番外編⑭の続き
我慢できなくて書いた。後悔はしていない。
「あっ、先輩!?ダメですって……!」
廊下の方から声がして、開け放されたドアの向こうから二人の女子生徒が教室に入ってきた。
「え……どうして……?」
渚は驚いた様子で晴太の顔を見る。晴太は首を横に振る。
「ごめんなさい。ちょっと気になる話をしていたものだから」
「えっと……その……すいません」
一人は雨音。その後ろに隠れるように水が顔を覗かせている。雨音はいつものポーカーフェイスだが、水の方は場の空気に耐えかねているようで、雨音の制服の裾を掴んで居心地の悪そうな顔をしている。
「えーと……二人は何でここに?」
取りあえず状況を整理しようと晴太が尋ねると、「それは……」と雨音の後ろから水が説明を始めた。水の話によると、彼女がいつものように発明品の試作をするために自分の教室に向かっていると、晴太と渚が並んで歩いているところを目撃。何かシリアスな雰囲気だったので気になって尾行してしまった。するとそこでたまたま魔道部の自主練のために学校に来ていた雨音と遭遇し、そのまま二人で盗み聞きをする流れになったということらしい。
「てことはもしかして……全部聞いてた?」
「はい。その……最初から全部……」
「全部聞かれてたのか……」
晴太は恥ずかしくなって頭を抱える。とはいえ晴太はずっと聞き手だった。ずっと話し手で、しかもあんな告白までした渚の方がダメージは大きいはずだ。そう思って渚の顔を見ると、案の定リンゴのように顔を真っ赤にして俯いていた。
「えーと……」
晴太は助けを求めるように雨音に目を向ける。こうなってしまうと晴太にもどうしていいか分からなかった。というか、こういう状況になってしまったのはそもそも雨音があの場面でいきなり乱入してきたせいで、となるとなぜ、あそこでわざわざ教室に入ってきたのか、という話になるはずだった。そんな晴太の考えが分かったのか、雨音はおもむろに口を開く。
「まあ、真剣な話に割って入ってしまったのは申し訳ないと思っているわ。でもどうしても晴太くんが何と答えるのか気になって」
晴太がなんと答えるのか。それは当然、渚の改めて友達になって欲しいという願いに対してだろう。雨音がなぜそれを聞きたがるのか、わざわざ答えようとする直前で割って入ってまで直接聞きたがるのか。晴太にはいまいち分からなかったが、雨音の次の言葉を聞いて、雨音の不自然な行動の意味を全て理解した。
「まあ以前にも言ったけど、私は基本的に仲良くするのはいいことだと思っているのだけど。だからぼっちの晴太くんが友達を作ることを推奨しているのだけど」
「雨音、それは……」
確かに雨音は以前、渚に勉強を教えて欲しいと頼まれて晴太がどうしようか迷っていたときに、仲良くするのは良いことだと言って晴太が渚の教師役になる事を勧めてくれた。だが、今は状況が違う。今それを言うことは、さっきまでの話を全て聞いた上でそう言うということは、つまりそういうことなのだ。
「雨音先輩……」
水は裾を掴んでいた手をそっと離し、心配そうな顔で雨音を見つめる。一方の渚もじっと俯いていた顔を上げ、目を見開いて驚きの表情を浮かべている。雨音はそんな渚をじっと見つめ、言った。
「ごめんなさい。余計なことをしているのは分かってる。でも私はわがままなの。誰にも傷ついて欲しくなくて、誰にも泣いて欲しくないの。とりわけ海守さん、あなたには。あなたの気持ちも……分かってしまうから……」
雨音のそれは、見方によっては誤魔化しだった。結果を誤魔化して、先延ばしにする行為だった。あるいは、晴太の気持ちが変わるかも知れないことを考慮してのことなのか。しかし晴太を中心とした三角関係、なんて晴太には想像もできなかった。だが、そこでふと晴太は思う。もしかすると雨音自身もこれが正解という未来を描けていないのではないか。どうすればいいのかも分からないまま、ただ傷ついて欲しくないという感情だけで飛び出してきてしまったのではないか。だとしたら、どうすればいいのだろうと晴太は思った。最初はまた断るつもりだった。しかし雨音は暗に断るなと言っている。
