クレープ!
洗濯物は太陽光と風に任せるため、ヴァージニアは家の中に入った。
マシューに魔力の回復具合を聞いたら昨日よりかは回復したとだけ言った。
全回復ではないが、かなりよい具合に回復しているのだそうだ。
「もうちょっとで魔法が使えるよ」
マシューは不便さを感じているようで魔法を使いたくてうずうずしている。
一般人からしたら当たり前の生活だが、彼にとっては時間がかかる面倒な作業なのだ。
「簡単な魔法からにしてね。いきなり難しい魔法は疲れちゃうからね」
「ふふっ、難しいのって属性付与とかだね。溶岩とか吹雪とかね」
「後は嵐ね」
マシューは嵐属性も見事やってのけた。
これにはエミリーとアリッサは呆然としていた。
「僕、あれは得意かも。手に属性をやるのは出来ないけど」
マシューは不満そうな表情で自分の手を見つめている。
「うん……。ねぇ、マシュー。本当に出来ないの?」
「ジニーも疑うの?ひどいよっ」
ヴァージニアはもしかしたら言いつけのせいでマシューが出来ないふりをしているのかと思っていたが、何度聞いても出来ないと言うのだから嘘ではなく本当なのだろう。
嘘を吐かせてしまっているのではと思っていたので、ヴァージニアは胸をなで下ろしたが、出来ないのを喜ぶなんて悪い保護者である。
「水じゃなくて炎とかは?」
「そう言えば、水しか試してなかったね。後で他のでもやってみるよ!」
水も雷と同じように、纏いにくいかもしれない。
「怪我をしないようにね」
「うん!」
マシューは元気よく返事をした。
魔力の量以外はいつも通りだ。
「……ねぇねぇジニー、タッパー返しに行かなくていいの?」
「そうだね。返しに行かないとね。けどさ、もうすぐお昼だからギルドに行きたいだけでしょう?」
「バレたかぁ」
ヴァージニアにはマシューの考えはお見通しだ。
そんなわけで、二人はギルドに行きタッパーを返却した。
その時にジェーンから昨日の救出作業の報酬が結構良い額になりそうだと聞いた。
豪華客船に乗っていたお金持ちが救助隊の働きに感銘を受けてお金を出してくれたらしい。
「へぇ、大変な目に遭ったのにお金くれるんだ。すごいね」
「元々篤志家みたいよ。すごいわね、お金持ちって」
ジェーンも現役時代にかなり稼いだはずだが、そのお金はどこに消えたのだろうとヴァージニアは思った。
世界中を旅したり、装備品等を集めるのに使い切ってしまったのだろうか。
(寄付って大富豪の税金対策じゃないんだ……)
ヴァージニアは失礼なことを思いつつ、くれるものは貰っておこうと思った。
「世の中お金だね」
「そうよぉ~。お金があればどんなに難しい事も人に頼んでやってもらえちゃうんだからね」
ジェーンは難しい依頼を受けた側だろう。
どんな無理難題も叶えたと噂されている。
「お金持ちすごい!」
「だけど私は悪い事には手を貸さなかったわ。いくらお金を積まれても首を横に振ってやったの」
ジェーンの話し方に熱が入り始めた。
現役時代を思い出していると思われる。
「僕もそうする!悪い奴の話は聞かないよ!」
「ふふっ、逆に悪事を暴いてやったこともあったわ。おかげで入国禁止になった国があるのよねぇ」
今ギルドの受付近くにいた人はとんでもない話を聞き固まっている。
やはりジェーンほどになると国と直接やり合うようだ。
子どもとの他愛もない会話と思って油断していたので周りの人達は汗をかいてしまった。
「マシュー、他にジェーンさんに用がある人がいるだろうから、また今度お話しましょうね」
「そうだね。ジェーンさん、またお話聞かせてね」
「いいわよ。楽しみにしていてね」
ヴァージニアはマシューとジェーンを引き離すのに成功した。
周りの皆も安心したようだ。
「なんて国かなぁ?悪い国なのは確かだよね」
「怖いねぇ」
「悪い国にもコロッケあるかなぁ?」
マシューはお腹が空いているのかコロッケの話が出て来た。
「いい国のコロッケのほうが気持ちよく食べられると思うよ」
「じゃあコロッケ増し増しにしてもらおう」
マシューはどこで覚えたのか沢山食べられる呪文を唱えた。
「ここにそんなメニューないからね」
ギルドの他に牧場にもそんなメニューはなかったので、誰かから聞いたのだろう。
今日初めて言ったので、昨日ブライアンあたりから聞いたのだろうか。
「ちぇっ」
マシューは残念そうに子ども用の椅子に座った。
食事が終わったので、スーパーに買い物に行った。
マシューはいつものように自作のポテチの歌を歌い始めた。
「マシュー、ポテチは買わないよ」
「ケチケチ~ケチケッチ~」
今度はケチの歌のようだ。
「……代わりにクレープの材料を買うよ」
「え?本当?!クレープってお家で作れるの?わーい!」
マシューは飛び跳ねて喜んでいるが、周りの客に衝突する危険性があるので、ヴァージニアはマシューに静かに歩くように言った。
「だからクレープだけね」
「クレープね。分かった!」
早速マシューはクレープの歌を歌い出した。
(歌うの好きだなぁ……。両親の前でも歌っていたのかな?)
