坊や!
ヴァージニアは転移魔法で窓の下に降りた。
「どうだった?」
「何か文章が書いてるんですけど、摩耗しちゃってるみたいです。読めたのは虹がどうのってだけです。架かる場所とも読めましたけど、何となくそう読めたってだけなので確証はないです」
「虹って空に架かる虹だよな。虹なんてどこにでも出来るんじゃないのか?それで虹が架かる場所って言われても、一体何処を探せっていうんだ?」
おじさんが首を傾げると、怪我をしている人が少し笑った。
「いやぁ、このステンドグラスの虹じゃないのかぁ?」
ヴァージニアがステンドグラスを見上げると、最上部に虹が架かっているのが見えた。
「ステンドグラスに太陽光が差し込むのって季節や時間によって変わりますよね。ってことは何処に虹が架かるのかも変化しちゃいますよね?」
「そうだな。だが、こういうのって大体春分と秋分、夏至、冬至のどれかじゃないのか?」
「…の正午とかな!」
「じゃあ、日差しの角度とかを計算しないといけませんね。先に言いますが、私は無理です」
ヴァージニアは数字やら記号やらを見ると頭痛がするのだ。
「俺もだ」
「俺は料理しか出来ない」
おじさんは料理しかと言ったが、先ほど結構離れた場所から火の玉を飛ばして魔獣に命中させていたので謙遜しているのだろう。
「料理は科学だろ?理系じゃないか」
「料理は体力だ」
毎日大勢の分の食事を作ってくれているので、自然と力が付いたのだろう。
現に先ほどヴァージニアも軽々と持ち上げられていた。
「……ステンドグラスの虹だとすると、床に何かあるってことですよね?私が床を調べたときには何もありませんでしたよ?」
「うーん、壁や天井かもしれないぞ?さっきは正午とか言ったが夕日かもしれない」
怪我をしている人が言うと、おじさんとヴァージニアは確かにと思い頷いた。
「天井はまだ調べてないですもんね」
「簡単に調べられないだろう。足場を組み立てないといけないとなると、かなり大がかりだな」
「もう、俺達の仕事じゃねぇよ。報告はしておけば大丈夫だろう」
「それもそうですね」
厨房のおじさんが王都から来た人に今の情報を伝えに、教会の外に出て行った。
「天井かぁ……」
「何があるんですかね?」
天井には豪華な装飾や特徴的な物は何もない。
「魔獣が狙うってんだから何か良いもんがあるのは間違いないだろう」
「んんー、だとすると、今まで無事だったのは何故でしょうね?」
「俺も同じことを思った。何か前と変化があったとかか?」
「変化?」
「何かが変わったんだろ?前と今で」
それは分かるが何が変わったのだろうとヴァージニアは考えた。
「……ぁ」
「どうした?」
「私、この教会に依頼されて王都まで荷物を運んだんです」
「おー……。ちなみに何を運んだんだ?」
「研究所で調べたら、黒いサイクロプスの角でした。突然変異した個体の角だそうです」
「……思いっきり関係ありそうだな」
「ですよね……」
「すぐには帰れないかもな」
入り口を見ると、厨房のおじさんと見たことある格好の男の人がいた。
誰だか分からないが、王立魔導研究所の職員だか研究員の格好をしているのだ。
ヴァージニアは嫌な予感しかしなかった。
「王都から来た人だ。話を聞きたいそうだ」
「初めまして。えーと、貴女がヴァージニアさん?」
「はい。そうです」
「局長から話を聞いておりますよ。配送業をなさっているそうですね」
やはり局長の関係者だったようだ。
てっきり、この状況を聞かれるのかと思ったのに、ヴァージニア自身について聞かれたので不審感を抱いた。
(何がしたいんだろ?作り笑顔も不愉快だしさ)
「ええ。転移魔法で出来るのはそれくらいですので」
「そこでなんですが、外にいる魔獣は――」
調べているのだったら、ヴァージニアが運べないのも知っているだろう。
「大きすぎて私には運べません。他の人に頼んでください」
「そうですか。残念です。そうだ。黒いサイクロプスの謎は解けましたか?」
「私はこの町の人間じゃないので、仕事が終わればそこで関わりがなくなります。この町の人に聞いてください」
「そうですか…。ちなみに教会の長はどちらに?」
彼はわざとらしくキョロキョロとした。
「長ならさっき運ばれていったぞ。衝撃波を喰らって耳をやられたんだろう」
「ああ、カラミティさんが運んでらした方がそうでしたか」
彼が言ったとき、他の二人が固まった。
ヴァージニアが疑問に思っていると、すぐにその理由が分かった。
「坊や、今なんて言ったのかしら?」
ジェーンが笑顔で教会に入ってきたのだ。
(あ……)
「絶対に何も喋るなよ」
怪我をしている人がヴァージニアにコソッと耳打ちしてきた。