「雨音……僕は……」
晴太は雨音を見る。
「晴太くんの、正直な気持ちを聞かせて頂戴」
雨音は言った。そうか、と晴太は頷く。自分の正直な気持ち。雨音が感情のままに飛び出したように、晴太も感情の求めるままを言葉にしようと決めた。それが意味を成そうが、無意味に終わろうが、たとえどういう結果を導こうが、今はその時なのだと大きく一度深呼吸をする。
「海守さん、僕は…………やっぱり雨音が好きなんだ。でも……同時に嬉しいとも思ってしまうんだ。僕なんかと仲良くなりたいと思ってくれたことが。僕も海守さんと仲良くなりたいし、海守さんとならもっと仲良くなれそうな気がするから」
「久条くん……」
晴太は渚に向かって手を差し出す。
「だから……僕と友達になって下さい」
「……!?」
渚は一瞬顔を歪めた後、「もちろんだよ……」と言ってそっと晴太の手に自分の手を合わせた。そしてゆっくりと互いの手を握り合う。
「えへへ」
「ふふ」
どちらからともなく笑みがこぼれる。嬉しさ半分、恥ずかしさも半分である。しかしすぐに二人は恥ずかしさに耐えきれなくなり手を離した。そもそもこの場には雨音もいるのだ。
晴太は気になって彼女の方を見ると、雨音はどこかホッとしたような表情で晴太に頷いた。それでよかったのかと聞かれれば、これでよかったのか聞き返したくなる。だが今更悩んでも、もう遅い。晴太も雨音も渚も、後悔するかも知れないことは百も承知で、そうあって欲しいと思う方に突き進んだのだ。
それからしばらく、微妙な沈黙が流れる。正直になったのはいいが、三人ともその後の流れを全く考えていなかったからだ。だがここでこの場に居合わせた四人目が助け船を出す。
「……みなさん、あちきがいることをお忘れではないですか?」
半ば雨音に引きずられるようにしてこの場に出てきてしまった四人目、廻川水である。
「いや、頭の片隅にはちゃんと置いておいたよ」
「片隅ですか!?そこはちゃんと真ん中に置いて下さい!」
そう喚きながら水は晴太に詰め寄る。
「それって、水は晴太くんの真ん中にいたいのね?」
すかさず雨音が揚げ足を取る。
「えっ!?その……そういうことではないのですけど……!!!」
思わぬ方向からの攻撃に水はたじろぐが、すぐにぶんぶんとかぶりを振って「ってそうじゃなくて!」と話を戻す。
「お三方の気持ちはよく分かりましたが、この空気を見るに、この後のことは全く無計画でしたね?」
「うっ……まあ、そうだね……」
全くもって水の言うとおりなので、晴太は言葉に詰まる。他の二人も同様にばつが悪そうに斜め下を見ていた。そんな三人の様子を見て水は小さくため息をつく。
「正直、今のままであなた達三人が上手くいくとは思えません。結局は誰か一人が、あるいは三人がそれぞれ別々に背負い、関係は瓦解するでしょう」
水の言うとおりだと晴太は思った。一度誤魔化して、誤魔化し続けるのは難しい。いずれは破綻して、誤魔化さなかった場合に考えられた以上の苦しみを味わうことになるだろう。でも、晴太にはそうするしかできなかったのだ。見ると、雨音と渚も同じように悲しい顔をしている。
「ですので、この場はいったんあちきが預かりましょう」
水は俯く三人を見渡して、そう宣言した。
「預かる……?」
「つまり、どういうことかしら?」
渚と雨音がキョトンとした表情を浮かべる。
「今この場でこれ以上考えても何も進展しないでしょう。ですからここはあちきがいったん預かり、後日改めて集まりましょう。特に雨音先輩と海守先輩、お二人はあまり面識がないでしょうから、あちきが間に入ります。仲良くなりたいのでしたら、まずはお互いを知ることから始めなければなりません」
間に入るのならどちらにも面識がある自分の方がいいのではないかと晴太は思い、一応片手を小さく挙げてみる。
「僕は」
「晴太先輩は夏休みの宿題でもしていてください」
だが水はぴしゃりと晴太の発言を止める。
「はい……」