ヴァージニアはマシューがジャガイモと桃が好きなのは両親との思い出があるからなので、歌うのも同じ理由なのではないかと推測した。
「マシュー、小っちゃい声でお話しようねー」
ヴァージニアはクレープの材料の他に夕食用の食材もカゴに入れた。
「喜びを歌で表現しちゃった」
「楽しみだねぇ」
マシューは終始ご機嫌でコロッケやポテチの存在を忘れていた。
「さて、これからクレープを作ります」
「作ります!」
二人ともエプロンをつけて、材料も準備万端整っている。
「生地は作ってありますので後は焼くだけです」
ヴァージニアはフライパンをコンロに置き火をつけた。
「ねぇ、ジニー。これホットケーキミックスだけどいいの?」
「ホットケーキミックスは万能なんだよ」
何にでも変身できる便利なものだ。
魔法の粉と言うと何やら怪しげになるので使用は控える。
「ということで、早速焼きます。油をひいて……」
生地を流し込みフライパンを傾けながら生地を薄く広げる。
片面が少し焼けてきたらひっくり返し、もう一方の面も焼く。
「はい、一枚焼けた。もう一枚焼いてから盛り付けるよ」
「早く!早く!」
「ははは、急かすでない」
ヴァージニアはもう一枚クレープの生地を焼いた。
「では盛り付けます。マシューは何がいいの?」
「僕さ、初心者で分からないからお任せにするよ」
ヴァージニアは定番を作る事にした。
「スプレー缶タイプのホイップクリームを生地に乗せます。さらにその上にスライスしたバナナを何枚か乗せます」
「おおー!」
マシューの目からキラキラしているものが出ている。
「次に先ほど炒っておいたアーモンドスライスを乗せます」
「良い香りだね!」
「次はチョコレートシロップをかけます」
ヴァージニアは格好良く、すでに盛り付けてあった物の上にチョコレートシロップをかけていった。
「チョコ!」
「それで巻きます。そして最後にカラースプレーをトッピングします。はい、どうぞ」
「ジニーありがとう!いただきまーす!」
マシューは大きな口を開けてクレープにかぶりついた。
そのせいで、彼の口の周りには色んな甘い物がくっついている。
「美味しい!」
マシューはお目目キラキラ、お口はベトベトの状態で言った。
彼は大分興奮しているようで頬は赤くなっていた。
「んぐんぐっ」
「誰も取らないからゆっくり食べるんだよ。でないと喉詰まらせちゃうよ」
マシューは何日も何も食べていないかのように、勢いよくクレープにかぶりついている。
彼はとても気に入ったようだ。
「私のは……クリームチーズとブルーベリージャムのクレープだよ」
クレープの生地にクリームチーズとブルーベリージャムを乗せて巻いただけである。
「うん、思いつきだけど美味しい」
酸味と甘味がちょうど良い感じになっている。
ヴァージニアが二口目を食べようとしたら、下から視線を感じた。
「……」
マシューはヴァージニアが持っている物を欲しそうに見ていた。
しかも相変わらず口の周りがベタベタのままでだ。
子どもだから許される可愛さだが、綺麗にしたほうがよいに決まっている。
「……口を拭いたら一口あげるよ」
「ありがとう。ジニー」
マシューは口を拭いたが、ヴァージニアのクレープを食べたら再びベタベタになっていた。
(私の一口より沢山食べたぞ……)
マシューはかなり口を大きく開けて食べたので、ヴァージニアのクレープがかなり減ってしまったが、ヴァージニアはマシューが満足そうなのでいいやと思った。
「学園都市で食べてたらこんなに楽しいの体験出来なかったんだね!あの時食べなくてよかった!」
「ん、……そうだね」
ヴァージニアはマシューが何処に誰と一緒にいるのが幸せなのか考えていた。
彼はちゃんとした先生のもとで魔法や学問、武術などを学ぶべきなのではないか、そうずっと悩んでいた。
「ジニー、他にも何か作ろうよ!」
「じゃあ生地を沢山焼かないとね」
「今度は僕がやってみるよ!」
マシューはコンロの前に小走りで移動した。
マシューはクレープ美味しいの歌を歌った!