「坊や、今、なんて言ったのかしら?カラミティって聞こえたような気がするのだけど、気のせいかしらね?」
「え、あの、いや……その、ですね……」
坊やと呼ばれた彼は、言動がぎこちなくなっている。
それまで余裕綽々でいたのに、ジェーンから醸し出される緊迫感に圧倒されているようだ。
「私、その呼び名嫌いなのよね」
「あ…、あの、すみませんでした……」
「坊や、外に出ましょうか」
「ひっ!」
ジェーンは坊やの肩に手を置き、一緒に外に出て行った。
ヴァージニア達は二人を静かに見送った。
「しばらく外に出ないほうがよさそうだな」
おじさんがそう言った数秒後に衝撃音が聞こえてきたのだった。
坊やは無事だろうかと少し心配した。
「ところで局長って誰だ?」
「王立魔導研究所に荷物を運んだ時に会った人です」
ヴァージニアにとって、出来ればもう会いたくない人だ。
「そうだったのか。んー、研究所の所長なら分かるけど、局長なのか?」
「あ、そういえばそうですね」
「各地にある研究所も統括しているんじゃないか?というか、国全体のかもな」
「かなり上の人だな」
「……とんでもない人と会っていたんですね」
ヴァージニアは局長のなんとも言えない雰囲気を思い出して遠い目をした。
「そうみたいだな」
「さっきの人は戻って来なさそうなので、もう帰っていいですかね?」
「いいんじゃないか?俺達の仕事は終わったんだしな。女性像と虹については伝えたんだしな」
ヴァージニア達が教会の外に出ると坊やはいなくなっていたが、ジェーンに聞くに勇気がある人はおらず、どうなったのか分からないまま、この町から出た。
流石にヴァージニアの体力があまり残っていなかったので、帰りは馬車だった。
「ジニー!おかえりー!!」
ギルドに到着するとマシューが元気よく出迎えてくれた。
「マシュー、ちゃんとお手伝い出来た?」
「もちのろんだよ!」
(と言いつつ、ほっぺに何かの痕がついてるぞ)
おそらく、マシューは寝ていたと思われる。
「そっか、偉いねぇ」
「えへへっ!そうだ!みんなにサンドイッチつくったよ!たべて!」
マシューはヴァージニア達を椅子に座らせて、厨房に走って行った。
「ちょうどお腹が空いていたから助かるわね」
一番働いたのはジェーンなので、空腹にもなるだろう。
討伐もだが、教会の長を運んだ後も増援の人達に状況を伝えてくれていたらしい。
「皆さんお疲れ様です」
厨房から女性が出てきた。
厨房のおじさんの奥さんだ。
彼女もいつもギルド員のために食事を用意してくれる。
「おう、材料は大丈夫だったか?」
「ええ。朝市で買ってきたから平気よ」
「仕入れもしてくれたのか。すまんな」
「これくらい大丈夫よ。みんな手伝ってくれたしね」
厨房からヴァージニアと同じくらいの実力の人達が出てきた。
討伐の知らせを受けて厳戒態勢を解き、彼らは厨房で手伝いをしてくれたようだ。
「みんな、サンドイッチたべてね!たくさんあるから、いっぱいたべてね!」
マシューは一眠りしたから元気いっぱいのようだ。
(私にはきっとクマが出来ているんだろうな)
「ありがとう。じゃあ、いただきます」
ヴァージニアが言うと、他の皆も食べ出した。
ヴァージニアは最初にタマゴサンドを口にした。
(なんか、最近サンドイッチばかり食べている気がする……。まぁ、食べられればいいか。お昼と夕飯何にしよう。マシューにちゃんとした物を食べさせないと……。でも眠い)
「ジニー!これはぼくがはさんだんだよ!」
マシューは一切れのサンドイッチをヴァージニアに渡してきた。
「うん、マシューありがとうね」
マシューはきゅうりとハムを挟んだらしい。
食パンを押さえつけたらしく、マシューの指の跡がついている。
「おいしい?」
「まだ食べてないよ」
「はやくたべて!」
マシューは自信満々のようだ。
マシューに急かされるままにヴァージニアはサンドイッチを食べた。
「うん、美味しいよ」
「ほんとう?げんき、でてきた?」
「え?うん、元気出てきたかな?」
じんわりと体力が回復してきたようだ。
前にマリリンがしたまじないを、たった一度体感しただけで覚えたのだろう。
マシューが意識してまじないをかけたのかは不明だが、子どもがお遊びで出来る物ではないので驚くしかない。
(まあ、いっか)
マシューならなんでも出来てしまうだろうと思い、ヴァージニアは考えるのをやめ、マシューの指の跡つきサンドイッチを食べた。
「ジニーまだあるからね!」
マシューは目を輝かせながら、サンドイッチを勧めてきた。
どれもハムときゅうりが挟まっている。
(マシューの担当はハムときゅうりだったのかな?)
