12 暖かい食事って幸せにゃ~
くそ、さっきはとんでもない目に遭ったぞ。
何が悲しくて、おっさん同士で乳首の抓り合いをしなくちゃならんかったのだ。
しかも、別れ際にアルジットの奴が『私とソウジさんは乳首の友ですね!』等とのたまいやがって……。
それを言うなら、竹馬の友だろうがってツッコむ気にもならんかった。
そもそも昨日会ったばかりで、幼馴染みですらない。
無駄に疲れた。今夜の夕飯も適当な物で済ますか。
リグミナも料理をする気は無いだろうし、夕飯の内容に文句は言わせない。
そんな事を考えながら、食材を売っている通りを見て回る。
既に夕刻なので、屋台通りは活気に溢れているな。
心配だった調味料の類も割と揃っているし、生鮮食品もそこそこ豊富だ。
ここで料理好きな主人公だったら腕の見せ所だろうが、しがないオッサンの俺は、そんな腕を持ち合わせていない。
腹に入ってしまえば、なんでもいいんだよ。
適当に食材を買っていると、これまたとんでもない物を乾物屋の屋台で見つけてしまった。
端的に言うと、レトルト食品である。
しかし、異世界でレトルト食品なんてあるのか?
似てるだけで全然違う物かもしれない。でも、見慣れたパッケージだ。
俺以外にも異世界人はいるらしいから、そいつの仕業の可能性もあるか。
一応、店主に聞いてみよう。
「すみません、これってなんですかね?」
「あら、ここらでは見かけない旦那だね。これは保存食で、遠征する冒険者には人気の品なのよ」
親切そうな恰幅の良い女店主が答える。
保存食となると、益々レトルト食品だと思えてくるな。
それにしても、中々の値段だな。試しに買ってみようとは思えない値段である。
「これね、北の大陸からの舶来品だから仕方ないのよ。ほとんど仕入れ値で売ってるから、ウチに儲けなんてないからね」
輸入品なら仕方がない。
いつの世も送料等が掛かる物は高いのだ。
このまま何も買わずに立ち去るのも悪いので、煮干しを一袋購入した。
何か出汁を取る時にでも使えるだろう。
それにしても、ちょいちょい出てくる北の大陸ってなんだろうな?
冒険者登録する時、アイニから北の大陸出身と思われてたし、アルジットの乳首キューとやらも、北の大陸のとある王国騎士の技だとか言っていた。
少し落ち着いたら、この世界の事を一度学んでおくか。
そのまま多目に食材を買い込み、自宅へ急ぐ。
すっかり日も暮れてしまったな。マナシエがお腹を空かせているに違いない。
我が家に明かりがついているのが見える。
誰かが俺の帰宅を待っていてくれるってのも、悪くはないな……。
少し心が温かくなるのを感じながら扉を開いた。
「クラタん、お帰りにゃー!」
帰宅すると、いきなりミユに出迎えられた。
「……ところで、なんでミユが俺の家にいるんだ?」
「ん? アタシもここに住むにゃ?」
それが何か?みたいな顔しないでもらえるかな?
俺も男である。こんな娘さんが無防備にも簡単に同居するとか言わないでほしいのだが。
取り敢えず、今日は帰れと言おうと思ったら、遅れてマナシエが出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
無事に奴隷から解放され、俺の養女扱いとなったからなのか、最初の頃に見せていた怯えるような表情から、すっかり笑顔に変わっている
この笑顔はプライスレスだな。
「わたし、ミユお姉ちゃんが一緒にいてくれて嬉しいです」
その天使のような笑顔で言われた日には、ミユを追い出す事ができなくなったじゃないかよ。
「という事だから、よろしくにゃ。クラタん!」
「よろしくね、じゃないよ。そもそも、ミユは普段どこで寝泊りしてるんだ?」
「んー、あんまりお金無いし、アタシが獣人だからすっごく安い宿かにゃ? ドアに鍵なんて無いから、夜中に知らないおじさんが入ってくる事もあったので、怖かったにゃ」
若い娘さんがそんな宿に泊まったらダメだろ!!
思わず頭を抱えたくなった。
「……取り敢えず、空いてる部屋を使ってくれ」
想像以上にシビアな生活を送っていたんだろう。
それに獣人差別もあるのか。こいつも中々苦労をしてるのだな。
「やったにゃー! クラタん優しいにゃー!」
にゃーにゃーうるさいが、年頃の娘を危険な宿に寝泊りさせるなんてできないので、ここは我慢しよう。
「良かったね、ミユお姉ちゃん」
「マナシエ、ありがとにゃー」
二人が抱き合っている姿は尊いものである。
見守っていると、背後からいやらしい笑い声が聞こえてくる。
確認するまでもなく、リグミナだ。
「むふふ。ソウジも意外に優しいじゃないの。でも、ミユちゃんに手を出したら犯罪だからね?」
「誰がするかっての。ほら、晩飯の準備するぞ。手伝え」
「えー、この美女の姿を維持するだけでも、すっごく疲れるんだけど?」
「じゃあ、やめちまえ」
「ひどーい! ソウジだって、この姿がお気に入りだったじゃないの!」
「あくまでも外見だけだ。中身が伴わなければ意味が無いだろ」
「もう、なんなの!? 人を外見で差別するなんて最低よ!!」
それって、普通は逆じゃないか?
