19 先生とお呼びしてよろしいでしょうか
※中級魔族の一人称を修正しました
「ははは、ぶっつけ本番でもなんとかなるもんだな……」
ブーストの効果が切れ、途端に体が重くなる。
これで倒し切れてなかったら、詰んでないか?
今更ながら、ブーストスキルのデメリットを思い出す。
まあ、こうやってホブゴブリンだが、ゴブリンキングを倒せたのだから、結果オーライか。
そんな事を考えていたら、背後に強い気配を感じた。
咄嗟に振り返ると、異形の者が立っていた。
「吾輩の僕を倒したのは貴様か?」
流暢に人語を話すそれは、大きな角に鋭く伸びた牙と爪にコウモリみたいな羽が生えていた。
その姿は、物語に登場するような悪魔そのものであった。
こいつが魔族とやらなのだろう。
「再度問う。吾輩の僕を倒したのは貴様か?」
まずいな……。
これ、絶対に出会ったら駄目なやつだろ。
まだブースト解除後の硬直から復活できていない。
なんとかして、時間を稼がないと。
「だとしたら、どうする──」
その刹那、魔族の爪が首元に迫っていた。
「うぉっ!!」
本当に無意識だった。
咄嗟にショートソードで防御してなかったら、俺の首が飛んでいたかもしれない。
「……加護付きのミスリルの剣か。ここで始末しておかねば、後々厄介になるな」
欠けた自身の爪を見た魔族が俺を睨む。
ヤバいな。ピンチは去ってくれないようだ。
ブーストさえ使えれば、なんとかなりそうなのだが体はまだ重い。
「──死ぬがよい」
どこかのラスボスがそんなセリフを言ってたなあ。
やけに魔族の動きがゆっくりに見えた。
走馬灯じゃないけど、最期の時は時間の流れがゆっくりになるって、こういう事なのか。
魔族の爪が俺の首を切り裂こうとする瞬間、悪魔が消えた。
「クラタんに何するにゃーーーーーーー!!」
ミユが魔族を殴り飛ばしていた。
殴り飛ばされた魔族は、もんどりうちながら大木に叩きつけられた。
「ほっほーう。私のお父さんに手を出すなんて、いい度胸ですね」
続いて現れたエーシャが氷の槍を数十本と出現させ、魔族に向けて放つ。
その全てが突き刺さり、モザイク無しでは見られない状況である。
オーバーキルもいいところだ。
「クラタん、大丈夫にゃ!?」
「お父さん、父の代わりに罵倒させてくれると言ったじゃないですか! しっかりしてください!」
ちょっと、片方おかしくなくないか?
「ああ、なんとか大丈夫だ。助かった、二人とも」
「良かったにゃ。いきなりゴブリンの集団が消えたと思ったら、クラタんの方から嫌な気配がしたのにゃ」
「危ないところでしたね。まさか、中級魔族がいるとは思いませんでした……」
ひょっとして、俺はかなりマズい状況だったのだろうか。
「それにしても、よく結界を展開していた中級魔族を殴り飛ばせましたね」
「無我夢中だったので、よく分からないにゃ」
無我夢中で、どうにかできるミユの方がよく分からん。
魔族の方に目を向けると、奴が平然と立ち上がっていた。
まさか、あれだけの攻撃を食らっても回復するのか!?
