれやがった。
「あ、あ、あ、あああああああああぁぁぁぁ!!」
顔を真っ赤にしたガイラさんが再び顔を手で覆ってしまった。
「ソウジ様、そんな約束をしたのですか!? 私なら一晩とは言いません! 一生でも構いません!!」
「待つにゃ! クラタんの愛人はアタシにゃ!!」
早速やかましくなってしまった。
「二人とも食事中は大人しくしなさい! マナシエが驚いてしまってるだろ!」
当のマナシエは、頬を染めつつも大人しく朝食を食べている。
ポンコツな大人達のおかげで、食卓が騒々しくなってゴメンなー。
「ほら、ガイラさんも昨晩の事は冗談と受け取ってますから深刻にならないで!」
「そ、そうか。ソウジよ、お主はいい奴だな!」
まったく……後悔するなら最初から言うなっての。
諸悪の根源のリグミナは我関せずって顔してるし……。
この先が思いやられるわ。
そんなこんなで、朝食を済ませて今日の予定を立てる。
早速リグミナは部屋にこもって薬品作りに精を出すそうだ。
たまには外に出ないと健康に悪いぞ。
「日に焼けたくないから出たくないのよ」
はあ、そうですか。
マナシエはエーシャの店に行くらしい。
定期的に通っていて、色々と勉強を教えてもらってるとか。
まさかだけど、薄い本とか読まされてないよな……?
「だ、大丈夫ですよ! 性教育とかまだ早いですし!」
なんでそこで急に性教育が出てくるんだ?
ガイラさんは新居の建設工事の手伝いだそうだ。
なんでも、また地下を掘り進めてるとか。一体どこまで掘るつもりなんですかね。
「フフフ、我がこの南の大陸全土に秘密地下通路を行き渡らすのだ!」
ああ、はい。頑張ってくださいね。
フィルデとミユは俺と一緒にクエストを探しに行く予定だが、フィルデには元のパーティーメンバーが盗賊になっている事を伝えないといけないんだよな。
どのタイミングで言うべきか……。
「ソウジ、こういうのは早い方がいいんじゃない?」
「リグミナの言う通りだぞ。後回しにすればする程に状況が悪化する」
二人とも、他人事だよな!?
「クラタん、フィルデに隠し事してるにゃ?」
ミユさんや、君はどうしてそう鋭いのかなぁ。
「隠し事は……よくないです」
マナシエにそんな事を言われたら、もう隠しておけないじゃないかよ。
俺は意を決して、フィルデと向き合う。
そのフィルデは不思議そうに首をかしげて俺を見つめている。
「あのな、『風の咆哮』という盗賊達が南地区との境付近に出没してるらしいんだ……」
「なんと、それは良くないですね。冒険者ギルドで討伐依頼がありましたら、私達で討伐しましょうか」
なんか、物凄く反応が薄くないか?
覚悟して伝えたのに、全然拍子抜けじゃないかよ。
思わず、リグミナとガイラさんとで顔を見合わせてしまう。
「ねえ、フィルデ。『風の咆哮』って、聞き覚えがない?」
「風牙のロヴェン、圧殺のオーグ、沈黙のエルダ、眼鏡を指でクイっとするガリベンだぞ? 本当に聞き覚えはないのか?」
二人が問い質すのだが、フィルデは本当に知らないのか、困った表情で首を横に振る。
「申し訳ありません。聞き覚えすらないのですが……」
流石に人違いって事はないよな……?
少し聞き方を変えてみよう。
「フィルデが組んでいた元パーティーらしいんだけど、本当に知らないのか?」
「私が組んでいたパーティーですか……?」
フィルデの眉間にしわがよる。
騙された過去の屈辱は忘れていないようだ。
「正直申しますと、パーティー名やメンバーの名前もほとんど知らないのですよね……」
「自分が所属していたのに、知らないだと……!?」
「はい、誘われて所属したのですが、あまり人間関係が良いパーティーでなくて……」
フィルデの歯切れが悪い。
余程にギスギスしていたパーティーだったのだろう。
「思い出してみたら、確かにエルフの精霊使いに獣人の戦士、女性の暗殺者、眼鏡の魔法使いがいたような……」
陥れられた経験がある割には、随分とあやふやだなあ。
リグミナとガイラさんも呆れ顔だ。だけど、フィルデがいきなり激高しなくて良かったよ。
「フィルデ、嫌な事を思い出させてしまうかもしれないが、どんなパーティーだったんだ?」
もし戦う事になれば、それぞれの能力や戦闘スタイルを把握しておきたい。
「少し思い出しました。私が所属するなり、エルフと獣人と魔法使いの三人の男性が色々と良くしてくれていたのですが、何故か女性の暗殺者の機嫌が段々と悪くなっていったんですよね……」
フィルデさんよう。無自覚にサークルクラッシャーになってません?