なんか納得いかないんだが。
結局リグミナは変身を解いて、元の若い娘の姿に戻った。
正直なところ、美女姿のままでいられると落ち着かなくて大変だったのだ。
そりゃまあ、俺だって男だからな。
夕飯は適当に具材を切って鍋に入れて煮込む。
本来なら、手っ取り早く肉でも焼いてワイルドな晩飯といきたいが、おっさんになったので、脂っこいのが受けつけなくなってきたんだよなー。
そんでもって、適当にコンソメスープの素や塩コショウで味付けする。この世界は意外に調味料の類が充実しているのだ。
探せば普通にマヨネーズとかもありそうな気がする。
別にマヨラーじゃないけど。
「すんすん。クラタん。いい匂いがするにゃ?」
「もう少しだから、大人しく待ってなさい」
「すんすん。いい匂いはこの袋からするにゃ!」
そう言いながら、ミユは煮干しの袋を抱えて持って行ってしまった。
やっぱ、どこの世界でも猫は魚が好きなのだろうか……。
そんなこんなで、シンプルながらも皆で食卓を囲む。
固いパンもスープに浸せば美味しく食べられるものだな。
そのスープも野菜が沢山で、見た目は微妙だが体にも良いと思う。
「暖かい食事って幸せにゃ~」
ミユが泣きながら食べている。
この子はどんな生活を送っていたのか、想像するだけ不憫になってくるな。
「あの、すごく美味しいです! わたしにも作れるでしょうか?」
マナシエは本当にいい子だ。
お世辞でも褒められたら、素直に嬉しいぞ。
「作るのは簡単さ。野菜を適当に切って──」
マナシエは真面目な顔でメモを取っている。
なんとしっかりした子なのだろう。
半面、リグミナはというと……。
「ねー、お酒無いのー? 私、夕飯は晩酌派なんだけどー」
こいつを追い出しても問題は無いよな?
そのまま外に叩きだしたら、マジ泣きされた。
「びえええ~~~~ん!! ごべんなざ~~~~~い!! もうじませ~~~~~ん!!」
ご近所さんがいたら、大変な騒ぎになるな。
「クラタん、リグミナがかわいそうにゃ……」
「許してあげてください……」
二人からそんな目で見られたら、不本意であるが許すしかない。
まったく、世話のかかる女神だな。
「いいか。酒や嗜好品が欲しかったら自分で稼げ。それが嫌なら出て行ってもらう」
「何よー。ちょっとしたジョークだったのに。ソウジのケチー」
あれが冗談に見えるだろうか。
こいつ、本気の顔だったぞ。
「……もしかして、私の体が目当てなの!? ソウジの変態!!」
どうしてそうなるんだ?
間違っても、若い娘姿のリグミナには手を出す気は起きない。
「だったら、アタシも愛人として、クラタんに体を差し出すにゃ!」
だから、どうしてそうなる。
「二人とも、飯の時間にふざけるな。マナシエの教育にも悪いだろ」
当のマナシエは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。
意外に耳年増な子なのだろうか。
「むふふ。これは教育のし甲斐があるわね……」
「アタシも、マナシエに負けないように頑張るにゃ!」
まったく、この二人は懲りてないな。
「ふざけてないで早く食べなさい!! 明日の朝食を抜くぞ!?」
「「!?」」
効果てきめんである。
リグミナとミユが慌てて夕飯をかきこんでいた。
後片付けはマナシエが率先して手伝ってくれた。
本当にこの子はしっかりしている。
他の二人が、適当過ぎなのかもしれないが。
そして、翌日の朝食なのだが……。
「あのさ、なんでアイニが我が家の食卓を囲んでいるんだ?」
「私は冒険者ギルドの職員ですからね。冒険者であるクラタさんとミユさんを迎えに来たついでに、朝食のお誘いを受けました」
いや、これは絶対に元から朝食目当てだろう。
「ふふふ。ソウジさんの手作りの食事を頂けるなんて、私は幸運ですね」
「あっしも、ご相伴にあずかろうと思いまして」
アイニはまだいいよ。
なんでここにアルジットと情報屋のオヤジまでいるんだよ。
流石に食卓が狭すぎる。
「うふふ。ソウジさんの妻として、お客様を丁重におもてなしさせて頂きますわ」
リグミナのやつ、美女に変身してまで見栄を張りたいのか!?
逆に凄いわ。
「みんなで食べると美味しいにゃ! ね、マナシエ?」
「はい!」
やっぱりその笑顔は反則だ!
それにしても、多目に作って昼まで持たそうと思ったのに、みんな食われてしまったな。
「……今日のところは大目に見るけどさ、地味に食費とか掛かるんだよ。次から食材持参か料金取るからな?」
「クラタさん、それはケチです!」
「それが乳首の友に対する仕打ちなのですか!?」
「旦那、セコいと奥さんと愛人に逃げられますぜ?」
そろそろ本気で追い出すぞ?
「ふふふ。冗談ですよ。今日は新たな奴隷派遣業務の事で、ソウジさんと相談がしたいと思いましてね」
聞けば、アイニと情報屋のオヤジも同様の目的であった。
昨日の今日で、いきなり面倒な話に巻き込まないで欲しいのだが。
忘れそうになるが、俺の目的はスローライフである。
最終目標は自給自足だが、いきなりは無理なので、地道に魔石集めや薬草採集でもやろうと思っている。
家のローンやマナシエの身請けの支払いもあるしな。
「俺に相談する前に、まずは自分の所である程度まとめてくれ。俺はあくまでも意見しただけだ。アイニもまだ実家に報告していないのだろう? とにかく、今日は冒険者の仕事をするからな!」
俺が指摘した事が図星だったらしく、アイニはすごすごと職場へ向かっていった。
アルジットと情報屋も大人しく去っていった。
三人共、単に心配して俺達の様子を見に来ていた感じでもあったな……。
さて、そろそろいい加減に真面目に冒険者の仕事をしないといけない。
「ミユ。今日は一緒に組んで仕事をしようか」
「……へ?」
当のミユ本人は、パンをかじったままアホ面をしていた。




