~マリア様は見てる~
「そろそろ行こうか」
柚希様の掛け声でみんながステージ裏に行く。
「次のクラスが終わったら出てもらいますので少しここで待機していてください」
実行委員の生徒に促された場所で僕たちは前のクラスが終わるまで待っていることになった。
「灯華、大丈夫か?」
柚希様が周りに聞こえないくらいの声で僕に話しかけてくる。
「大丈夫です。痛みは全くないです」
僕は試しにと小指を右手で握って見せる。
「・・・そうか」
それだけ言うと僕の右手を握って黙ってしまう。
そして・・・。
「さぁ、いよいよ本番だ。みんな、大丈夫か。心の準備は出来てるか?」
柚希様は自分がすべきことを始めた。
「多少ズレてもいい。とにかく盛り上げる。それが私達の最大の勝機だ。差を目立たせるためにアメイジンググレイスはゆっくり、Hail Holy Queenは少し早めに行くからな。観客は見なくていい。私の指揮だけ見てろ」
みんなが頷く。
「次のクラスお願いしまーす!」
実行委員が呼びに来た。
「さぁ行こう。私達が一番だと証明しに」
僕たちはステージに上がった。
僕はステージの一番端に置いてあるオルガンの横に立つ。
柚希様が指揮台に立ってみんなが並び終わるのを待って、それから観客席の方を向いて一礼。
それに合わせて僕も一礼し、オルガンに座り、譜面を置く。
柚希様が無言で僕に視線で準備はいいか?と聞いてきたので頷く。
振り上げた腕に合わせて僕も最初の音を出す。
小指を使うか一瞬躊躇ったが辞めた。薬指で弾ける練習をしたのだし、不確実な小指を使う必要がないと思ったからだ。
ゆったりとしたメロディがホールに響く。
よし、大丈夫だ。弾けてる。
薬の効果もあってか緊張はあまりしていない。
しっかり柚希様の指揮も見れてるし、合わせられてる。
やがて伴奏に合わせて合唱が始まる。
前のクラスが普通科で、混声合唱だったということもありやはり厚みの差は出てしまっている。
でも大丈夫。本番はあくまでも自由曲。
この曲は後のための布石。
だから他のクラスよりゆっくりの演奏することを柚希様は求めてきた。
みんなはそれに合わせて歌う。
やがて演奏が終わり、最後の音が消えた。
さぁ、『Hail Holy Queen』だ
小指を確認する・・・うん、大丈夫だ。
真っ青になって腫れているけど動くし痛みはない。
始まる前、柚希様はみんなに向かって笑いかける。
笑顔でいこう、そう言っている気がした。
そして始まる僕たちの逆転劇。
誰もが勝てると思ってなかった状況から柚希様、ヘレーネ様の2人がみんなを先導しここまできた。これで負けるなんてありえない。
みんなを信じて僕は柚希様と呼吸を合わせて伴奏を始めた。
そして静かにみんなが祈りを始める。
小指に力が入らないので無理矢理押し込むような感じにはなってしまっているがしっかり弾けてる。
よかった、と少し安堵した。この状態で弾くのは初めてだったから少し不安だった。
でも練習した通りに弾けるなら・・・いつものように弾けるなら柚希様の期待する通りに出来る。
『salve,Regina』
という祈りの後、静寂が訪れる。
そこで柚希様はいつもより少し長めにタメを作って僕に合図を出す。
その瞬間、僕は全てを掛けて鍵盤を弾いた。それに続くクラスみんなの手拍子。
ソロパートを担当したヘレーネ様が一歩前に出て『Oh Maria』と高らかに歌う。
次の神林様も同じように一歩前へ出てからソロを歌った。
おそらくはアドリブ。そういう打ち合わせは無かっただろう。
客席のみんながあ、この歌知ってるという雰囲気に包まれる。
もう一段、テンポが上がるところで柚希様は振り返って客席の方を向いて指揮をやめ、両手を上に上げて手拍子をみんなにも促した。
ここもアドリブ。
最初はほんの少しの手拍子だったが、すぐにホールが震えるほどの手拍子に変わる。
会場の熱気に押されながら、それでも柚希様の指揮に合わせて自分たちのペースを乱されないように僕たちの聖歌が天に響く。
