魔力欠乏症!
「魔力欠乏症ってなぁに?」
ジェイコブはマシューに魔力欠乏症について説明した。
その名の通り、魔力がなくなってしまうのだ。
魔力が入る容器に穴が空いている状態なので、誰かに魔力を分けて貰っても意味がない。
もちろん回復薬も魔法も効果がない。
「ふぅん。やっぱり僕じゃ力になれないんじゃない?」
「方法はあるんだ。荒療治だが、一気に容器をいっぱいにする。これは魔力が多い者にしか出来ない」
「ううーん、それは僕でなくても出来ると思うよ」
これはマシューの言う通りで、他の魔力が多い人、例えばエミリーに依頼してもいいのだ。
「最後まで聞いてくれ。これは相手の、今回の場合は依頼者の孫に波長を合わせないといけないんだ」
マシューならどんな相手にでも合わせられる。
牧場の牛達で実証済みだ。
「ああ、なるほど……」
ヴァージニアが言うと、マシューも唸りながらも納得したようだ。
「はい。虹色の目を持っている人にしか出来ないのです。実はマシュー君とは別に頼めそうな人物がいたのですが、現在別件で動けないのだそうです」
ヴァージニアにとって、マシュー以外の虹色の目の持ち主と言えば局長だ。
だが流石に彼女が人の命より最優先にするものがあるとは思えない。
局長という立場にいる人なら尚更だ。
「困り果てていた時に、うちの使用人が虹色の目を持ち、魔力が尋常じゃないくらいある少年を思い出しましてね。こちらの町に住んでいるというのでお願いに参った次第です」
ヴァージニアは使用人という言葉が気になった。
聞いてもいいのかと迷っているとジェイコブと目が合った。
彼はすぐに目を伏せたので聞くなと言うことだろう。
(孫ってことはあの子か。マシューはどうするんだろう……)
マシューはまだ気付いていないようだ。
「んーっと、魔力の容器をいっぱいにして……どうするの?」
「しばらく維持するんだ。そうすると容器の穴が塞がっていくんだそうだ」
「え……維持するのも大変でしょう?」
容器の穴から出る魔力より大量の魔力を放出し続けないといけないのだ。
連続で魔法を使い続けるより大変だと思われる。
「ああ、いくらマシューでも大変だろう。ましてやマシューは倒れたばかりだからな」
ジェイコブがこう言うと男性は少し焦ったようで、すぐに解決策の案を言った。
「魔力回復薬はこちらでご用意いたします。それも最上級のものです」
最上級の回復薬は回復量もさることながら、副作用も少なく大量に摂取しても安全である。
値段も性能もヴァージニアには無縁のものだ。
「後は俺が自然回復促進の魔法をかけておく」
「ジェイコブも出来るんだね」
ジェイコブはまあなと言った。
「だが、これでも正直言ってマシューに何か不具合が起きないとは言えない。そもそも子どもが魔力を注入する側になるなんて滅多にない」
先ほどからジェイコブは危険だという話ばかりだ。
ヴァージニアは彼がマシューを心配してくれているのだろうと思っていたが、別の理由もありそうだ。
「医師もこちらが用意いたしますので、何かありましたらすぐに対応出来ます」
「何かあったらでは遅いんだがな」
ジェイコブは腕を組み渋い顔をしている。
「もちろん報酬もかなりの額をお支払い出来ると存じます」
「ほう?どれくらいだ?」
ジェイコブの狙いはこれだろう。
彼らはいくら払えるのか話をしだした。
(あの子の魔力はマシューと比べたら、そんなに多そうじゃなかったんだけどな……)
つまりはマシューの命に関わるような危険は起きない。
「ふぁぁ」
マシューは飽きてきたのかあくびをして足をプラプラとさせてお金の話を聞いている。
ヴァージニアも飽きてきたがジェイコブが上手くまとめたらしく、相手がいくら払うか決着がついたようだ。
「はい。ではこの金額で坊ちゃまを治していただけるのですね。ありがとうございます」
男性は嬉しそうに深々とお辞儀をした。
しかし、マシューは坊ちゃまに反応して眉間に皺が寄っている。
「坊ちゃま?」
「ええ。オーガスト坊ちゃまでございます」
男性は顔を上げて笑顔で言った。
ヴァージニアとジェイコブは無表情を貫いた。
どんな表情でもマシューが怒るのを止められないと判断したからだ。
「そいつが僕に何をしたのか聞いてないの?!」
やはりマシューは怒りだした。
彼の顔と耳は真っ赤になっている。
「え?どうされましたか?」
男性はマシューの怒りっぷりに困惑した。
ぽっちゃりお坊ちゃんのオーガストの悪態はこの男性には知らされていなかったようだ。
