27話 勇気 SHARA
「シャラちゃん、こっち盛り付けてくれるかしら?」
「はい、サマーさん」
テオとアシュリーさんが立ち去った後。私は、テオの家でサマーさんと昼食を作っていた。
(テオ、大丈夫かな)
ちらりと、外を見る。
救難信号の光はもう消えている。たぶん、アシュリーさんとテオが到着したんだろう。きっと二人は今、戦っている。
大丈夫。アシュリーさんだってついてる。彼女は村でも指折りの剣士だ。アシュリーさんが、テオを守ってくれるはず。
――なのに、私は。
成人の儀も受けて、クラスも獲得したのに、この村を守るための力がない。こうやって待っていることしかできない。
(……私は、私にできることを)
せめて、テオが帰るこの家を支えよう。テオの生活を支える仕事は、ちゃんとこなそう。帰ってきたテオが、安心できる場所を守ろう。
昼食が完成し布巾を乾かしに外に出ながら、そう思った時。
――ドウッ
「えっ!?」
また救難信号の光が立ち昇った。さっき、テオとアシュリーさんが向かったのと同じ場所。
色は……黄緑。
(救難信号の、緊急度レベルが上がってる!?)
……まさか。テオが向かってからそれほど経ってないのに。何か、あったんじゃ。
(――スコットさん!)
けれどスコットさんは先ほどちょうど、村の中央区へと建築士の仕事へ行ったところだ。彼があの救難信号を見て、向かってくれるだろうか。
でも、彼はこの村を守るために残る護衛。スコットさんは独断でここから出られるだろうか。
(誰か、他には……!)
キョロキョロとあたりを見渡す。
けれど、旧開拓村へと進軍した後でそもそも人が少ない。しかも丁度、昼の交代のタイミングで周囲に人が見当たらない。
(どうしよう……!)
誰か、あれを見て駆け付けてくれる人はいるだろうか。
サマーさんには、頼れない。私は戦闘用の錬金装飾が使えず、戦力にならない。
私には、何もできないの?
「テオ……!」
……もし。
もし、テオに何かあったのだとしたら。もし、テオが死んでしまったりしたら。
(お父さん……お母さん……!)
頭の中に、あの日の光景が甦る。お父さんとお母さんがモンスターに背中を叩き斬られて……命を落としたところが。
がくがくと、私の脚が震えだしてしまう。
嫌だ。
人が死ぬのは、もう……嫌だ。
(前にも、こんなことが)
思い出した。あれは、スタンピードの日。スコットさんが私を呼びに来て、そして。
――テオが向かったと、聞いた時だ。
テオが、死んじゃう。そう思ってしまった私は、居ても立っても居られなくなって。
(……大丈夫、あの時は、大丈夫だった)
震える足で立ちながら、私は自分を落ち着かせようとする。
そうだ。
あの日もちゃんとテオは帰ってきてくれた。マナヤさんとして、だったけれど。それでもちゃんと帰ってきてくれた。
――全身に、大怪我を負った状態で。
(……!!)
そうだった。
あの日、『マナヤさん』であったにも関わらず、あんな大怪我をしていた。
(マナヤさんですら、あんなにボロボロになってた……)
じゃあ……今のテオは?
マナヤさんが居なくなった今のテオは? 本当に、ちゃんと帰ってこれるの?
――無茶な戦いをしなきゃ、間に合わねえ――
彼の言葉が頭をよぎる。
……無茶をしないと、間に合わない?
――それは召喚師に限った話じゃねえだろ?
「――っ!」
すぐに自分の家へと駆け込んだ。見覚えのある革製の鞄を掴んで、家を飛び出す。
『ここには、戦闘用の錬金装飾が全種類、各一つずつ入っています。作る練習をしたいときには、これを参考になさい』
そう教官に言われて受け取った錬金装飾。それらが入った鞄を、左肩に提げる。
『そしていざという時には、これを使って。大切な者を守るのです。良いですね?』
そして、黄緑色の光を目掛けて全力で走り出した。
(……私は今まで、何をしていたんだ!)
