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いたっ!


「じゃあヴァージニアの方に移動しよっと!」


 スージーはケヴィンの肩からぴょんと跳んでヴァージニアの肩に移動してきた。

 その動きは小さいだけあってとても軽やかだった。


「おい、何でだよ」


 ケヴィンはムスッとした表情になっている。

 彼の灯り魔法はヴァージニアのものよりずっと明るいので、彼の表情がよく見える。


「ケヴィンはさぁ、オス臭いんだよ!」


 スージーは前足でケヴィンを指している。

 ヴァージニアからだと見えないが、スージーは目が鋭くなっていた。


「ははは……」


 ヴァージニアはマシューもたまに男臭いなと思った。

 洗濯の仕方が悪いのかと思い、色々工夫してみたが効果がなかった。


「なんだとぅ?!」


 ケヴィンは腕まくりをする仕草だけしているので、おふざけなのだろうか。


「なぁに?やる気?」

「まあまあ二人とも。……あ」

「お?」


 船が大きめに揺れた。

 この揺れは波によるものだろう。

 ヴァージニアとケヴィンは手すりを掴んで振り落とされないようにした。


「わーっ!」


 しかしヴァージニアの肩に乗っていただけのスージーが悲鳴をあげた。

 ヴァージニアの耳元なので少し煩かったが、それよりも大きな被害が出た。


「痛たたたっ!」


 揺れに驚いたスージーは、振り落とされないようにヴァージニアの僧帽筋に爪を立てたのだ。

 スージーは思い切り力を入れたようで、ヴァージニアの首の近くに赤く爪痕が残された。


「あー!だからスージーは俺んところにいりゃあいいのに!匂いくらい我慢しろ!」


 スージーはがっくりと肩を落としながらケヴィンの所に戻っていった。


「ううう、ごめんね。ヴァージニア……」


 スージーはケヴィンの肩の上でしょんぼりとしている。

 元々小さな体が更に小さくなっていた。


「大丈夫ですよ。これくらいなら自分でも治せますし」


 スージーが猫だったらこの怪我程度では済まなかっただろう。

 猫だったなら血が出ていたかもしれない。


「いい。俺が治すから無駄に魔力消費するな」


 ヴァージニアの怪我はケヴィンの回復魔法によってすぐに治っていった。

 ケヴィンのこの言い方からすると、緊急事態のために魔力を残しておけということだろう。


「ありがとうございます」

「他にも怪我してるところがあるなら治すぞ」

「いえ、大丈夫です」


 ヴァージニアが船の上で負った怪我は今さっき治ったので問題ない。


「そうか?さっきから背中を庇ってないか?」

「う……」

(バレてる!)


