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彼、ふたごのそばにいた少年の語り。

第三者から見たふたご(姉より)について。

妹のその後についてもあります。

 俺、二条佑樹にじょうゆうきがあの双子を見たとき、印象は真逆だった。

 妹の一ノ宮百合華いちのみやゆりかは、両親に甘やかされて我儘。

自分勝手な人間だと感じた。

 姉の一ノ宮蘭華いちのみやらんかは、使用人たちに愛され、物静か。

そのピアノの音色は、聴くものの心を惹き付ける。


 だからこそ思う。

 おそらく、俺が姉を愛したのは、必然だったのだろう、と。





 初めて双子と会ったのは、双子の十歳の誕生日、だった。

百合華の誕生パーティに、婚約者候補の一人として呼ばれた。

だが、一目見ただけでその気はなくなった。

 確かに容姿は良い。

一度見聞きした事は、完璧にこなせる天才だとも聞いてはいた。

だが、自分が一番で他のものは皆自分に従う存在。

そう思っていることが明らかな態度。

そんな女と婚約なんて冗談じゃない。

 俺はこっそりとその場を離れた。


 庭でも見ようかと廊下を歩いていると、途切れ途切れのピアノの音が聞こえてきた。

 引かれるように近づくと、声が聞こえてきた。

どうやら一ノ宮当主の弟である征司せいじさんが、ここでピアノを弾いていた、もう一人の娘を引き取るという話らしかった。


「ピアノと活け花は続けてもよろしいでしょうか?」

「構わん。ああ、そっちのお前の付き人も一緒に連れてっていいぞ」

「! ありがとうございます!」

「それでは叔父様、なにかリクエストはございますか?」

「……そうだな……」


 征司さんのリクエストに答えて、少女がピアノを奏でる。

俺は扉の側で、その音色を聴き続けていた。


 やがて部屋の中から征司さんが出てきた。


「蘭華のピアノに惹き付けられたか?」


 ……ここでピアノを奏でていたのは、蘭華というのか。

そんなことを思いながら、無言で頷いた。


「蘭華が欲しければ、俺に認められることだ」


 それだけを言い残して、征司さんは会場に戻った。

おそらく、蘭華を引き取る事を話すのだろう。

 俺もまた、会場に戻る。

蘭華を手に入れるための方法を考えながら。



 それから、今まで以上に勉強に励むようになった。

一ノ宮の補佐をしている、父の手伝いもして仕事も覚えた。

 父は俺が百合華ではなく、蘭華を選ぶことについては逆に賛成してくれていた。


「征司さんのほうに取り入った方が安泰だし、百合華さんよりも蘭華さんの方が、嫁にするにはいい子だしね」


そういって笑った。

 我儘娘、としてとっくに有名になっている百合華よりも、表には出てきてないが使用人ネットワークで一ノ宮使用人勢に愛されている蘭華の方がいい、そうはっきりといっていた。


 そして迎えた征司さんの息子のお披露目パーティ。

そこで初めて蘭華の姿を見ることができた。

……本気で見とれた。

長い漆黒の髪も、こちらを見つめてくる真っ直ぐな眼差しも、とても美しかった。

 無表情がデフォルトのようだったが、それもピアノを弾き始めると変化する。

楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、彼女はピアノを奏でる。

 俺がリクエストした、難しい曲も弾きこなしてみせた。

……音楽を聴いて、こんなに感動したのは初めてだった。

 だからだろう。

おもわず暴走したのは。


「こんなに凄いとは思ってなかったぞ!

