まだクレープ!
マシューはクレープ生地を何枚か焼いてみたが、垂らした生地の量が少なくて穴が空いたり、逆に多すぎて厚くなったり、厚さが均等にならなかったり、端が焦げてしまったりとなかなか上手く出来なかった。
「思ったより難しい……」
マシューは口を尖らせて皿の上に重ねたクレープの生地をめくっている。
「沢山焼けたからもういいんじゃない?」
「こんなんじゃっ!駄目だっ!」
マシューが陶芸家なら床にクレープの生地を叩きつけていただろう。
それほどの気迫がある。
「そう?私は食べてるね。次はどんな味にしようかなぁ?」
ヴァージニアはマシューのこだわりにずっと付き合う気はない。
「……僕の分とっておいてね」
「美味しいからなぁ。約束出来ないなぁ」
ヴァージニアがこう言うと、マシューは彼女に食べられまいと慌てだした。
「これはとっておいてね。これもこれもね」
マシューはテーブルの上の食材のほとんどを指さした。
どれも彼のお気に入りのようだ。
「いやぁ、約束出来ないなぁ」
「ジニー、大人げないよ!意地悪だよ!」
「美味しい食べ物を前にしたら人間はみんなこうなるのさ」
この言葉が決めてとなり、マシューのクレープ生地焼きの作業は終わった。
「早く食べないと……わわわ」
マシューはあわあわ言いながら生地にホイップクリームを乗せ、その上にドライフルーツを丁寧に並べている。
「チョコ沢山、チョコ沢山……。もっとチョコ……チョコチョコ」
(なんか唱えてるし……)
マシューは並べ終えると真剣な目つきでチョコシロップをぐるぐるとかけ始めた。
クレープはすぐにチョコレート色になっていった。
「んー……それぐらいでいいんじゃない?」
ヴァージニアはマシューがチョコシロップをかけすぎなので彼を止めた。
彼はまだかけ足りないようで不服そうで、目つきが悪くなっていた。
「チョコで他の味が分からなくなっちゃうよ」
「そっか。次はチョコだけにしよう……」
チョコ類はチョコシロップしか買っていないので、それだけの味になるだろう。
マシューはチョコについてぶつぶつと言いながらクレープを口にした。
「うん、これも美味しい。けど、生地が上手く焼ければもっと美味しかったはずだっ」
(ええー……)
マシューは美味しいと言いつつも厳しい表情をしながらクレープを食べ続けた。
だが、彼は口と鼻の頭に白と茶色の物体をつけているので、せっかくの厳しい顔つきも可愛らしいものになっている。
ヴァージニアは呆れながら自分の分のクレープを作り始めた。
彼女はヨーグルトとドライフルーツとアーモンドスライス乗せてたクレープを作った。
「美味しい?それ美味しい?」
マシューはヴァージニアから一口貰う気満々である。
ちなみに彼女はまだ食べていない。
「お口の周り綺麗にしようね」
ヴァージニアに言われてマシューが口を拭こうとした時だった。
誰か訪問客が来たようだ。
「はーい」
マシューが来客を確認しようとドアに駆け寄った。
ヴァージニアが止める間もなくマシューはドアを開けた。
「おっ、もう始まってたか」
来客はケヴィン達だった。
彼らは何故かス-パーの袋を持っているし、それに何が始まったと言うのだろうか。
「二人に会いにギルドに行ったらもう帰ったって聞いてね」
「そしたら買い物をして帰るんじゃないかって。だからスーパーに行ってみたの」
エミリーとアリッサは笑顔だ。
「そこで二人が来ていないか聞いたらマシューがクレープの歌を歌ってたって聞いてな。今頃クレープを作って食べてるんじゃないかって話になったんだ」
ブライアンも笑顔だ。
「だから私達も一緒に参加させて貰おうかなーって。材料も買ってきたからいいでしょう?ダメ?」
エミリーの頭の上のスージーが言った。
「いーよ!一緒に食べよう!」
「ええ。狭いですけどどうぞ」
ヴァージニアは掃除してよかったと思った。
「お邪魔しまーす」
四人はヴァージニア達の家に入ってきた。
皆は家が気になるのか興味ありげに見ている。
「クレープだなんて懐かしいなぁ。子どもの頃に作ったなぁ。あ、ここ一軒家なんだね」
「この町には集合住宅がないんです」
集合住宅ほど騒音を気にしなくていいが、家賃が少々高い。
「へぇ、ギルドがあったらギルド員用のがあってもいいのにね」
(確かにそうだ。変なの)
エミリーとアリッサの言う通りだ。
家が狭かったら掃除も楽だろう。
庭や家の周りの雑草取りもしなくて済む。
「ギルドがあったら普通はそこそこ大きい町になるのにな」
(確かに!)