「フハハハ……よもや、吾輩をここまで追い詰める者が新大陸にいるとはな。どうだ? お前達、吾輩の配下にならないか?」
これって、絶対によくないパターンだよな。
誘いに乗ったとしても、裏切られて殺されるだろう。
かと言って、断れば戦闘になって殺される。
似たような展開をマンガやアニメで散々見てきた俺が言うのだから、間違い無い。
……これ詰んだな。
くそ! 俺達のスローライフ展開はこれからなんだ!! ~完~
って、冗談を言っている場合じゃない。
「一体どういう事だ? 説明してくれ」
「ふむ。理由も知らずには配下に降れぬか」
いや、それ以前に配下になるとは一言も言ってないのだが。
「元々吾輩は、そこの地下洞窟を住処にして、時折現れる旅人や冒険者を殺して魔力を奪って糧にしていたのだ」
あ、この時点で絶対に仲間になれないやつだ。
「ある日、北の大陸からこの新大陸に向けて、途轍もない災厄が近づいている事に吾輩は気づいたのだ。現状のままでは、吾輩は災厄に抗えない。吾輩はもっと強くならなければならない。どうだ? お前達、吾輩の配下になり、その魔力を吾輩のために捧げるのだ!」
うん、これは完璧に相容れない。
しかし、どうやって倒すべきだろうか。
「さあ、吾輩の配下になるのだ、今すぐにだ! さあ! さあ!! さあ!!!」
「しつこいにゃ!」
ミユの手刀が魔族の肩から体の中央辺りまで食い込んだ。
えげつない威力だ。
「……な、に?」
「断っておきますが、私はかの魔王を倒したエルフの娘ですよ。──業火よ、不浄なる者を焼き尽くせ」
「ぐぎゃああああああああああああああああ!!!!」
なんだろう。
とても大変な事になっている気がする。
取り敢えず俺の心配は無用みたいだ。
「お、おのれえええええええ!! 吾輩を倒した事に貴様らは必ず後悔するだろう! 間も無くこの地に逃れられぬ大いなる災厄が現れる!! 吾輩と手を組んでおけば、万が一にも助かったかもしれぬのにな──────!!」
そう言い残して魔族は消し炭になってしまった。
なんか後味が悪い結末だ。
「クラタん、どうしたのにゃ?」
「浮かない顔をしていますね、お父さん」
「いや、今の魔族が言い残した事が気にならないか? 大いなる災厄が現れるとか……」
「よく分かんないにゃ」
「仮にその災厄が現れたとして、あんな魔族と組んでどうにかなるって次元の話じゃないと思いますよ」
そりゃそうなのだが。
あの魔族から、もう少し情報を得るべきだったのでは……。
「にゃにゃ! また魂の価値が上がるにゃ!!」
「凄いです、お父さん!!」
二人は災厄より、自身のレベルアップの方が大事らしい。
子供みたいにはしゃぐ二人の姿を見ていたら、思わず笑みがこぼれた。
「それはそうと、手に入れた魔石は魔狼とゴブリンキングのみですか……」
エーシャが物足りないって顔をしている。
それもそのはず、あれだけいたゴブリンと中級魔族は魔石を残さなかったのだ。
今回のゴブリンは魔力で再現した魔物らしく、本物ではないので元から魔石は無いとの事。
中級魔族に関しては、エーシャが魔石すら跡形もなく焼き尽くしてしまったせいだ。
だけど、ああでもしないと、倒しきれなかった強敵だったに違いない。
「いえ、単に加減を間違えただけです。てへ☆」
思わず頭を引っぱたきたくなったが、ここは我慢、我慢。
「しかし、参りましたね……」
「エーシャ、どうしたのにゃ?」
「いえ、魔族を倒した証拠が無くなってしまいました。流石に口頭で説明しても、信じてもらえませんよね……」
こんなところで、エーシャのポンコツぶりが発揮されてしまった。
魔石とは言わず、せめて体の一部でも残っていれば良かったのだが。
ん? 待てよ。もしかすると……。
「あった、あった!」
「クラタん、何があったのにゃ?」
「これだよ。さっきの魔族の爪」
咄嗟に攻撃をガードした際に、奴の爪が欠けたのだ。
「これは素晴らしい! 流石はお父さん。さすおとです!」
その略し方、なんかのパクりっぽくないか?