テオが召喚師になってしまって、塞ぎこんでしまった中。マナヤさんは召喚師の立場を上げてくれた。テオがちゃんと出てこれる土台を作ってくれた。テオと私が、堂々と一緒になれる周囲を作ってくれた。
テオが戻ってきたのも、マナヤさんがテオを返してくれただけ。
テオと仲直りできたのも、テオが私に求婚してくれたのも。マナヤさんがこの村を守ってくれて……そして、テオが私を求めてくれたから。
結局、私はテオやマナヤさんに……
ずっと、あの二人に甘えていただけ!
私は――
(結局私は、テオの役になんて、一度も立ってなかったじゃないか!!)
怖がってばかりじゃ、ダメなんだ。
甘えてばっかりじゃ、ダメなんだ!
立ち向かえる勇気を持たなきゃ、ダメなんだ!!
そうじゃないと、私は!
テオに並べる人になんか、なれない!
村を一緒に守れる一員になんか、なれない!!
(たとえ、戦場で何もできなくたっていい!)
……いざとなったら。私のこの身を、盾にしてでも――!!
***
「……あそこだ!」
ひとしきり走って私は辿り着いた。剣戟や爆炎の音が響き渡る、森の奥。
(……ひっ)
……お父さんとお母さんを殺したモンスター。
そんなモンスター達がひしめきあっている。今また、目の前で人を襲っている。
血の気が引くのを感じる。手足が冷たくなっていくのを感じる。ガクガクと脚が強く震えだすのを感じる。
「な……あんた!?」
と、そこに聞き覚えのある声が聞こえた。サイドテールを垂らした、赤髪の女剣士さん。
アシュリーさんだ。
私が来たのを見て、目を剥いている。
私は頭を振って意識を切り替える。すぐに周りを見渡し被害状況を確認。三人ほど倒れているのが見えた。
血が流れている様子は無い。息もしている。打撲で気を失っているのだろうか。白魔導師さんも倒れていて治療の手が無いのが伺える。黒魔導師さんが、倒れている彼らを守るように警戒している。
(――あっ!)
ふと、そこに。
灰色の狼型のモンスター『ガルウルフ』。黒魔導師さんが反対を向いた瞬間に、襲い掛かってきているのが見えた。
(お父さん……お母さん……!)
両親が死ぬ光景が脳裏にフラッシュバックする。
(テオ……!!)
テオがボロボロになって横たわっていた姿も、交互にフラッシュバックする。
「ッ!」
――変わるんだ、私も!
すぐに鞄に手を入れ、中から丁度握り拳ほどの長さの金属棒を握りこんだ。祈る思いでマナを込めようと試みる。
(お願い!)
守られてばっかりの人で居続けるのは――
人が傷つくのを、黙って見ているだけの人間で居続けるのは――
――もう、嫌だ!!
頭の中に浮かぶ、両親が亡くなったあの日の幻影。自らその映像の中に、突き抜けるように飛び込んで……
――ガシャァン
……突き破った。
その瞬間。
握った拳に魔法陣が浮かび上がり、マナが吸われていくのがわかった。
(……いける!)
『――これは、錬金術師が使える、武器型の錬金装飾です――』
教官の声を頭の中で再生しながら。
『――迫りくる敵を突き飛ばし、仲間を守るための武器――』
私は、精一杯の雄たけびを上げながら。
『――その名も――』
マナを込めたそれを、一気にモンスターに突き出す。
――【衝撃の錫杖】!
鈍い破裂音。
黒魔導師さんのすぐ近くへと迫っていたガルウルフが激しく、吹き飛ばされた。
「っ……はぁっ……はぁっ……」
興奮からの荒い自分の息遣い。突き出された私の右手の中には……
一本の、錫杖が握られていた。
(……できた……!)
