陸に戻る!
結局女性がマチルダを抱っこしたまま漁船に乗り、岸まで送ることになった。
ヴァージニア達も同じ船に乗ることになったので、二人がどんな別れをするのか見ることになった。
今はマチルダが泣き止んでいるので静かだが、またすぐに泣き出すだろう。
「あの豪華客船ってどうなるんだろう?修理してまた使うのかな?」
「勿体ないからそうじゃねぇか?」
外見もだが、内部もとても豪華だった。
ヴァージニアが見たのは壊れてしまったものだったが、それでも綺麗なものばかりだったので、人を探さないといけないのに見入ってしまいそうだった。
「今度はお客さんで乗りたいなー!」
「本当にそう思う!色んな設備があるみたいだから全部堪能したいなぁ」
「エステって私もやってもらえるかな?」
スージー向けのエステとなるとアニマルエステだろうか。
「え~どうだろ~?」
ヴァージニアは何処かの部署で働けたらいいなと思っていたので、やはり売れっ子は違うなと苦笑した。
この後もエミリーとスージーは楽しそうに話しているが、ケヴィンは疲れたのか黙っている。
しかし彼の顔色は悪くないので、ヴァージニアがどうしたのだろうと思っていたら彼と目が合った。
「……ヴァージニア、突然だが言わないといけない事がある」
ケヴィンが眉間に皺を寄せて深刻そうに喋りだした。
「……なんです?」
「実はマシューも一緒に来ている」
「えっ」
今頃マシューはジェーンがギルドで面倒を見てくれているとヴァージニアは思っていたので驚くしかなかった。
「ついて来ちゃったみたいなの。ヴァージニアの精神を乱さないように救助活動が終わるまで黙ってようってことになって……。言うのが遅くなってごめんね」
「マシューは何をしてるんですか?」
マシューのことだから、救助されてきた人を全員に元気になってもらおうとするに違いない。
「陸でブライアンとアリッサを手伝ってくれている。人間は温かくなきゃいけないんでしょう?って言ってな……」
「海に落ちた人の体は冷えてるはずって話してたらこう言ったの」
「そうでしたか……」
火の鳥と炎竜が上空を飛んだ日のことだ。
家中が暑くなったので、マシューが魔法で彼自身の体を冷やしてた時にヴァージニアが人間は温かい方がいいと言ったのだ。
マシューはヴァージニアの言葉をしっかり覚えていた。
「二人がちゃんと見ててくれるからマシュー君は安全だと思うよ」
「はい……」
ヴァージニアの心の中は色んな考えでぐちゃぐちゃになった。
一言で言えば心配なのだが、マシューが目立っていないか、怪我はしていないか、疲労で倒れていないか、二人をきちんと手伝えているか等と沢山考えてしまった。
「仮設の船着き場に着くぞ。マチルダはどうなるかな?」
「ああ……そういえば……」
こちらも心配である。
そう思った矢先にマチルダは火が付いたように泣き出した。
「マチルダさん、お別れです。親にもこんなに泣かれたことはありませんので、こんなに別れを惜しんで泣いてくださるなんて光栄です」
女性はマチルダを抱っこから降ろし、目線を合わせるために片膝をついていた。
「うっうっ……ぐすんっ」
「貴女が無事でよかったです。ご両親もとても喜んでおられましたね。マチルダさんはご両親と会えてどうでしたか?」
「んぐっ、嬉しいですっ。けどっ、お別れは悲しいですっ。ずずっ……ひっく……」
ヴァージニアは早くマシューに会いたいが、ここで転移魔法をして抜け出したら、嫌な奴な気がして出来なかった。
それとなく岸辺を見るが、アリッサとブライアンしか確認出来ない。
長い三つ編みをした小さい人影が見えないのだ。
「また会えるとは気安く言えません。私は軍人なので何が起こるか分かりませんのでね」
ケヴィンは子ども相手にはっきり言うなぁと感心していた。
女性はむやみやたらに希望を持たせずに、起こりうる可能性を述べているのだ。
「うっ……うっ……」
