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アシモフの罠  作者: 千賀藤 隆
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プロローグ

近未来、2066年5月30日(土)、サンフランシスコ –––––––


朦朧(もうろう)とした意識の中、救急車両が集まる気配を感じる。重い(まぶた)を開くと(かす)んだ視界に点滅を続ける赤と青の光が届いた。不愉快な風切り音に視線を向けると、甲虫みたいなドローンが、(せわ)しなく、私の身体を撮影している。どうやら、私は道端に仰向けに転がってるようだ。そう気付くと妙に後頭部がゴツゴツ感じはじめる。スカート履いてたことを思い出し、立てた(ひざ)を伸ばして両足を閉じたが、はだけた(すそ)を直す気力はない。まあ、こんな状況だ、おとなしく現場検証されよう。


「(翼ぁ、・・・あたし、また、ヘマやっちゃったぁ)」


右の(ほほ)から血がドクドク流れている。きっと、ひっどい顔なんだろうなぁ。にしても、なんで、こんな日に白のスカート履いてんだぁ?・・・あっ、そうか、今日は翼の一周忌だ。


「(翼ぁ・・・、寂しいよぉ)」


両目から涙もドクドクこぼれ落ちる。白衣を着た救急隊のシンス(ヒューマノイド)が3体近寄り、作り込まれた優しい笑顔と計算され尽くされた声色で様子を伺い、私を搬送用のベッドに乗せて固定する。別の一体が身体に幾つか医療用の機器を取り付け、残りの一体は顔面にスプレーをこれでもかと吹き付ける。むせそうになるが、まあいい。これで、ともかくは涙を隠せる。


  視界の片隅で上空に浮かぶフライング・カーからジョンが飛び降り、駆け寄ってくる姿が見える。いつも通りの冷静沈着なスーツ姿、翼の旧友、今は私の上司。


“Mari, are you all right?(真理、大丈夫か?)”


“Hey, John! Finally, you’re pronouncing my name correctly!(どうも、ジョン!ようやく、私の名前、ちゃんと発音できるようになったね)”


カッコよく吐き出すつもりだった声は、恥ずかしくなるほど弱々しく(かす)れる。


“Oops! ... Don’t speak, otherwise, the wound gets bigger (うわぁ!・・・黙ってろ、じゃないと、傷口広がるぞ)”


“...”


“You know, Tsubasa loved your face, this beautiful one. So, you must take care of it (まったく・・・、翼は、君の美しい顔を愛してたんだぞ、もっと大切にしろ)”


“... he is no longer in this world(・・・彼はもういないっしょ)”


“Don’t speak, just relax(口ひらくな、リラックスだ)”


“Has the guy been arrested yet?(あいつ、捕まえた?)”


“They did it, don’t worry, and don’t speak(ああ、心配すんな、口ひらくな)”


“John, ... I’m so sorry(ごめんね、ジョン)”


“Don’t speak, ... keep in mind, Tsubasa’s daughter, we are a team. How many times you ... hmm. Anyway, don’t worry, just relax (口ひらくんじゃねぇ、・・・いいか、翼の娘、俺たちはチームだ。一体、何回・・・、まあ、ともかく、心配すんな、リラックスしとけ)”


搬送用ベッドごと救急車両に放り込まれ、すぐに治療が始まる。制度上は人間の医師の判断を仰いだ後にシンスが医療行為を始める決まりだが、医師不足の現在、そんな制度は既に形骸化(けいがいか)している。部分麻酔をかけると伝えられ、返事をした覚えはないが、すぐに治療がはじまった。ロボット連中も、随分、人間っぽくなったもんだね。


  顔の傷は程なく(ふさ)がれる。チャッチャッという手間も感じない、スーッで終わりだ。3、4ヶ月は傷跡が残るが、指示通り再生プロセスを続ければ、頬の傷は跡形(あとかた)もなく消えるそうだ、指示通りするならば。幾つもの小さな破片が入り込んだ腕や背中の傷には、少々、手こずっていたが、15分程度で処置は終わり、救急車両の扉が、一旦、開いて、ジョンを乗せると病院へ向かってフワリと飛び上がった。3日間、病院にぶち込まれるそうだ。


  喧騒(けんそう)の事件現場の騒音は薄れ、強力なノイズキャンセラーのあるフライングカー(救急車両)の車内は静まり返える。搬送用ベッドから見える視界には高層ビルの側面がよぎり、すぐに、空一面、灰色の雲が広がる。視線を右に向けると、ジョンは目を(つむ)り、何か考えに(ふけ)っていた。私の処遇のことだろうか?


“John, ... do you fire me?(ねえ、ジョン、あたし、クビかなぁ?)”


“Do you think so?(そう思うか?)”


“Well, ... do you relocate me?(じゃあ、配置転換?)”