 背中は寝ている時にマシューに蹴られた箇所だ。

 流石の観察眼だと思いながら、ヴァージニアはケヴィンに背中の痣も治して貰った。


「これでいいか?」

「はい。ありがとうございます」


 ヴァージニアの背中の痣はすっかり痛くなくなった。

 心なしか他の調子が悪かった所も痛みが消えている。


「三人も近づいて来ているからそろそろ移動するか」

「後2階分下りれば到着だよ」


 二人は慎重に階段を下っていった。




 目的の階に到着するとスージーは床におり二人を先導するように歩きだした。

 ヴァージニアはスージーのすぐ後ろを移動し、ケヴィンは上から見やすいように扉の前の床に目印をつけた。


「あっちだよ。三つ目のドア!」


 ヴァージニアはいつの間にか後ろにいたはずのケヴィンに抜かされていた。

 身体能力の差があるのでこれは仕方がない。


「ここか?」

「そうだよ!」


 ケヴィンは灯りで室内を照らして少女がどこにいるのか調べている。

 数十秒遅れてヴァージニアは追いついた。

 スージーの鼻があれば手分けして探す必要はないので、ヴァージニアは急いでケヴィンとスージーの近くに行った。


「誰かいるかー?……って服だらけだな、ここ」


 沢山の服が吊されたり綺麗に畳まれて置かれている。


「クリーニングとか服を直してくれるみたいですね」


 作業台を見るとボタン付けや染み抜き、ほつれや穴を修繕しているのが分かった。


「何ヶ月も船に乗っているからねー!ほら、奥にいるよ!」

「おーい!女の子-!」


 ケヴィンがスージーが示す方向を照らすと、豪華なドレスが出てきた。

 多分パーティーで着るものだと思われる。

 ヴァージニアには想像つかない世界だ。


「あ!」

「いたぞ!」


 二人が少女に駆け寄ると少女はスヤスヤと眠っている。

 少女は見ただけだとどこも怪我はしていないようだ。

 船が傾いたり揺れたりしてもドレス達がクッションになったのだろう。


「おーい、起きろー!助けにきたぞー!」


 ケヴィンは遠慮なく少女を揺すっている。

 数度揺らすと少女が目を覚ました。


「ううん……ん?……あら?助けに来てくれたのは王子様じゃないの?」


 少女は縦ロールのツインテールで、それらには可愛いリボンがつけられている。

 それに少女が着ているのはワンピースだと聞いていたが、ドレスとも言えるフリフリのデザインのワンピースを着ていた。


「剣士じゃ駄目か?」


 ケヴィンは少女を怖がらせたり驚かせないように笑顔で接している。


「えー、せめて騎士様じゃなきゃ!」


 それなのに少女は鼻でフンッと笑った。


「じゃあ俺は騎士だ。騎士も剣を使うから大して変わらないからいいだろ?分かったなら早く避難するぞ。こっちに来いよ」

「はぁ、こんな礼儀のなっていない騎士様はいないと思うわ。それに口の利き方も全然ダメね」


 少女の言葉を聞き、ケヴィンは子どもに向けてはいけない顔をしている。

 今にも狼のように唸りだしそうだ。


「ヴァージニア、替わってくれ……」


 ケヴィンは疲れている中、よく耐えた。


「はい……」


 今度はヴァージニアが少女の前に来た。


「姫様、迎えに参りました。ここは危険ですので、どうか私と一緒に安全な場所に避難してくださいませんか?」

「ふーん、まあ合格点ね」


 ヴァージニアは少女の代わりにケヴィンを睨んでおいた。


「なんで俺を……。まあいいか。俺、……ではなく私が先導しますので付いて来て下さい」

「えー、私にこんな足場の悪い所を歩かせる気なの?信じられない!」


 ヴァージニアはださい妖精を思い出した。


「……では私の背にお乗りください」

「嫌よ!だって貴方臭いもの!」

「ぐっ!」


 ケヴィンはよく耐えている。

 ヴァージニアは彼を憐れみの目で見ていた。


「それにおんぶなんて嫌!せめてお姫様抱っこにしてよ!」

「それだと動きにくいんですよぉ。お願いなのでおんぶでお願いします~」


 ケヴィンは本当によく耐えている。


「嫌よ!私もう動かないから!」


 少女は頬を丸く膨らませて、そっぽを向いた。

 その隙にケヴィンとヴァージニアは目配せして、ヴァージニアが転移魔法(テレポート)で少女を安全な場所に連れて行くことに決まった。

 そろりとヴァージニアが少女の背後にまわり、肩に手を乗せようとした時にエミリー達が到着した。


「少女は見つかりましたか?」


 女性がケヴィンの灯りを頼りに部屋の奥までやって来た。

 ここで少女が女性を見てハッとした。


「ああ、見つかったんですね。無事でよかったです。怖くはありませんでしたか?」

「いいえ!大丈夫です!」


 少女の替わりように二人はポカンと口を開けた。

 スージーも目を見開いている。


「よく頑張りましたね。偉いですよ。これから船から脱出しますが、足元が危ないので私の背中に来てくれますか?」

