第二話 はらぺこな彼女の魔力
ヒューゴと行った店は、ネルのお気に入りになった。美味しくて早くて値段も良心的。おすすめメニューは大盛りにもできて、おまけに癒される。最高だ。
ネルが空腹に任せて注文した料理をうきうきと待っていると、ヒューゴがやってきた。
「お疲れ様です! 適当に頼んでおいたので、好きなものがあったら言ってくださいね! 分け合いましょう」
「お疲れ様です……自分の分は自分で頼みます」
「お給料も入りましたし、先日の御礼に今日はご馳走します!」
「好みの物を食べたいので」
ネルはショックを受けた顔をしたが、ヒューゴは涼しい顔で注文をしてしまった。
――サラダ!
ネルは思った。さすがエリート、ほとんど肉とパンと芋しか頼んでいないことはお見通しだったらしい。
だけどもう少し栄養が必要なのでは、とネルが余計なお節介を焼こうとしたとき、ヒューゴが言った。
「倒れられても困るのでとりあえず食べますけど。あ、その前に魔力を測ります。手を」
「手、ですか」
差し出された手にネルがぽんと手を置くと、ヒューゴは難しい顔で黙り込んだ。まるで診察をする医者のようだ。
入所するときも魔力を測ってもらったが、たったこれだけで他人の魔力がわかるには相当な訓練が必要なのだろうとネルは思う。
手を離すなり顎に手を当てたヒューゴを見て、ネルは黙々とカトラリーを動かした。
今日のおすすめは煮込み料理だった。ぷりっとした歯ごたえで、噛むたびに旨味が湧き出す。食べるほど食が進んでしまうしかけの危険な食べ物だ。これはおかわり必須、とネルは店員を探した。
追加の注文をし終えたところで、動き始めたヒューゴに気がついた。考えごとが済んだようだ。
「ヒューゴさん、どうして調べてくれる気になったんですか?」
彼からすれば、たまたま声をかけたせいで不本意に関わってしまった変な女であるという自覚は、ネルにもあった。
サラダに目を向けたまま、ヒューゴは手を止めた。
「……。興味ですかね。初めて聞く現象ですし、原因を追求したくなります」
「……人体じっけ――」
ネルは冷たい目に震えた。
「やめます?」
「いえ、お願いします!少しでも仕事しやすくなりたいんで!」
ヒューゴは意外そうな顔をした。
「そうですか」
「もちろんですよ! お給料が高いのも魅力ですけど、新しい魔法とか、魔道具を生み出すなんて、みんなのためになるお仕事じゃないですか。まあ、まだなんにもできないですけどね」
「……」
運ばれてきた料理に目が釘付けになったネルは、ヒューゴの視線に気づくことはなかった。
テーブルに乗り切らないほどの食べ物が主にネルの腹に収まると、二人は研究所へ戻った。
終業後だというのに、優秀な研究員が集まる第一研究棟の窓からは、明かりがぽつぽつ見える。
向かいから、ローブ姿の男が歩いてくるのが見えた。ネルは嫌な視線を感じて鼻に皺を寄せた。
「女連れかよ」
すれ違い様に聞こえた声に、ネルの足が止まる。
「優秀な奴は違うよなあ。余裕だな」
明らかな悪口だが、ヒューゴは反応せずに歩いていく。
対してネルはくるりと向きを変え、男にずいっと迫った。
「ヒューゴさんは困ってた私を助けてくれた、とっっってもいい人です。今だって私の悩みを解決してくれようとしているんです。変な言い方しないでください」
「なんだと?」
男の目が釣り上がるのと、ネルの腕が後ろから引かれたのは同時だった。
「っと」
「すみません、急いでますので」
ヒューゴはネルの腕を掴んだまま、第一研究棟へ入って行った。身長差はそれほどないのに歩くのが速く、小走りしないと追いつけない。
階段の手前で手を離すと、ヒューゴはため息をついた。
「君、変わってるって言われません?」
「言われます。でも、あれはおかしいじゃないですか。何なんですか。失礼ですよ」
「……ああいうのはたまにいますけど、言わせておけばいいんです。面倒なので。こっちです」
ヒューゴは不満そうなネルをよそに階段を登っていく。
見習いには縁のない棟だ。高い建物なのでどこまで登るかとドキドキしたが、すぐ上の階でほっとした。
部屋の扉を開けると廊下の明かりが差し込み、中の様子がぼんやりとわかる。整頓された大きめの机と、椅子が数脚。そして壁一面の棚にぎっしりと本が詰まっているのが見えた。
研究室はこんな風になっているのか、とさらにのぞき込もうとするネルに、ヒューゴは言った。
「さて、では明かりをつけてみてください。魔力の流れを見るのに手っ取り早いので」
そして入ってすぐの壁を指でコンと叩く。
「はい!」
研究所の内部には、魔力を流すことで起動する魔道具が多くある。部屋の明かりもその一つだ。