「それ以降、目に見えてパーティーの人間関係も徐々に悪化していったのです。ある日、まったく身に覚えがないのに私とエルフの精霊使いが関係を持った事になりまして、パーティーが凄く揉めたのですよ。実際には、エルフに食事に付き合ってくれと言われて付き合っただけなのですが……」
なんかもう先の展開が読めるような……。
「ケンカは良くないにゃ! みんな仲良くにゃ!」
ミユさんや、君はいい子だなあ。そのままの君でいてくれ。
それはそうと、マナシエは何故そんなに期待するような表情で聞き入ってるのだろう。
「争いは良くないですよね。私もそう思いましたが、獣人と魔法使いがエルフを責めて喧嘩になってしまいました。私も止めたのですが、逆効果になってしまって途方に暮れていたら、女性の暗殺者に『全てフィルデが悪い』と糾弾されました。続いて、他の男性達も口々にお前が悪い、こうなったのも全部お前のせいだと言い出しまして……」
おいおい、なんで朝からこんなドロドロした胸糞悪い話を聞かねばならんのだ。
って、なんでミユ以外の全員が続きを聞く体勢になってるんだよ。
「みんなひどいにゃ! フィルデは悪い事を一つもしていないにゃ! なんでにゃ!」
「分かりません……。ただ、私がパーティーに入った事により、人間関係が悪化したのは事実です」
いや、単に女暗殺者が男どもにチヤホヤされるフィルデに嫉妬して、ある事無い事を吹聴しただけの話だと思うぞ。
「私は謝りました。どうしたら許してもらえるのか、そしてまた元の関係に戻れるのだろうかと彼女に尋ねたのです」
それは悪手すぎるぞ、フィルデさんよう。
リグミナとガイラさんも呆れ返ってしまっている。
「すると、彼女は盗賊団の情報を掴んだので、仲直りを兼ねてパーティーで討伐しに行こうと提案してくれたのです。後は皆さんのご存じの通りでして……」
結局、嫉妬やらなんやらでフィルデを陥れたって訳か。
無駄にモテるフィルデも大変だなあ。
「一つ気になったんだけどさ、なんでそいつらが盗賊なんてやってるんだ? 元々は冒険者だったんだろ?」
「それは分かりません。ただ、周囲からは『あのパーティーには気をつけろ』と忠告されてましたが、仲間ができると浮かれていた私は忠告に耳を貸さなかったのです」
それ、無視しちゃ駄目なやつだからな。
恐らくだが、最初から後ろめたい事をやっていたパーティーだったのだろう。
フィルデの胸に目が眩んだ男達が揉めて、男どもを奪われて嫉妬に狂った女が暴走したと。
大体そんなところだな。
リグミナとガイラさんも同じ考えに至ったらしく、頷いている。
「クラタん! フィルデが可哀想にゃ! そいつらをやっつけるにゃ!」
ミユさんや、簡単に言わないでくれませんかね。
フィルデも戸惑ってるぞ。
「クラタさん、わたしは盗賊という存在が許せません」
マナシエが遠慮がちだが、普段見せないような強い意思のこもった瞳で俺を見つめてくる。
この子は両親を盗賊に殺されてしまった過去を持つ。
表に出さないだけで、盗賊に対して複雑な気持ちを抱えているのだろう。
「分かった。俺も討伐を手伝おう。それでいいよな、フィルデ」
「ちょ、ちょっと待ってください! これは私の事で、皆さんには関係が無いのでは……!」
フィルデが慌てたように首を横に振っているが、既に実害が出ているので無視はできない。
「ソウジもこう言ってるんだから、素直に手伝ってもらいなさいよ。騙されて悔しくないの?」
「フィルデよ、お主は騙されたと言って激怒していたではないか。その怒りはどこへ行った? 我は直接手出しをしないが、応援はさせてもらうぞ」
「わ、分かりました。お二人がそうまでおっしゃるなら……」
リグミナとガイラさんにも言われて、流石にフィルデも頷くしかなかった。
「せっかくなので、エーシャにも手伝ってもらうにゃ!」
何がせっかくなのかは分からないが、エーシャが素直に手伝ってくれるかは分からんぞ。




