(51)その後
結局あの後は特に何の話をするでもなく、二人してただぼんやりと雨が降るのを眺めていた。そして雨が止むのを待って地上に戻った。
「ところで雨音、学校はどうするの?」
雨音が魔法で入り口を隠すのを見ながら、晴太は尋ねる。
「週明けから行くわ。この髪型、笑われないか不安だけど、授業にも出なきゃいけないし。それに……あなたもいるし」
雨音は上目遣いに晴太を見る。
「そう言われると……何だか照れるけど……」
そう晴太が頭をかくと、「照れなくてもいいのよ」と雨音は胸を張った。その頃にはもう、さっきまでの乙女な様子からは一変し、クールで少しお茶目ないつもの雨音に戻っていた。
それから二人は軽く世間話をしながら神社の境内を出て鳥居まで続く階段を下り、その日はそこで別れて二人はそれぞれの家へと帰った。
そして週明けの月曜日、雨音は言っていたとおり学校に来た。もちろん切りすぎた前髪のままで。結論から言えば、髪型に関しては意外と好印象だったようだ。むしろそれを気にして学校を休んでいたことの方が『可愛い』と話題になり、これにはさすがの雨音も恥ずかしそうな顔をしていた。一方二人が本格的につきあい始めたことに関してはいままで通り聞かれたら答えると言う程度の秘密でいいだろうということになったが、初日の段階ではまだ噂が立ちそうな予兆すら見受けられなかった。
そしてその日の放課後。
「そうですか、お二人は本当の恋人同士になったのですか」
元々の二人の関係を知っていた水には話しておこうと言うことで、その日課外が終わってすぐ、晴太と雨音は揃って水のいる理科室を訪れていた。
「そうですかそうですかー」
二人の報告を聞いた後、無の表情で相槌を打っていた水だったが、おもむろに晴太の肩を掴むと満面の笑みでこう言った。
「晴太先輩、一回死にますか?」
「え?」
と、その瞬間、水の雰囲気が変わる。同時に彼女の小さい手があり得ない強さで晴太の右肩を砕こうとしていた。
「ちょっ……痛い!痛い!」
「一回と言わず、二回くらい死にますか?」
「待って……!砕ける、砕けるから!」
肩に掛かる力が徐々に人間を越えたものになっていくのを感じ、十数年連れ添ってきた右腕を諦めかけたその時、それまで二人のやり取りを黙ってみていた雨音から助け船が出る。
「その辺にしてあげて。こう見えて私の彼氏だから、右腕が潰されると困るわ」
その声と同時に水の手から力が抜ける。そして晴太の肩から手を離すと、少し申し訳なさそうに「ごめんなさい、ちょっと力んでしまいました」と呟いた。全然少しじゃなかったけど、と思いながらも、晴太は「大丈夫だよ」と肩をさする。
「水、分かっているとは思うけど……」
雨音が口を開くが途中で水が止める。
「ええ、ちゃんと分かっています。あちきと雨音先輩は特別な関係なのですよ!」
「親友、という意味よ」
誇らしげに宣言する水を横目に見つつ、雨音は晴太に向かって訂正する。
「あ、うん」
二人が以前のように、あるいはそれ以上に仲良くなれたようでよかったな、と思う晴太だった。
ともあれ水は前々から雨音に相談を受けていた様なので、渋々な様子ではあったが晴太と雨音が本当に付き合い始めたことを祝福してくれた。帰り際、「もし雨音先輩を泣かせたら……両肩いきますから」と晴太の耳元で呟いていたが。
そしてもう一人、晴太と雨音の関係を知っている人物がいた。
「ふふ、ベタなシチュエーションだね」
「そうだね」
晴太はそう言って、少し照れたように笑う少女、海守渚に向き直った。
「それで……話って言うのは……」
水に話した次の日の火曜日。晴太は渚から話があると呼び出されて放課後の校舎裏に来ていた。
「うん、あのね……?」
渚は少し嬉しそうな、そしてどこか悲しそうな顔で晴太を見た。彼女の口から出てくる言葉を晴太はたぶん知っていた。そして渚も、それに対する晴太の答えが何となく分かっていた。それでも彼女にとってはそのやり取りが必要だったのだろう。迂回できると分かっていても、あえて突っ切る道を渚は選んだのだ。
そして渚は晴太に告白した。晴太はそれを断った。
渚に好きだと告げられたとき、晴太の心は確かに揺れた。だがそれだけだった。雨音の時のように世界そのものが作り変わるような感覚はなかった。『ああ、これが恋なんだな』と晴太は心の中で呟いた。しかしそれをそのまま伝えるほど晴太も無神経ではない。慎重に言葉を選んで、出来るだけ傷つけないように気持ちを伝えた。それでも渚は泣いた。それを見て晴太の心は痛んだ。出来るならその涙を拭いたい、慰めたいという衝動に駆られるが、晴太はそれを出来る立場にないこともよく分かっていた。だからただ一言だけ「ごめん……」と呟いた。それは渚の気持ちに応えられないことに対してともう一つ、もっと前から気付いていた、何となく分かっていたのに知らない振りをして流していたことに対しての謝罪だった。
ありがとうございます。本編はおそらく次で終了となります。番外編があと二つほど残っています。最後までどうかお付き合いください。