マシュー作のサンドイッチは皿に山盛りあった。
張り切って作ったようである。
「こんなに食べられないよ」
「えー」
「じゃあ俺にくれるか?」
怪我をしている人がそう言いながら、マシュー作のサンドイッチを食べた。
「あ-、じごしょうだくだ!」
(どこで覚えてくるんだろ?)
マシューは怒ってはいないが、不満なようで口を尖らせている。
そんなマシューにお構いなしで、サンドイッチはあっという間に怪我をしている人の腹の中に入っていった。
「うん!美味いな!マシューは将来料理人になれるんじゃないか?」
「え?そう?えへへっ」
マシューは褒められて照れて、もじもじしている。
表情もにやついている。
(単純だぁ…)
ヴァージニアがそう思っていると、怪我をしている人と目が合い、彼にニッと笑われた。
(マシューの扱い方を分かってる……)
「マシュー、よかったねぇ」
「うん!」
マシューを笑顔を見ていると疲れが飛んで行きはしないが、心が少しだけ安まった気がしたヴァージニアだった。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
「後日お金が入ると思うから、待っててね」
ジェーンがウインクをしながら言った。
隣にいたマシューがビクリとしたのが印象的だった。
(さっき、ジェーンさんの武勇伝を聞いたからかな?)
皆でサンドイッチを食べながら、厨房のおじさん達からジェーンが現役だった頃の話を聞いたのだった。
ヴァージニアと実力が同じくらいの人達は興味津々で聞いていた。
彼らはジェーンを普通の受付の女性と思っていたらしい。
「マシュー、帰るよ」
「うん。帰ろう」
ヴァージニアとマシューはギルドを出て、徒歩で家に向かった。
太陽は少し高くなっていて、道路には人々が歩いており、日常風景と同じになっていた。
鳥や動物達もいつもと同じだ。
「あっ!ねこだ!」
「ンニャ!!」
猫はマシューの声に驚いたのか逃げていった。
「あー、まってよー」
マシューは猫を追いかけた。
猫は必死で逃げている。
(元気だなぁ)
そう思っているだけではいけないので、ヴァージニアはマシューと猫を追いかけた。
マシューはいつもと同じく、走るのが速かった。
そりゃ猫も必死になるだろう。
「あっ!」
猫はぴょんと塀の上に逃げていった。
「まってー!」
「えっ!?」
マシューも塀の上に軽々と飛び乗った。
(これって2メートルはあるよね……?)
塀の最上部はヴァージニアの頭の上だ。
なのにマシューは手も使わずに簡単に飛び乗ったのだ。
そしてそのまま、猫を追いかけて行った。
(やっぱりマシューは自然に身体強化を使っているのかな?)
そうだとすると、マシューがやたらと足が速い理由が分かる。
本人は普通に走っているだけなのだろうが、子どもが走る速さではない。
「マシュー!塀の上は危ないし、お行儀悪いし、猫も困っているから降りてきて!」
「はーい!」
マシューはかなり遠くにいたが、ヴァージニアの声が聞こえたようだ。
(私も大声を出したけど、あんな所まで届くほどなのかなぁ?)
もしかしたら、聴力も強化されているのだろうか。
ヴァージニアはマシューなら十分あり得るだろうと思った。
マシューはジェーンに怯えた!