どうかマリア様、願わくばこの思いが報われますように。
そんな思いを僕も伴奏に乗せた・・・。
できるなら一生このまま弾いていたかったと思う。
最後の方は指だけでなく手まで痺れてきて弾けてないところもあった、それでも終わった後、僕たちは万雷の拍手に迎えられた。
「ありがとうございました」
という言葉を柚希様が発したがそれも聞こえないくらいの拍手で、鳴り止むまで僕と柚希様は頭を下げていた。
終わって舞台袖に避けた後、柚希様は真っ先に僕のところにきた。
「灯華!」
そのまま僕に飛びついてくるのでそっと抱きしめた。
「みんなが見てますよ」
僕はハンカチで柚希様の目元を拭った。
「・・・」
しばらく無言だった柚希様は顔を上げてみんなの方を向いた。
「ありがとう、今までで一番良かった」
「午後の結果発表までには戻ってくる」
柚希様はどうやら僕に付き添ってくれるようだ。
この場を離れる僕たちを不審に思ったのかヘレーネ様が何か言いたそうにしているが、椿さんがすかさず僕たちを見送ってくれる。
足早に立ち去ろうとホールを出たところで追いかけてきたヘレーネ様が僕の肩を叩いた。
「トーカ、左手を私に見せてくださる?」
本当に聡い人だ。どんなに隠したつもりでも結局はこうなってしまった。
もう隠せないと判断した僕は左手をヘレーネ様に見せた。
「ユリアさんには言わないでくださ--」
「バカじゃりませんの!?」
ヘレーネ様が声を荒げた。
「こんな状態でピアノなんて・・・柚希も知っていたのでしょう?なぜ止めませんでしたの!?」
「隠していて申し訳ありませんでした。私がお願いしたのです。皆様と同じところに居たかったのです」
「トーカ・・・」
「私だって本音を言えばやって欲しくなかった。でも他の誰でもない灯華の願いだったから。だから・・・」
「私にも・・・相談して欲しかったですわ。たとえ力になれなかったとしても・・・。トーカ、あなたは確かに使用人かもしれませんが、友人でしょう?私だって・・・」
ヘレーネ様は慈しむように僕の左手にそっと触れる。
「病院へ行くのでしょう?早い方がいいですわ。あの子には言わないでおきますけど話すならトーカ本人から直接話してくださいね」
それだけ告げるとヘレーネ様は僕の左手にそっとキスをして立ち去った
その後、藤田さんの車で病院へ行き診察を受けた。
「元々骨折自体はそこまでひどくなかったこともあり、状態はそこまで悪くないです。ただ、神経はどうなってるか今はなんとも言えません。骨はこのまま安静にしていればくっつきますので今度こそ無理はしないでください」
麻酔が残っているうちにとがっちりと薬指と小指を1つにまとめるようにテーピングで固めた。
「おそらくあと2、3時間で麻酔が切れます。相当痛むと思いますので鎮痛剤を出しておきますので痛みはじめたら飲んでください」
よかった。だいぶ無茶はしたけれどそこまで悪くなってなさそうだ。
治療を終えた僕たちは急いで学校へと戻る。
「柚希さん!灯華さん!2人とも急いで舞台袖に!」
椿さんの声が聞こえた僕たちは急いで舞台袖まで行くと、そこにはヘレーネ様と神林様がいた。
「遅いですわよ!私達が代わりに貰ってしまうところでしたわ」
どうやらクラス代表は全員壇上に上がり、それから最優秀賞を発表するのだろう。
ヘレーネ様たちは僕たちと入れ替わりで席へ戻っていく。
「では代表の人たちはステージへお願いします」
先ほどと同じように僕たちは実行委員に促されてステージへと上がった。
最初に学長の総評が述べられそれからついに最優秀賞の発表となった。
「それでは最優秀賞を発表します」
実行委員がマイクを持って僕たちの前に立った。
「今年の合唱コンクールの最優秀賞は・・・美術科1年、特別クラスです」
喜びより先にみんなの歓声で僕は放心してしまう。
「灯華、君のおかげだ。ありがとう」
歓声の中でも柚希様の声だけははっきり聞こえた。
「皆様のお力のおかげです。よかったです」
どうやらマリア様は僕たちの願いを聞いてくれたみたいだ・・・。