そんなこんなで、セービルの町へ戻った俺達は冒険者ギルドで全てを報告した。
俺達の報告を受けたギルマスのニドアールは顔面蒼白となってしまい、そのまま頭を抱え込んでしまった。
「……今回の事は他言無用でお願いしたい。無論、報酬は余分に支払うが、決して口外しないように頼む」
普通に考えれば、とんでもない事なのだろう。
ただでさえ、魔物でなく中級魔族が現れた上に、大いなる災厄まで現れるなんて知られたら、パニックになる以外考えられない。
取り敢えず、無用な混乱は避けようって事になった。
受付け窓口で報酬を受け取るのだが、アイニが不安そうな顔をしている。
「クラタさん、私達どうなってしまうのでしょうね……」
大いなる災厄とやらが現れる。魔族が予言し、怯えていた。
果たして、そんな存在に人間が太刀打ちできるのだろうか。
「ま、なるようになるさ。いざとなったら俺が守ってやるからさ」
「……本当ですか? 分かりました。頼りにしていますね」
それまで不安げな表情だったアイニの顔がパッと輝いた。
こんな事で安心してくれるのなら、いくらでも守ってやると言ってやろう。
もっとも、有言実行しないといけないが。
「お父さん、ミユさんの他にアイニも狙ってるとか、流石に犯罪過ぎません?」
「は? 何がだ?」
「うわ、無自覚系ときましたか! 流石はお父さん!」
エーシャもよく分からない事を言ってくるよな。
一仕事終えた俺達は、我が家に向かう。
「って、なんでエーシャもくっついてくるんだ?」
「ひどいですね。今回の報酬の代わりに娘さんを紹介してくれると言ったじゃないですか! お義父さん、いや、お父さん!」
「あのさ、紛らわしいからどっちかに統一してくれないかな……」
「奇遇ですね。実は私もそう思いました」
思ってたのかよ。
「では、おとうさんですね。これなら、どうとでも取れる!」
そんな胸張って言わなくても……。
「たっだいまにゃー!!」
そんな俺達の事は気にせずに、ミユがさっさと家のドアを開ける。
「あ、お帰りなさい!!」
エプロン姿のマナシエがパタパタと足音を響かせて俺達を出迎えてくれた。
いつ見ても、可憐で可愛い子である。
そんな事を考えていると、エーシャが俺の肩をバシバシ叩いてきた。
一体どうしたんだ?
「ちょ、ちょっと!! あの子可愛すぎません!? 食べていいですよね! っていうか食べちゃうから!!」
止める間も無く、エーシャがマナシエに飛びつき頬をなめ回している。
こいつ、本当にヤバいな……。
「エーシャが乱心したにゃー!!」
「た、助けてください!!」
「も、萌えーーーーー!!」
これ、どうしたらいいんだろうな。
「ちょっと、騒がしいわね! 一体何があったの──」
二階から下りてきたリグミナが惨状を目の当たりにして、固まってしまった。
うん、分かるぞ。その気持ち。
それからミユと二人掛かりでエーシャをマナシエから引き剥がし、床にゴロンと転がした。
どうやら、ガチの少女好きだったらしいな。
「失礼な! 少女なら誰でも良いって訳じゃないですからね! あの子が可愛すぎるのがいけないんです!!」
床に転がったまま力説されてもなあ……。
マナシエが可愛いのは同意だが、本人はすっかり怯えてしまっている。
「ねえ、ソウジ。あの子ってあんなキャラだったっけ?」
リグミナが戸惑うのも無理は無い。
エーシャは、ズボラなキャラが実は美人系で、その上、少女好きのかなり駄目なタイプであった。
これは相当に手強いぞ。
それはそうと、マナシエが怯えっぱなしで可愛そうなので、事前に買っておいたマジカルなステッキと『にゃんにゃん☆キュート』の新しい絵本を手渡してやった。
すると、途端に目の色が変わった。
「うわあ! にゃんにゃんステッキと新しい絵本だ!!」
物凄く喜んでいらっしゃりますな。
「……へえ、あんなに喜んでくれるのですか」
エーシャが興味深そうにマナシエを見つめている。
その目は先程の少女を狙う獣の目ではなかった。
「ねえ、マナシエちゃんでしたっけ? その絵本、私が描いてると言ったら驚きますか?」
「!?」
思いっきり食い付いた表情してるなー。
「実はですね、大分昔になりますけど、原作者の人から権利等全てを私が受け継いだのです。なので、それを私が描いているって訳なのです」
先程まで怯えていたマナシエが、どこか尊敬した表情を浮かべてエーシャに近づいていく。
「先生とお呼びしてよろしいでしょうか」
「もちろん!」
「先生!」
そのまま二人で抱き合っている。
俺達、一体何を見せられているんだろうな。
隣のリグミナも無表情だ。
そんでもって、ミユはソファーに転がりながら煮干しを食べて見物してるし。
そんな平和な日常を送っていた俺達に、冒険者ギルドから緊急招集が掛けられたのは、それから一週間後の事であった。




