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エピローグ-最終話

最終話です……!

 息を切らしてどうにかこうにか高校へ着いた。校門の前で時計を確認すると9時31分を指していた。9時半に体育館に集合のはずなので無事遅刻である。校舎は閑散としていた。人の気配がまるでない。


「……ひとまず体育館に行こっか」


「うん」


 僕は梨穂を促して、現在修業式が執り行われている体育館へ移動することにした。校舎正門から見て右手に体育館はある。その周りには桜の木が植えられており、今は夏なので葉っぱは青々としていた。これが然るべき季節であれば風情ある景色が出来上がる。


 引き戸は開放されていた。ちらりと中を窺うと校長先生がだらだらと長い話を壇上でしており、生徒たちは学年、及び組別に並んで座っていた。僕らは気まずい思いをしながら二人、後ろから入って僕たちの組の最後尾に並んだ。僕らに気づいたクラスメイトがチラチラとこちらを見てきた。



×



 やがて校長の話が終わり、進路部、生徒指導部の先生方から話があって、校歌と国歌を斉唱して修業式は閉式した。


「おい宏人〜何遅刻してんだよ〜」


 体育館でガヤガヤと各学年の生徒たちが思い思いの話をする中で、瀬上くんが僕の近くまできてからかってきた。


「普通に寝坊したんだよ」


 あしらうように返すと、彼は僕の耳に口を近づけ、小声で茶化すように言った。


「二人揃ってか?」


 僕はその茶化しにそれとなく含有された、直接的に言うのは憚られる——愛の過剰摂取とでもいえば適当だろうか——ものを察して、呆れたように訂正する。


「……君は一つ勘違いをしている。決してそういうことを夜通ししていて、二人揃って遅刻したわけじゃない」


 僕らがそうしてこそこそと話すものだから、梨穂は頭にクエスチョンマークを浮かべて割り込んできた。


「なんのはなししてるの?」


「いや、なにも」


「?ふーん」


 勿論こんな下衆な話を彼女の耳に入れるわけにはいかないので、はぐらかして有耶無耶にする。


 やがて一年生が退場する番になったので、僕らはステージ上に日本国旗が堂々と掲げられたその場所を後にした。



×



 教室に移動したあと、ロングホームルームが始まった。夏休み中の課題であるだとか、過ごし方における注意を美原先生がプリントともに淡々と話す。


 緑色のA4サイズ一枚を見ると、友達の家に泊まるのはトラブルの元になるので禁止、と書いてあった。守るかと言われると断言はできないけど100%ノーです。絶対三崎家ないしは中谷家に於いてその禁止事項は破られる。それも複数回。なんなら十数回。下手したらそれ以上。


「……というわけで、先生からの話は以上です。皆さんも今日は早く帰りたいでしょうから、この辺で。いい夏休みを過ごしてくださいね。号令!」


「起立!気をつけ!礼!」


 ありがとうございました、と全員が口々に声を出して、一学期最後のホームルームは幕を閉じた。これにて一年生の一学期は終了して、僕らは四十日余りの擬似的な自由を手に入れる。


 学校から開放された生徒たちが思い思いに動き出した。僕もそれに混じって、梨穂の元まで移動する。彼女の顔からは完全に眠気が消え失せていた。朝の状態ももう少し見ていたかったが、まあいいか。これから沢山見られるし。


「ねえ、梨穂」


「んー?」


 話しかけると、彼女は心なしかいつもより気だるげに返事をしてきた。昼過ぎとはいえ、寝不足が影響しているのだろう。


「……帰ろっか、一緒に」


「ん」


 梨穂は口を真一文字にしたまま相槌を打って、立ち上がって荷物を背負った。騒がしい教室を出ると、やがてそこは後方の彼方になって、階段を降りる頃には喧騒はもう殆ど聞こえなくなった。



×



 昇降口を出て、平生の帰り道。平生通りでないのは帰る時間である。現在12時50分。そろそろ腹が鳴る頃合いだ。


「今日、どうする?」


 僕は具体的にどうと訊くでもなく、ボヤッと、白い靄をかけたような問いかけをした。


「……宏人の部屋で過ごしたいな」


「……それなら……うん、そうしよっか。今日は親も居ないし……穂高さんがいいなら遅くなっても」


 今日遅刻したのは母さんが出張で朝早くから出ていたからだ。帰ってくるのは明日。ちなみに父さんは所謂(いわゆる)ブラックな会社に勤めているので今日は泊まり込みになると言っていた。即ち、家には誰もいない。


