その後の二人
本日二話目です。ヒーロー視点です。
ヒューゴが昨夜やり残した仕事を片付けて帰ってくると、部屋の中から話し声が聞こえた。休みなのに祖母を一人にしてしまい気にしていたが、祖父が予定より早めに帰ったのだろうか。
扉を開けたヒューゴは固まった。
「おかえりなさい!」
「あら、ヒューゴ。おかえり」
「……」
あまりにも予想外なことが起きると、人は声が出てこないものらしい。
「お疲れ様でしたー」
そう言ってへらっと笑ったのは、ネルだった。
ヒューゴは一度天井に目を移し、大きく息を吸うと、口からゆっくり吐き出した。それからもう一度、祖母とお茶を飲んでいたらしいネルを見る。
「それで、君は人の家で何をしてるんだ?」
「ヒューゴったら、ちゃんと挨拶しないと。ねえ、ネルさん」
祖母は仕方ないわね、という顔で言った。
ヒューゴの頭の中は忙しかった。
一体何故、ネルが家にいるのか、祖母と仲が良さそうなのか。そして彼女は、自分達をどういう関係だと説明したのか。
「研究所の先輩後輩なんでしょう? あなたが誰かと仲良くするなんて珍しいから、私ったら『お付き合いしてるの?』なんて聞いちゃったわ」
「……」
安堵しかけた途端に思い切りひっくり返され、ヒューゴは一言も発することができない。
「ヒューゴさんには、とてもとてもお世話になってるんですよ」
「あら、そうなの。ネルさん、無愛想な子だけど、これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
本人を除け者にしてよろしくし合う二人についていけず、ヒューゴは再びため息をついた。
帰宅するネルを見送ることになり、家を出た。二人の間には微妙な距離。ネルが口を開いた。
「えっと、実は、少し前にお祖母さんとは知り合ってまして……今日ばったり会って、ヒューゴさんのことを話したら、あれよあれよとお招きいただきまして……」
珍しく言い淀むネルを見やると、焦ったように続けた。
「いつもお世話になってるって言ったら、ヒューゴさんが職場でどんな様子なのか聞かれただけですよ!」
よくやったでしょ、と言わんばかりにネルは笑った。
「ヒューゴさんのこと心配してましたよ。お昼ごはんちゃんと食べてるって、言っておきました」
「そう……ありがとう」
ヒューゴは目を逸らした。あの日食事を終えて帰ってから、ネルとまともに顔を合わせるのは初めてだった。
備品倉庫でうずくまっていたネルを見たときはとても焦った。帰宅したあと仕事に戻り、念のため寮に確認を取り、まだ帰っていないと知って彼女の上司を探し、倉庫のことを聞き出した。そして無事でいたことにほっとした途端に、あれだ。
出張先ではよく眠れず、仕事も上手くいかなくて散々だった。帰ったその足で研究所に戻り、残務を適当に片付けて彼女を待った。とんでもない威力の発言を残して走り去ったネルに、何か言ってやらなければ眠れそうにないと思った。
寝不足の頭で彼女に色々と言ったことは記憶にある。でたらめなことを言ったわけではない。まぎれもなく本心だったからこそ、ヒューゴは戸惑っていた。
彼女にどう接したらいいのか、自分が今までどうしていたのか、わからなくなってしまった。
それにこれまで手に触れることなど何回もあったというのに、繋がれた途端ものすごく動揺してしまった。ネルの行動は予測がつかなすぎる。
だから嫌だったのだ。関わると、ペースが崩れる。自分が自分でなくなっていく。
「あ。ヒューゴさんのお祖父さん、魔術師だって聞きましたよ! すごいですね!」
ヒューゴはイライラした。いつもそうだ。祖父のことを知ると、皆こう言う。
「でもすごく忙しそうですよねー。ごはん食べる暇あるのか心配になりました。それに、全然会えないって、お祖母さん言ってましたよ。でもヒューゴさんがいるから寂しくないですね。よかった!」
そんなことは初めて言われた。表情から、彼女は心底そう思っていることがわかる。
「やっぱり魔術師を目指すの?」「君にも期待できるな」かけられてきたのは、そんな言葉ばかりだった。
密かに衝撃を受けている間にも、ネルの口は止まらない。
「ヒューゴさんが全然会ってくれないからぶらぶらしてたら、お祖母さんに会ったんですよー」
「……」
いじけた口調に気まずくなり、ヒューゴは目を泳がせる。
「忙しいのは知ってますから、いいんですけど。でも、その……もしかして、避けられてます? 私」
どきりとした。図星を言い当てられたことにも、寂しそうな表情にも。ただ食事の時間をずらして研究室に篭っていただけだが、避けていたかと聞かれれば多分そうだ。
前を向いて、ネルは続ける。
「寂しいなあ。もっと会いたいです。だって、あれから何日経ちましたっけ? ごはん、食べに行きましょうよヒューゴさん。今度、仕事の日のお昼、都合つく日教えてください」
「今日の予定は?」
気がついたら、口から言葉が出ていた。
「え?」
ネルは驚いている。
ヒューゴも驚いている。本当に、どうかしている。
しかし言ってしまったものは仕方がない。ヒューゴはネルの顔を見たまま続けた。
「ある?」
「ないです! なんにもないです!」
「じゃあ…………散歩でも」
昼下がり。食事には中途半端な時間だ。何も思いつかず、散歩ってなんだ、と思いつつ提案すると。
「しましょう! 散歩! やったー!」
返ってきたのは喜びの声と、あまりにも幸せそうな笑顔で。
ヒューゴは思わず、顔ごと目を逸らした。
自分の些細な一言でこんなに喜ばれるのなら、悪くない。かもしれない。彼女と関わるのも。変わっていくのも。
しかし、とにかく今は、ネルに見られる前にこの顔色を元に戻すことが、何よりの課題だ。
最後までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!応援してくださって、とてもうれしく、心強く感じていました。
少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。