「最後になってしまうかもしれないのに、マチルダさんの泣き顔しか思い出せないなんて、そんなのとても悲しいです」
「!」
「私はマチルダさんの笑顔を覚えていたいです」
エミリーとスージーは音が出ないように拍手をしている。
マチルダの両親も泣き、漁師も鼻をすすっている。
「上手いこと言うなぁ……」
ケヴィンが呟くとスージーに黙っていろと叩かれていた。
「素敵な笑顔ですね。これからもずっとその笑顔を忘れずに、ご家族やご友人と仲良く過ごしてください。皆さんが安心して健やかに生活出来るよう、私も努力していきますね」
「はいっ」
「ふふっ、やっぱり笑顔の方がいいですね」
「!」
ケヴィンは飽きたようで、陸にいるブライアンとアリッサに手を振っている。
ヴァージニアもそんな彼らのやり取りを見ていたら、ブライアンが背中を見せてきた。
正確に言うと、彼が背負っている人物である。
「マシュー……」
マシューは寝ているのか気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「マシューは眠っているみたいだな」
「そうですよね……」
もし気絶したのなら悠長におぶってなどいないだろう。
だが、ヴァージニアは早くマシューの様子を見に行きたくて仕方なかった。
いつまでお別れが続くのかとヴァージニアはそわそわした。
「ん、船から下りるか?一人だと気まずいけど、二人なら平気だろ」
と言う訳で、ヴァージニアはケヴィンと共に下船した。
桟橋と言うより陸地が不自然に海に突き出ている。
これはブライアンが魔法で作ったそうで、時間が経てば消えるらしい。
「軍人ってあんなのも出来ないといけないのか?」
「臨機応変ってやつですよ」
二人は走ってブライアンとアリッサとマシューの所に行った。
「お帰り。エミリー達は?」
二人は先にアリッサと合流した。
桟橋の近くで病院までの搬送を仕切っていたようだ。
今は誰もいないので、マチルダ達は最後だったのだろう。
そう言えばヴァージニア達が乗る船は他の漁船達に抜かされていた。
おそらく漁師が気を利かせて、船をゆっくりと移動させたのだと思われる。
「船でお別れを見ている」
「え?どういうこと?」
二人はアリッサに船での出来事を説明した。
「へぇ、よっぽど格好良かったんだね」
「俺達は散々な目に遭ったのにな」
「私は一応合格点ですよ」
ヴァージニアは一緒にされては困ると思った。
「何やら大変だったんだな」
ブライアンがやって来た。
彼の巨躯からマシューの手足がチラリとはみ出している。
どうやら彼の魔法で赤子をおんぶするように固定されているようだ。
「あのっ、マシューに一体何が起きたんですか?」
ヴァージニアはマシューの顔を見てみると、いつもの寝顔とはかけ離れていた。
「ああ、体が冷えてしまった人達を魔法で温めてくれていたんだ。だが、魔力の残量が1割になったときに突然眠ってしまった。すまない。もっとちゃんと見ていれば良かったな。後もう少し何か食わせておけば良かった」
マシューもヴァージニアと同じく何も食べずに来たが、彼も携行食を貰って食べたようだ。
だがそれだけの食事量では、何千人もの人を魔法で温めたら魔力だけでなく体力も削られるだろう。
「今は2割程度まで回復しているの。5割まで回復したら目覚めるかな?」
「5割ですか……」
一体全回復までどれくらいかかるのだろうか。
マシューの膨大な魔力量を考えると途方もないのではないかとヴァージニアは思った。
「属性付与術を使った後だったから元々疲れていたんだろう。無理矢理帰せばよかったな」
「いえ、マシューが決めたのですから、皆さんのせいではありません」
「うん。そう言ってくれると有り難い。正直マシューがいなければ皆の回復が遅れていただろう。俺の魔法で簡易でサウナ擬きを作ったんだが、それだけでは足りなかったんだ。あの豪華客船の乗員乗客数を舐めていた」
ブライアンは悔しそうにしている。
かなり広い砂浜に何百ものサウナ擬きを作り最善を尽くしたのにだ。