「マシュー、もう依頼は受けたのだから、きちんとやらないといけない」
「僕はやるなんて言ってないよ!ジェイコブが勝手に決めたんだ!」
「マシュー……」
あのお坊ちゃんは憎たらしかったので、ヴァージニアも嫌である。
だからと言ってこのまま放置して死なせてしまっていいのだろうか。
だが、当事者でないからそう言えるだけなのかもしれない。
本当に憎い相手だったらヴァージニアだって放置を選択するのではないか。
「僕、ヤダからね!」
マシューは椅子から飛び降りて部屋から出て行った。
男性は何故マシューが怒っているのか分からず困惑するばかりだ。
「マシュー待って!」
ヴァージニアは男性への説明をジェイコブに任せてマシューを追いかけた。
彼女は彼の足ならすぐに遠くに行ってしまうだろうと思ったが、廊下に出てすぐに彼の姿を確認した。
彼の前にはジェーンが立ちふさがっていた。
マシューは普通の人なら逃げていただろうが、彼はジェーンの恐ろしさを知っているので抵抗していない。
「マシュー君、聞いていたわよ?」
ヴァージニアはジェーンがお説教をするのだと思っていた。
「お金持ちからの仕事だそうじゃない。お金を沢山貰えるわよ~?」
先ほどヴァージニアの耳にチラリと入った報酬金額は、しばらく家賃や光熱費、食費に悩まなくてよさそうな金額だった。
ギルドにいくらか持っていかれるだろうが、それでもかなりいい金額だ。
「いくらお金持ちだからって、嫌な奴のために仕事したくないよ」
マシューは下を向き、口を尖らせているようだ。
そんな声だった。
「お金を貰うだけじゃなく、恩を売るって考えればいいのよ。後々役立つわよ」
「どんな理由があったって、あいつだけは嫌だよ」
マシューは手を握りしめており、手の色が変わっている。
「あらいいの?お金持ちの家はね、腕の良い料理人も雇っているのよ。お礼に美味しい物を用意してくれると思うわよ」
ジェーンもマシューの扱いは得意だ。
マシューには美味しい食べ物をチラつかせれば大丈夫だ。
「美味しい物?」
マシューはパッと顔を上げた。
手の力も抜けたようで、ジェーンの思惑通り彼はのってきた。
「マシュー君は何か食べたい物はないの?」
「コロッケカレーが食べたい!」
カレーライスにコロッケがトッピングされているやつだ。
(もっといい食事にすればいいのに……。あ、食べさせてないからマシューは知らないんだ)
ヴァージニアはいつも名もなき料理を食べさせているので仕方ないと思った。
彼女は料理名だけでも教えておけばよかったかなと悔いた。
(例えばステーキとか……?)
ヴァージニアも高級料理を知らなかった。
きっと高級料理とはよく分からない名前の料理だ。
「きっと飛びっ切り美味しいのを用意してくれるわよ」
「わーい!」
マシューの機嫌が良くなったので、ヴァージニアは彼を連れて部屋に戻った。
ジェイコブと男性は機嫌が直ったマシューを見て安堵した様子を見せた。
男性はマシューが依頼を受けると言うと大変喜び、少し目が潤んでいた。
「今から行くの?」
命の危機があるのなら今すぐ行った方がいいはずだ。
「いや、行くのは明日の朝だ。俺がついていないと、マシューは魔力を注ぐ勢いが分からないだろう?」
「注ぎ方も分からないよ」
「俺はこれから仕事があるから、明日教えよう。マシューならすぐに出来るようになるだろう」
「分かった。……ふふっジニーはオーラとか見えないし、魔力を誰かに渡せるほどないから教えられないもんね」
悪かったなとヴァージニアは思い、マシューをじっと睨みつけるように見ておいた。
「現在、坊ちゃまは魔法ではなく医療で命を繋いでいる状態ですが、医師によるとまだ一週間ほどは大丈夫だろうとの事です。まだ猶予があるという意味で今すぐでなくとも良いのです」
ヴァージニアは一週間でも危険だろうと思った。
一刻でも早いほうがいいのではないか。
だが、生命の危機を脱せられると分かったので、この反応になったとも考えられる。
「へぇ」
マシューはお坊ちゃんの容態に少し興味を持ったようだ。
流石に命の危険があると聞くと心配になったのだろうか。
「時間がかかるだろうから、今からだと真夜中になってしまう。そうするとマシューは眠くなるだろう?」
マシューはよい子なので夜更かしはしない。
「うん。眠いのはよくないよね。あ、そうだ!魔力を分けたら、僕はお腹空いちゃうと思うから美味しいの用意しておいてね」
「何をご所望でしょうか」
「コロッケカレー!」
ジェーンは聞き耳を立てていた!