『衝撃の錫杖』。
当てた敵を吹き飛ばし距離を取らせることができる、武器型の錬金装飾。普段は小さな金属の棒だが、必要に応じてこういった錫杖型に姿を変える。
「な……【プラズマハープーン】!」
危うくガルウルフに襲われるところだった黒魔導師さんが振り向く。思わずといった様子で電撃の槍を放ち、吹き飛んだガルウルフにトドメを刺していた。
「あ、ありがとう、危ないところだったよ」
私にお礼を言ってくる、黒魔導師さん。
けれど危険な状況には変わりない。私は冷静さを取り戻し、辺りを見渡す。
敵にはスカルガードが相当数いる。召喚師さんが気を失っているし、白魔導師さんも意識が無い。
……まず、治癒魔法が使える白魔導師さんを起こさないと!
「……これだ!」
すぐに鞄に手を入れ、目的の物を取り出す。
咄嗟の時に、必要な物をすぐに取り出せるようにすること。学園で、繰り返し練習させられたことだ。
手にしたブレスレットを握りこむ。
細長い宝石のような石を多数、紐で連ねるように作られたブレスレット。その中央に、灰色の小瓶のようなチャームが吊り下がっている。
私がマナを込めようとすると、ブレスレット……錬金装飾に小さな魔法陣が浮かび上がった。今までできなかったのが嘘のように、私のマナがスムーズに流れ込んでいくのがわかる。
(よし!)
すぐに、マナが溜まり切った感覚がきた。
錬金装飾についている、灰色だった小瓶。それが碧色に変化し淡く光を発している。
倒れている白魔導師さんの近くでしゃがんで、白魔導師さんの右手を取った。その錬金装飾を彼女の右手首に押し当てる。通り抜けるかのように、するりと錬金装飾が手首にはまった。
――【治療の香水】
その瞬間、小瓶から碧色の燐光が発され白魔導師さんを覆う。燐光は、キラキラと瞬きながら白魔導師さんの打撲痕に集まった。
その怪我を、少しずつ癒していく。
「う……」
白魔導師の女性から声が漏れ、うっすらとその目が開かれた。
「大丈夫ですか!」
私は意識が戻った彼女に呼び掛ける。
「あ……わ、私は……痛っ!」
「無理しないで! ごめんなさい、すぐには治らないんです」
痛む体を起こそうとした彼女を、私も助け起こす。
「な……シャラ、一体なにをしたの!?」
こちらの様子を把握したのか、アシュリーさんが問いかけてくる。
『治療の香水』。
装着者の負傷を常時、少しずつ治癒し続ける錬金装飾だ。白魔導師以外で唯一使える治癒手段。
「白魔導師さんが、意識を取り戻しました! 治療はまだ少しかかりますが……」
「ありがたいね! ジリ貧になってきてるところだったんだよ!」
私の報告に、必死にモンスターを食い止めていた体格の良い建築士の女性が口笛を吹く。
「く……動けるようになったら、召喚師さんを、癒します……!」
少しずつ痛みが薄らいできたのか、白魔導師さんが起き上がった。
「……だが、まずいな! 召喚師の目が覚めたとしても、これでは……!」
黒魔導師さんが、周囲を確認して唸る。
スカルガードの数がかなり増えてきている。召喚師さんが目覚めたとして、この数を一気に封印はできない。
「せめて、私のマナが充分ならば……!」
そう、黒魔導師さんが言っていたのを耳に挟み、閃いた。
「マナが回復すれば、どうにかなりますか!?」
「っ!? あ、あぁ、一旦連中を足止めできるからな」
私が尋ねると、やや戸惑いがちにそう答えてきた。
「……それなら!」
すぐに鞄から目的の錬金装飾を取り出す。目を閉じて握りこみ、マナ充填を試みた。
その錬金装飾についている灰色の石。それが鮮やかな青色に、その色を変えた。
「【キャスティング】」
そして、それを黒魔導師さんに投げつけた。
私の『キャスティング』で制御されたその錬金装飾が、黒魔導師さんの左手首に生き物のように飛んでいく。何の抵抗も無く、手首に通り抜けるように装着された。
――【魔力の御守】!
