エピローグ-6
なんというか、恋愛ドラマを見に来たつもりが、とんだ喜劇だったような気分だ。瀬上くんは今も飛び跳ねて喜びを露わにしている。彼は随分な変わり者だった。しかしそれが故に——顔等の安直な理由を挙げなかったが故に、川嶋さんの逃げ手を封じたというのだから、人間万事塞翁が馬とはよく言ったものである。
それにしたって浮気したって文句は言わないで、なんていう承諾に心の底から喜べる瀬上くんは本当にいい人で、川嶋さんのことが好きなのだろうと感心した。
「あーそうだ。んで、そこに隠れてる二人はいつ出てくるの?」
「「「!?」」」
その瀬上くんは目線だけをこちらに向けて、そのテンションのまま高らかに聞いてきた。いや、少しイタズラっ子のような笑みを浮かべていた。
僕も梨穂も川嶋さんも一様に驚いた。僕と梨穂は顔を見合わせ、その場に現れることをアイコンタクトで決めた。
おずおずと、ドアの影から僕らは姿を現した。
「……誠に申し訳ない」
「……ごめん!気になっちゃって……!」
謝罪の言葉を述べながら登場すると、川嶋さんは面食らった表情をしていた。
「……中谷さんに……三崎、くん」
もう彼女の口から僕の名前が呼ばれることはない。考えてみればあれ以降、僕と彼女が邂逅を果たすのは初めてのことだ。
当然その一幕を盗み見たことを怒られると思ったが、彼女は意外な行動に出た。
「……てか、颯星は知ってたの?」
「ん?ああ、知ってたよ。梨穂が騒いだ声が聞こえてきて、チラッて見たら二人がいたから」
「……!じゃあその時に教えなさいよ!貴方のせいでいらない情報が伝わっちゃったじゃない!」
怒りの矛先は瀬上くんへと向いた。いらない情報、というのはとりもなおさず彼が思う川嶋さんの好きなところ第百選の内の数個である。確かに意外なものもあった。幽霊信じてるところとか。
「いや、だって特に支障があるわけでもないし?」
「そういう問題じゃなくて!……うー……」
「あ、そういう怒ったときに頬を膨らませるところも好き」
側から見ているととても相性が良いように見える。川嶋さんは怒っているけど、その顔にはどこか本気が感じられない。
そうして川嶋さんを見ていると、彼女はこちらに向き直って、僕と目を合わせた。以前のように、頬を赤らめながら逸らすようなことはない。
「あと、言っておくけど私まだ未練タラタラなままだからね?三崎くん」
僕は川嶋さんから問われ、少し動揺した。しかしすぐに落ち着いて、彼女の発言をいなす。
「それについては大丈夫だよ。瀬上くんがあの手この手、手練手管を用いて君を落とすと思うから」
冗談混じりに嫌な笑みを浮かべながら言うと、瀬上くんの顔は大いに焦った表情に変わった。
「ちょ、宏人!俺がなんかめっちゃプレイボーイみたいになんじゃん!」
僕の発言を受けて、女子二人もその発言の意味するところを察してわざとらしく声を低くした。
「……颯星ってプレイボーイだったの?……最低」
「……瀬上くん……そうだったんだね」
「おい宏人!どうしてくれんだ!俺の恋二分で終了したんだが!?」
どうも、人の恋を終わらせることに定評のある男、三崎宏人です。
そうして、僕ら四人は笑い合った。空模様は至って穏やかで、鮮やかな群青が変わらず描かれている。否、西の方は既に杏色に切り替わっている。半球状のキャンパスにはあの日と違って、いつまでも見ていたくなるような、安らぎをもたらす模様が描かれていた。紆余曲折を経たにせよ、なんだかんだ青春っぽいじゃないかと思った。
「おーい、そろそろ屋上を閉める時間だぞ」
屋上の管理を担当している海澤先生がドアの向こうから、こちらに呼びかけてきた。
「「「「はーい」」」」
僕らはそれに息を合わせて返事をして、ドアに向かって歩き出した。瀬上くんの手に握られた銀色の鍵が、夕陽を反射してきらりと光った。
そこで僅かながらに振り返って今一度それを見た。僕はきっと、この夕焼けを忘れないだろう。
本当はエピローグは四話投稿する予定で、二話でここまでの話を書こうと思ってたんですけど、なぜか六話になっちゃいました()
何が言いたいかって言うとあともうちょいあります…!