 お前、っと蘭華だったな。

 俺のよー……」


嫁に来てくれ、そういう前にぐいっと征司さんが首の辺りの服をつかんで、引っ張った。


「そういう話は俺を通せ、というかまだ早い!」

「あの……」

「気にするな。

 このバカが暴走しているだけだ」


 ……否定はしない、というか出来ない。

引っ張られてちょっと冷静になって、暴走を自覚していたから。

俺はそのままずりずりと引きずられて部屋を出た。


「おい」

「暴走は自覚してます。

 だけど、あれを見聞きしたら、無理もないでしょう。

 俺は、蘭華が欲しい」

「ガキが言ってんじゃねえ。

 まずは俺を認めさせて、蘭華をその気にさせることだな。

 あいつに友人として会いに来ることは許してやる」

「はい」


 それから、週末の蘭華通いが始まった。



 俺の感情について、同じ百合華の婚約者候補の連中には話した。

ライバルは少ない方がいいだろうからな。

それで、あいつらも協力してくれることにはなったが、どうやら全員のらりくらりと百合華の興味を引かないようにとしていたようだった。


「お前が努力して興味を引いてくれてるしね。

 おれたちは、それをかばうフリしとけばあいつは勝手にいいようにとる。

 おかげでだいぶ楽だよ」


 結局、百合華の持っているものよりも、本人に対する忌避かんの方が大きかったということだった。



 週末、毎回のように会いに行くと、語学を学ぶようになっていた。

覚えておくことは便利だし、蘭華との勉強は楽しい。

どうも蘭華自身も同じように思ってくれているようで、発音がおかしかったりすると、ふたりで笑った。

……演奏時以外で笑ってくれるようになったことが、一番の収穫とも感じた。


「認めてやる」


 蘭華の留学が決まった頃、征司さんの許しがおりた。

父の手伝いと語学力、それに蘭華自身が俺を望んでくれたことが、決定打となった。


「いいか、蘭華を悲しませたりしたら赦さないぞ」

「わかっています」


 大事な蘭華を悲しませることは絶対にしない、そう征司さんに誓った。

 征司さんは頷くと、とんでもないことを口にした。


「なら、お前が次期一ノ宮の当主だ」

「はい⁉」


 これにはさすがに驚いた。

聴くと、百合華の父親が職務放棄状態で、妻と娘にかかりきり。

当主としての仕事は今現在全て征司さんが行ってる。

他からも、実質征司さんが当主という位置付け。

血筋的に、直系の蘭華の夫が次期当主と定められた。


 ということだった。

おい、いいのかあの男……。


蘭華を貰うためには仕方ない。

全て受け入れて、蘭華の留学中に征司さんからいろいろ学ぶことになった。

 いや、大変だったけど、同時に面白くも感じれたから、蘭華と離れてること以外はよかったけど……。


 そして、高校入学。

蘭華が一緒なのは良いが、うるさいのも一緒で。

そのフォローは百合華の婚約者候補の連中(変わらず協力してくれてる)と、蘭華の友人達ファンがしてくれていた。

 園芸部から花を分けてもらってあちこち飾ったり、ピアノ演奏により、蘭華のファンは多い。

もっとも近づくにも、友人達の審査をくぐり抜ける必要が有るため、表面的には多くは見えないんだが……。

 ついでに、俺と蘭華が二人きりになるのを防ぐ役割も持っていた。

……わかってる。

嫁入り前に蘭華を傷物にする気は俺もない。

だから、居てくれて助かるんだが……、やっぱり少しは二人の時間も欲しい、と思ってしまうのは、ーー幸せだからだろうな。


 間もなく俺の誕生会が開かれる、というころ。

とんでもない情報が届いていた。

 ……あの男、征司さんの兄が、一ノ宮の財産を横領した……。

理由は、妻と娘の贅沢のため。

仕事はまともにしないとはいえ、今までのことがあるので隠居扱いとなって、多少の援助はされていた。

それで足りないから、だそうだ。

 贅沢をしなければ、通常の一般家庭よりは裕福に暮らせたはずだ。

それが足りないとは……。

おもわず頭を抱えた俺は、どうすべきかと悩む。

 そこに蘭華が来てくれた。


「佑樹さま、百合華の父のことですが……」


 蘭華にとって、あの男は父親ではないのだろう。

必ず「百合華の父」という。


「佑樹さまが抱え込む必要はございませんでしょう?