「はい!」


 少女は何も文句を言わず大人しく女性の背中に移動したのだった。

 この様子を見た二人は今までの少女とのやり取りは何だったのだろうと脱力した。


「俺達頑張ったよな?」

「はい」

「うん」


 ヴァージニア達は慰め合っている。


「俺、我慢したよな?」

「はい」

「そうだね」


 皆短い時間だがよくやっていた。

 我が儘な姫のために慣れないことを頑張った。

 ただ、生まれついてのものなのか日頃の鍛錬の成果なのか分からないが、求められていたものを持っていた人に掻っ攫われただけだ。


「おーい、皆ぁ帰るよ-!」


 部屋の入り口からエミリーの声がした。

 少し元気になったらしく声が明るい。


「エミリー!」


 スージーはエミリーの元に駆けていった。


「どっと疲れたな」

「そうですね……」




 残されていた人は全員救助出来たそうだ。

 乗組員と乗客の名簿を照らし合わせて一致したらしい。

 なので全員が船から下りることになった。

 漁船が岸まで送ってくれるらしいので順番待ちをしている。


「もう夕方だね」

「どうりでお腹が空くわけですね」


 ヴァージニアはお昼ご飯を食べ損ねていた。

 これはエミリーとアリッサもだろう。


「え?ヴァージニア、何も食べてないの?」

「えっ?!」

「ああ、そっか携行食持って来てないんだ。鞄もないもんね」


 エミリーは携行食を食べたそうだ。

 アリッサも食べたと思われる。


「なんだ言ってくれれば分けたのに。ま、今でも食えるか。ほれ」

「ありがとうございます……」


 ヴァージニアはさっそく袋を開けて携行食を囓りだした。

 バーベキュー味のようだ。


「ケヴィンとブライアンはその味が好きだよねぇ」

「ね、いつもそればっかり食べてる」

「肉を思い出せる味だからな」


 マシューだったらコロッケ味の有無を聞いているだろう。

 そんな事を思いながらヴァージニアはむせないように少しずつ食べた。


「空腹なのに魔力が切れなかったんだな。後、階段でもかなりビビってたのに上手く転移魔法(テレポート)出来てたし。着地に失敗するんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだ」

「すみません。……そう言えば、この船にいる間はずっと平気でしたね」


 今回は転移魔法(テレポート)の大きな失敗もなかったし、体力や魔力の消費量が少なかった。

 普段ならもっと疲労困憊のはずだ。


「船酔いもしないの?」

「あ、そうですね。結構ずっと揺れてますよね」


 ヴァージニアはいたって健康だ。

 かなり揺れているのに体調不良は起こしていない。


「私は船酔いのせいもあって具合が悪くなってたみたい。気付いて魔法をかけたから少し平気になったけどね」

「うーん、私に力を貸してくれているのが、ヤドカリだからでしょうか……」

「海の生き物だからか。そうか……」

「あー、あり得るかもね」


 二人に微妙な反応をされてしまったと思いながら、ヴァージニアは携行食を食べ進めた。


(ヤドカリさんの力は何だかんだ言って役に立っているんだね。ありがとう。船酔いしていたらすぐに陸に戻されていたよ)


 ヴァージニアはヤドカリの力のおかげで船酔いせずに済み、魔力の消費も抑えられた。

 今まではいまいち恩恵が分からなかったが、何かしら良いことはあるのだ。


転移魔法(テレポート)出来るのもヤドカリさんの力のおかげだけど、他にも効果が分かってよかった)


 ヴァージニアがホッとしたところで、それを打ち消すような大声が聞こえてきた。


「いやぁあああー!うわぁあああん!」


 少女の泣き声が周囲に響き渡った。


「なんだ?」

「どうしたんだろう?」


 三人が覗き込んで見ると、女性に抱っこされた少女が泣き叫んでいた。

 女性の部下達も何事かと様子を伺っている。


「マチルダ!早くこちらに来て!」

「ほら、マチルダ。いい子だからこっちにおいで」


 少女はマチルダと言うらしい。

 名を呼んだのは少女の両親だろう。


「いやだぁあああ!!」


 マチルダの両親は下の船で彼女が下りてくるのを待っている。


「高いのが怖いのか?」


 ケヴィンは眉間に皺を寄せ首を傾げている。


「えー?それ本気で言ってる?」

「軍人さんとの別れが嫌なんでしょ」


 スージーとエミリーはクスクスと笑っている。


「そうなのか?」

「ケヴィンだって憧れの人と出会ったらずっと一緒にいたいでしょう?」

「うーん、俺は手合わせ願いたいなぁ」

「聞いた私がバカだったよ……」


 ケヴィンの返事にエミリーとスージーは呆れている。

 ヴァージニアはハハハと笑っておくだけにしておいた。




 マチルダは大泣きしている!

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