~秋の訪れと春への期待~
「寒くなってきましたね」
文化祭の熱気も去り、10月になった土曜日、僕はお庭の手入れを任されていた。
「そうですねぇ。体調管理はしっかりしてね。特に灯華は無茶をしたりするから心配だわ」
庭担当の琴山さんと話していると同じく庭担当の末永さんがやってきた。
「ういー。あっちは終わったよ」
「こっちもほとんど終わりました」
「おっけー。てか寒いねー。早く中に戻ろう」
僕たちは庭具を倉庫に片付けて屋敷内に戻る。
「あー暖かいですねー」
手がかじかんで冷たくなってしまったのでこすり合わせて温める。
「お疲れ様です。紅茶を用意してますので休憩してください」
僕たちが戻ってきたことに気づいたのか藤田さんが食堂から出てきた。
「わーい。ありがとうございます」
末永さんが真っ先に食堂へと行ったので僕と琴山さんがそれに続く。
「あーあったまるわー」
休憩の時間ということで僕たちメイド全員が食堂で紅茶を飲んでいた。
ほのかな香りの後にすっと鼻を通るこの風味・・・。
「しょうがですか?」
「えぇ、今日は寒いですから体が温まるようにと思いまして」
さすが藤田さん。さすがメイド長。さすが最年長。と次々と賞賛の言葉がみんなから出る
「しょうがをほんの1、2滴入れるだけで違いますから。みなさんも是非やってみてください。あと最年長とか言った人は夜に私のところに来なさい」
はい、末永さんアウトー。
30分ほどみんなで談笑した後、休憩終わりとなり、僕はお嬢様の様子を確認しに行くことにした。
部屋に居なかったのでアトリエかな。
アトリエにいるときは基本的に声をかけてはいけない事になっているので辞めておこう。
地下のドアの前で踵を返したところで後ろのドアが開いた。
「ん?あぁちょうどよかった。気分転換したいから紅茶とお菓子持ってきてくれ」
それだけ伝えると柚希様はまたアトリエの中に戻っていった。
文化祭の後から柚希様は休みの日にアトリエから出てこない日が増えた。
ヘレーネ様、神林様と続けて表彰されていたのでもしかしたら。と思う。
あまりそういうのを気にされる方ではないとは思うが・・・あまり思いつめなければいいけど。
あ、そうだ。早速教わったしょうがの紅茶を用意してみよう。
僕にできることは少ない。だからこそ精一杯のことをしよう。
「ん、美味しい。ありがとう」
「いえ、元は藤田さんが教えてくれたんです。しょうがが入ってるんですよ」
「なるほど、この香りはしょうがか。言われて気づいた」
カップを置いた柚希様はため息を付いた。
「少し、話を聞いてくれるか?」
「はい、もちろんです」
僕は2杯目をカップに注いだ後、対面のイスに座る。
「今思えば慢心してたんだと思う。神林さんが受賞したとき、なんで私じゃないんだろうって思ってしまったんだ」
柚希様の独白、それを僕は静かに頷きながら聞く。
「今はもうそんな事思ってないし、祝福できてるんだ。でも間違いなくあの瞬間は・・・」
「それは人間であれば当たり前なのだと思います。むしろそう思わないほうが不自然です。言葉にはしませんでしたがヘレーネ様だって同じ気持ちだったはずです。その想いを受け入れ、過ちだと気づけているならそれでいいのだと思います」
僕はそっと優しく微笑む。
「ありがとう。君の言葉はなぜか説得力があるよ。話して良かった。あの瞬間の私を自分では許すことはできないが、心持ちは少し楽になった」
そう言って柚希様はアトリエの隅に立ててあったイーゼルに掛かっていた布を取る。
「ずいぶん前だが、君が希望した絵・・・。あと少しで完成なんだ。確認してくれるか」
あの時の・・・。そうか、完成に近づいてるのか
このお屋敷の絵、それが僕の希望したテーマだった。
「はい、見せていただけるなら是非」
「これなんだが」
僕に見せるためにイーゼルの前から柚希様が避ける。
「あ・・・」
それは正しくこのお屋敷の絵だった。正門から見た構成で、左右に樹が並んでいる。
柚希様が一番好んでいるパステルでの絵はやはり幻想的で、まるでファンタジーのような世界観が描かれている。
その中で1つ、気づいたことがある。
「この樹ですか?」
「うん、そうなんだ。君が描いて欲しいと言ったとき、この屋敷には桜が咲いていたんだ。だけど今は秋だろう?だから落葉しまっている。本来なら最後には桜を描こうと思ってたんだ。だからこの絵は春にこそ完成させるべきだと思う。わがままだとは思うが春になって、桜が咲くまで待ってほしいんだ」
・・・そうか。何か寂しげだと思ったら桜が散ってしまってる状態の絵だからか。
本来ならこれに満開の桜が・・・。
「はい、元々お願いしてる身ですから。お待ちしております。今から春が楽しみです」
「ありがとう。完成まではアトリエに置いておく。好きな時に見てくれ。君だけになら見せてもいい」
そういって柚希様はアトリエの合鍵を僕の手に握らせる。
「これを預けておく。君だけは勝手に出入りしても構わない」
「いいんですか?」
「あぁ、君だけだ。完成が遅れるお詫びだと思ってくれ」
「ありがとうございます」
僕はその鍵を大切にポケットにしまう
「さ、今日は寒いし暖かい夕食がいいな」
「かしこまりました。腕によりをかけて作りますね」
今夜はシチューにしよう。ユリアさんも食べたいって言ってたし