 今の当主は義父ちちです。

 まずは義父に相談をいたしましょう?」


 悩んでいた俺を心配してくれてたらしい。

……確かに、こういう黒いことは、まだ大人に頼るべきことだろう。


「そうだな。

 征司さんに相談しに行くか」


 俺が立ち上がると、蘭華が側によってきた。

そしてグイッと袖を引くと、柔らかいものが頬に触れる。

それが蘭華の唇だと認識して、おもわず赤面した。

 蘭華も頬を染めている。


「……ちょっと早いですが……、お誕生おめでとうございます……」

「あ、ありがと……」


 ……ものすごく嬉しいぞ。

俺は蘭華と手を繋いで、征司さんのもとに向かった。



 そして迎えたパーティ。

俺は蘭華と挨拶回りをしていた。

ハッキリと発表してないとはいえ、内々には俺たちの婚約は知られているからな。


 そうしているうちに、弟の悠里ゆうりが自分の婚約者をエスコートしつつ近づいてきた。


「佑樹、来ています」

「知ってる」


 主語を抜かしたやりとり。

悠里が視線を向けた先には、百合華とその母親がいた。

 百合華は自分の立場を全く理解していないのだろう。

満面の笑みを浮かべていた。

対して母親の方はは、焦った様子でいる。


 俺が蘭華の目を見つめると、”大丈夫です” というように頷いた。

それを見て、そのまま蘭華をエスコートして二人の方に向かった。



「佑樹くん! お誕生日おめでとう!」


 百合華が俺に抱きつこうとしてくる。

まったく、となりの蘭華が見えないのか?


「ちょっと、どうして避けるのよー?」


 百合華を避けると、不満そうにする。

いい加減に、引導を突きつけるしかないか。


「……礼儀を知らないような者の、相手をするつもりはないので」


無表情で告げると、母親の方は、真っ青になった。

どうやらこっちは現状を理解しているようだな。


「も、申し訳ござません‼ 失礼いたします‼」


そのまま百合華を引っ張って行こうとしたが、百合華自身がそれを止める。


「ちょっと、お母様!

 あたしにふさわしい相手は佑樹くんだけなんだから、佑樹くんはあたしと結婚するはずでしょ!

 それなのにどうして離れないとなんないのよ!

 あんたもよ!

 さっさと佑樹くんから離れなさい!

 佑樹くんの迷惑だって判んないの!」

「……」


 蘭華はどうやら百合華の暴言に傷ついてはいないようで安心をした。

……どうやら、呆れてものも言えない状況らしいな。

 だが、俺からすれば百合華の言動は赦せないものだ。

だから、俺は百合華をはっきりと拒絶した。


「俺の愛しい婚約者は、蘭華一人だ。

 自分の立場もわきまえない、礼儀も知らないような者を、選ぶはずもない。

 俺だけではなく、この場にいる誰もがそう判断をするだろう。

 ……諦めることだな」


 最後の一言は、母親に向けていう。

それを聞いた彼女は崩れ落ちてしまったが、自業自得だろう。

百合華の無知の原因は、彼女にもある。

百合華は変わらずに蘭華を睨んでいる。


「……どうしてよ⁉ どうしてあんたが⁉」


場所も考えずに叫び声をあげる百合華を、蘭華は静かに諭した。。


「……わたしは一ノ宮の直系です。

 一ノ宮を護る義務があります。

 あなたは、あなたのお父様が、ここ数年お仕事をしておられないのをご存じですか?