「やった!」


 梨穂は握り拳を作って小さく胸の前でガッツポーズをして、笑顔になった。


 車の往来は普段より緩やかだった。環境音はそれほど騒がしくなく、互いの言葉一つ一つが耳にスッと入る。至って麗らかな午後だ。


 今日も、明日も、僕らはきっと同じ空間に身を置いて、飽きるまでそのままでいるのだろう。恐らく飽きなど来ないから、きっと、夏休みが明けるまでそのままで。


「ん……?瀬上くんから連絡?」


『来週末四人で遊びにいこーぜー』


 ……と思っていたんですが。どうやら想像よりも刺激的な夏休みになりそうである。


「……まあ、たまにはいいかもね」


 僕のスマホに表示されたそのメッセージを見た梨穂もやぶさかではなさそうな反応だった。


 僕はどうやらかけがえのない思い出をこの夏に一つ、築くのだろう。未来で思い出した時に、思い出補正なんてものがなくとも、胸を張って美しいと言える夏を。


 爽やかな風が二人の間を駆け抜け、梨穂のサイドテールが揺らめいた。街路樹に居座っていた蝉が鳴くのをやめて、また別の樹に向かって羽ばたいた。遥か遠くにはでかでかと、世界を飲み込みそうな入道雲が雄大に鎮座していた。


 隣を歩く君を見た。目があって、互いに笑顔になって、手を繋いだ。今日の終着点、僕の家までは残り50メートル……40メートル……どんどん近づいて……


 そうして、僕の家まで着いた。残り0メートル。本日の終着点である。


 梨穂は少しもじもじして、顔を赤くしつつ口を開いた。


「じゃあ……今日、よろしくね……?」


 その発言の意味するところを汲み取って、僕は頭を掻きながら元来の優柔さを発揮する。


「……善処するよ」


「……彼女が誘ってるのに……宏人らしいね」


「……分かった。よ、よろしく」


 僕は空気を戻すために席払いを一つして、そのドアの鍵を開けた。


 僕ら二人、そのドアの取手に手をかけて、そしてドアを開けて。


「「ただいま」」


 空虚だった空間に、僕らの声が二つ重なって反響した。



×


×


×



———「いつまで寝てんのー?」


「んー……?」


 少し上擦ったような、掠れた声で僕は目を覚ました。見慣れた自分のベッドの上、寝起きには見慣れない幼馴染みの顔。恥ずかしそうにはにかむ無防備な君。


「あっ……」


 そこで僕は昨夜のことを事細かに、鮮明に思い出して顔を赤くした。部屋に充満した精神衛生上良くない、いわばふしだらな香りが僕の心をかき乱す。


「……あーその……まあ、あり、がとう……」


「なにそれ……まあ私も……よかったよ、ちょっと痛かったけど」


 そう言って梨穂は手を口に当てて微笑んだ。ニヤつくような笑顔だった。


 掛け合いから察せられる通り、僕らはお互いに、一つ大人になった。所謂(いわゆる)愛の過剰摂取をさせていただいたということになる。


 あの後、穂高さんが二つ返事で泊まりを許してくれたので色々準備をして、そして僕らは一夜を楽しんだ、という経緯である。


 窓の外から陽が差し込んできた。既に時計は8時を回っている。夏休み初日からこんなぐだぐだな調子だと先が思いやられる。とはいえ、一度それを味わってしまったがために自制ができるかは不明である。


 僕は梨穂の頭を撫でた。彼女は嬉しそうに微笑んで、そして、


「朝ごはんにしよっか」


「うん」


 将来、もしも永遠の愛を誓ったならこんな休日を送ることになるのだろうか。そうなれたら嬉しいなと思いつつ、洗濯機のある洗面所へ運ぶため、僕は二人分の温もりの残る布団をたたみ始めた。


「梨穂」


「なあに?」


 僕は布団を洗面所へ運ぶ途中、キッチンに立つ梨穂を呼んだ。


「……大好き」


「……っ!こっちこそ、だよ!」


 梨穂は心底嬉しそうにフライ返しをぶんぶんと振った。卵焼きのいい匂いがこちらまで漂ってきた。


 ふと視線を向けると、玄関先に置かれたジャスミンの花が僕らを見守るように、優美に咲き誇っていた。


 どうやら幼馴染みルートしか残されていないようで、僕はこれからの日常も、きっと。


(了)

ここまで読んでくださりありがとうございました!


連載版はこれで終わるんですけど、まあもしかしたら本編で書けなかった彼ら彼女らの話を短編で出したりするかもしれないんで……そんときゃよろしくです


何はともあれ初めてジャンル別の日間、週間、月間ランキングにランクインできたこと、とても嬉しかったです。評価とかブクマとかいいねとか本当にありがとうございました!


さあ!!!他にもやることがいっぱいだぞ、俺!!!

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