6話 戦闘継続時間が二倍になった理由
玉座の間。
空気は重い。
長い机の上に、報告書が並んでいる。
魔王がそれを見下ろしていた。
「……戦闘継続時間が、平均二倍」
幹部がうなずく。
「はい」
「離脱率は半減」
「はい」
「暴発事故はゼロ」
「はい」
沈黙。
魔王はゆっくりと顔を上げた。
「なぜだ」
幹部たちは、互いに視線を交わす。
参謀が一歩前に出た。
「士気の向上が考えられます」
「根拠は」
「腹痛による離脱が消失しました」
沈黙。
別の幹部が言う。
「回復薬の安定化により、魔力の揺れが抑制されたためと推測します」
「推測か」
「はい」
さらに別の幹部。
「朝食の導入が影響している可能性があります」
魔王が目を細める。
「朝食」
「はい。卵が普及しております」
「……か弱き人間が食べているあの鶏の卵か?」
「はい」
沈黙。
玉座の間の端で、メウラは小さな椅子に座っていた。
攪拌棒を持っている。
「メウラ」
「はい」
「説明せよ」
メウラは少し考えた。
「揺れないからです」
沈黙。
「……何がだ」
「体です」
幹部の一人が言う。
「揺れないことで、何が起きる」
「無駄に消耗しません」
「消耗が減ると」
「長く動けます」
魔王が報告書を見る。
「だが、なぜ今まで倍にならなかった」
メウラは首をかしげる。
「揺れていたからです」
参謀が苛立つ。
「もっと具体的に」
「空腹で薬を飲んでいました」
「うむ」
「無駄なトレーニングをしていました」
「うむ」
「腸が乱れていました」
沈黙。
魔王がゆっくり言う。
「腸が、戦を左右したのか」
メウラは考える。
「左右はしません」
「では」
「持続します」
参謀が紙をめくる。
「もう一点」
魔王が視線を向ける。
「何だ」
「夜間の平均睡眠時間が増加しております」
沈黙。
「……増加?」
「はい。従来は三時間から四時間」
「現在は六時間以上」
玉座の間がわずかにざわつく。
幹部の一人が言う。
「六時間も眠るのか」
「弱くなりませんか」
メウラが答える。
「最低六時間です」
沈黙。
「最低?」
「それ以下だと判断が鈍ります」
参謀が眉をひそめる。
「戦士に六時間は甘すぎる」
「三時間でも戦えます」
「戦えます」
一拍。
「続きません」
沈黙。
魔王が低く言う。
「六時間で、何が変わる」
メウラは指を折る。
「反応速度」
「誤射率」
「魔力の安定」
「機嫌」
「機嫌?」
「はい」
幹部の一人が小声で言う。
「最近、口論が減った」
別の者。
「朝の目が死んでいない」
沈黙。
魔王が静かに呟く。
「……六時間か」
メウラはうなずく。
「最低です」
「最低……」
そのとき。
重い足音。
床が震える。
巨大な影が前に出た。
単眼の巨体。
サイクロップスだった。
「ふざけるな」
低い声が響く。
「戦とは、限界を超えるものだ」
玉座の間が揺れる。
「眠る? トレーニングを減らす? 腸を整える?」
巨大な拳が机を叩く。
「それで強くなるなら、我らは何百年、間違ってきた!」
沈黙。
メウラは小さく言った。
「はい」
静寂。
幹部が報告書を読み上げる。
「前回の戦闘では、二刻目で疲労訴え三十名離脱」
「今回は、四刻目まで離脱ゼロ」
「魔力の波形も安定」
参謀が唸る。
「つまり……」
「無理をしなかった」
メウラが答えた。
「無理をしなかっただけです」
沈黙。
魔王は玉座に深く座り直す。
「我が軍は、常に限界を超えることで勝利してきた」
「はい」
「だが、限界を超えなければ、もっと長く戦えると?」
「はい」
「それが二倍か」
「たぶん」
幹部が小声で言う。
「……恐ろしい」
別の幹部が言う。
「我らは、今まで無駄に疲れていたのか」
メウラは真顔で答える。
「はい」
玉座の間が静まり返る。
参謀が紙を握りしめる。
「戦術でも武器でもない」
「腸と睡眠……」
魔王が立ち上がる。
「メウラ」
「はい」
「お前は、我が軍を強くした」
「整えただけです」
「同じだ」
「違います」
沈黙。
魔王はゆっくりと歩き、窓の外を見る。
訓練場。
兵士たちが、静かに動いている。
怒号は少ない。
転倒もない。
壁も壊れていない。
「……静かだ」
幹部が答える。
「はい」
メウラが言う。
「よく眠れていますから」
魔王はしばらく黙った。
やがて、低く呟く。
「強い軍とは、荒々しいものだと思っていた」
「違います」
「では、何だ」
メウラは少し考えた。
「整っている軍です」
沈黙。
参謀が小さく言う。
「戦闘継続時間が二倍になった理由……」
魔王が続ける。
「整っているからか」
メウラはうなずいた。
「はい」
玉座の間に、静かな納得が落ちる。
そのとき。
扉が開いた。
兵士が駆け込んでくる。
「報告!」
「旧型回復薬を隠れて飲んだ者が一名!」
沈黙。
「どうなった」
「天井に頭をぶつけました!」
メウラは小さくため息をついた。
「空腹だったのだと思います」
玉座の間に、再び静かな空気が落ちる。
魔王は呟いた。
「……全軍に通達せよ」
「朝食後に飲め」
幹部たちが一斉にうなずく。
戦闘継続時間が二倍になった理由。
ただ、無理をやめただけだった。
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