 自身のすべてを娘に捧げてしまい、他者との関わりを持たずにいる方を、トップにおき続けることはできません。

 ゆえに、二年ほど前からわたしの義父である一ノ宮征司が当主をつとめております。

 ……本来なら、わたしではなく、「義父の息子(おとうと)が後継となるべきなのでしょうが、血筋的にわたしが直系ですので。

 その頃に佑樹さまとの婚約も整いましたので、後継者はわたしの伴侶となられる佑樹さまに決まったのです。

 ……いまだに正式に婚約を発表しておりませんのは、あなたの婚約を待っておりましたからです。

 一ノ宮の名を利用することを、義父は許しておられました。

 ですが、それもここまででしょう。

 これ以上、一ノ宮の名を汚す訳には参りませんから」


 甘いとは思うが、一応は身内だったからだろう。

征司さんは、有余をあたえていた。


「名を汚すって、どういう意味よ!」

「……そのままだ。

 礼儀を知らず、自分勝手な行為を行う、まるで子供のような振る舞いをする。

 だが、お前は子供ではない。

 子供なら赦されることでも、お前がしたことはただの無礼な行為でしかない」


 それももう終わりになった。

いや、自分で終わりにしたんだな。


「無知であることは、わたしたちのような立場のものにとっては罪なのです。

 なぜ、あなたは知ろうとしなかったのですか。

 家のこと、他家のこと、そしてわたしたちの役目と立場、まわりにおられる方々のこと。

 表向きの言葉だけではなく、知ろうとすればいくらでも真実を読み取ることができたはずでしょう。

 いまのあなたの立場は、それを怠ったことで与えられた、罰でもあるのでしょう」


 百合華はわなわなと震えているが、それも自分が招いたこととは思ってもみないのだろう。

だから、蘭華に当たる。


「……あんたは……!

 あんたはあたしの引き立て役のくせに!

 お父様とお母様に相手にもされなかったくせに!

 なにを偉そうに言ってんのよ!

 さっさと佑樹くんをあたしに返しなさい!」


 感情的になる百合華とは逆に、蘭華は落ちついて返答をする。


「……人はものではございません。

 佑樹さまはわたしの婚約者ではございますが、わたしのものではございません。

 ですが、わたしはひとつだけ感謝をしております」

「なにを……」

「……おかげで、わたしはいまの両親の元で、とても幸せですから。

 佑樹さまと親しくさせていただけたのも、そのお陰でしょう。

 ですから、今一度だけはあなた方の態度について不問にいたしましょう。

 そして、願わくば二度とわたしの前に現れないでいただければ、幸いです」


 いうべき事はいったのか、蘭華は優雅に一礼をしてその場を去る。

もちろん、俺はきちんとエスコートをして一緒に離れた。


「……いいのか?」


あいつらにかけられた迷惑や苦痛があるのなら、それでいいのか。

思わず問いかけてしまった。

それが却って蘭華んを傷つけてしまうかも知れないのに。

だけど、蘭華は淡々と返事を返してきた。


「はい。

 他の方々にご迷惑がかからないのでしたら、今回はかまいません。

 ……そもそも、わたしにとっては、あの方々は他人も同然の方々、ですから。

 わたしには義父と義母、義弟、そしてあなたが側にいてくださいます。

 その事が何よりも重要なことで、幸せなことなのです……」


 そういって、本当に綺麗に微笑んだ。

……俺が見た中でも、一番綺麗で……。

そう、笑ってくれたことが嬉しくて。


「俺も、お前が側にいることが、一番幸せだと感じられることだから」


 それだけ、なんとか答えることができたのだった。





 それから。

百合華の父親の罪については、内々にすませることとなった。

……一ノ宮の所有する孤島での、監視付き隔離生活。

母親も一緒だ。

百合華については、再教育のあと海外の関わりのあるとある人物のもとに嫁ぐことがきまった。

 国内で、普通の生活とかは出来ないだろうし、一番無難だろうということで。

もっとも、嫁いだ先で幸せになれるかどうかは、自分次第だろう。

……あいては百合華の容姿を気に入ってて、独占欲も強い。

まあ、頑張ってくれ。


 そして俺は、十八の誕生日には蘭華と正式に結婚することが決まった、というか征司さんに承知させた。

 俺の立場の決定のために丁度いいという理由があったからな。

おかげで、蘭華を堂々と手に入れられる。

 まあ、実際はそれからが大変だとは分かっている。

だけど、俺は蘭華と蘭華の大切なものと、そのすべてを守りたいと思ってしまったからな。


 だから、俺は誓った。

 必ず、幸せにする。

 必ず、幸せになる、と。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


妹が幸せになれたかは、ご想像にお任せします……。

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