“... Possible. Get some sleep(かもな。少し寝ろ)”


そういうとジョンは前方を睨むように身体の向きを変えて坐り直す。しばらくは、閑職へ配置転換する気だろう。


「(嫌だなぁ、・・・過去を振り返る時間なんて欲しくない)」


私もまもなく二十八、再来月には翼の娘になって十二周年を迎える。でも、今年も一人きりの誕生日、一人ぼっちの家族記念日・・・。


「(ねぇ、あたしが生きる理由って何?)」


***********


現代、2016年3月20日(日)

オレゴン州ポートランド –––––––


人生最後の夜に心の平静を保ちたいなら、この場に親を呼ぶべきではなかった。今更だが、親には(こく)すぎる。乾いたノック音、小柄だが恰幅(かっぷく)の良いラテン系の女性看護師が現れ、表情を消して面会時間終了を告げる。(せき)を切ったように、お袋が嗚咽(おえつ)しながら泣き崩れ、それを支えようとした親父もほどなく一緒に泣き崩れる。それまで憮然(ぶぜん)とした態度を取っていた兄も手の甲で眼鏡を押し上げ、立ったまま肩を震わせはじめる。親友のカイルが兄をハグしながら優しい言葉を投げかけたが、英語が苦手な兄には伝わらないだろう。


  リクライニングしたベッドの背もたれに頭を沈め、大きく溜息をつく。視界の片隅で、ケイコさん(カイルの妻)が泣き崩れた両親の肩に優しく手をかける。俺は家族から目を逸らし、窓辺で困惑した表情で立ちすくむステファン(カイルとケイコさんの一人息子)を手で招いた。


「幾つになった?」


「“Eight”、・・・はちさい。ねぇ、ケイは、どっか、いっちゃうの?」


「ああ、遠くにな。明日は、来れないんだろ?」


「うん、明日は学校だから。これから飛行機でベイエリアに帰る、お母さんと」


「元気でな、ステファン」


「うん、ケイも。”Have a good trip!”」


笑顔を作り、ステファンと握った拳を軽くぶつけあう。ノック音で、さっきの看護師が再び現れ、表情を消したまま退室を促す。両親は、ケイコさんの手を借りて重い腰を持ち上げると、一瞬、俺に目を合わせたが、言葉を発することができないまま、ドアに向かって歩きはじめた。


“Kyle”


振り向いた巨漢の目も涙で潤んでいる。カイルは、息子の背中を軽く押してドアの外へ向かわせると、ベッドに近づき、覗き込むように顔を寄せる。この十年、コイツとは毎日(つら)を合わせた。時に激しい口論にもなった。綱渡りの会社経営で、オフィスやコイツの家のリビングで朝を迎えた数々の日々が脳裏に浮かぶ。


 カツッ、カツッと(かかと)を鳴らしながらケイコさんが病室に駆け込み、カイルを押し退けて俺をハグし、頬にキスをした。俺の両肩に細い手をかけたまま精一杯の笑顔を浮かべているが、見つめる瞳には涙が(あふ)れ、ゆらゆらと白い照明を反射している。


「今まで、ありがとう。あなたに出逢えた幸運に感謝してる。私、今の幸せって、あなたのおかげだと思ってる」


震える声でそう言い残すとクルリと背を向け、手の甲で目を抑えながら足早に病室を去った。


“... Kyle, let me lean on your shoulder(カイル、肩貸してくれ)”


“Are you all right?(大丈夫か?)”


“I’ll see you guys off, just at the elevator(見送る、エレベータまで)”


 重苦しい雰囲気の一行をエレベータに押し込み、なんとか微笑みを浮かべながら扉が閉まるまで見送る。扉の上の点灯する数値を目で追い、一行が乗った箱が一階に到着したのを確認すると、重苦しい空気に包まれた一日に大きな溜息をついた。


  奥の窓の向こうには満月が登り、薄緑色のリノリウムの床に銀色の月光を注いでいる。点滴棒付きの歩行器を押し、来た道を病室までゆっくり戻る。ふと視線を横に向けると、左手の部屋のドアが薄く開いていることに気付く。『Departure(出発)』、そう名付けられた部屋は、俺がこの施設に移って二週間、いつも鍵が掛かっていた。


  躊躇(ためら)うことなく中に入った。部屋の奥には昇降式の台があり、その向こうに心拍などの生体信号を計測して表示する機器が並んでいる。台の上には、以前、カタログで見た珍妙な箱があった。財団の連中は『エスケープ・シェルター』と呼んでいたが、どう見ても趣味の悪い棺桶にしか見えない。俺は歩行器を押して、その『棺桶』に近づき、何気なく中を物色した。そして、何か奇妙なことを見つけ、ほどなく、それが奇妙に見えるワケに思い当たった。


「えっ?これって、まさか・・・」


背後に人の気配を感じ、ゆっくり振り返える・・・。


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