ケヴィンの言う通りだ。
小さい町なので住居が足りず、近くの村や町に住んでいるギルド員もいる。
「それか初めから大きめの町にギルドを作るとかな」
(うわぁ、本当にそうだ。なんでだろ?)
ブライアンの言う通りだ。
大きい町の方が人や情報が集まりやすい。
「色々と例外だよな。ここ」
「確かに不思議だね。ねぇ、マシュー君はヴァージニアのクレープを狙ってるの?」
「うん」
マシューは自分の分を食べ終え、まだ口をつけていないヴァージニアの分を見ている。
穴が空きそうなくらい見ている。
「ちょ、口の周り拭いてってば」
そうしないとマシューがかじりついた部分にチョコやホイップクリームがついてしまう。
マシューは頷き、皆に見られながら口を拭いた。
「成長してる。前は手を舐めていたのに」
「ジニーが見ていないときは舐めてるよ」
何故かマシューは少し威張っている。
ヴァージニアはため息を吐き、他の皆は笑い声を上げた。
「そうだ、ブラシはジェーンさんが牧場に運んでくれたんだって。さっき言い忘れたそうだよ」
「走ってですか……?」
ジェーンならなんてことのない距離だろう。
「多分ね……」
エイミーとスージーはニヤリと笑い、ヴァージニアは苦笑した。
ジェーンならなんでもアリになっているので笑うしかない。
「あの距離を往復してあの時間にいるってどういうことだ?全然疲れてなさそうだったしな。……マシュー、周りが焦げてるぞ」
ケヴィンはマシューが生地を焼く様子を見守っている。
と言うより、茶々を入れている。
「さっきは上手くいったのに……」
マシューが上手に焼いたのは、現在エミリーとスージーが食べている。
「なんだぁマシュー、生地が上手く焼けないのか?マシューなら魔法を使えば簡単に出来るんじゃないか?」
「完全に回復するまで魔法は使わないんだ」
マシューはすでにかなりの枚数を焼いているのに、彼は飽きずにまた生地を焼き始めた。
「ああ、子どもならそうした方がいいだろう。減った魔力をきちんと戻してからじゃないと、魔法が不安定になったりするらしい」
ブライアンの言葉に耳を傾けずに、マシューはクレープ生地をひっくり返すタイミングを見計らっている。
「エミリーに自然回復促進の魔法をかけてもらったのにまだ回復してないのか。どんだけ魔力があるんだよ。お、そろそろひっくり返さないと焦げるぞ」
「はわわわ」
マシューは慌ててしまったので、生地がぐしゃぐしゃになってしまった。
それを広げようとしたら今度は生地が裂けてしまった。
「あああああ、なんでこんなことにっ!」
マシューが声を荒げたので、一同は困惑している。
「なんでこんなに真剣なんだ……」
ブライアンはクレープを頬張りながら険しい顔になっている。
「多分、挫折したことないから悔しいんだと思います」
「なるほど」
皆はヴァージニアの説明に納得し、各々のクレープをかじった。
男性二人は腹の足しにと甘い物ではなく、総菜系のしょっぱいクレープを食べている。
色々とスーパーで買ってきたようだ。
「ふふっ。マシュー君、フルーツを買ってきたからクレープに乗せて食べてて。生地は私が代わりに焼いておくからさ」
エミリーはフルーツを並べやすいようにカットしておいた。
おかげでテーブルの上は色とりどりの材料でいっぱいになっている。
「ありがとう。はぁ、また上手く焼けなかった……」
マシューはしょんぼりしながら、ホイップクリームの上にイチゴを並べてチョコシロップをかけた。
出来上がった物をかぶりついた彼の表情は一瞬にして変わった。
「イチゴ美味しい」
マシューは今さっきまで落ち込んでいたのに、今度は目を輝かせて喜んでいる。
大忙しである。
「ははっ幸せそうだな」
ケヴィンはクレープ生地に包まずにそのまま総菜をつまんで食べている。
その傍らでアリッサは何かを作っている。
「はい、ブラッド。クリームチーズにはちみつをかけたよ」
「ああ」
アリッサはブラッドのために作っていたようだ。
ブラッドはアリッサの影から顔だけ出し、クレープを口に入れて貰った。
彼の大きさならほぼ一口だ。
「ブラッド、美味しい?ねぇ、美味しい?」
ブラッドの姿はすでになく、マシューの問いかけにも反応がなかった。
「文句を言わないから美味しかったんだと思うよ」
アリッサはいつもの事だと付け足して、ふふっと笑った。
「えー、美味しかったら美味しいって言わなきゃ分からないよ。言葉にするの大事!」
「そうだよね。文句だけ言うのってなんか腹立つよね。ありがとうぐらい言えばいいのにさ!」
スージーが怒るとブラッドから煩いと言葉が返ってきた。
ブラッドはクレープを気に入ったようだ!