まあ、自分が間に入ったところでどうにもならないだろうなと晴太は思ったので、素直に宿題でもやっておくことにした。
「でも水、本当にいいの……?」
雨音が不安そうに水の顔を見る。水は小さく微笑んで言った。
「ええ、第三者、この場合は第四者ですかね……外の人間じゃなければ解決できそうになかったので。それに、あちきがとやかく言えることでもないですしね」
「そう……ありがとう」
「いえ、雨音先輩のためですから。その代わり……もしこの関係が上手くいったら、その…………あちきも仲間に入れて下さいね?」
「水…………」
雨音が真剣なまなざしで水を見る。
「やっぱり気にしていたのね、蚊帳の外にされて」
「ちっ違いますよ!全然そんな、羨ましいとか思ってないですよ!?」
水は顔を真っ赤にして抗議するが、雨音はそんな水の頭を撫でる。
「大丈夫よ?私とあなたは親友だもの。決して仲間はずれになんてしないわ」
雨音の言葉に晴太もウンウンと頷く。
「ちょっと晴太先輩!何頷いてるんですか!あなたと親友になった覚えはありませんよ!」
キッと晴太を睨んで水は吠える。
「でも、友達だよね?」
「えっ」
「えっ……友達……だと僕は思ってたんだけど……違った?」
水の顔がまた赤くなる。
「それはっ……確かにそれくらいの関係性ではありますけど……」
「水、よかったわね。晴太くんはちゃんとあなたのことを友達だと思ってくれていたみたいよ」
すかさず雨音が追い打ちをかける。いつの間にこんな連係プレーを身につけたっけと晴太は思った。まあ最初の頃に比べれば、だいぶ気心の知れた仲にはなってきているのだろう。
二人にいじられて顔を赤くしていた水だが、ふと二人の後ろ、渚の方に目を向ける。それまでボーッと三人のやり取りを眺めていた渚だが、水に見られていることが分かると、「あ」という表情を浮かべ背筋を伸ばす。
「海守渚さん……でしたっけ?」
「うん、あなたが確か廻川さんだよね?発明とか凄いたくさん表彰とかされてる」
「はい、あちき、廻川水と言います。どうぞよろしくお願いします」
そう言って水は右手を差し出す。渚は一瞬驚いた表情を浮かべ、それからゆっくりと右手を前に出す。
「あたしは海守渚。こちらこそよろしくね」
二人の手がしっかりと握られるのを見て、晴太は不思議な感覚に襲われる。人と人が知り合う瞬間をちゃんと見るのは初めてなので、ここから二人の関係が始まるのかと思うと妙に感心してしまったのだ。
「上手く、いったのかしら」
いつの間にか晴太の隣に雨音が立っていて、心配そうに呟いた。
「どうだろう」
たくさん遠回りをし、時に道を誤り、ろくに目標も決めずここまで来た。だから晴太の仲で、ゴールしたという感覚はなく、むしろやっとスタートラインに立ったという感覚が強かった。なればこそ、上手くいったのかというよりも、これから上手くいくのかといった方が正しいだろう。
「でも……何だか上手くいきそうな気がするよね」
そう言って晴太は窓の外を指さした。雨音はそれを見て、「そうね」と笑った。
「あ、雨が……」
「天気雨というやつですね」
最初に渚が気付き、すぐに水も気がついた。目に染みるほどの青さで快晴を伝える夏の空から、キラキラと光る雨粒が降り注ぐ。街から吹いた風がカーテンを揺らすと、同時に雨の香りがした。
「どう思う?私たちの気持ちがピッタリと重なったのか、それとも偶然か」
晴太にだけ聞こえる小さい声で雨音は尋ねた。その顔は嬉しそうに笑っている。
「偶然でしょ」
晴太は少し呆れて笑った。ただ、果たしてそんな都合のいいことが起こるだろうかと晴太は思う。だがもしもこれが偶然でないとすれば、残る可能性は必然かあるいは奇跡の二択になる。仮にそんなことがあったらそれこそワンダーランドである。
「でも……そう言って差し支えないくらいのものを、僕は今見てるのかな」
雨音と晴太と、それから水と渚と。この先何度でもこの不思議な空を見られるように、共にいる時間を大切にしようと晴太は思った。おそらくこの景色は、一人では見られないだろうから。