「事前の情報が少なかったからなぁ。つか、そんなに海に投げ出された人って多かったのか?」
「ううん。海に落ちた人より、プールで遊んでいた人の方が多かったみたい」
暑かったので水遊びをしていたのだと思われる。
髪や乾かしたり体を温めたり出来ないうちに避難となったので、体が冷えてしまったのだろう。
確かに船内の案内板には複数のプールやウォータースライダーが書かれていた。
「だから水着やそれに近い格好の人が結構いたんだ。いくらこの時期だと寒くなるだろう」
豪華客船で楽しく遊んでいた時にはこうなるとは考えもしなかっただろう。
天から地に落ちたような感覚だろうか。
「冬じゃなくてよかったよな。聞いた話によると、沈みかけた空間で取り残されていた人がいたそうだ」
船内に海水が入り込んでいた箇所があったのだ。
「じゃあその人は海水に浸かってたんだね」
「ああ。船が固定されたって知らせも、その人には届かなかっただろうから、いつ水没するか分からなくて怖かっただろうな」
話だけでもぞっとするのに、実際に体験してしまったらと思うと恐ろしくてたまらない。
(あれ、島でこんな体験をしたような?いや、空気がなくなる心配はしなくてよかったんだからあまり怖くないか。私は転移魔法が出来るし……)
ヴァージニアが地面を見ながらあの時のことを思い出していると、馬車がやって来る音がした。
アリッサが御者と会話を始めた。
「はい、あの船で終わりです。……ああ、ちょうど下りてきましたね」
マチルダと彼女の両親、エミリーとスージーが船から下りてきた。
女性は漁船で軍艦まで送ってもらうのか、そのまま沖に行ってしまった。
マチルダは振り返り、ずっと漁船を見ていた。
「……なんかエミリーとスージーはご機嫌だな。そんなによかったのか?」
ブライアンも船での話は聞いていたようなので笑顔だ。
「ただいまー。よいものが見られたよ。……あれ?マシュー君って寝てるの?」
エミリーとスージーはブライアンの背中側を覗き込んでマシューを確認している。
ヴァージニアはずっとブライアンに任せてて良いのかと今頃思った。
しかし、彼女の力ではずっと背負っていられない。
「魔力を消費しすぎたようだ。今は2割回復しているそうだ」
「そっか。うーんマシュー君だと元の量が多すぎて完全に回復するまで時間がかかっちゃうかも」
「どうするの?薬を舐めさせる?」
スージーの言う方法は、マシューの口を開けて魔力回復薬を少量ずつ舐めさせればいいのだろうか。
ストックはあるのでこれは可能だ。
「自然回復を促進させる魔法をかけようかな?」
「いいんですか?なんだかお世話になりっぱなしで申し訳ないです」
エミリーは疲れているはずだ。
ヴァージニアは彼女に負担がかかるのは避けたいが、マシューがずっと眠っている状況も嫌だった。
それを解決するにはスージーの案を実行すればいいだけだ。
「いーの、いーの!一緒に仕事した仲間なんだから気にしないで!」
エミリーはにっこりとした笑顔で言った。
ヴァージニアはこの笑顔でエミリーが本心で言っているのが分かった。
「っ、ありがとうございます」
ヴァージニアは仲間と言われて嬉しかった。
今までほとんど単独で仕事をしてきたので、誰かから仲間だと言われたことはなかったのだ。
「前に仕事をやってもらったしな」
毒きのこを毒物博士に届ける仕事だ。
「マシュー君にはブラッドもお世話になってるから、早く元気になって欲しいもの」
「うるせぇから寝かせておけよ」
声がする方を見たら馬車ならぬ熊車があった。
見た事がない光景だったのでヴァージニアは思わず二度見してしまった。
そんなヴァージニアを気にもせず、ブラッドは器用に自分で馬具ならぬ熊具を外した。
「またそんな事言って……」
「本当に素直じゃねぇなぁ」
「フンッ!」
ブラッドはアリッサの陰の中に入り込んで見えなくなった。
ブラッドは熊車で注目の的になった!