壁の装置に魔力を流すと、天井の魔道具が光る。ほんの少しの魔力で一定時間明るさを維持してくれる、最新の装置である。
薄い灰色をした円盤形の石には文字が刻まれている。ネルはその中心にはめ込まれた、つるりと丸い半透明の石に手を伸ばした。
「少し触れますよ」
「あ、はい」
ヒューゴの指がネルの手首に触れる。ネルの手より少しだけ大きくて、指が長い。
ネルがいつも通りに魔力を流すと、石が一瞬虹色の輝きを放ったのち、パッと部屋が明るくなった。
「なっ!?」
途端に手首を掴まれ、装置から離される。
「え?」
「嘘だろ……君、まさか、いつもこんな、大量の魔力を?」
ヒューゴは唖然としている。ネルはのんびり答える。
「そうなんですか? いつもこんな感じですけど」
「力加減下手すぎるだろ!」
丁寧な口調が取れてしまうほどの衝撃だったようだ。ネルは目をパチパチさせた。ヒューゴは顔をしかめた。
「魔力の扱いは指導されなかったのか?」
「ああ、なんとなく教えてもらいましたけど、イマイチ掴めない感じで。でも明かりとか付けられたんでいいのかなあと」
「……」
手首をつかんだまま黙るヒューゴ。
かしげたネルの首が床と水平になろうかというところで、ようやく解放された。
「おまけに魔力を放出し続けてるな……そんなことがあるのか?」
ほとんど独り言のようだった。ヒューゴの眉間の皺は、何か挟めそうな深さになった。
「ええっと、魔力をたくさん無駄にしているからお腹が空くのかもしれない、という話で合ってます?」
「……」
思考に沈むヒューゴに対し、ネルは気持ちが上向いた。
もし魔力を無駄にしているのがお腹が空く原因なら、上手く使えるようになればいい。
「ヒューゴさん、ありがとうございます!私、魔力の使い方を間違っていたんですね!わかってうれしいです!」
ヒューゴは難しい顔のまま言った。
「……まあ、色々と不明だけど、魔力の使い方を改めれば空腹に悩まされずに済むかもしれないな」
「魔力の使い方、練習します!」
「どうやって?」
「気合いで?」
「……」
こめかみを揉みながらため息をついたヒューゴは、にゅっと手を差し出した。
「え?」
「手を」
「はい」
ネルがぽんと手を乗せると、だんだんと妙な感じがしてきた。そのうちに、身体の中で好き勝手に広がっていたものがきちんと整列したような、いつもよりもスッキリと頭が冴えたような気がして、ネルは感動した。
「おおー」
「魔力の流れを整えた。わかる?」
「わかります、わかります! へえ! すごい!」
手が離れると、整列していたものたちが徐々に散らばっていく。
「わ、散らばった」
再び差し出された手に、ネルは手を乗せる。
ばらばらに動いていたものたちが、すうっと整っていく。温かな、きれいな流れが身体の中を巡っているのを感じて、ネルはうっとりと目を閉じた。
「そう。目を閉じた方がわかりやすいかもしれない。君は魔力の量が特別多いから、ゆくゆくは魔術師になれる可能性があるな」
「魔術師? 私が?」
この国には魔術師と呼ばれる者がいる。
特に魔力が多い者の中で、試験を受けて国に認められた者たちのことだ。彼らは魔術を使い、災害や不作など国中の様々な問題を解決してくれるため、国民から大変人気がある。
魔術師はほんのひと握りの者にしかなれない、雲の上の存在だ。ネルは心が浮き立った。
「あくまで可能性だけど。魔術を使うには、この魔力の制御が必要になる。まずは、空腹を抑えるためにだな」
「はい!」
「手を離すぞ」
ヒューゴが手を離した途端に乱れ始めた魔力の流れを、ネルは懸命に整えようとする。
「こういうのは個人の感覚だから難しいけど……力で抑えるというより、導くように、道を示してやるくらいの気持ちがいいかもしれない」
ネルは少し力を抜いた。導くように。道を示すような感覚で。
すると先ほどよりは流れが良くなった気がして、思わずぱっと目を開けた。
「ヒューゴさん!今ちょっといい感じでした!すごい!教えるの上手ですね!」
「……」
興奮のせいか魔力の流れはまた乱れてしまい、ネルはがっかりした。ヒューゴはひとつ咳払いをして言った。
「まあ、練習すればそのうち出来るだろう」
「また教えてくれますか?」
「自分で言い出したことだし、上手くなるまでは」
「先生! よろしくお願いします!」
「……」
ヒューゴは何とも言えない顔をした。
「今日はもう時間がないから……そうだな。また明日、今日と同じ場所で」
「はい! ありがとうございます!」
そしてそのまま、外へ出たところで別れた。ヒューゴは寮ではなく、自宅へ帰るらしい。
ネルは先ほどの感覚を忘れないようもう一度繰り返してみたが、なかなか上手くいかなかった。