その瞬間、青い石は弾けるように光を放出する。一瞬にして石の色が灰色に戻った。放たれた光が、吸い込まれるように黒魔導師さんの体の中に消えていく。
「これは! マナの、回復か!」
自分の左手首を見て、さらに拳を握るようにしながら黒魔導師さんが目を見開く。
『魔力の御守』。
事前に錬金術師が充填しておいたマナを、装着した他者に譲渡する錬金装飾。他者のマナを瞬時に回復することができる、この世界唯一の手段だ。
「これならば、なんとかなる! 皆、下がれ!」
黒魔導師さんがみんなに叫び、魔法発動の準備を始める。その声を聴いたアシュリーさん、そして建築士さん。そしてもう一人の剣士さんが、一斉にこちらへ飛び退く。
「……【ゲイルフィールド】!」
黒魔導師さんの詠唱と共に、モンスター達を紫色の旋風が包んだ。すると、モンスター達の動きが風に抵抗させられ急に鈍る。一定範囲内の相手を鈍化させ続ける範囲魔法だ。
「う……」
ちょうどそのタイミングで、治癒魔法を受けた召喚師さんが目を覚ました。
「あとは、少しずつ切り崩していけば良い! ……ありがとう、またしても助かったよ!」
黒魔導師さんがそう言って、左手を突き出してきた。私はこくんと頷いて、その左手に私の手を向ける。
私の意思に従い、光に変わった『魔力の御守』が外れて私の手元へと吸い込まれるように移動する。
ぱし、とそれを手に取った。
『魔力の御守』は他の錬金装飾と違い、一瞬で効果が抜ける。だから一度マナの回復に使ったら、錬金術師が再充填しないといけない。
――ふと、そこで私は気が付いた。
テオが、いない。
テオが召喚したとみられるヴァルキリーだけが前線で戦っている。『ゲイルフィールド』に巻き込まれているようだけど、さして支障も無いように槍を振るい続けていた。
「――テオは!? テオはどこですか!?」
私が叫ぶような問いかけに、アシュリーさんが敵を睨み据えながら答えてくれた。
「あいつ、そこの斜面から落ちちゃったのよ!」
「ええっ!?」
「こっちは手が離せないから、どうにもできなかったし……」
救難信号が追加された理由にようやく気付いた。
「そ、それじゃあテオは、まさか……」
「安心しなさい、あいつは無事よ!」
「……え?」
「少なくとも、意識はあるわ。見なさい!」
恐れる私に、勇気づけるようにアシュリーさんがヴァルキリーを指さした。
――そうか。
召喚師が呼んだモンスターは、召喚師の支配下にある。召喚師自身が死ぬか気を失うかした場合、その召喚師が呼んだモンスターは消滅する。
そのヴァルキリーが今なお戦い続けている。つまりテオは、まだちゃんと意識があるということ。
「……錬金術師さん、行って下さい。ここは任せて」
白魔導師さんが、召喚師さんを治療しながら私を優しく見据えた。
「で、でも……!」
「私が起きたからには、もう大丈夫です。絶対に、立て直します」
勇気づけるように、私に微笑みかけてくれる。
「私も、ここを凌いでみせるさ!」
起き上がった男性召喚師さんが、『封印』を使いながら口に弧を描く。
「――行きなさい、シャラ!」
敵に斬り込みながら、アシュリーさんも檄を飛ばしてくる。
「アシュリーさん!?」
「今のあんたになら、任せられるわ! テオを、頼んだわよ!」
「……っ!」
……アシュリーさんまでも、私に期待してくれている。このチームの人たちも、快く送り出してくれている。
人を救うために……私に、頼ってくれている。
きゅ、と私は胸元で錫杖を握りしめた。
「――はいっ!」
すぐに立ち上がって、斜面へと向かう。
見下ろすと、それはもはや「崖」に近いかなりの急斜面。しかも距離が長くて木々も視界を遮って底が見えない。
ここから降りるとなると――
「……これなら!」
妖精の羽のようなチャームがついた錬金装飾を取り出す。すぐにマナを充填し、自分の左足首に装着した。
――【妖精の羽衣】
ふわり、と私の体が地面から少しだけ浮き上がる。その状態でも、私の意のままに移動できるのがわかる。
私は浮いた状態のまま、滑るようにその急斜面を降りていった。
――待ってて、テオ!
今、助けに行くから!




